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ポラリス~導きの天使~  作者: ラグーン黒波
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第四章・小さな偶像神~【第十三節・蠱毒】~

本当は勧善懲悪な方がすっきりするんでしょうけど、生きたいと願うことは何も悪い事じゃなくて、ただどうしても仕組み的にお互い生存できない状態は、天然の蠱毒に等しいです。

誰も間違っていないと再認識させられる。そんな節です。

 真っ白な塔は少しずつ天へ伸びていく。あの太陽を目指して。私……いや、僕はここで樹木のように成長していく塔の頂上階で腰を据え、残り数時間に迫った目覚めの時を待つ。街の兵士は既に僕と【天使の猟犬】に置き換えられ、残すは地下の暗闇を隠れ蓑にしている老獪共の始末と、彼らをどう消すか考えるのみ。

 手足が生えて自由出歩け、更には侵入者の予備知識までもあるのに、なかなかどうして上手くいかない。兵装・兵士・猟犬・そして【天使】としての力と【瞳】。全てを活用しなければ、外へ出ることは叶わない。この背に生えた翼でどこまでも飛べるのなら、塔を地道に伸ばす必要もなかったというのに。人類の想像していた産物より、実物の【天使】は不便な存在だ。小さく弱く、銃弾数発で致命傷。完璧な神々が創り出した【道具】でありながら、量産性を重視した粗悪品。


「使い捨ての銃弾の如く、天下の神様も結局は質より数……か。同情するよ。結局は誰しも、自分の事しか考えていない。最低限の労力、最大限の使い潰し。効率的に、冷酷に、余すことなく利用する。そうでもしないと維持できない神様も神様だ。愛そうとしないのに、愛されようとしている。他者の信仰無しでは生きられない虚弱な神にさえ勝てない人類は、滅んで然るべきなんだろうなぁ……」


 彼女の持っていた手帳を眺めながら呟く。日々の【お告げ】の内容、上手くいかない焦り、励まされた事、今日食べた物……翌日は近所の老夫婦から花を貰い、お礼は何がいいか思案している。司祭が夕食を作ってくれ、副司祭が報告書を作るのを手伝ってくれた。……眼鏡がまた合わなくなり、司祭へ相談したものかと悩んでいる描写まである。

 不思議なもので、自分自身の体験でなくとも細かく綴られた文章を読むほど、この身体はそっくりそのまま経験を覚えているように胸が温かくなったり、辛くなったりする。その度に自分自身へ言い聞かせるのだ。僕は【ノア】――――彼女じゃない。彼らに抱く感情も偽物で、この身体だって偽物だ。本当の身体は外にある。彼らとは……決して相容れない存在。

 落ち着いて、自分のすべきことを考えよう。一番若い侵入者を乗っ取って、【箱舟】そのものを【崩壊】させる。周囲の奴らを【崩壊】の道連れにしてしまえば、目覚めた直後の無防備なところも襲われないし、落ち着いて外の知識を育み、ひっそりと生活する事も叶うはずだ。文明の発展レベルは人類よりも遥かに低く、銃や車すら存在しない原始的な生活。魔術……は未だ理解できないが、いずれ身に着けた方が何かと役には立つだろう。

 あまり目立ちすぎると、再び神々に目を付けられるかもしれない。様子をみて【機神】を解体し、銃火器や大量の鉄に配線、隕石鋼も回収しよう。現地の道具を使って作業道具を作り、最低限身を守れるようにもしたい。ああ、新しい人生がとても楽しみだ。想像するだけでときめく。


「その為に――――彼らを殺さないと。大丈夫、次は出来る。次は撃てる。ポラリス司祭、アダム副司祭の頭を撃ち抜ける。そう、これは僕の為でもあり、老獪共に踊らされた人々の無念を晴らす事にも繋がる。……スピカさんは撃てた。小さな【猟犬】じゃ、彼らに歯が経たないのは分かってる。もっと大きな個体をぶつけて自分を連携させ、分断させて押し潰す。確実に……」


 言葉に出したことで想像が形になったのか、目の前にあの二人の幻覚が現れる。


「……やめろ【箱舟】、これは僕の望みじゃない。今すぐ目の前から消してくれ」


 両目の奥がブルブルと震える感覚がして、二人の身体を引き裂いて同じ顔の存在が現れる。白い髪と青い髪、二人を連想させる髪の色。その姿に虚しくなって、足を抱えうずくまる。

