第四章・小さな偶像神~【第十四節・昇降】~
前回の続きです。第四章もいよいよ最終局面に入りました。
塔内部は円形状の造りで天井床一面を白に統一され、中央の太い支柱部分に取り付けられた黒く重々しい扉の存在感を際立させていた。また都市の【崩壊】とは別に、足元が小さく揺れている感覚がする。塔が樹木が成長するよう、徐々に上へ伸びている影響か。
「階段も梯子も見当たらないっすけど、どうやって頂上を目指すんすか?」
内部の不可思議な構造に、ローグメルクは顎を擦りながら周囲を見回す。ベファーナはその言葉に笑いながら支柱の黒い扉の前へ立ち、左手で扉に軽く触れる。すると『バチィッ』と弾ける音と火花を出して扉が左右に開き、僕はその先の光景に息をのんだ。
境目の見えない、どこまでも続く白い景色と灰色の床の明るい空間。遠くには柱に取りつけらていた扉と同じ扉が複数、直立して立ち並んでいるのが見える。支柱の太さと空間の奥行きが一致しないが……これを利用して頂上へ行けというのか。踏み出すのに躊躇っていると、横からアラネアが飛び出し謎の空間へ一番に足を踏み入れた。灰色の床には水面へ足を付けたように、彼の足元を中心に小さな波紋が広がる。
「おおっ、これはすごいっ!! 【空間魔術】じゃないかっ!! ベファーナ嬢の魔術かいっ!?」
「イヤイヤ、ウチは扉を強引に開けただけだサ。ハハァ……ホォー、確かに【空間魔術】と似てるネェ。魔術に限りなく近い技術ダ。マニュアルな機械工学や薬学以外にモ、片っ端から手を出していたカ。新人ちゃんはこの扉から出てきたのだろウ?」
「は……はい……でも、こんな場所ではなくて、扉の先は暗くて……地下へと続く階段でした」
おずおずとアダムの後ろから出てきた新人が、扉内部をきょろきょろと見回し答えた。踏み込んでも安全である事がわかり、皆も足を踏み入れる。僕の足元からも波紋が床へ生じるが、水面へ足をつけているような感覚はしない。……硬い街道と違い、土か芝生に近い弾性が足裏へ伝わる。
「落ち着かねぇ床っす」
「床というよりも、ふかふかとした土の地面っぽいですが。……うーん、それっぽく見せてるのか、足元に本物の地面があるのか……不思議です」
「あー、腐った木の床とかこんな感じっす。踏み抜いたら奈落とか無いっすよねぇ?」
「怖いこと言わないでくださいよ」
スピカとローグメルクは足元を軽く蹴って感触を確かめているが、はっきりとしない違和感に不安げな様子だ。
【空間魔術】は大規模魔術の一つ。複数人の上級魔術師達が各地点を繋ぐ特殊な空間を作り、【魔術】の素養を持たない者でも、瞬時に遠くへ移動できるというものだ。発動・維持するのに複数人の膨大な魔力を要することや特別な知識を必要とする為、安定化を図れるよう現在でも王都で研究されている。僕らがお目にかかる機会など滅多にない。
「扉は複数ありますね。頂上へと通じるのはどの扉なのですか?」
ベファーナへ尋ねると、彼女は一列に横へ並ぶ十枚以上の扉を少し眺め、溜め息をついて肩をすくめる。
「ワーカリーマセーンッ!! 片っ端から開けてけばアタリが引けるんじゃなイ」
「はぁ……真面目に答えておくれよ」
「嘘じゃないヨッ!! それともアタリの扉ヲ、後ろで睨んでる彼に聞くかイ?」
ペントラの言葉にベファーナは背後を指す。その先には塔の外からぐるりと囲むようにして魔物と新人の顔をした兵士達が、硝子の壁越しにこちらを見つめていた。微動だせず【観察】する姿は威圧感があり、早く行けと急かしているようにも感じる。その状況を視認したペントラも悩ましげに頭を掻き、再び遠くで立ち並ぶ扉へと視線を戻す。
「どう通じてるかだけでもわかりゃあいいのに……看板なり札なりは付けない主義なのかねぇ、古代人」
