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ポラリス~導きの天使~  作者: ラグーン黒波
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第四章・小さな偶像神~【第四節・箱舟】~

前回のポラリスとペントラサイドから始まります。

ペントラさんの恋心は果たして実るのでしょうか?(実れ)

 顔を青くしたアダムが、少年を連れたアラネアを教会へ匿ったと伝えに来たので、ペントラと共に酒場で分けてもらった食事を持って、人気の無くなった教会へと向かう。酒場から歩いて十分程度の距離だが街外れということもあり、建物の明かりが一切無いので月明かりを頼りに舗装された道を歩いていく。


「率いてた羽鎧は死んだようだし、残りの四つ足もそろそろってところかい?」


「自警団、狩猟会から怪我人が数十人出ているようです。重傷者や死者はいないのは幸いでしょうか。居住区へ被害が広がる瀬戸際で、アレウスさんが指揮して食い止めているようです」


「おっさん、意外と人を纏めたり引っ張る力があるのかねぇ。ま、単純に強い奴が一人戦場で無双してるだけでも、現場の兵士達の士気は勝手に上がるもんだ。【勇者】やザガムのおっさんもそうだったし」


「……侵略戦争時のお話ですか?」


「ん。【勇者】は頭が良いと呼べる奴じゃなかったが、どこまでも進んでは不利になると真っ直ぐに自軍へ撤退して来た。ルシが傍にいなくても、自分の身を守ろうとする防衛本能だけは人一倍だったよ。奴は基本先行単独行動、殲滅しそこなったのを後続が仕留め、ザガムのおっさんが拠点周辺や撤退しようとする敵軍へ追い打ち。おっさんは騎兵隊を指揮して敵軍を追い回しながら、確実に敵の数を減らしていくやり方だったねぇ」


「………………」


「戦果が上がれば軍全体の士気も上がる。例え数時間前に見知った仲間が死んでいようと……うんにゃ、上げ続けるしかなかったって言った方がいいかも。それぐらい戦場最前線ってのは、まともな場所じゃなかったのさ」


 抱えたパンや果物の入った袋を見つめながら、隣を歩くペントラは何とも言えない表情で語った。

 喜怒哀楽。感情豊かな彼女だが、最近は戦争時の話を語る時、よくわからない複雑な表情もするようになった。自身の活躍する武勇伝でないからか、こうして語るたびに亡くした知人や仲間を思い出してるのか。今まで酒場で話していた時も……?


 ――過去の犠牲を忘れず、亡くしてしまった者達を糧に今を生きる。スピカ達と同様に、彼女も普段は口にはしないようなことを戦場で行い、これまで背負って生きてきた。他種族の命を奪うような行為も、自分達が生き延びるためにしてきたのだ。当時のペントラの心情は、僕が想像できうるものではない。

 以前スピカ達の元へ行く時に発揮した戦闘技術や、【悪魔の七つ道具】による魔術は紛れもなく本物。的確に相手の急所を狙い、ほぼ一撃で相手を仕留める。極限状態の戦場で効率的に仕留める為に培ったのか、それとも【冥界】にいたころから【悪魔】として備わっていた力か。

 今でこそ【簡易契約】で少ない魔力でやりくりしてる彼女も、【契約悪魔】としてシスターと正式に契約していた頃は、【勇者】と同じ最前線部隊に所属していた程の実力者。万全の状態で力を振るえば、この魔物達による騒動も単独で鎮圧することも容易そうだ。


「……あーやめやめ、この話はやめよ。けど、アラネアがあんたを頼って街へ逃げて来るなんてねぇ。よっぽど魔物達に怒りを買うような事でもしたのか、切羽詰まってどうにもならなかったのか……」


 ペントラは気持ちを切り替えるよう頭をガリガリと掻きながら、教会で待つ【魔物混じり】の冒険家・アラネアについて触れる。


「アダムが聞いた限り、彼の背負っていた少年が原因とのことですが……元々こちらへ訪ねに来るつもりだったようですし、本人一人ではどうにもならない事態なのかもしれません。アラネアさんは、周囲の迷惑を考えられない人ではないです。寧ろよく気が付く人なので」


「【魔物混じり】で冒険家を堂々とやってるだけはあるよ。後ろめたいことなく色々話すし、人に取り入る話術も上手い。アタシらもアラネアくらい頭が良ければ、苦労しないで生きられそうさねぇ」