 【瞳】と【箱舟】さえあれば、大抵の物は手に入れられる。頭の中じゃ兵も武器も思うまま。彼女は上手く扱いきれていないみたいだけど、この二つの瞳は使い捨ての【道具】が持っていい代物じゃない。人々の欲望を引き寄せ、発現させる特別な【金色の瞳】。【箱舟】の膨大なリソースエネルギーがあるからこそ自由に使えているが、実世界で使うとなると……難しいな。


「……でも折角出てきてくれたんだ。ちょうどいい案も思いついたし、君達にも付き合ってもらうよ」


 この身体や手帳に刻まれた記憶と経験。【瞳】の力で願望を生み出し、更に【箱舟】による身体能力の【完全再現】。脱出用のエネルギーを差し引いて……生産は一人一体が限度。それ以上は目覚めに支障が出る。


「【魔女】は流石に無理か。彼女の魔術について原理に謎が多すぎる。他の奴らは……手帳にも書いてあるかな」


 抱えていた足を放し、隣へ置いた手帳を再び開く。もっとより深く、彼らを知ろう。【ノア】であることを見失わないようにしながら、彼女を取り巻く環境を読み取り、再現しよう。


 僕は負けない。神にも老獪共にも――――彼らにも。


***


 周辺を探っていたのか、姿を見せずにいたティルレットがすぐ傍の【クルマ】を足場に、建物屋上から地上へと降りてきた。……清楚なメイド服に似つかわしくない、豪快な降り方だ。その細い両足の骨やしなやか筋肉が、落下の衝撃でおかしくなったりはしないのか。


「スピカお嬢様。不肖、ティルレット、斥候より帰還致しました。報告を致しとうございます。許可を」


「お疲れ様です、ティルレット。許可しましょう」


「感謝。眼鏡の【天使】様を模した敵兵と魔物は結託し、中央に見えるあちらの塔周辺を固めている様子。数は数百。うち数十名は屋上より狙撃の体制が整えられ、細い路地は大小個体の魔物を引き連れた敵兵十数名が哨戒。屋内に潜んでいる姿も見受けられました。地上より集団で忍び込むのは推奨しません。いかがいたしましょう」


 ティルレットの報告を聞いたスピカは「うーん」と唸り、腕組みをして目を瞑る。中央にそびえる塔が【ノア】にとって重要な存在であることは違いない。ベファーナの説明通りの手順で脱出するならこちらも塔を目指し、その機会を利用することになる。衝突は避けられない。

 複数の狙撃手、巨大な個体の魔物の存在も厄介だ。一頭ですら僕らが束になっても組み伏せるのは厳しい。ベファーナは強力な切り札にはなるが、一度崩れると瞬時に囲まれ、こちらの方が壊滅させられる。個の戦力と集団の戦力……どちらを取っても相手の方が上回る。


「俺達なら建物屋上を飛び跳ねて奇襲……なんてことも出来そうっすけど、塔に入るとなると地上戦っすからねぇ。高所の有利も攻める入り口が限定的じゃ生かせないっす」


「狙撃は一発でも当たると重傷ですよ。弓矢の威力とワケが違います。……足なんて吹っ飛ばされた日には、ボクのように千切れるか大穴が開くか……すっごい痛いんで、二度と味わいたくない感覚です」


「建物経由で地上から忍び込むのが無理なら、地下はどうかな? 王都も網目のように地下道が広がっていて、経由して様々な所に出れるんだ。大都市なら似たような地下道、もしくは下水道が存在していても不思議じゃない」


 アラネアは王都にも出入りしているのか、僕らの知らない王都の構造にまで熟知しているらしく、地下からの潜入を提案する。存在すれば選択肢としては入るが……恐らく向こうも認知している筈だ。閉所での集団戦は危険過ぎる。

 スピカも首を左右に振り、自分のこめかみへ指を当てる。


「一応、地理だけは【箱舟】と繋がった際に頭へ入ってるんですよ。地下道は存在しますが、張られているでしょうし狭すぎる。飛び物爆発物に索敵の猟犬、なんでもござれの集団ですからね。いざとなれば地下通路ごと爆発させて、自分達ごと生き埋めにする手段も使うでしょう。地上で正面切って戦うよりも危険です」