「行き先が書いていたとしても読めないでしょう。街道に書かれた誘導や、都市の入り口の看板でさえ読めませんでしたから」
「そこはあそこではしゃいでる色男の出番さ。で、どうする? 片っ端から開けていくかい?」
ペントラの問いに、アダムも両腕を組んで扉を観察する。どれも外見は入って来た扉と同じで、隣り合う扉と違いは無いように見えるが……近付いて観察しなければ、細部の違いはわからないのかもしれない。
確かめようと数歩前へ進む。すると中央の三枚の扉が開かれ、中から誰かがゆっくりと出てく――――
――――僕の喉元へ突き付けられた呪詛を纏った黒いレイピアを……誰かが素手で掴み止めていた。ティルレット? だがこのレイピアは――――
「――――不肖に似せた傀儡を作るとは。お下がりくださいませ、ポラリス司祭。不肖の不始末は、不肖の手でつけさせていただきとうございます」
***
扉から飛び出た何かはポーラ目掛けレイピアを突き出したが、喉元を捉える寸前でティルレットが左手で刀身部分を掴み強引に止めた。突然の奇襲に固まっていると、ティルレットへ見知ったナイフとダガー数本が飛んで来るのが視界に入る。反応したアダムが飛び出し、【信仰の力】で作り上げた黄金の剣で薙ぎ払う――が、ナイフは剣の隙間を潜り抜け――ティルレットの頭部へ刺さる寸でのところで、ローグメルクが素手で柄の部分を掴み止める。
レイピアの襲撃者に対してティルレットは蹴りを入れ、レイピアを手放した襲撃者は出て来た扉付近まで吹き飛ばされるも、空中で体勢を整え音もなく着地した。あの格好にレイピア、ダガー、それに【悪魔のナイフ】。……アタシ達の得物と全く同じじゃないか。
「立てるかいポーラ、怪我は?」
「い、いえ……ありがとうございます、皆さん。あの兵士達は……」
「【銃】や魔物じゃ俺達に勝てないってわかった奴さんが、俺達には【俺達を】ぶつけて来たんでしょうや。いやぁ、危なかったす――――ねっ!!」
ローグメルクは握りしめた【悪魔のナイフ】を、魔力を再度込め襲撃者目掛けて豪快に投げ返す。回転もせず一直線に飛んだナイフは、回避しようと張り巡らせた鉄線の隙間を潜り――――アタシと同じ格好をした兵士の眉間へ直撃した。根元まで刺さったそいつは後ろへ大きく仰け反った体勢で床を跳ね転がり、広がる床の波紋と血だまりの中で動かなくなる。
間違いない。【ノア】はアタシ達に限りなく似せた存在を、刺客としてここに置いたんだ。目には目を、歯には歯をって所かい。なら、あの特徴的な角の生えた執事とメイドの二人は……ティルレットにローグメルクさねぇ。
「姐さん、よくこんな危なっかしい物扱えやすね。ほぼ百発百中じゃないすか」
「アタシみたいながさつな【悪魔】にゃ、こういう確実性の保証された道具の方が扱いやすいさね。けど、あんたもよく止めれたもんだ」
「へへっ、止めなきゃ頭にナイフが刺さったティルレットに刺されて燃やさ――――」
「私語厳禁」
「あ、サーセン」
ティルレットにたしなめられ、ローグメルクはバツが悪そうな顔をしつつ、中央の開かれた扉を守護する兵士二人へ向き合う。長い白髪と二本の巻き角、白黒メイド服――金髪に褐色肌、額から生えた二本角と執事服――――可愛らしいと言えばそうなんだけど、仮にも敵。情けはかけられないさね。実力もほぼ本人そのままなら、気を引き締めて相手しないと。
各々が構え、相手との距離を推し量った時、兵士達が立つ右隣の扉が開かれる。シルクハットにスーツ姿、背には四本足を背負った黒髪の少女が中から姿を現した。
「わおっ!! 俺そっくりじゃないかっ!! うん、実にクールでいいスーツだっ!! よく似合っているよっ!!」
「素直に敵を褒めてる場合じゃないさねっ!! 来るよっ!!」