「僕はアラネアさんの思考を読めませんが、彼の語る過去のお話や、自分自身の在り方も嘘や計算ではない純粋さを感じます。学院などにも通ってはいなかったそうで、頭の良し悪しというより潜在的な才能ですね。僕らが今から頑張っても身に付けられないものです」


「【他人の芝生は青い】とも言うし、アタシらには考えられない苦労もしてるんだろうけど、ああも楽し気に生きてるの見ると羨ましくなっちまうよ。いや、アタシもこの街の人達やポーラ達に、後ろめたいことがあるわけじゃないけどね。なんつーか、こう……私は【悪魔】だ、だからどうしたーって、胸張って生きて行けるようになりたいわ」


 茶化すような言い回しで彼女は笑いながら話すが、僕はいつか【地上界】に蔓延る偏見の壁を壊したいと考えている。スピカ達が歴史の敗北者や忌者として扱われることも、今でも続く種族差別や偏見も全て無くし、誰もが生まれや出生を気にすることなく胸を張って生きられる。そんな世界が作られれば、誰も【生きること】に苦しまずに済む。バックスの住むあの街のように、この街も他種族に偏見の無い街にしたい。そこへ至るまでの道は膨大な時間が掛かるが――


「――時間は掛かりますけど……」


「ん?」


 思考が声に出てしまったらしく、ペントラが反応してこちらを向く。

 後ろで短く結んだ赤い髪に黄色い瞳。肩からざっくりと切り落としたような、未だ理解できないセンスの黒コート。性格は女性と思えない程がさつでうるさく、お節介焼きの癖に口より先に手が出る乱暴な彼女。……でもやっぱりペントラさんには、いつもうるさく笑っていてもらいたいです。


「時間は掛かりますけど……待っていてくれませんか? ペントラさんが【悪魔】として堂々と人間とお話をしたり、一緒に仕事をしたり、酒場で祝杯を挙げたり……簡単ではないのもわかってます。数十年、もしくは数百年かかるかもしれません。でも、きっとそれがペントラさんにとっての【幸せ】になる筈です。僕が……いや、僕達【天使】がいつの日か必ずその願いを叶えます。ですから、その日が来るまで……待っていてください」


 彼女の目を真っ直ぐと見つめながら、胸にわだかまっていた気持ちを彼女に伝えた。


 僕は【天界】に住まう神々に作られ、信仰を集める為に【地上界】へ送り込まれた【天使】。彼女は血で血を洗う戦争に勝利する為、狂王によって【冥界】から呼び出された【悪魔】。身の在り方も、するべき振る舞いも、価値観も、僕らはまったく違う。けれど世界は歪んでいて、本当にそれが正しい事なのかすら誰にもわからない。いや、正しい事など無いのだ。これから【地上界】に生きる僕達が力を合わせて理を創造し、皆が幸せに生きられるよう切り拓いていくのだから。

 あの日教会でスピカさんを導くと誓ったように、僕は【悪魔】のペントラさんも導くと誓います。


 驚いたような、呆気にとられたような表情――ペントラは手に持っていた袋を離し、こちらの両頬を両手で勢いよく挟む。バチンという軽快な音と強い衝撃――一瞬、視界が白くなった。


「ば、馬鹿言ってんじゃないよっ!? あんたみたいなひょろひょろの十年程度しか生きてない【天使】が【悪魔】を口説き落とそうなんて百年早いっ!! 早過ぎるっ!! もうちょっとこう、沢山人生経験積んでからそういうこと言いなさいなっ!? あっああああんたには、ス、スピカちゃんだっているでしょうにっ!? アタシなんかの為じゃなくて、あの子の為にしなさいっ!! アタシはついででいいからさぁっ!!」


 顔を赤らめ、涙目になりながら早口で、彼女はそう話したと思う。直後に世界が回った感覚がし……それ以降の言葉は、よく覚えていない。


***


 気絶したポーラを背負って、回した手にパンや果物なんかが入った袋を掴んで、教会へ向かってるんだけど……心臓がバクバク言っててヤバい。爆発するんじゃないかい? それとも発作かなにかかね?


