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ポラリス~導きの天使~  作者: ラグーン黒波
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第四章・小さな偶像神~【第七節・不可視の剣】~

今回はアダム側のお話です。

彼は相変わらず頑固で自分の意思を譲らない人ですが、そんな彼もまだ道半ば。

神々に従順で冷酷な【天使】としても成長しますし、彼個人としても変わりつつある、そんな節です。

 見渡す限りの砂地。遠くに見える白い塔。それを取り囲むように、四角い建物が生えている巨大な街。周囲に人の気配はなく、浜辺で目覚めた私は傍で気を失っていた【契約悪魔】のローグメルクと、魔物混じりのアラネアを起こし、徒歩で街へ向け移動していた。私を含めた皆に怪我は無く、各々が気を失う前の様子を確認するに、例の古代人の少年が関係しているのは間違い。

 非現実的、夢と言われればそうとしか思えないこの空間。だが砂を踏みしめる感覚と生臭い海の潮風は間違いなく本物だと脳が判断している。まさか現実の海より先に、幻覚で作られた海を先に見てしまうとは皮肉なものだ。


「お嬢に皆さん……どこ行っちゃったんすかね。街へ向かってくれてればいいっすけど……」


 少し前を歩くローグメルクは顎を擦り、不安げに呟く。他の連中はともかく、彼の主人であるスピカと丸眼鏡の新人【天使】は非戦闘要員。荒事に巻き込まれていたとしたら面倒なことになる。目覚めた浜辺や今歩いている砂地に、魔物の気配すらないのがせめてもの救いか。こちらのように他の者と合流出来ていることを願おう。


「焦ったって仕方ないよ。俺達はすぐ傍でお互い倒れてたから、固まって行動できている。ならスピカ嬢達も固まって行動していると、今は考えるしかない。どうやら街周辺は不毛の土地みたいだし、すぐ誰かに襲われるって心配はないと思うよ」


「お嬢が一人だって考えると心配なんす。俺なんかよりもずっと頭がいい人っすから、目が覚めたら真っ先に街へ向かってる筈っすけど……アダム副司祭は心配にならないっすか? 丸眼鏡さんは【信仰の力】が使えないんすよね?」


 アラネアの言葉に不安を拭いきれない様子でローグメルクは歩みを止めて振り返り、こちらへ尋ねてくる。彼女らの安否を不安がったところで、今はどうにかできるわけではない。私達でさえこの状況が全く分からないのだから、他人の心配をする前にまず自分の身の心配をしろ。


「……アラネアさんの仰る通り、戦う手段を持たない彼女達を心配しても、今はどうすることもできません。こうして移動しながら探してはいますが、本格的に巻き込まれたであろう皆さんを捜索するのは、あの街へ到着してからになるでしょう。従者としてスピカさんの安否を気にすることは仕方のない事ですが、どこかもわからない場所で無暗に動き回る方が危険です。彼女も新人もきっとそうするでしょう」


「流石副司祭、冷静っすね……すいやせん」


「皆よくわからない状況で混乱しているのさ。けれどここで慌てて落とし穴や蟻地獄へ落ちるより、足元や周囲に注意しながら街を目指す明確な目的へ集中した方がいい。俺達が無事に生きてるから、彼女達を守れるんだ。違うかい?」


「その通りっす」


 アラネアに同意を示すも、ローグメルクは煮え切らない返事をする。彼は見た目や言動の派手さに反して繊細だ。手先が器用で気配りができ、魔力を編んで武器や道具を自在に作る【生成術】も扱える。【悪魔】としても優秀な部類に入るだろう。

 その反面器用貧乏でもあり、自身より他者の意見や意思を優先してしまうポラリスと似たような悪癖もある。一度手綱が切れてしまうと、際限なくどこまでも走りそうなところもそっくりだ。

 一方、冒険家のアラネアは一人で未開の地を旅して場数を踏んでいることもあり、このような不可思議な現象に陥っても冷静に状況を判断しようとしている。日頃の言動は緩いが、突然の出来事に対する機転や順序だてた考え方をしているのを見るに、如何に彼が世の中を上手く渡って来たかが分かる。

 しかし……間違いなく今回の件のきっかけを作った人物でもある。どうしてこうも私の周りには問題を起こす者が多いのか。


「いやぁ、それにしても不思議な光景だ。俺も長く冒険家をやってるけど、突然不自然な場所に迷い込む体験は初めてだよ。海は確かに海で陸は砂地。空に雲一つなく、頭上で輝き続ける太陽は【動かない】。植物や雑草が生えていないのは海が近いからってのもあるんだろう。でもヤシすら生えていないのも違和感がある。最初は夢かと思ったけど、確かに僕らはここにいて街を目指し歩き続けているし……これも古代人の技術の一つなのかもしれないねぇ」