***
兵士達へ注意が向いた隙に入って来た扉を閉メ、外で観察していた【ノア】の元へと歩ク。向こうは驚きながらも怪訝な表情を浮かベ、周囲の兵士と共に銃を構えて歓迎すル。
「オーウッ!! ソウ興奮しないでくレッ!!」
「……直接叩きに来たのか? 無駄だ【魔女】め。僕の強い個は塔の頂上に居る。ここに居る僕らを何人殺そうと、痛くも痒くもない」
「ノンノンノンノンッ!! そんな無粋なマネをするわけないダロォ? もう暴れ回るだけの魔力も残ってないシ、いくつか交渉しようかなって思ってサ」
「交渉……だと? 敵味方問わず騙すような化け物相手に、こっちが乗る理由はない」
そう冷ややかに返答しながらモ、【ノア】の銃口がやや下がル。少しは興味を持ってくれたようだネ。両手を上ゲ、抵抗しないことを示しながら順序だてて説明すル。
「乗らなくても結構。でも敵対するウチらにとッテ、唯一といっていい共通の敵を忘れちゃいないかイ? ソウ、君を【偶像神】に仕立て上げた連中の隠れ場所を突き止めることサッ!! 君は血眼で探してはいるガ、ウチらの対処もしなければならイ。そうこうしているうちに塔は太陽へ届キ、君の精神だけではなく研究者や上流階級の意地汚~い精神まで外へ連れて行くことになるのだヨ。君としてはそうなると面白くないシ、ウチらとしてもそんな連中の精神が不特定多数へ介入されるとヒジョーに面倒ダ」
「………………」
「時間が無いのだろウ? ウチなら奴らの居場所を炙り出せル。イヤ、もうそれぐらいしか出来ないと言ってもイイ。雷は猟犬共を消し炭にするので品切れサ。どうすル? 彼らから離れたウチをこの場で殺してモ、情報どころか今度は死体も残らなイ。利用するだけ利用しちゃった方ガ、どちらが勝ってもお互いお得だと思うヨォ?」
「黙れ化け物め……っ!!」
狙撃銃の銃口をウチの額へ押し付ケ、苛立ちの籠った声で凄ム。オオ、怖ヤ怖ヤ。図星を突かれテ、親の仇のような目で見なさル。五千年以上も眠り続ケ、【箱舟】で膨大な人間の知識や経験を獲得しようとモ、精神はまだまだお子様ダ。交渉というものをよく理解していらっしゃらないようデ。
マァ、こっちも証明できる材料なんて何一つない訳デ。「時間が無い」と揺さぶって選択を焦らせるくらいだヨ。こいつらが予想以上にマヌケデ、このまま殺されたらその時はその時サ。
「……交渉はお前の独断か?」
「ソウダトモッ!! 彼らは君へ同情しているせいデ、相手を出し抜く狡さが全然足りていなイ。外の事情を知っているのもウチぐらいサ。それに彼らへ秘密にしていることもまだあるのだヨ。協力してくれれバ、ウチらも君も助かるような選択肢も用意しよウッ!!」
「言葉だけでは信用できないな」
「そうだネ。信用足る証拠も手元には無イ。だから最初に共通の目的であル、研究者や上流階級者達の始末を済ませようじゃないカ。あいつらだけは生かしておいても誰も得しないしネ。その後ウチを殺すなリ、もう一つの交渉に乗るなり好きに選ぶとイイ。因みに奴らの場所を知っているのモ、【箱舟】の中でウチだけだヨ。この場で殺せバ、もれなく奴らが世へ解き放たれることを約束しよウッ!!」
【ノア】は銃口を更に強く押し付けるガ、引き金に指は掛かっていないのが目に入ッタ。ならもう一押シ。左手で銃口を掴んで逸らし、彼の胸ぐらを右手で掴ミ、額を彼の額へ押し付け黄金の瞳を覗き込ム。
「それとモ……神を殺す【機神】へ乗り込むことをご所望かイ? ウチの半分は【箱舟】の外に有ル。君が彼らを殺シ、生きて【箱舟】から出ようとモ、半分のウチがすぐさま君の【新しき人生】を終わらせてあげよウ。ナァニ心配はいらなイ。死ぬほど痛くて苦しいだけだヨ。脅しと捉えて貰ってイイトモッ!! 結果は【箱舟】の外へ抜け出すまでわからない物ダッ!!」
「!!」