「ううん、そうかぁ。……俺は戦略的な知識は門外漢だし、君達に任せるよ。逃げ果せるのは得意なんだけどね」


「最悪、一点突破の強行策もアタシはアリだと思うよ。……と言っても、向こうは軍隊でこっちは少数精鋭。頭数の戦力を埋めるには力不足さね。【生成術】で建物を綺麗に吹っ飛ばせる迫撃砲を複数台生成しても、塔を確保する前提なら被害も広げられないし時間が掛かる。……シスターがいてくれたら楽なんだがねぇ……」


「お兄さんや副司祭の【盾】と【剣】は、条件が揃えば可能でしょうけど……守り切れる範囲の制約上、地上の陽動役と、屋上伝いに攻める分隊で分かれる必要があります。変に戦力を分散させるとロクな目に遭わないことは痛感してますし、ペントラさんのおっしゃる通り、数の戦力差は埋められません。迫撃砲、ですかぁ。……どうです?」


 ペントラの提案を、スピカはローグメルクへ振る。彼は眼鏡を軽く持ち上げ、誰もいない街道の方を振り返り、両手を前へ出す。【生成術】によるパリパリとした特有の音を出しながら、彼の腕から出た魔力が形を徐々に成していき――――大きな車輪が左右に付いた、黒く細長い砲身の大砲が出来上がる。一仕事終えたようにローグメルクは一息吐いて振り返り、皆へ生成した迫撃砲を披露する。


「どうすか? 国にあった奴を真似て生成してみたんすけど……」


「ははぁ、やるねぇイケメン。ただちょいとばかし対応している砲弾が小さくないかい? 民家や城壁吹っ飛ばすにはこれで事足りるけど、そこいらに生えてる石の建物をまとめて吹っ飛ばすには――――ああ、そういうことかい」


 ペントラが納得したような声を出し、ローグメルクは眼鏡のつるを指先で持ち上げて得意げに笑みを見せる。


「そうっすっ!! 砲弾も高圧縮の【生成術】で作ったもんを使えば、離れた場所で魔力の流れ切ってドカーンっすっ!! ……なんすけどぉ……砲弾も本体も魔力滅茶苦茶食うんで三・四が限度っすね」


「砲弾と砲台、それに余力を残しての換算です?」


「いえ、砲弾一発と砲台一台が四つっす。余力残すなら……二つっすね。すんません」


「クッソ効率にもほどがありますね。うぅん……あなたが欠けてもマズいですし、魔力供給源のボクも動けなくなりそうなので、これは不採用です」


「そうっすよねー……生成したのが側だけ手抜き見本でよかったっす」


 スピカの返答にほっとした様子でローグメルクが大砲を指先で突くと、支えを失ったようにバラバラになり、宙へと魔力が霧散していく。

 案はいくつか出るものの、どれも決定打に欠け安全とは言えない。そして本格的な戦術となると、僕やアダム、新人はアラネアと同様門外漢。こうしている間にも【崩壊】は進行し、地響きが僕らを焦らせる。新人は音源を確かめるようきょろきょろと周囲を見回し、アダムも腕組みをして寡黙に思案している様子だが、険しい表情のままだ。

 地理・戦力差・準備に要する労力や成功率、皆の安全性――――……最悪、ペントラの強行策か?


「なかなかイイ案が出ないようだネェ? ウチも一計案じようカ?」


 いつの間に戻って来たのか、僕とアダムの間に箒を担いだベファーナが、皆で思案する様子をニヤニヤ顔で見物していた。


「ベファーナ……ボクらに説明するだけして、何処行ってたのですか。案じるのはいいですが、あまり無茶苦茶で突拍子の無い案は無理ですよ」


「イヤァ、チョットネ。だがウチの顔を見て即却下しないとは珍しイ。それほど余裕が無いのカナ? カナカナ?」


「無いも何もどん詰まりっす。面倒くさいんで、もう景気よく雷バッカバカ落としてくんないっすか」


「戦略性の欠片も無い提案しますね。見返りで実験体にされてもボク知りませんよ」


「それで皆さんが助かるんなら儲けもんっすよ、お嬢」


 慣れない戦術思案に音を上げたのか、ローグメルクも普段なら要求しそうにない対象のベファーナへ助力を頼む。隣のスピカもむっとした表情で彼女を見ながらも、【魔女】から名案が出るのを期待している。