「っとにもう……紛らわしい男だよ。アタシもアタシだけどさぁ……」


 口から感情が漏れ出す。教会へ続く道に建物や人がいなくてよかった、今のアタシ絶対不審者だもの。

 だってさ、あんな言い回し勘違いしちゃうじゃん。こいつはなんの気なしに【懺悔室】へ来る人間の相談を受ける気持ちで答えたのかもしれないけど、アタシの為にそうしちゃうとか冗談でも言っちゃダメだよ。アタシは【悪魔】であんたは【天使】。本来はあんたらが人間を【導く】のに対し、誘惑してかどわかすのが【悪魔】なんだよ? いや、全員が全員そうってわけでも無いけど、いくらお人好しでも【天使】のあんたがそれ言っちゃダメだから。


「卑怯でしょ、そんなの。ズルいよ、あんたは……」


 背中でポーラの体温や心音を感じる。あれだけ食ってるのに軽いし細いし、背負ってるから顔すぐ隣にあるし……あんまり寝てないのか目の下にクマもあるし。ホント、仕事の報告期限間近になると狂ったように寝ないで作業し始めるからね。アタシゃ勤務中にぶっ倒れたりしないか心配だよ。【天使】の【下級】は名前も無ければ性別も無い、【中級】になって名前や性別が与えられても、上司の命令で馬車馬の如く走り続けて使い潰される。【天使】ってのは縦社会な分、窮屈で最悪な労働環境だね。

 【悪魔】は【下級】でも名前や性別もあるし、【冥界】だと【魔神】と契約さえすれば、不自由無く一生遊んで暮らせるってのに。まあ、【魔人】達の勢力争いで招集されたりとかたまにあるけど、それだって十年に一回か二回で、【冥界】は【死】の概念が無いからマジもんの【戦争ごっこ】。【地上界】のように必死になって戦果上げようとする奴の方が珍しいくらいさ。


「アタシも働きもんだけど、あんたはもっと働き者だよ。……なんでそんなに頑張るのさ? スピカちゃんの為かい? それとも――」


 ――ないない。それはない。あったとしても、アタシが【悪魔】であると【天界】にバレたら自分の立場も悪くなるし、スピカ達にとっても都合が悪い。一番はそっち、アタシはそのついで。お零れを貰ってるだけだよ。浮足立っちゃいけない。たまたまだ。ラッキーだ。ポーラはそもそも恋愛感情とか無いし、なんとなくそうしなきゃって後先考えず動いちゃうところもあるからきっとそれだ。うん、そうだよペントラ二十五歳。【冥界】も含めると五十超えるけど。


「でも……好きなんだよなぁ――」


「――素敵じゃないかっ!!」


「ヴァぁあぁあっ!?」


 いつの間にか隣に並んで歩いていた黒い人影へ驚き、変な声が出た。真横へ飛び跳ね着地した時ひっくり返りになったが、背中のポーラを下敷きにするわけにもいかず、両脚で踏ん張って留まる。


「ああっ、ごめんよっ!? 教会の入り口で待ってたら姿が見えて、迎えに来たんだけど……」


 黒い人影――背中に少年を背負ったアラネアが、気まずそうな表情で穴の開いたシルクハットを取って謝罪する。スーツのいたる所が切れボロボロなのが目についたが、それどころじゃない。


「あ、あんたどっから聞いてたっ!?」


「ええっと、『卑怯でしょ、そんなの。ズルいよ、あんたは』辺りから……かな?」


 いつからだよ、言ったアタシ? 覚えてないんだけど。


「声くらい掛けてよおぉもおおぉっ!?」


「掛けたさっ!! 無視されたけどっ!!」


「あああぁもおおおぉアタシバカああぁっ!!」


 ヤバい、死にたい。ディアナ、アタシ初めて恥ずかしくて死にたいって思ったよ。あんたの気持ちなんとなくわかったわ。かなりの大声で叫んだと思う。けど、ポーラはガッツリ寝てて起きなかったし、アラネアが背負ってる金髪の少年が目を覚ますこともなかった。


「死にたい」


「落ち着いてペントラさん?」


 羞恥心が極まったアタシを、顔から冷汗を垂らしながらアラネアはなだめ、胸ポケットから小綺麗な白いハンカチを取り出して差し出した。あんたもいい男で性格もいいから、余計に刺さるよその気遣い。でも手がポーラとあんたの飯で塞がってんだけど。