「シ・カ・シッ!! 君の人生の手綱は既に【魔女】に握られていることをお忘れなクッ!! 百足になって酸の浴槽を泳いでみるかイ? それとも作りかけの死体へ放り込んで、手足と頭を増やしてみようカ? アアッ!! 新しき人生とは何ともワクワクするものだネッ!! イーヒッヒッヒッ!!」
「………………っ!?」
目を逸らそうと顔を背けるガ、ウチは両手で頭を固定して瞳から逃れさせなイ。アア、本当にティルレットやローグメルクでなくて良かッタ。新人【天使】の非力さでなければ簡単に振り払われちゃうヨ。言葉にせずともわかるとモ。瞳の奥の深い【絶望】。最初から交渉に選択肢は無ク、詰んでいたことを自覚させル。
【新しき人生】は約束するとモ。君が余計なことをしなければネ。
***
僕と同じ【信仰の力】の盾、アダムの黄金の剣を扱う兵士も現れ、徐々に皆分断されていく。ティルレットは自分の相手をすることを余儀なくされ、ローグメルクとアラネアも自分自身と二対二で戦っている状態だ。かくいう僕らも――――新人目掛けて飛んでくる黄金の剣数本を、【翼の盾】で受け止める。
アダムが返しで剣を飛ばして攻めるが向こうの僕が盾で捌き、三つ編みの兵士も同じ剣で受け、隙あらば躱しながら接近しようと試みてくる。だが下手に【翼の盾】を消すと、再び現れたペントラ兵士によるほぼ百発百中の【悪魔のナイフ】が飛ぶ。ペントラも自分自身へ【鉄線】や小さな【刷毛】で抵抗してはいるものの、相手の【刷毛】で左腕を切り落とされたせいで、スピカと二人掛かりで抑えている状態である。
「こんな時に限って【魔女】は何処へ消えたっ!? 殺しても殺しても新しい奴が出てくるっ!! しかも――――お゛っ!?」
レイピアの形に【翼の盾】を変化させた兵士が、アダムの頭部目掛けて突きを放ち、躱すが――――アダムは後ろへと吹き飛ばされる。
「アダムっ!?」
「先輩っ!?」
彼は僕の【翼の盾】に接触する手前で剣を床へ突き刺し強引に速度を落とし、倒れそうになりつつも剣を支えにしながら堪えた。頭を左右に振って再び二人へ引き抜いた剣を構えるが、両足が微かに痙攣していた。
「厄介な力だ……死ぬ度に、経験を積んだように強くなる……っ!!」
彼の言う通り、何度か兵士達を全員仕留めた。しかし、その度に新しい全く同じ姿の兵士が扉から現れ、こちらとの戦闘を学習し、確実に強くなっている。ダガーや剣の投擲場所の予測、ティルレットの目にも止まらぬ突きさえも躱し、守りの薄い戦闘中の背後や戦闘要員にならない新人を、連携して集中的に攻め立てる。基礎の身体能力や単純な力も徐々に増している。ローグメルクやティルレットもやや押され気味だ。
アダムは再び二人の兵士へ果敢に挑んでいくが、攻めに転じられると二対一では敵わない……駄目だ。右側ではペントラ兵士が戦いながらも、【悪魔のナイフ】片手にこちらを睨んでいる。少しでも隙間が出来たら、軌道を変えてでも当たりにくる。両翼でしっかりと固めないと守れない。相手が五人で打ち止めなのは幸いだが、これでスピカやベファーナが混ざられたら、目も当てられない状況に一変する。
「司祭……私が……私が、また足を引っ張って……」
「……大丈夫。君はよくやってくれている。今アダムが頑張れてるのも、きっと君のお陰だ。だから今度は……僕らが頑張る番だ」
***
流石にもうやり方を選んでられないか。ローグメルクと一緒に戦ってわかったのは、こいつらは全滅すると死体が消えて、同個体が更に強くなって扉から飛び出してくること。逆を言えば、それは【全滅さえさせなければ、他の個体は復活しない】ことでもある。半ば賭けだし、俺の主義に反する部分はあるけど――――
「――――俺だって、身内が涙を流すのはこれ以上見たくないんだよ……っ!!」
「おぉうっ!? どうしたっすかっ!?」