 話題を変えたかったのか、アラネアはポケットから手帳を取り出し、周囲の状況を再確認するよう口へ出しながら書き綴っていく。

 意識を失う直前に肌身に着けていた物はそのままのようで、私の腰には剣が鞘に納められた状態でぶら下がっているが、すぐ傍の外壁へ立てかけていた槍が見当たらない。ここで【信仰の力】が使えるかどうかわからないが、振るえる得物が少ないのは少々不便だ。もっとも、これを振るうことなく解決できるのであればそれまでだが、私はポラリスと違って楽天家ではない。原住民の古代人と接触したとして、戦闘は避けられないと考えている。


「それでも滅んじまったんっすよね。【魔女】みたいに自分達が技術で追い抜かれそうになったもんで、焦った神々は文明ごとなかったことにした。……俺はそう聞いてるんすけど、実際そうなんすか?」


「俺や学者の唱える説は、あくまで古代人の残した遺物から結論付けたものだ。世間一般論ではそうかもしれないが、神々に別の思惑があったのだとしたら、それこそ俺達の分かる域ではないと思うなぁ。アダム副司祭、君達【天使】はその辺りをどう捉えているのかな?」


「世界の創造主である神々の意思は絶対です。私達【天使】はその意向に沿う事を義務付けられ、彼らの手足として作られました。しかし、私達【天使】でさえ神々について存じないことは多い……と、申し上げておきましょう」


「なるほど。じゃあ、君自身はポラリス司祭の在り方についてどう思う?」


「司祭の在り方ですか?」


 アラネアはペンを手帳に挟みこんでポケットへしまい、膝を曲げて興味深げな表情で私の顔を覗き込む。日に焼け整った顔立ちだけに、額の六つの赤い瞳が余計不気味さを際立させている。いや、頭部の装飾とでも思えばまだ見れるか。


「失礼ながらポラリス司祭は、上司としても【天使】としても異端です。世界は神々が創造したものであり、【天使】は人間達を導き、神々を崇拝させる事だけを考えさせるべきだというのに。司祭の考えは、【地上界】の人々の方が神々より優れていると言っているようなものです。彼がこのまま考え方を通そうとするのであれば、いずれ今の【地上界】も古代人や【魔女】の二の舞になりかねない。……今はまだ道半ば。ですが同僚が道を誤るのであれば、正すのも私達【天使】の役目です」


 足を止め、奴の二つの赤い目を見返しながら答えた。

 そう、【天使】であり続ける私の道はポラリスと交わらない。今はまだ地位や権力もほぼ同等。反抗したとしてもさらりと流す奴を今すぐ引きずり下ろすのは難しい。なんと言っても同僚の【天使】二人、【特級階級・ルシ】まで奴の肩を持っている。私一人では厳しい。だが他の【天使】や彼らをこちらへ上手く取り込めれば、まだ分からない。

 どちらにしても、奴が本格的に動き始めたら【天界】の管理職共も確実に認知し始める。私はその時が来るまでこいつらを見定める。神々に仇名す道を選ぶか、神々を崇拝する【天使】としての道へ戻るか。……それまでは大人しくしているつもりだ。


「確かに。【天使】としては君の方が在り方は正しいんだろう。真っ直ぐで信心深く、自分の考えをしっかりと持っている。一方で、ポラリス司祭の在り方は他人ありきの考え方だ。人々は人々の力で生き抜けるよう導き、神々が混沌を望むのに対し平和を望んで対立する。それは【天使】としての選択ではなく、司祭個人の意思。彼は不安定で危険な綱を渡り続けることを選んだんだ」


 アラネアは手振りを交え、自身から観ても私とポラリスは思想や理念が正反対であることを再確認する。

 そうだ。奴は在り方は間違っている。だから私とポラリスの道は交わらない。こちらから奴へ染まるつもりは無いし、考え方を取り繕うつもりもない。神々の手足として生まれ、忠実に使命を尽くす私が正しいのだ。


「アダム副司祭。君は彼を間違っていると思っているかもしれないが、それは本当にそうだと言い切れるのかい? ポラリス司祭は君の考えも認め、真っ向から否定もしない。それは世界が歪で、【正しいことは無い】と考えた彼が至った結論だ。生みの親である考えのわからない神々へ忠義を尽くすのではなく、人間を含めた全ての【地上界】の生き物を救う選択したのさ。その人が最も幸福で、他者とのちょうどいい距離感を築くよう努力する行為は、本当に【正しくない】と言い切れるかい?」