「俺はすごく素敵だと思うよ。男女が恋をしちゃいけない理由なんてないだろ? 一目惚れでも友達以上恋人未満でも、一度好きになったら仕方ない。その恋心が冷めるか諦めるかにしろ、ペントラさんに芽生えた感情は紛れもなく本物なんだ。ほら、俺の父さんと母さんだってそうさ。父さんは人間だけど、真剣に愛の告白をしてくれた女郎蜘蛛の母さんを受け入れ、俺を生んでくれた。周りからどう言われようとも、今も二人は世界のどこかで幸せに旅を続けてるし、俺も今生きていることが幸せだよ。種族とか身分とか立場とか、みんな色々気にし過ぎなんだってっ!!」


「だって……こいつ【天使】だし……アタシは【悪魔】で、こいつを支える立場ってだけでも、十分おかしいのにさぁ……」


 それでも好き。ローグメルクやティルレットのように、お人好しで忠実に主の使命を全うするのとは違う。使命でもなんでもなく、ペントラとしてポーラが好きなのよ。最初は何だこいつって興味半分。からかいながら酒場で絡んでたけど、アタシやマリアを守ろうと必死だった姿にきゅってなったし、仕事以外は無頓着で飯食ってぼへっとしてるのもなんか可愛いし、魔王の娘だろうが【悪魔】だろうがそれがどうしたって、真剣にスピカやアタシの願いを聞いてくれるところとかぁ……。

 うなだれる私の顔の右横にはポーラの顔があって、呑気にすうすうと寝息をたててる。


「……好きになっても、いいのかな? だってこいつ、スピカちゃんの為に頑張らないとだし……」


「うん?」


 数秒首を傾げたアラネアはパッと気が付いたような表情をし、屈んでアタシの視線へ合わせにっこりと笑う。


「スピカ嬢とポラリス司祭が結びつくのもいいけど、俺はペントラさんの恋心を応援したいな。スピカ嬢もきっと色んな意味で喜ぶし、ペントラさんもハッピーっ!! もし駆け落ちとかするなら任せて。神様にも見つからなさそうな秘境は沢山知ってるからさっ!!」


「はぁああ……あんた達なら、しぶとく地の果てまでも神様から逃げられそうだねぇ」


 考え過ぎなのかもしれないし、アラネアが考えなさ過ぎなのかもしれない。けど、誰かにこの感情を吐き出して認められると安心するもので、ぼやきながら歩いていた時のぐるぐるもやもや感は無くなった。


 アタシはポーラが好きでいいんだ。


***


 意識が戻ると、そこは見覚えのある教会地下の休憩室。スーツの上着を脱いだシャツ姿のアラネアがパンを食べながら椅子へ座り、腕を組んで壁に寄りかかるペントラと話しているのが視界に入った。頭がまだ揺れている感覚がする。だが、今はゆっくり横になっている場合ではない。頭を押さえてソファから起き上がり、時刻を確認する。午後二十八時。……ほぼ真夜中、そんなに寝ていたのか。


「目が覚めたかいポラリス司祭っ!? 待っててっ!! 水と淹れ立ての紅茶を持ってくるからっ!!」


「い、いえ……僕にはお構いなく……」


 返答を聞くよりも早く、アラネアは立ち上がり調理場の方へ走って行ってしまった。非常時でも焦りを感じさせない、他者を気遣う余裕のある人だ。身体にかけられていたのは彼のスーツの上着のようで、切れた箇所を目立たないよう補修してある。逃亡中に切れた部分を、教会へ隠れている間に即席で直したのか?


「まったく、あの程度で気絶してちゃ世話ないさね」


「……誰のせいだと思ってるんですか」


「だ、だってっ!! あんたが紛らわしいこと言うからでょうっ!?」


 顔を赤らめたペントラがこちらに指を差して無罪を訴える。紛らわしい? 心当たりがないのだが、何か勘違いしているのだろう。そう彼女へ問いただすよりも頭痛と目眩が勝ってしまい、立ち上がりかけてソファへもたれかかる。なんだろう、この調子の悪さは? ペントラに盛大に引っ叩かれたからだけではない。他人の【思考】へ意識が引っかかって、そちら側へ引っ張られかけるような……妙な感覚。