「ローグメルクっ!! 杭でもダガーでも迫撃砲でもなんでもいいっ!! 自分自身と俺を全力で留めてくれっ!! その間に俺は司祭達のフォローへ入るっ!!」
「へっ!? 俺もギリギリなんすけどぉっ!? いい策でもあるんす――――おおっとっ!?」
黒い杭が俺達の足元へ刺さり、爆ぜる寸前で左右へ分かれて躱す。ローグメルクは飛び退きながら兵士二人へダガーを投擲し、追撃をさせないよう牽制する。確かにギリギリだし、向こうも常に全力だ。だが無力化をするのなら俺の【糸】が生きる。ペントラの鉄線でもいけそうだが、彼女は手負いだ。素早く立ち回るには無理がある。
「うん、やっぱ俺がやるしかないっ!! 任せたよっ!!」
「ったく……失敗したら承知しないっすよっ!!」
ローグメルクはこちらを振り返らず、手で早く向かうよう促してくれる。シルクハットが飛ばないよう深くかぶり直し、司祭達の元へ駆ける。途中でダガーが数本飛んでくるも、ローグメルクが身体を張って遮り、刺さったダガーを引き抜いて素早く投げ返す姿が横目に見えた。
目標までまだ遠いが司祭の盾に両手の糸を掛け――――一気に引き寄せて飛び越える。スリングショットと同じ要領だ。ペントラとスピカ――――鉄線の壁を飛び越え――――ペントラ兵士の背後へ着地し、四本の足で手早く糸を絡ませ彼女を拘束する。糸を引く度、バキバキと複数の骨が折れる音と嫌な振動が響く。ああ、本当に嫌な音だ。強く締め上げ――――腕と足を強引に折り曲げ……抵抗を許さず、頭だけ出した簀巻き状態で糸を切り離す。鎖骨が肺や心臓に突き刺さらない程度に加減はした。瀕死ではあるが、自害もさせない。
振り返ると、切断された左腕の傷口を抑えながらペントラが跪き、スピカが彼女を支えていた。
「とどめは刺さないで。彼女を打ち止め用の楔にする」
「……何か、考えがあるのかい?」
「任せて。君はスピカ嬢に治療してもらうといい」
再び両手から司祭の盾へ糸を伸ばし、そのまま盾の上へ乗って足場にする。
「何度も利用してごめんね司祭っ!! 重いだろ?」
「い、いいえ。僕らはどうすればいいですか?」
「次は副司祭を助けるっ!! 新人【天使】ちゃんはスピカ嬢に任せて、司祭は副司祭の兵士を頼むよっ!!」
それだけを伝えて、今度は向こうの司祭の盾とレイピアを狙って糸を絡ませる。抵抗される前に、飛び跳ね引き寄せ――――距離を縮め背後を取る。反撃のレイピアが頭へ突き出され、かわ――――額に衝撃、立ち眩む。当たった? よくわからないけど――――放してたまるか。盾とレイピアの上から糸を巻き上げ、きつく締める。盾やレイピアに圧迫され、小さな体はあっという間に潰れて――――白い蜘蛛の糸が真っ赤な血に染まった。
「ふぅ……大丈夫かい副司祭? 派手に背中を切られてるみたいだけど」
「……あなたに助けられるのは二度目ですね。一応、お礼は言っておきますが……鼻血出てますよ」
「ん? あれ、うわ本当だっ!! なんてこった、やっぱり気のせいじゃなかったんだっ!!」
指摘され鼻の下を手の甲で拭うと、かなりの量の鼻血が出ていた。口の中にも血の味が広がる。なるほど、司祭のレイピアは躱しても当たるのか。ふらつきながらアダムは立ち上がると散乱した黄金の剣を一本手に取り、俺達へ飛び交う十本の剣を【翼の盾】を広げて防ぐポラリスの隣に立つ。
「使え」
「え?」
「あの兵士のレイピアは、私を模した兵士の剣を媒体にして作られていた。お前にもできるだろ。……早くしろ」
アダムはポラリスへ剣を押し付け、残り九本の剣へと意識を集中させて背中付近へ引き寄せる。ポラリスもその行動を見て微笑み、彼から押し付けられた剣を受け取ると右手で握り直し、構える。片翼が消えると同時に兵士の剣が無数に降りかかるが、アダムも応戦するして残りの剣で弾き返す。互いの攻撃が激し過ぎて俺は援護出来ない。……でも、二人とも必死に自分がどうするべきか、切り拓こうと協力している。