「……何が言いたいのですか?」


「俺はね、自慢じゃないけどかなり両親に愛されてるし、周りの仲間達や環境にも恵まれた幸せ者だ。自由に冒険して、自由に冒険先の出来事を皆へ語ったり、料理やスーツを作る事だって楽しめる。今が人生の頂点と言っても過言じゃないねっ!! いや、状況的には良くはないんだけど……俺を認めてくれるポラリス司祭や皆が好きだし、幸せになってもらいたいと思う。勿論、アダム副司祭も例外じゃないよ」


「………………」


「俺が言いたいのは、君が生みの親から存在意義とされた使命を全うしているにも関わらず、君自身はちっとも幸せそうじゃないことさっ!! それでいいのかい? ポラリス司祭は種族や偏見関係なく触れ合って、細く危険な綱を選んでいるのに楽しそうじゃないかっ!! アダム副司祭が愛してくれてる親へ、芽生えた愛を返そうとするならわかるとも。でも、生みの親は愛そうとも思わない世界に愛してもいない息子を放り込んで、ただ自分の為に利用する。……これってすごく不平等だと思うんだよね」


「私達は神々の手足です。崇拝はしていますが、愛して欲しくて崇拝しているのではなく、その為に生まれてきたいわば存在意義。私達が幸せでなくとも神々への信仰が健在であれば、それが【天使】にとっての幸せです。幸福の形が【地上界】の生き物と気高く誇りある【天使】が同じであるなど、そもそもありえないのですよ。例え私が幸せへ無縁そうに見えたとしても、それは余計なお世話ですよ、アラネアさん」


 私の忠義はその程度の言葉で揺るがない。愛など無くとも、神々へ尽くす。私の生まれた理由はそれしかないし、それで十分だろう? 世界とは不平等で歪で残酷だ。秩序は創造主の神々が決めるものであり、私達やお前達のような存在が決めていいものではない。使命を全うできる喜びや【天使】である誇りが幸福であり、神々が称えられる限り【天使】もまた幸福なのだ。


 ――【天使】に愛など不要。与えられることも、与えることも。

 お前ら家畜の目線で、全てを知ったように語らないでもらおうか。


***


「幸福討論はここまで。今は街へと向かうことを優先しましょう。こうしている間に、巻き込まれた皆さんの身に何が起こっているかもわかりませんからね」


 アダムはそう言い、アラネアと俺の横を通って街へ向かって再び歩き出した。そのドライな態度に、アラネアはしょげた様子で俯いてため息をついている。二人がまともに面と向かって話す光景は初めて見たっすけど、どうも合わないというか、アダム副司祭の突っついちゃいけない部分をやたら気にしているというか。……多分、我慢ならなかったんすねぇ。

 頭のいい二人の会話へ入る余地はどこにも無かった。ただ見ていることしかできなかったのが少しモヤっとしたが、今は状況が状況だけにアラネアにも元気出してもらわねぇと困る。


「俺、余計なお世話だったかなぁ」


「まぁ、藪蛇っす。アダム副司祭はポラリス司祭と真逆でドライなんす。アラネアも真に受けることないっすよ。どっちも間違いではないんすから」


「間違ってなくてもあんまりじゃないかっ!? 司祭は大変でも幸せそうなのに、副司祭の彼が両親から道具のように扱われるのを幸せや誇りと勘違いしたまま一生を過ごしていくだなんて、俺はイヤだよローグメルクっ!!」


 今にも泣き出しそうな声をあげて、アラネアは俺の両肩を掴んで揺すり訴える。

 アダムはお嬢と出会った時の暗黒社畜魂すさまじいポラリスを、更に十倍頑固にしたような性格だ。神々を偉大な存在だと盲目的に崇拝して、自分が【天使】であることを本気で誇りに思っている。変に俺達と目線を揃えるような発言をしてしまうとすぐへそを曲げるもんで、彼自身や司祭のことについて話す場合は常に気を付けるようにしていた。

 ただ、他人の好意を無碍にしたりするような人でも無いんで、マジな悪い人じゃない。大らかな司祭基準で考えるとキツいかもしれないが、一般的な神々へ仕える事を誇りに感じている【天使】基準なら、普通かまだ話が分かる方だ。


「ポラリス司祭が【天使】として異端ってのは、俺もなんとなくわかるっす。ルシ公と同じか、それ以上にお人好しっすからね。二人を基準にしちまうと、大体の【天使】はドライな奴か排他的な奴になっちまうっす。根はいい奴でも、他種族や魔物混じりに偏見持ってたりする奴ならアラネアの方が知ってるはずっすよ」