「おいおい、そんなに頭が痛むのかいっ!? や、やり過ぎた?」


「い……いえ、なんだか【思考】を読み取る力が引っ張られるように、ぐるぐるしてて……ちょっと待ってください」


 目を閉じて集中し、強引に割り込んでくる何者かの【思考】から、自分の意識を切り離す。耳奥で<ばつん>と張っていた紐が切れるような音がして、頭が振り回されるような感覚と目眩はなくなった。少し頭が痛むが、立ち上がれない程でもない。

 心配そうにペントラが僕の顔を覗き込んでいると、カップを二つ持ったアラネアが戻ってくる。


「まだ顔色がよくない。もう少し横になってた方がいいんじゃないかい?」


「大丈夫です。それより、アラネアさんが無事でよかったです。……一体何があったんですか? あの魔物達はあなたの連れていた少年を狙っていたそうですが」


 彼から水を受け取り、少しずつ飲み込んで喉の渇きを潤す。紅茶の入ったカップをアラネアは近くのテーブルへ置き、椅子に再び腰を下ろした。


「うん。魔物達はどうやら遺跡の棺から見つけた、あの【古代人】の少年をどうしても殺さなきゃいけない事情があるみたい。その子は今仮眠室で寝かせてるけど、ずっと眠りっぱなし。呼吸も体温もあるし、生きてはいるのは確かなんだ。……でも、本当に人間かどうか確かめる術も俺にはない。五千年近くも密封された棺の中でぐうぐう眠っていたなんて、普通じゃ考えられないしね」


「………………」


「そこで、人間の【思考】を読み取れるポラリス司祭達へ訪ねるついでに、森の拠点へ戻るまでの中継地として一泊させてもらえないかって思って来たんだ。……道中で彼らに追い回されてどうしようもなかったとはいえ、俺の都合で街の住人や司祭達を巻き込んでしまったのは俺の責任だ。ごめん……これも俺の身勝手の結果だし、余所者が頭を下げたって無責任なのはわかってるけど……君らや街の人達にはちゃんと謝りたいんだ」


「……そうでしたか」


 穴の開いたシルクハットをテーブルの上へ置き、彼は唇を噛み締め頭を下げる。よく見ると彼の身に着けたシャツも至る所に縫い合わされた跡があり、腕の数ヶ所は真っ赤な血が滲んでいた。迫りくる魔物達を振り切ろうと、必死に走っていた光景を思い出す。街へ入る寸前まで魔物達をどうにかしようと、彼は平原や山を駆けずり回っていたのではないだろうか。

 自分の身が惜しければ【古代人】の少年を置いていけばいいのに、その選択を最後まで取らなかった。確かに怪我人は出たし、不安を覚える住人もいたが……僕はこれ以上、彼を責める気は無い。ひいき目ではないかと言われれば否定はできない。だが、そんな最中で信頼し頼ってくれたアラネアに対し、見捨てるようなことをしたくはなかった。


「頭を上げてください、アラネアさん。重傷者や死者が出たとはまだ耳にしていませんし、自身ではどうしようもない時に皆を【導く】のが【天使】の仕事。皆の中にはあなたやスピカさん達も勿論含まれます。……安心してください。寧ろあなたが【天使】を頼ってくれて、僕は嬉しいです」


 頭を上げた彼は今にも泣きそうな表情をしていたが、こちらの言葉を最後まで聴くと、いつものようににっこりと笑いもう一度頭を下げ、穴の開いたシルクハットを被り直す。


「ありがとう、ポラリス司祭っ!! あなたは他人のことを考えられる本当に素敵な人だっ!! ああそうだ、紅茶をどうぞっ!! 茶葉は教会の調理場にあったものを拝借させてもらったけど、以前美味しいと言ってくれたそのままの味にできてると思う。本当は土産の一つや二つをあげたいんだけども、生憎手持ちが無くてね。今はそれが精一杯。また今度会いに来た時は楽しみにしてて」


「どういたしまして。紅茶、いただきますね」


「いやぁ、教会なんて今まで怖がられて一度も入ったことなかったから、ある意味俺にとって遺跡なんかよりも秘境中の秘境だよっ!! ペントラさん、彼なら君を幸せにできるっ!! 俺が補償するっ!!」