……俺にはそれが微笑ましい光景で、小さな二人の背中が大きく見えたんだ。
司祭が亀裂の入った盾を自身のレイピアで突き刺して砕き、周囲に漂っていた兵士の剣を数本弾き飛ばし、隙が出来たところを接近してレイピアを突き出す。兵士は首を捻り、レイピアは頭の真横を通り過ぎて躱される――――が、直後に直撃したかのように吹き飛ばされて激しく転がり、仰向けになって止まった。ポラリス司祭はゆっくりと彼女へ近寄り、生死を確認する。
***
彼女はまだ生きていた。僅かに虚ろに目を開け、僕の顔を見ていた。
「し……さい……ぽら、りす……しさい……」
「……ここに居ますよ」
「く……るし、い……わた……し……」
震える手を差し出し、苦し気に呻く。屈んで剣を置く。その手を両手で包み、彼女の顔を見つめ返す。……これは罠だ。背後で散らばった剣が浮かぶ金属音がする。わかってる。わかってるんだ。彼女は魂の籠っていない、【ノア】の意思の断片。狡猾に出し抜き、相手の弱みを徹底して突くように創られた【道具】。……僕ら【天使】と同じ様に、誰かの為に動き続ける。
「し……しにたく、ない……わたしも……いきたい、です……」
アダムが後方で叫んでいる。恐らくこれが罠であると伝えたいのだろう。アラネアも血相変えて駆けつけてくれている筈だ。足元のアダムの剣で心臓や頭部を突き刺せば、この騙し討ちも不発に終わる。
けれど――……それでは、彼女が救われない。
「すみません……ですが最期に、何か望みはありますか? 生きたい以外に、僕ができる範囲であれば叶えましょう」
「………………」
背後には剣が突き立てられ、抵抗する様子を少しでも見せれば、僕の頭部や胴を容易に貫かれる。【翼の盾】もここまで近くては展開しても内側。僕の命は彼女にゆだねられている。
考えるように少しだけ間をおき、彼女の口から【彼女自身の願い】が発せられた。
「……もう少しだけ、そばに、いていただいても……いいです……か?」
「……ええ、喜んで」
彼女の手を握り直し、微笑む。
「……わたしは……つくられた存在……あなた、たちの……弱みを、つ、つけるように……記憶をより濃く、とうさいさ、されています。だから……他の者達より、と、とても……つらいの……です。わたしたち……は……彼の願い……かれの、【ノア】の望み……あなたたちと、いきた……そう――――望み、【箱舟】、が叶えま――――した」
彼女の声が掠れ、途切れ途切れになる。アダムの剣による傷で複数の傷口から出血もしていて、彼女自身も限界が近かったのか。
「この記憶は――――何もないわたした……ちにとって……あまりに、濃い記憶で……くるしい……【使えない道具】な……のに……なみだばかり、でて――きます。しさ、い……まだそこに――――い、いますか?」
「はい、居ますよ」
「ど、どうぐが……わたしがもつ……このきもちは――――にせもの、な、のですか?」
「……いいえ、僕や彼女の持つ【天使】の心は本物です。それを想い、【ノア】や僕らの為に心を痛めるあなたの感情は紛れもなく、あなた自身のものですよ」
その言葉を聞くと、彼女はゆっくりと瞼を閉じる。その目から涙は流れない。魂が籠っていないからか、本当は心が無いからなのか、【道具】として不要な機能を備えていないからか。……でも僕は【天使】でなければ【ノア】でもない、【道具】として生まれた彼女にも、心が宿っていたと信じたい。
――――握りしめた手が冷たくなり、背後で浮遊していた剣が音をたてて床へ落ちる。そこから広がった波紋が、足元を通り過ぎていく。
「司祭っ!! ポラリス司祭っ!! ……大丈夫かい?」