「………………」


「副司祭も副司祭なりに考え方や生き方ってもんがあって、それを今すぐどうこうって言われたり面と向かって否定されたら嫌がりやす。言いたいことは分かるんすよ。けど、もうちょいアプローチの仕方やタイミングは考えた方がいいっす」


「……それもそうだ。俺も少し図々しかったよ。ごめん、少し熱くなり過ぎてた。彼が誰とも交わらず自由でもなく、いつも一人なのが寂しそうでね。心配する君やスピカ嬢達への言い方もどこか刺々しかったのもあって、我慢ならなかったんだ」


 アラネアは俺の肩から手を離し、ポケットからハンカチを取り出して顔の汗や砂埃を拭う。額の六つの赤い複眼は瞼がない代わりに表面が硝子の蓋のようなもので保護されていて、キュッキュッと音を出しながら丁寧に一つずつ磨いていく。


「んでも、いつもなら冷静に流せそうなアラネアがそこまでガチるなんて珍しいっすね。濡れ手拭きとか要るっすか?」


「ああ、そこまで気を遣わないでいいよ。どうせ砂地の風で顔やスーツも汚れてしまうだろうし、やっと頭も冷えてきた。ふー……副司祭と離れてしまったね。俺達も彼へ追いつけるよう少し速足で移動しよう」


 気持ちを切り替えられたのか、アラネアは背筋と背中の四本の足をピンと軽く伸ばし、街へと一人歩くアダムを見ながら答えると歩き始めた。俺も周囲に人影が無いか見回しつつ、隣を歩く。


「【天使】って、難しい生き物だね。種族的な偏見や固執と違って、個性があるのにどこか自分を誰かの便利な道具のように見てしまう。彼らはもっと自分の為に生きるべきなのに、それができない。そもそも【考え方を持ち合わせていない】ように感じちゃうんだ」


「分かる。愛や希望は周囲へあげれるのに、自分自身に向けられる愛や希望は分からねぇみたいな。謙遜じゃなくてマジで分かってねぇもんだから、説明しようがないんっすよね。司祭は多少なりともマシになったっすけど、まだちょいと鈍いとこあるっす。ありゃペントラ姐さんも苦労しそうっすね」


「うん? 君も気付いていたのかい?」


「気付いてたっていうか、あそこまでアピールしてんのにまだくっつかねぇのって――」


「――お似合いの二人だとは思わないかいっ!? 【天使】と【悪魔】の禁断のラブロマンスっ!! 御伽話のようで素敵じゃないかっ!!」


「お、おう、そうっすね。でもまだ直接アタックはしてないみたいっすから、俺らが担ぐより姐さんのタイミングで凸らせてあげた方が――」


「――そうは言ってもペントラさんも乙女、相手は純粋過ぎて恋を知らぬ強敵だっ!! 多少の補助をしてあげる程度したっていいと思うんだけど、ローグメルクは協力してくれるかい? ディナーでもピクニックでも釣りでも登山でもいいっ!! 上手い事二人っきりになれる状況をセッティングしてあげたいんだよっ!! 五年以上も遠くで見てるだけの片思いだなんて、あんまりじゃないかっ!!」


 まーた始まった。アラネアは冒険や料理と同じくらい、人様の恋路に熱くなる。両親の影響が大きいのだと思うが、徹底的に恋仲を発展させようと自腹切っても持ち上げようとするヤベー奴。貴族の娘と平民の男の婚約の間を持ったり、ドワーフ・エルフのカップルの駆け落ちを手助けして自分の使っていない拠点を明け渡したり、結婚の資金援助もそこまでやるかってくらいやる。

 広い人脈に巧みな話術、人目をはばからず偏見も気にしない図太さあってこその芸当。胡散臭く感じるが、交易関係のあるバックス達は皆口を揃えて「あいつはいい奴だが、かなりの変人だ」と言うからには、道楽や遊び、冗談でもなくマジな奴なんだ。


「……厄介な奴に目を付けられたもんすね」


「ん? なんだい?」


「なんでもねぇっす」


 暗く、お嬢や仲間達ともはぐれて後ろ向きな考えしかできない状況でも、この男は良くも悪くもマイペース。俺の不安や緊張を和ませようとしてるのか、その時の考えを夢中に喋る天然か。それはアラネア自身にしか分からないっす。


***


 どれほど歩き続けたかわからないが、私達は街の入口と思われる黒い石造りの街道を見つけた。しかし、白で書かれた街の方角を指し示す誘導矢印以外、看板へ描かれた図や文字を読み取ることができない。