「よよっ、余計なことは話さなくていいっ!! こっちだってあんたがいない間、化け物みたいなおっさん一人どうにかしようと大変だったんだよっ!?」


 ペントラはスパンとアラネアのシルクハットを上から叩き、そのやり取りを見ながら受け取った紅茶を一口含む。彼が淹れてくれた紅茶は本当に最後に飲んだ時の味と風味で、同じ茶葉を使っているとはいえ素人の僕とこうも差が出るのかと驚いた。

 ……ふと、彼が連れて来た【古代人】の少年が気になり、じゃれる二人を部屋へ残し、隣の仮眠室へカップを持ったまま向かう。部屋の扉をそっと押し開け、仮眠用の木で組まれた質素な二段ベッドの下段を覗くと、金髪で肌がやけに白い少年が浅く寝息をたてていた。枕元の棚にはランプが置かれ、彼の周囲と狭い部屋を照らすには充分な光量である。



<【箱舟】――世界の終わり――逃れる為に、我々は未来へと希望の【箱舟】を――は我々の――――滅びぬ――>


<幾星霜――長き航海終わる時、夜空から【天使】が舞い降り、我々を新たな肉体へと引き合わせる>


<【箱舟】は希望。肉体は滅びようとも、精神までは衰えぬ>


<この【偶像神】を恐れることなかれ。光で焼き尽くされようと【終末】を乗り越え、更なる進化を遂げるのだ>


<崇めよ、この神を。我々が生み出した唯一無二の神。皆を遥か未来へ運んでやろうぞ>



<――お前も我々の【箱舟】へ加わるか?>



 彼へ一歩近付いた時、再び意識が何者かに引っ張られそうになる。【思考】を読み取る力は抑えてあるが、無理矢理向こうが意識へ干渉し――視界が回り、足元が揺れ、地震とよく似た錯覚――震える手から紅茶の入ったカップが滑り落ち、割れる。仮眠室から転げるように出て、廊下の壁へもたれかかり意識を落ち着かせる。酷い耳鳴りはまだ耳の奥で鳴り続け、痛みで鼓膜が破れそうだ。


「司祭っ!!」


「ポーラっ!!」


 物音を聞きつけたのか、休憩室からアラネアとペントラが飛び出して来る。回る視界を沈める為に目を瞑り、そのまま背を壁に当てた姿勢でずり落ち、廊下の床にへたり込む。それより、アラネアの話を聞いて直感的に考えてしまった一つの【嫌な予感】が的中してしまったことを、今すぐに伝えなければならない。


「はっ……はぁっ……アラネア、さん……【古代人】の少年、ですが……膨大な【思考】や人々の意識が、あの子の身に【凝縮】されているように感じました。す……すみません。ちょっと気分が……すぐに治まると思うので……ペントラさん、肩を貸していただけますか……?」


「わかった、立てるかい?」


 どうにか彼女の肩を借り、アラネアに腰を支えられて休憩室へと戻り、ソファへ再び横になる。離れているだけで楽になったことから、原因はあの少年で間違いないようだ。アラネアは自身のポケットから取り出した手帳をなぞり、ぶつぶつと呟いている。


「あの少年は【思考】や意識の集合体……彼らはそれに釣られてこの子を襲い、殺そうと……? なんでだ? 彼らにとって【脳】のような重要な存在で……いや、敵対関係なのか?」


「あ? さっき言ってた棺に書かれてた文字かい?」


「うん。丸写ししておいたんだけど、俺にも判読できない部分が多くて……ベファーナちゃんなら読めるかな」


「あの子へ頼らなきゃいけないのは気が進まないねぇ。悪用されたら手に負えないよ」


「とにかくだ。現状はあの子を【天使】に近付けちゃいけないってのはわかった。明日拠点に戻るまでの道中、俺が少年を背負って先行するから、お互い少し離れて歩こう。ごめんポラリス司祭、早速危険な目に遭わせて……」


「いえ、大丈夫です。治まって来たので……距離をとることは僕も賛成です」


 ああ、そうか。アダムが調子が悪そうに青い顔をして戻ってきたのも【古代人】の少年に【当てられた】からか。それなら納得がいく。

 アラネアは濡れたタオルを持ってくると調理場へと駆けて行き、ペントラは心配そうに椅子へ座ってこちらの容態を見ていた。


「……ペントラさん、【箱舟】ってなんですか?」


「【はこぶね】? アタシは知らないけど……それがどうしたってんだい?」


「【古代人】の【未来への希望】……だそうです」


***


「イーヒッヒッヒッ!! 確かにこれは【箱舟】ダッ!! しかもかなり狂ってルッ!! これを思いついた奴はある意味天才デ、ある意味馬鹿ダッ!!」


『どういう言う意味だ?』


「ぶるるるるっ!! ベファーナちゃぁんっ!! 俺様達にもわかるよう説明してくれよぉっ!!」


 知りたいかイ? 知りたいよネ? 【この物語を何処かで視ている君達】モッ!!