「イーヒッヒッヒッ!! モテモテだネェッ!! イイネ、たまにはこういうのも悪くなイッ!! だが天才【魔女】モ、魔力が半減されちゃ景気良く雷は落とせないナ。大変なのだヨ、アレ。代わりといっては何だガ、イイ物を拾って来たんダ。動かし方は彼らに教えてもらえたシ、あとハ……アドリブで誤魔化そウッ!!」


「……嫌な予感しかしないのですが、まさか拾ったって……向こうに見える【白い鉄の塊】ですか?」


「イエースッ!! 一台に全員乗せると内部は快適と言い難いガ、確実な方法ダッ!!」


 こちらから少し離れた場所でガラガラと音をたてて停まる【白い鉄の塊】の元へ、ベファーナは珍しくトタトタと自分の足で駆け寄り、寄り掛かって親指を立て乗り込むよう促す。【クルマ】……だろうか? それにしては……随分と……ごつごつしているような。


「そりゃそうだポーラクン。なんてったッテ――――【戦う車】だからネ」


***


 綴られた手帳の内容と記憶だけで完全再現するには要素が不十分だ。【箱舟】へ取り込んだ精神でしか、駒を作ることは出来ない。アレウスなる人物は相当の手練れで、呼び出せれば強力な助力に成り得るが。……六番道が騒がしい、動きがあったか。

 耳を塞ぐように左手を当て、付近の屋上に配置した狙撃手へ意識を同調させる。街道側となると……ポラリス司祭達か? 周囲の【崩壊】が進行し、隠密が行えず強行策に出たか。確かに固まれば全員の能力を万遍なく発揮できる。……だが、屋上からの狙撃に加え【猟犬】の挟撃、更には銃火器を装備した私で塔に至る全ルートを固めている。犠牲は避けられない選択だ。今度こそ、その頭を撃ち抜いて――――



「――――……は?」


 同調先の狙撃手は既に狙撃体勢。スコープは彼らを捉えていたが……銃口の先にあったのはガラガラと爆音とキャタピラの動作音を響かせ、あえて街道を塞ぐように配置した車両を勢いよく踏み越え、弾き飛ばす【白い戦車】の姿だった。


「……あ、あああああああぁしまったぁっ!! 鹵獲されたかっ!!」


 どうして鹵獲を考慮しなかった? それはそうだ。彼らは戦車を含めた軍用車はおろか、その辺りに駐車している車一台すら【操縦する知識を持ち合わせていないと知っていた】から。しかし視線の先には爆音を鳴らし、塔へ一直線に走る【白の一団】の【戦車】。兵士は既に私へ置き換えられ、手駒にできる存在も無い以上、戦力が増強することは無いと先入観で思い込んでいた。

 彼らは私達の時代では存在しなかった、【魔術】という特異な技術を扱う。その力を行使すれば死んだ兵士の記憶を読み取ることや、知識が無くても操縦可能なのかもしれない。自由に武器や道具を生成する【生成術】、身体に刻み込まれ高温発火する【呪詛】、魔術を用いた専用の道具の数々。……ここまでが、記憶された知識の限界だ。誰だ? 誰が操縦している? 他の敵影は? 戦車の装甲を貫通させる武装は――――


<――――イーヒッヒッヒッ!! 焦ってるかイ? それとも絶望してル? どちらでも構わなイッ!! 一切の労力を必要としなイ、最高のオモチャを残しておいてくれて助かったヨッ!! 君には感謝しないとネェッ!!>


「混線……っ!? 【魔女】っ!! お前の仕業かっ!!」


 耳元で独特な訛りのある声と、耳障りな笑い声がした。声の主はこの身体の記憶上、一人しか該当しない。【魔女・ベファーナ】。唯一【箱舟】へ自らの意思で潜入し、雷を始め様々な【魔術】を行使する不確定な存在。地下の奥底で眠っていた私へ触れ、二割分のエネルギーと支配権を一方的に奪っていった忌々しい存在。何度撃ち抜き、バラバラにし、肉塊にしても尚再生する冒涜者。