 これが古代文字か? 実物を見るのは初めてだが、現代の【地上界】で人間が扱う文字よりも一つ一つが複雑で、文法の法則性も全く異なる形式のようだ。なぜ彼らはもっと簡易的にすることを選ばなかったのだ? 意味や表現方法を複雑にしたところで、学ぶのにも読み取るのにも時間をとられるだけだろう。

 ローグメルクも看板の前へ立って眉を潜ませるが、数秒もしないうちに読む努力を止めてしまった。


「俺が馬鹿なんすかね。まったく読めねぇっす」


「私達が扱う文字とは随分と異なりますね。これでは住民との会話も成り立つかも怪しい」


「……【中央区】、かなぁ。読める範囲でだけど」


 アラネアは看板の指し示す先の街が【中央区】であると告げるが、周囲は何もない砂地で遠くには海。ここが中央だとすれば、本来周辺にも建造物や住民が暮らす居住区がある方が自然なのでは? やはり私達が迷い込んだこの世界は、色々なものがすっぽりと抜け落ちてしまっている。まるでまだ未完成の世界を見て回っているような……。


「この世界は【箱舟】の中の世界かもしれないね。副司祭も目覚めてから、あれほど酷かった頭痛もしないんだろう?」


「ええ。頭痛はあの少年がこの場にいないというのもあるかもしれませんが、この世界は建物や自然が圧倒的に足りない。【箱舟】の中にある引き込まれた精神が行き着く世界だとすれば、この光景にも納得できます」


「んー……五千年間も古代人が暮らし続けてきた世界がこれかぁ。気温や気候は適しているかもしれないが、俺達が生きるには少し中途半端だ。完璧主義者とも言える彼らが、自分達の生活拠点を安全性や合理性に欠いた状態で良しとするのも腑に落ちない」


「【箱舟】って物の中にある世界なら、俺らが居ていい世界じゃないのは間違いないっすよ。街まであと少し、皆と合流して抜け出す方法を考えやしょう」


 ローグメルクは脚の樋爪と黒い毛に付いた砂を、軽く上下へ蹴りを入れるようにして払い、整地された街道の上へと踏み出す。街道には石を敷き詰めた形跡が無く、岩盤を削りそのまま道にしたような滑らかな造りだ。街の四角く巨大な建物や中央の塔といい人工物であるのは間違いない。現代の【地上界】でも再現できる技術力だろうか。


「踏み心地はまずまず、飛び跳ねるなら結構高く跳べそうっすね。その砂地よりずっといいですぜ。先を急ぎましょうや」



 侵入者を拒む関所や壁は無かったが、服装が黒で統一された奇妙な一団が街道上を塞いでいる。向こうは既に私達の存在に気付いているようで、遮蔽物がないこちらは警戒しながら近付くしかない。


「古代人相手に敵意は無いって主張する時のポーズとかあるすか?」


「一番簡単なのは両手を挙げて素手であることを知らせる。向こうもこっちも野生動物じゃないんだ、威嚇のポーズとは思われないだろう」


 背後の二人はそんな会話を交わしているが、神に逆らい惨めに抗う過去の亡霊共相手に、現代を生きる私達が何を憶する必要がある?

 腰から下げた剣の柄の位置を正し、背中に【信仰の力】を集中させ、いつでも発現できるよう準備を整える。古代人は神に見捨てられた存在、斬って捨てようとも傷が身体へ返ってくることはないだろう。つまり【天使】にとっては排斥しても何ら問題ない、抵抗しようなら武力で鎮圧も容易ということだ。

 接触まで残り三十歩ほどのところで、黒装束の一団は各々携帯している大小の【銃】を構え、三人がこちらににじり寄って来た。全体の数は十三。鎧は身に着けておらず軽装だが、頭部は兜よりも丸い防具で完全に覆われ、その表情は読み取れない。【思考】が読み取れるかとも試したが、やはり神々が認めた【人間】の定義とは異なるのか、失敗に終わった。


「止まれっ!! 貴様らどこの部隊の者だっ!?」


「両手を頭にそこで跪けっ!! ボディチェックを行うっ!!」


「後ろの二人もその頭と背中の装備も取るんだっ!! いいか、抵抗するんじゃないぞ? 女子供とて俺達は容赦しないっ!!」


 くぐもった声で三人の黒装束は指示をし、こちらの間合い数歩手前で横一列に歩みを止め、合わせて近付くのを止める。言語による意思表示は成立するが、向こうは聞く耳持たんといった印象だ。誰に向かって命令しているのだこの時代遅れの敗北者共は。