 いいや、【観ている】のかもしれないし【読んでいる】のかもしれなイッ!! ウチにはぜーんぶお見通しの筒抜けサッ!!

 例えバ――イヤイヤ、やっぱり止そウ。君達の一人一人の頭の中を一字一句言い当ててしまうト、貴重な【観測者】の君達は狂い死んでしまウッ!! おっとシツレイ、本題へ戻ろうカ。


 ゴホンッ!! ウチは【隕石鋼】で出来た棺から取り出した【ブラックボックス】と白い花を手ニ、察しの悪い一人と一頭へ説明する為、箒に跨り棺の真上へ飛ブ。崩落した天井から降り注ぐ白い月明かりを浴びながらネ。その方が雰囲気あるだろウ?


「いいかイ? この棺の中には【古代人】約六十億人の意識をその身へ宿した【脳】が入っていタ。ウチらが来る前に【脳】は誰かさんに持ち出されちゃったみたいだけド、肝心の【説明書】とこの花は置いてってしまッタ。マヌケだネ。入っている物全てウチへ持ってきてくれれバ、すぐわかったろうニ」


『――――――』


「君らも知っているだろウ? 【神々の黄昏】。またの名を【ラグナロク】、【世界の終末】とも呼ばれている五千年前に起きた大災害サッ!! 栄華を極めた【古代人】は神々の大行進によって滅ぼさレ、現代じゃ金属で造られた遺跡が各地にぽつぽつと残されているのみダ。神々には勝てないと悟った彼らは運命を受け入レ、【精神】だけを未来に託したのサ」


 素敵な話だって? それは【タイムカプセル】って奴だろウ、知ってるとモッ!!


『ほう。滅ぶ間際が文明の最高潮であったのは耳にしていたが、よもや【精神】を別の身体へ移し替える技術を有していたとは。確かに肉体は既に死んでいるのだから、怒れる神々の目を欺くことも容易かっただろうな』


「でもよぉ、【脳】だけ生かしても意味ないんじゃねぇ? 身体は一人しかないのに、六十億人で山分けするんなら全然足りねぇぞぉ?」


 意外とこの馬鋭いよネ。ただの馬鹿じゃないのは飼い主のお陰かナ? パチリと指を鳴らシ、怪訝そうな顔をする馬の足元へ人参を出してやル。賢い子にはご褒美ダ、喜んでお食ベ。


「ああああぁっ!? テメェまた俺様をペット扱いしやがったなぁっ!?」


「いらないかイ?」


「いらねぇとは言ってねぇっ!!」


 馬は器用に口先で人参を咥エ、ぼりぼりと食べていク。我ながらペットに優しいナァ。その様子を見て満足げにザガムは馬の首を撫でタ。


『だが、問題はそこにあるのだろう? 君の持つ箱は【説明書】と言ったな、どういった手順が記されているのかね?』


「簡単サ。【脳】の頭へ埋め込んだ【箱舟】を、代わりの生き物が栄えている時代で殺せッテ。勝手に野垂れ死んでもいいシ、そこに転がっている【古代人】の【精神】が入った兵士に殺させてもイイ。この花は生き物を昏睡させ仮死状態にシ、延命処置ができる希少な植物。だけどどのみち死ヌ。棺開けられたら最後、依り代となった【偶像神】が目を覚ました時、六十億人の精神負荷に耐え切れなくて狂い死ヌ。デ、死んだらその世界の六十億人分の【精神】を乗っ取ッテ、そこを新しく自分達の物しちゃおーって作戦だったのサッ!!」


 ザガムは口には出さなかったけド、まるで御伽話か娯楽本の世界だなと思っていタ。マァ、ウチらにとってはここが世界サ。強ち間違いでもないヨ。馬は驚いて人参を気管に詰まらセ、下品な声でむせかえル。そうだよネ、だって文明単位で乗っ取る国賊と同じ様なことだもノ。ウチとしてもこれはヒジョーに困ル。


 嫌でショ? 見ず知らずのおっさんが入ったベファーナちゃんとカ。……エ、意外とそういうのも需要あるっテ? それはイイッ!! 才能あるヨッ!! 君らは転生された先にあッタ、本来の人間や生き物の精神がどうなったか考えたことあるかイ? 本来あるべき精神は死ぬことも途絶えることも無く閉じ込めらレ、自分の意思ではない光景や見たくないものまで見せ続けられルッ!!