「お前だけは……お前だけは許さないっ!! なんで邪魔をするっ!? なんで私から何もかも奪おうとするっ!? 死ねっ!! 死ねっ!! 死ねぇっ!!」


 引き金を引き、左側面の装甲へ一発――――次弾装填、キャタピラへも一発着弾させるが効果はない。人間の四肢を一発で欠損させる威力の狙撃銃を以てしても、狙撃や爆破に対策が施された装甲やキャタピラには無力だ。分かっている、これが無駄という行為は。だが私の中でふつふつと湧く感情は衝動的に引き金を引き、次弾を込め、再び引き金を引く行為を強要する。

 私の感情が伝播したのか、下界の街道でも兵士による機関銃の掃射音や爆発音、狙撃銃の発砲音が鳴り響く。死ね。死ね【魔女】、早く死ね。


<初めての思い通りにならない【怒り】はどうだイ? なんとも甘美で耐えがたい衝動だロォッ!? イーヒッヒッヒッ!!>


「黙れっ!! 黙れ黙れ黙れ黙れ黙れぇっ!! 【猟犬】共っ!! あいつを止めろぉっ!!」


 進行先で待機していた、大型の【天使の猟犬】三頭を向かわせる。この三頭は手こずった中型よりも更に大きな個体だ。全身の骨は既に戦車の強度を超え、鋼鉄も噛み砕く顎の力と牙、肥大化した筋肉から繰り出される脚力は装甲車すら踏み砕く。私の持てる知識の生物学上最強の存在。戦車の砲弾如きで――――


 ――――三頭が街道で一直線に連なり、戦車を迎撃すべく先頭の一頭が動き出そうとした瞬間――視界が真っ白になる。『キーン』という高音――目は……目は潰れたか? わからない、状況を判断することができない。この私はもう駄目か。



 地上の塔付近で待機していた狙撃手へと同調を変える。この私も耳に異常をきたしていたが、視覚は正常に動作し、目の前の壊滅的惨状を理解するのに聴覚は必要ないと認識させられた。大量に舞う灰の中を悠々と突き進む白い戦車。周囲の私や【猟犬】も倒れて灰になり、運よく焼け残った身体の一部は青白い炎を上げている。三頭の大型【猟犬】の姿は何処にも無く、こちらからの呼びかけに応じる様子も無い。


<雷というものハ、それはそれは恐ろしイ。どれだけ肉体を鍛え上げようト、専用の装備や防御魔術などの対策無しデ、生物はこの負荷に耐えられなイ。自然界の天然の雷でソレダ。【魔女】の雷が生身の理論上最強生物如きに耐えられ筈ないだろウ? イーヒッヒッヒッ!!>


「あ、あぁあ……あああああああああああぁっ!?」


 【魔女】の高笑いが聞こえる。駄目だ、この【魔女】は駄目だ。他の奴らと違う、本当の化け物だ。高電圧に耐える生物、もしくは装備を作り上げる? 今から? 駄目だ。知識も時間も足りない。その前に戦車はこちらへ辿り着いてしまう。装甲を貫く巨大な迫撃砲は? これも駄目だ、作っている最中に雷を落とされては敵わない。

 スコープを覗き、運転席の視野角を確保する唯一守りの薄い窓を狙う――――が、そこには本来あるはずのない分厚い装甲が存在しており、完全密閉された状態だ。手榴弾すら内部へ投げ込むことも出来ない。対象へ感じていた【怒り】が【恐怖】へ変わり、再び周囲へ伝播していく。高揚感や使命感、慈悲で上書きしていた筈の感情が呼び起こされ、【天使の猟犬】達は路地や街道、屋内へ散り散りに逃げ惑い、指揮を受け付けず戦場は錯乱する。他の私達もその場で呆然と立ち尽くし、直接指示を待つ待機状態で動かない。

 落ち着け。……塔の内部であれば迎撃可能だ。その為の準備も最悪の状況を想定し、既に済ませてある。あの雷も自然界のものと性質が異なっていなければ、建物内部まで流れないので問題ない。こちらも爆破などの過激な手段はできないが、余計な破壊活動も行うほど向こうも無知で愚かじゃないだろう。そもそも彼らにとっても、塔が【箱舟】から脱出する重要な存在であると既に理解している。