「えーと、俺達は皆さんと争うつもりは無いです。ただ、この場所がどういった場所なのかお尋ねしたいんですが――」


「――誰が口を開いていいと許可したっ!? 早く跪いて背中の装備を外せっ!! 隣の男もだっ!! 仮装か【ほろぐらむ】か知らないが、奇怪な格好をしている貴様らの言葉を信用するわけにはいかないっ!!」


「……ダメっすね。言葉は通じても話が通じねぇっす。因みに俺やアラネアの角と足は取り外し不可っすよ」


「――なら決まりです」


 剣を鞘から引き抜き、【信仰の力】を発現して六本の【不可視の剣】を作り上げていく。鋭くも脆いこの力を実践で扱えるかどうか、貴様らで試してやる。


「そこの子供っ!! 何をしているっ!? 抵抗するなと――」


 ――中央の奴が反応し、【銃】をこちらへ向けるのが見え――跳躍して間合いに入り、剣で【銃】の先端を切り落としつつ左足の甲でこめかみを狙い蹴りを入れる。鉄とは違う硬い感触がしたが、黒装束はそのまま横倒しになり鈍い音とともに頭を打ち付け、動かなくなった。

 左右二人も私に銃を向けるが、【不可視の剣】で【銃】の先端を切り落としつつ、両腕を切り刻んで無力化する。骨には当てない。【不可視の剣】が折れる危険性と、人間は痛みで簡単に屈服させられる。


「あああああぁっ!?」


「うあぁっ!? あが……っ!?」


 呻く目の前の男と、痛みに悶える左右の男。異変に気付いて背後で控えていた十人も反応し、ある者は傍の物陰に隠れ、ある者は【銃】をこちらに構えるのが見えた――走るには少し遠いか。


「任せてくだせぇっ!!」


 ローグメルクが素早く地面を蹴って急接近する。首や顎といった急所を狙って拳や肘打ちをきめ――瞬く間に隠れなかった五人を昏倒させて制圧する。その間に接近したアラネアは、物陰へ隠れていた五人を背の四本足と両手から出した糸で縛り上げ、完全に無力化していた。二人の手際の良さは経験から来ている物か。まだあの速さや判断力に追い付けないが、こちらも負けてはいられない。いずれはあの速さを超えてみせよう。

 足元で呻く三人の内二人は完全に痛みと衝撃で意識を失い、腕を切り刻んだ一人は何事かを口走りながら足と頭のみを支えにし、立ち上がろうとしていた。


「……惨めだな古代人。神々を超えられると驕り見捨てられ、更には自分達の世界を創るなど、創造主を冒涜するにもほどがある。審判から逃れ閉じ籠っていた五千年間、貴様らは何を見い出した? 生への渇望、未来への希望、文明を壊しその上へ自分達の理想郷を築こうとでも? 亡霊如きが、邪魔をしないでもらおうか」


 聞こえているのかどうかわからないが、黒装束はガリガリと頭部を擦りながらも、相変わらず立ち上がろうとしていた。立ち上がったところでどうする? 両腕は使えず仲間もいない。武器も無ければ知恵も足りない、信仰の搾取すらも満足に行えない害獣が。


「はぁ……はっ……生きたいと、願って……何が悪い……っ!!」


「なんだと?」


「死にたくないと願って……何が悪いっ!! 神々が俺達へ何を与えた? 何を授けた? 何を望んだ? ……違う、あいつらはただ俺達を面白おかしく弄ぶことしか考えてない……っ!! ただ生態系の頂点に立ち続けたいが為に、俺達の文明を終わらせようとした……身勝手だとは思わないかっ!? ならっ、身勝手に生きたいと思って何が悪いんだっ!?」


 目の部分は黒い硝子のようなもので覗き見ることは叶わないが、こいつが私を睨んでいる視線ははっきりと感じる。反抗的な態度、更に神々を愚弄するか。


「神々の意思に反した時点で【罪】だ。生まれ落ちたことへ感謝し、大人しく【天界】に住まう神々を崇拝していればいいというのに。それ以上のものを望むなど、愚かしいにもほどがある。だから貴様らは滅んだのだ」


「俺達はモルモットじゃないっ!! 今ここで生きているんだっ!! 人の手で作られた【箱舟】は、俺達の未来に繋がる希望なんだよっ!!」


 現実の見えていない、反吐が出る理想論。無意識に歯ぎしりをしてしまう。そうだポラリス。これがいずれ辿るお前だ。どれだけ部下や他種族へ手を回そうと、【特級階級】の上司を味方へ付けようと、神々の意思に反した時点で未来などない。希望? 身勝手? 勝手に驕って創造主を裏切り、滅ぶ道を選んだのは貴様ら古代人だ。