立ちすくんでいたアラネアが駆け寄り、僕の肩を揺すって顔を覗き込む。そうだ、アダムは……気絶はしてないが、うつぶせで倒れたままこちらをものすごい形相で睨んでいた。心配してくれている半分、どうしてそんなことをした半分といった感じだ。気まずくなって苦笑いを返すが、同時に周囲の戦闘音も静まり返っていることに気付く。
「ティルレットさんとローグメルクさんは――――」
「――――アラネア……やってやったすよ。……漢、ローグメルク……無茶振りに応えたっす」
「鍛錬と情熱が足りぬ故であろう。無駄な浪費はお嬢様の負担にもなる故、今一度立ち回りを見直されよ」
「そりゃそうでしょうやっ!? 俺はあんたと違って戦闘狂じゃあないんでねぇっ!!」
「失笑」
悪態をつき合う声のする方を振り向くと、つかつかと足早に歩くティルレットと、その後ろを左足を引き摺りながらこちらへ向かってくるローグメルクの姿があった。彼らの背後では轟々と青白い炎を上げる物体と、爆ぜたような大きな血痕とシルクハットが床に二つ残っているだけである。増援や新しい兵士が扉から出て来る様子もなく、アラネアの策が功を奏したようだ。
当の本人は自分の策が上手くいったことよりも、友人の健闘を祝福しに行ってしまった。片腕を落とされたペントラもスピカに治療をされながら、こちらを見て軽く手を振る。その隣で座る新人も無事だ。
状況を一通り確認し、握りしめた彼女の手を胸の辺りへ乗せ、両手を軽く組ませて祈る。ここで消えた彼女達の魂が何処へ行くともわからなくても、無意味だったとは思いたくない。ペントラを模した兵士は生きてはいる。呻き声が痛々しく楽にしてやりたいが、彼女が死んでしまうと再生成された彼女達が現れるだろう。……皆の安全とは換えられない。
祈りを済ませ、アダムの傍へ駆け寄って彼の背中の傷を確認する。見た目は酷いが深くも無いようで、出血は既に止まっていた。
「どういうつもりだ。あのまま一思いに、楽にしてやれば良かったろう」
「ごめん……手を差し出されて我慢できなかったんだ。……アダム、僕らが感情を持つことなんだけど――――」
「――――私は、お前のように難しく考えていない。自分自身が受け入れば本物、否定すれば偽物にもなる。だが、これだけは言っておく。お前が自らの感情や彼女らの感情を否定するのなら、新人の想いや私の憤りも形だけの偽物ということになる。……それだけは絶対に許さんからな」
「……ありがとう」
「感謝するくらいなら、少し身の振る舞い方を考えろ。クソ……お前のアレは面倒だ。また私が負けてるじゃないか」
「?」
うつぶせでぶつぶつと呟く彼の優しさを感じながら、唯一閉ざされた一枚の黒い扉を見つめる。あの先は頂上へと続く道か、それともまだ見ぬ地下へと続く階段か。
***
地下深くへと通じる、白い螺旋階段を降りる。ツギハギ帽子の【魔女】に先導されながら。既に数回に亘って探し尽くした場所であり、【箱舟】の情報にも彼らの居場所を特定する有力な手掛かりは無い。所詮、僕も祀り上げられた【偶像神】。【箱舟】と【瞳】は願いを叶えはすれど、【箱舟】や僕が知り得ない物は再現できないし場所まで指し示せない……難儀な力だ。
「イーヒッヒッヒッ!! どうやら彼らが勝ったようダッ!! 賭けはウチの勝ちだヨッ!!」
「……これだけ離れていても分かるのか」
「そりゃあ【魔女】だからネ。いろんなものが見えるのだヨ。見たいモノ、見たくはないモノ、おぞましくも美しい桃色の脳みそや臓器、骨や血管一本までモ。選択する余地なく見える【一方通行な干渉する力】サ。羨ましく思う奴モ、妬ましく思う奴もいル。【知識】はあればあるほどいいものダ。狂いさえしなければネ」
「すでに狂っているように見えるが」
「イーヒッヒッヒッ!! ウチも無知の君らが羨ましいからお互い様だネェッ!? 特に君は無知と英知の中間に立っている状態ダッ!! 五千年以上意識を保ちながら狂わないのハ、人として凄い事なのだよ【ノア】クンッ!!」