<ソウソウ。お互い余計な消耗はせズ、正々堂々決着を付けようじゃないか古代人ッ!! アー、降車時に自爆特攻などという古臭いマネは止め給えヨ? 原理は分からずとモ、物を狂わせるのは大得意だからネッ!!>


「……いいだろう。お前がどれほど強力な【魔術】を抱えていても、私はお前達を踏み越え、必ず外の世界へ行くんだ。先人の知恵を侮るなよ未来人……っ!!」


***


 揺れが収まり、頭上の小さな出入り口が重い動作音と共に開かれた。乗車可能人数を越え、更には身長の大きいローグメルクと車内の天井へ張り付くようにして強引に収まったアラネアは、さぞ窮屈な思いをしただろう。体格の小さいベファーナが小さな操縦席をするりと抜け出て、アダムの頭へ足をかけながら上半身を外へ出す。


「早くしてください……っ!! ……この空間、私には色々と耐え難いっ!!」


 隣に密着しているティルレットの視線や存在で胃が痛むのか、汗一つ流さず涼しげな顔をしている彼女とは対照的に、唇を噛み締め堪えるアダムの顔に汗が滴り続ける。乗り込む順番で偶然そうなってしまったとはいえ、気の毒なことをしてしまった。膝を抱える形で私の足元へ収まる新人も、不安げに副司祭の顔を見上げている。

 戦車の内部が見た目以上に狭いのは外部装甲が丈夫で分厚い所為らしく、本来は舵を取る者と周辺の様々な配色の仕掛けを操作する者の、二・三人程度が乗車する乗り物だそうだ。僕も腰を曲げ、お辞儀をした姿勢を長時間保つのは厳しいが、僕の背に覆いかぶさるようにして密着するペントラもきつそうだ。頭の後ろに彼女の顔があるのか、左の耳元でする呼吸音も若干荒い気がする。


「えっと、大丈夫ですかペントラさん? 呼吸できてます?」


「おおぅ……大丈夫だけど……これは近過ぎると言うか……ねぇ」


「姐さんウブ過ぎないっすか。あともう少し密着してくれないと――――いでででっ!? 背骨がっ!? 背骨が内装の角に当たってるっすっ!! し、死ぬっ!! 背骨が折れて死ぬっすっ!!」


「余計なこと言わなくていいんだってばっ!! あんたはホント一言多い奴だよっ!!」


「まだですか、ベファーナさん……胃に穴が開きそうだ」


 ローグメルクが喉からひねり出したような悲鳴とペントラの怒号が聞こえ、未だ踏まれ続けるアダムも辛そうに声を漏らす。混沌とした車内だが、少し前まで離れ離れだった皆が一ヶ所にまとまっているのを感じ、不思議と笑みが出てしまった。


「司祭……笑ってます?」


「ええ。なんというか、皆さんがすぐ傍に居るのが嬉しくて」


「……私もです」


 足元の膝を抱える新人も、少しだけ微笑みを返す。

 君は本当に強い【天使】だ。あれほど過酷な経験をしても尚、自分の意思や心を見失わない。僕やアダムの力を頼らなくても、一人で立とうとしたのは同じ【天使】としても素直に尊敬する。彼女の成長を見届ける為にも、皆と無事に【箱舟】の外へ帰らねば。


「オッケーッ!! 押さない駆けないで出てきなヨッ!! 歓迎してくれるってサッ!!」


 灰を被ってまだら色になった戦車の外へ一人ずつ出る。戦車の周囲は新人と同じ顔をした存在が取り囲み、大小様々な【銃】で武装していた。服装は青や赤、黒と統一性はなかったが皆血塗れで、背中から地面へ着くほどの大きな羽根を二翼生やしているのが印象的だ。歓迎している様子はなく、【銃】の先端は皆地面へ向けられている。

 スピカが訝しい表情をしながら、周囲の建物屋上で【銃】を構えた状態の狙撃手を指差す。


「皆さん【銃】を持っていますが……ボクら蜂の巣にされたりしません?」


「お舐めになさるナ。【道具】にしか頼れないのなラ、【道具】を使えなくしてやればいいだけの話だヨ。弾が出なければただの鉄塊。残念残念、媒体がローグメルクやティルレットなら戦えただろうニ。マァ、今更後悔しても遅いがネ」