 私はこうはならない。堕ちもせず鍛錬へ励み、死や恐怖から遠い道を選び続ける。そこに例え幸福と言えるものが無かろうと、完璧な【天使】で在り続けてみせよう。

 私は剣と六本の【不可視の剣】を振り上げ、亡霊の妄言を終わらせるべく頭へ――


「――ダメっす」


 振り下ろそうと挙げた右腕を、ローグメルクが背後から掴んで止める。なぜだ? こいつらは私達を殺そうとした愚かな古代人だぞ。強引に振り下ろそうと更に力を込めるがビクともしない。【不可視の剣】の方へ意識を集中させ、矛先をローグメルクへと切り替える。


「……納得できませんね。彼らは私達を間違いなく殺そうとする意思がありました。それに古代人は技術力に驕って神々へ背き、自分達の世界を創ってしまった。【天使】として、彼らの悪行を見過ごすわけにはいきません」


「それは少し違うっす。俺達の都合とこの人達の都合は別もんなんすよ。生きたい理由も価値観もバラバラで、そこに自分達の正義を押し付け合ってるだけなんす。だから俺達にとって正しい行為でも、この人達にとっては悪の可能性もあるんですぜ。いくら腹が立っててイラついてても、その考えは強引過ぎやしやせん?」


「……古代人は敵ですよ」


「敵でも会話が出来て、話せばわかる相手にそこまでする必要ありやすか? 俺達もこいつらも頭付いてて、考えられる生きもんなんすよ。副司祭のやり方は本能で襲いまくる獣と大して変わりやせんぜ。こいつらと自分を重ねてるところはあるっすけど、俺はただ【生きたい】って願ったこいつらを殺そうとまでは思わねぇっす」


「………………」



 あの日。ティルレットのレイピアで腹に穴を開けられ、体内に流し込まれた呪いの業火で焼かれた。あの瞬間、私も生きたいと願ったし、神々も救ってはくれなかった。痛みと絶望感にどうすることも出来ず、死にたくないという【生への渇望】と形を成した死に対しての【恐怖】だけが残り、それ以外の事を考えられない。

 【恐怖】や【死】はあらゆる感情を塗り潰してしまう。醜く惨めで、圧倒的な力を前に成す術なく、肺を焼かれながら苦しく呼吸をする。ただその時が来るまで悶え苦しみ、死を恐れ生きたいと願う。【天使】だとしても、【恐怖】に支配されては冷静でいられないと学んだ。自分の未熟さを受け入れ、他者の施しや思考も、時に正しいことを学んだ。


 足元の古代人は未来のポラリスでもあり、過去の私でもある……か。


 振り下ろす力を緩める。ローグメルクも手を離したので剣を鞘に納め、彼へ向けていた【不可視の剣】を砕く。空中で突如鳴り響いた音に驚いているようだが、やはり私の【信仰の力】は【目に視える物】ではないのか。


「【恐怖】や【死】で支配するのではなく、今の【地上界】の人間が彼らのようにならぬよう導く。それも私達【天使】の課題ですね。……怪我人の手当てをして、口が聞ける者から情報を引き出しましょう。見た目は酷いですが傷は鋭く浅い。適切な処置をすれば問題ありません」


「なっ、なんすか今の音? 硝子が耳元で割れたみてぇな――」


「――お気になさらず。一度彼らを街まで運びましょう。お手伝い願えますか、ローグメルクさん?」


***


 轟音と共に一筋の光が、遠くの建物へ落ちたのが見えた。雲一つない晴天だってのに雷かい。

 アタシとティルレットは建物の屋上へ登り、下界を見下ろして他にはぐれた奴らの姿がないか探していた。やたら現実っぽい夢だなと思いながら、そのまま浜辺からなんとなく見えた街へ歩いてきたもんで、街の入り口でティルレットに会わなけりゃ夢と区別がつかなかったろうね。


「随分と冷静じゃないか。主人が傍にいなくて心配なら、あんたやローグメルクは慌てふためきそうなもんだけど」


 建物の縁に座って落雷の方角を確認しつつ、少し離れた所で起立した姿勢のまま下界を見下ろすティルレットへ話しかける。立っている場所が場所なだけに、崖から飛び降りようとしている奴に見えて危なっかしい。流石にこの高さから落ちたら【悪魔】でも怪我じゃ済まない。


「【契約悪魔】は主の身に何かあれば、魔力供給の乱れで気付けますので。不肖、ティルレットはこれを辿ることは出来ませぬが、スピカお嬢様がご健在であるのは確かにございます。【簡易契約】であれど、【色恋悪魔】様はご存じでないのですか?」