【魔女】はケラケラと笑い、後ろ向きのまま階段をぴょこぴょこと降りる。僕に【箱舟】を埋め込んだ研究者達と同じ様な感想だ。恐ろしい。冒涜的という感情が無く、好奇心と探求心が隠しきれず下品な笑みがこぼれる姿もそっくりで気味が悪い。この両手に握られた短機関銃でこいつを肉塊にするのは簡単だ。やろうと思えばすぐにできる。……だが【箱舟】の中に居るにも関わらず、【魔女】の【思考】は一切読めない。それをわかったうえで、【魔女】も仲間から離れて独断行動を優先していく。
常に一手先と裏を読んだ行動――こいつは未来が視えているのだろうか。
「知識と経験に基づく未来予想サ。マァ、【箱舟】の中はなかなかに楽しかったヨ。外の世界よりも生きていると感じられル、良い経験をさせてもらったネ」
「お前のように先が見えていれば、どこにも不安などないだろ。理解できないから恐ろしいんじゃないか」
そう答えると【魔女】はピタリと足を止めて、手摺りも支柱も無い螺旋階段の下を指す。――――無限に続く暗闇。階段は淡く発光してはいるが、深くなればなるほど薄まり、やがて常闇へ消えていく。……吸い込まれそうな、恐ろしい光景。
「この光景を見テ、恐怖を感じたのなら君はまだ人ダ。……人は光を求めル。約束された生へ導いてくれるのなラ、【悪魔】にも【天使】にモ、神にも縋ル。先が見えない存在への不安とハ、実に抗いがたいモノだからネ。その感情はスピカ達モ、この下で待つ研究者達も同ジ。ウチにとっては――――脳が認知できない感情サ」
「想像しただけで嫌な感覚だ」
「限界通り越して【焼き切れてる】んだよネ。生物が生きる上で大切な感情の一つではあるガ、知識や力を得るためにはいろんな物を失う必要があったシ、ウチもいろんな物を棄てタ」
「……どうして、そうまでして知識や力を欲した?」
「忘れてしまったヨ。その過程で無くしてしまったのかもしれなイ。あるいは最初から無かったのかモ? どちらにせヨ、ウチは【魔女】という化け物には違いないサ。オオットッ!? あまり日付が変わるまで時間は無いぞ【ノア】クンッ!! 色々切羽詰まってるかラ、もう少しペースを上げて降りよウッ!! 階段の昇降運動は平地よりも遥かに効率がイイしネッ!! イーヒッヒッヒッ!!」
【魔女】はくるりと背を向け、一段飛ばしに階段を駆け下りる。陽気に鼻歌を交えながら、より深い闇へと消えていく。こちらを揺さぶる強がりか虚栄なのかもしれないが痛みや苦痛、恐怖心を執拗に煽るのは、自分のようになって欲しくないが為か。
「……馬鹿馬鹿しい。化け物を理解しようなんて――――」
――――それでも、司祭は理解しようとするのだろう。困った顔をしながら叱る光景が目に浮かぶ。
もうすぐ彼らと直接向き合うことになる。【魔女】の想定通りに事が進むのであれば、彼らと争う理由も無くなる可能性も出てきた。僕だって選択できるのならそうしたいさ。【人類】を裏切る覚悟だなんて、【箱舟】に押し込められた時から既に済ませている。
アラネアは戦闘に対してあまり良い感情をいだいていないのでかなり消極的です。立ち回りは非常にトリッキーで、ローグメルクやティルレットのような複数相手に無双できる派手さはありませんが、一対一での複雑な地形での戦闘はかなり有利に立ち回れます。大体一人だと逃げに徹するのでそもそも戦闘にすらならない場合が多いですが。
【ノア】や【ノア】の刺客達を通して、自分はそれらしく記憶に基づいて振る舞っているだけではないかと、ポラリス自身が疑問を抱くことが多くなってきましたね。【道具】にも感情が宿るのか、魂があるから感情があるのか、この小説の大事なテーマの一つでもあります。
次回もお楽しみに。