 こんな冒涜的で最高に狂った物を愛し続ける君達は実に面白イッ!! 何事も介錯の仕方一つサッ!! イーヒッヒッヒッ!!


「ヴェッフフェッ!? オオウッフェッ……!! なんだそりゃぁっ!! 頭おかしいんじゃねぇの【古代人】ってやつぁっ!?」


『だが非常に合理的。対象に規則性が無く無作為になるだろうが、そうして文明単位で乗っ取ることで次の世代へと繋ぐ。その精神力や志だけは見習いたいものだ』


「主殿ぉっ!? そこ感心してる場合じゃないぜぇっ!?」


 ソウ、感心している場合じゃなイ。こっから先は【古代人】が馬鹿だと証明する説明ダ。【ブラックボックス】と花を動かなくなった兵隊へ放り投ゲ、箒から飛び跳ねて棺の縁へ華麗に着地すル。ツギハギの帽子を被り直しテ、真剣な雰囲気でネ?


「ザガム君。君は五千年間暗く狭イ、身動き一つも許されないような檻に監禁されたならどうなると思ウ? 眠ることも許されズ、耳元では陰鬱な声が常に付きまとウ。一日二日、強靭な精神力を持った君なら数年は耐えられるだろうけド、それが五千年間続いたとしたラ?」


『狂ってしまうだろうな。――ああ、なるほど。君は実に賢い【魔女】だ、ベファーナ嬢。ある意味馬鹿だと言った言葉を、私はようやく理解したよ』


「ぶるるぅ? 俺様にはさっぱりだ。どういう事だぜ?」


 ベファーナ嬢じゃなくて【ベファーナちゃん】って呼んで欲しいのだけどネ。マァ、それは寛大な心で聞き流してあげるとしテ、察しのいい【観測者】諸君なら理解したでショ? 世の中そんなに甘くないんだってネ。


「こいつらが馬鹿なのハ、【五千年間の精神旅行に六十億人全員が耐えきれる】って算段で【箱舟】と【偶像神】を作ってしまったことサッ!! イヤイヤ、無理でしょそんなノッ!! 人間の精神ってのはそんな長く保てる作りじゃなイッ!! だから仮に【偶像神】を殺してウチらの精神を乗っ取ろうト、その場で狂い死ぬか己の新しい肉体や他人が狂い死ぬ光景に絶望して死ヌ。いくら神の目が腐っていようト、【地上界】の六十億近い命のパ~ンデミ~ックを見逃しちゃうってのはあり得ないシ、そうなったらまた【ラグナロク】が起こるだろうサ」

 パチリと指を鳴らして箒を呼び出しテ、もう一度棺の真上へ舞い上がル。花の効力は一度離されてしまうと持って二日。あと一日しかないヨ。それまでにケリをつけなきゃネ。


「世界を救うだなんて早々出来る体験じゃなイ。諸君、張り切ってやろうじゃないカ?」




 【観測者】諸君。ウチだってこの世界じゃ万能そうに見えるけどモ、実際そうじゃなイ。

 変えられない事象もあるシ、戻せない事象もアル。君らは常に安全な場所からウチらを覗き見ているシ、この物語に出てくる人々からそれを認知されることもなイ。

 ケレド、けれどネ。ウチはどちらかというとそちら側。

 時に可笑しク、時に勇ましク、時に醜く振る舞おウ。愛おしくも歪な世界の行く末ヲ、一緒に眺めていようじゃないカ。


 ウチの頭の中は快適だったかイ? それとも苦痛だっかナ? ではマタ、いずれ会う日まデ。

未来旅行、タイムカプセル、異世界転生……どれも夢のあるお話ですが、本当はそんなに生易しいものではないのかもしれません。

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