「逆に新人ちゃんじゃなくて、ローグメルクやティルレットの場合はどうするつもりだったんです?」


「……イーヒッヒッヒッ!! そうならなくてよかったネェッ!! ……イヤァ、ホントニネ」


「声の調子がマジじゃないですか」


 【ノア】が新人を選んだ理由はわからないが、実践戦闘に疎い僕やスピカはともかく、武装したローグメルクやティルレットが数十、数百といたら……考えたくもない。

 戦車から降りた新人は再び怯えてアダムの後ろへ隠れ、彼のコートの裾を掴んでいた。アダムも彼女にあまりこの光景を直視せず、目を閉じるよう指示している。ローグメルクが背中をさすりながら【戦車】から出てくるのを確認し、改めて通過してきた街道へ視線を向ける。……大量の灰の山と燻る青白い炎しかなく、まるで焼け野原が鎮火した後だ。車内で聞こえた雷鳴からして魔術で雷を落としたのだろうが、自然界のそれとは比にならない。何を燃やしたらあれほどの灰が残るのか。

 出揃ったのを確認すると、停車した【戦車】から塔の入り口へと続く道を開けるようにして、兵士達は一斉に移動する。指示の声や目配せも無く、統率が取れた動き……まるで訓練された軍隊の全体行動だ。

 ベファーナがゆっくりと歩き出すのに続き、僕らもなるべく固まって塔の入り口へ歩く。【銃】は使えないとはいえ、敵対している者達に集団で囲まれている状況は何が起こるか分からない。魔物の姿は無いようだが、奇襲が無いか皆警戒している。


「凄い光景だ……古代人の技術は、俺や考古学者が想像するよりもすさまじいな。一人の存在と同じ顔の軍隊に量産された精密武器。ここは精神世界だけど想像を存在に置き換えるだなんて、今の【地上界】の技術じゃ難しい」


 手帳へガリガリと書き込みながら、アラネアが少し興奮した様子で感想を述べた。【冒険家】としての性か、彼はこのような危機的状況下でも観察や調査を怠らない。だがその手帳に書き込まれた内容は、果たして現実に持ち込めるのだろうか?


「アラネアさん。無粋かもしれませんが、手帳に書き込んでも現実のアラネアさんは眠っていますし、反映されないのでは……?」


「さっきも言われたよ。けど遺跡や珍しい出会いがある度にいつもこうしてきたから、どうにも落ち着かないんだ。ポラリス司祭。彼らと俺達は確かに相容れない存在だけど、生きて【地上界】に戻ったとして、彼らの歴史がここで潰えるのは、なんというかとても……ああ、とても悲しい。だって彼らが生きたいと望むのは間違っていないし、俺達も生きたいと望むことは間違っていないだろ? 元の身体が無いにしても、形が不確定だとしても、【ノア】は意思を持って生きているんだ」


「だからって、アタシらがこいつらを赦す理由にはならいないし、新人ちゃんだって精神的に傷付いてんだ。不憫だとは思うけど、ハイそうですかって譲って、アタシらの住んでる居場所を荒らされても困るさね」


「それはそうなんだよ、俺だって理解している。でも……うん。理解できても、俺みたいな平和ボケ野郎は彼らに冷たくなれないな」


 アラネアの隣を歩くペントラの返答は正しい。僕らは彼らの旅路を終わらせようとしているし、彼らも僕らの未来を奪おうとしている。元は同じ世界に住む存在でありながら共存は出来ず、どちらかしか生き残れない。


 以前、魚人族の港町前の関所で、イシュと交わした問答を思い返す。――――過去を変えることは出来ない。今の人間や他種族が、戦時に魚人族へ行った行為の清算や償いをしたとしても、既に起きてしまった事象や奪った命は戻らない。恐らく神々でさえ時を遡り、事象や発展の訂正をすることは出来ない。だから【黄昏】を起こし、強引に無かったことにする。

 そうして自分の都合の良い世界が出来上がるまで、気まぐれに繰り返すのだ。何度も。何度も。

 あまりに……身勝手で、残酷だ。誰も間違ってはいないのに。


 虚ろな目をする集団の中、前列に立つ一人の兵士の視線が僕へ向けられていることに気付き、足を止める。大きな狙撃用の【銃】に黒装束、全身血塗れで新人と同じ顔。しかし大きな金色の瞳は淡く光り、複雑な面持ちで僕らが通り過ぎるのを見送ろうとしていた。……本来であれば、このまま気付かない素振りで通り過ぎるべきだ。僕にとっても。【ノア本人】にとっても。だが、聞かなければならない。同じ様に生を望む存在として。