「いんやぁ、それは知ってるけどそうじゃない。アタシらのように誰かと共に行動しているならいいが、広く路地も滅茶苦茶多い街で傍に居てやれなくて心配じゃないかって話さね。あんたらにとっちゃ、スピカちゃんは主従関係以上に家族みたいなもんなんだろ?」


「心配ではございます。然し、障害物で見通しの悪い地形。闇雲に動くより、高所から捜索を行った方が賢明にございます。不肖のみでは皆様を発見するまで時間は掛かりまするが、ローグメルクも【上級悪魔】の端くれ。あ奴も無事であれば【何もしない】という選択は取らないと考えます」


 見つけられないとは決して言わない。能力の高さからくる自信や慢心ではなく、そうでなければならないと自分に言い聞かせるように。一瞬もこちらへ目を向けず、下界を見下ろし続けるこいつも表情に出ないだけで、内心必死なんだろうねぇ。まあ、スピカちゃんや丸眼鏡ちゃんはともかく、男連中はなんだかんだ自衛できるから頼りになる。

 目を覚ましてから未だティルレット以外の生き物と出会えていないけど、考えるに古代人の少年の影響でこうなったのは間違いない。城と近辺の奴らが巻き込まれたんなら、ポーラ達も絶対にいる。

 でも、空気中の魔力が濃すぎるのか、アタシらの感覚が鈍っているのか、魔力であいつらを探すことは出来ないし、【七つ道具】を使うにしても貯金が心もとない。自前の魔力はたかが知れてる。厄介なもんだよまったく。

 立ち上がって軽く屈伸し、手首足首をプラプラと回して移動の準備運動をする。


「アタシは雷が落ちた建物周辺の様子を見てくるよ。あんたは?」


「今少しこの場で捜索を続けております。何か進展があればお戻りくださいませ」


「りょーかいっ!! あん?」


 下界の対面にある建物方面から視線を感じ、細く暗い路地に目を凝らす。……誰もいない。向こうの街道の方まで移動したか?


「なあティルレット、あ――」


 ――路地を指さして右へ首を向けた時には、既にティルレットは建物から飛び降りていた。そのまま下の車輪の付いた大きな鉄箱を足場に着地し、視線を感じた路地へ向かい走り始める。……おいおい、二階から一階へ飛び降りるんじゃないんだよ? どんな足腰してるんだいあの情熱女。ていうか、追わなきゃマズい。


「あーもぉっ!! アタシゃあの女とは馬が合わないっ!! スピカちゃんはよくもまあ上手くやってるもんだよっ!!」


 背後の階段を使ってちゃ時間が掛かる。腰に巻いたポーチを開いて【フック】を取り出し、建物の縁へ踏んづけて食い込ませ、魔力を流し込んだ【フック】から溢れた魔力を縄状に細く伸ばしていく。出来上がった赤い綱は地上まで届かないが、十階分は飛ばせそうだ。残りの高さはニ・三階程度。そこからなら飛び降りても問題ない。


「【羽】がありゃこういう時に楽なんだがねぇ。……デカいしイケてないのは好みじゃないが、どこで何が役に立つか分からないさね」


 ゆっくりと縁に足をかけて重心を移動させ、建物の側面を蹴りながら硝子を避けて、するすると降りる。目測通り、三階辺りの高さまで来ると魔力の綱は途切れ、地面へ落下するしかなくなった。背の高い大きな白い鉄箱と、繋がれた荷台らしき部分が街道へ置かれているのが目に入り、建物の側面を強く蹴って荷台へ飛び移る。着地時に中身が空洞なのか『ごうーん』と空洞音がしたが、元は何に使われていたんだろうねぇ。

 それから数秒――爆発と硝子の砕ける大きな音が耳へ入る。足元から目線を上げると砂煙が路地から噴き出していて、どうやら一本向こうの街道で何かあったらしい。情熱女はこんなんじゃくたばらなさそうだが、アタシ程度でどうにかできるもんかね。

 落下してきた【フック】を右手で受け止めて回収し、ポーチへしまいながら街道側から大回りして音源へと駆ける。

アダムはポラリスと何もかもが正反対なキャラクターです。

それでもお互い自身を【便利な道具】のように考えてしまうのは同じで、それは他の【天使】達に言えることでもあります。感情豊かに他人と親しく接すればするほど、なんとかしようと苦しむ生き物なので、事務的に神々へ尽くしていた方が精神的に楽でもある……アラネアやローグメルクの会話はそれを薄々感じていると表したシーンでもあります。

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