 兵士の目線へ合わせるように屈み、話し掛ける。


「……あなたが生きたいのは、とてもよくわかります。ですが、同じぐらい僕らも生きたくて、まだまだ沢山やらなければならないことがあるんです。あなたが本当に【ノア本人】なのかも僕はわかりません。ただ……一つだけ、伝えておきたいんです」


 離れたことに気付いたのか、視界の端で足を止めて皆待ってくれている。こんな言葉に意味が無いと言われてしまえばその通りで時間の無駄でもあり、所詮は自己満足だ。生存権を賭けてぶつかり合うのは避けられない。だが、ここでハッキリと確認しておくことで、僕も皆も……そして彼も、もう一歩前へ進める。


「あなたは悪くない。生きたいと純粋に願った、古代人の皆さんも。どうあれば皆が幸せだったかなんて、この場に居る人達に答えは出せません。僕の部下へした行為は確かに赦し難いですが、そうまでさせた神々はもっと赦し難い。……あなたを連れて行くことは出来ませんが、あなたや僕らのように平和を望む人達が、神々の我儘で苦しむことのない世界を創ることを――――ここに誓います」


***


 理解できなかった。神が創った使い捨ての【道具】が、何故他人の為に神の意思へ背くのかが。私は死ぬ前提で作られ、押し込められ、今日まで過ごしてきたというのに。彼の言葉で身体に刻まれた記憶や思い出が、短いながらも色鮮やかに美しく輝く。司祭も副司祭も、アポロという巻き髪の先輩【天使】も。彼らと過ごしたという偽りの記憶までもが、心を揺れ動かす。決意が鈍る。

 違う、違う。僕は【ノア】。【偶像神】として、【箱舟】を身体に埋め込まれた【ノア】だ。新人【天使】じゃない。だが、それでも……【箱舟】は彼女の心や感情を完全に再現し、彼らが生きることを阻害する行為は悪だと囁く。でも僕は生きたい。生きたいんだ。


「……ポラリス司祭っ!!」


 立ち上がり、皆の元へ歩き出そうとする彼を呼び止める。赦してもらおうとしている。僕本人は彼と全く面識も関わりも無いのに、彼と過ごした思い出と心が、自分の行為を咎めるのだ。


「僕は生きたいっ!! 叶う事なら、あなた達と一緒にっ!! でも……でもそれは出来ないっ!! この身体も記憶も偽物で、自分のしている行為を咎める感情も偽物だっ!! だから……だからあなた達を踏み越え、僕は本物の【ノア】として生きたいんだっ!! でも……でもぉ……」


 彼は振り返り、僕の次の言葉を待ってくれている。ごめんなさい。

 でも願ってしまったんだ。生きたいって。


「……とても……辛いです」


 その言葉に司祭は少し困ったような曖昧な表情をし、少しだけ間をおいて返事をした。


「僕も辛いです。ですが……それ以上に、僕の後ろで待つ皆さんと一緒に生きたいと、僕も願ってしまった」


 初めてこの身体で涙が出た。大切な人に裏切られ、裏切ってしまったような気分になって。

 あなたは本当に悪い人で、優しく真面目で思いやりのある本物の【天使】様だ。

 それだけを言い残すと司祭は振り返らず、彼が共に生きたいと願った仲間の元へと歩き出す。

 彼や皆の後ろ姿を見るのが、どうしてこんなにも辛いのか。どうしてこんなにも苦しいのか。

 それでも生きたいと願う僕を恨む。あなた達を踏み越えた時、僕は特別な何かを見出せるだろうか。


ノアの一人称が僕と私を行ったり来たりするのは、元となった新人【天使】の影響です。

完全に再現する【箱舟】の力もあって、皮肉なことに記憶や感情まで引き継いでしまい、【間違っていないのに間違っている】という最大級の地獄を味わってます。

最後にポラリスが彼を赦しながらも譲らなかったのは、以前の自分と同じように悩むアラネアの為でもあり、これまでの出会いを通しての成長も表してます。

誰も報われない戦いが始まります、次回もお楽しみに。

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