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ポラリス~導きの天使~  作者: ラグーン黒波
24/64

第三章・【悪魔】とエクソシスト~【第十節・根付き】~

アレウスさんを中心とした第三章は、この節で幕を閉じます。

彼の足が次に向く先は……

 直ぐに目を覚ましたポーラ司祭は俺と軽い手当てを受けたあと、アダムとペントラを背負って日の高いうちに急ぎ街へ戻り、業務に当たっていた丸眼鏡の新人と、応援に来た【ルシ】と交代で業務へと復帰した。ペントラは彼女の弟子達へ預け、アダムは教会地下の休憩室に寝かせていたが、彼が目を覚ましたのはその日の夕方過ぎであった。

 司祭が軽い昏倒で済んだのは、前日に乾燥させた【活力草】を直で食べたからだろう。薬草学の知識がある自分としては危険極まりないと思うのだが、今回は逆にその行為で救われてしまった。俺一人で三人も抱えて帰るのは無理だったろう。

 重傷で動けなくなったアレウスがスピカ達の元で療養している事、彼は彼女らの脅威でなくなったことを司祭と俺は【ルシ】へ報告し、この一件は記録されることのない歴史として幕を閉じた。



 騒動から三日後。提出期限の迫った報告書を、教会地下の調理場でアダムと書き纏めながら、療養中のアレウスについて考えていた。

 俺達は変わらず、【天使】として多忙な日常を送っている。報告書の作成作業とも重なってしまい、未だ彼の容態を確認しに行けていない。翌日には全員無事業務へ復帰し、手の空いた【ルシ】は一度アレウスへ会いに行ったそうだ。肩の切れた腱や無数の刺し傷も、シスターの施術により問題なく完治し睡眠玉による後遺症も無く、回復の経過は良好ではあるとのことだった。

 今後彼とはどう接するべきだろうか。……弱肉強食理論に対し、俺達は俺達の力で証明したが、アレウス本人とまだ十分な意思疎通を図れたとは言えない。いずれにしろ、もう一度会う必要があるだろう。


「……【アポロ】、手が止まっているぞ。また居眠りか?」


「え? ああ、いえ。アレウスさんについて少し考えてまして――」


 ――【アポロ】。偽名の【オレルス】ではなく、【特級階級・ルシ】から神々の代理として、【中級天使】の階級や性別と共に授けられた名前。【狩人】として契約書へサインをして活動するのは、住民や狩猟仲間に怪しまれないよう元の偽名を使う必要はあるものの、司祭・アダム・新人・ペントラには既にこちらの名前で呼ばれている。先日昇級を受けたばかりで、俺自身はまだ新しい立場や名前に馴染めていない。

 今書きまとめている提出物も、【下級天使】としての報告書と昇級手続きの提出物が入り混じっている状態だ。一人では見落としが出る可能性もあり、副司祭で経験のあるアダムに教示してもらいながら書き進めている。


「あの男の事だ。不穏な動きがあれば間違いなく騒ぎになるが、それらしい住民達の噂話や不安の声を確認していない。……強いて言えば、森の付近で【首無し騎士】を見なくなったと、旅人が酒場で話していたくらいか」


「【首無し騎士】の正体はザガム……さん、だったんですね」


「ああ。【魔女】と契約を結んだことで【はぐれ悪魔】ではなくなり、魔力を求めて彷徨う必要が無くなったからだろう。住民や旅人の不安を払拭できたのは良い事であるが……私はあの【魔女】を信用していない」


 俺の報告書を机へ置き、アダムは副司祭服の袂から、紐で束ねられた古めかしい本を横に並べる。表紙は一部剥げ落ち色褪せているが、辛うじて【魔女と禁忌】と読み取れた。


「古物商から買った歴史書だ。【魔女】など、御伽話の鼻で笑う程度の認識でしかなかったが、実在するとなれば内容の信憑性も変わってくる。……私達は彼女について、詳しく知らなくてはならない。他人の命をなんとも思わん、危険な人物であれば尚更だ。お前も読んでおくといい」


「で、でも、先輩の事を助けてくれたんですよ? ベファーナちゃんや【魔女】について知るのは俺も賛成ですが、一概に彼女を危険人物扱いするのはどうかと……」


「……ベファーナちゃん?」


「ベファーナちゃんです。本人が【友人】として、そう呼んで欲しいとのことだったので」


「お前ら……私が意識を失っている間に、余計なことを吹き込まれてないだろうな?」


 アダムは俺の返答に額へ手を当て、呆れた表情をする。

 ベファーナは、俺やポーラ司祭と会話という会話をしなかった。そもそも会話が成り立っていたのかすら怪しい。彼女は常に思考の先々を読んで一方的に話し、言葉巧みに相手を丸め込もうとするしたたかさを持ち合わせている。【天使】が人間の【思考】へ介入し、【お告げ】をするのは慣れているが、逆に【思考】を常に読まれ続ける側になると、相手の善悪に限らず少し怖くも思う。それさえも彼女に読まれてしまっているのだが。


「容姿が子供でも、スピカ嬢も警戒していた程の相手だ。常識すら通じない彼女と接する際、隙を見せるな。伝説上の滅んだ種族が生きていたと世間に知れたら、王都や神々も動きだすだろう。……私達だけではアレウス氏一人を捻じ伏せるのがやっとなのだ。あまり負担を増やしてくれるなよ」


「あれ? 接触するなとは言わないんですか?」


「神出鬼没で何を考えているかもわからない。こちらの【思考】を読める力に【禁忌の魔術】……接触しようと思わずとも、向こうから出向いてくる始末の悪さ。親密になり過ぎず、敵対しない程度な距離を取れ。言葉を鵜呑みにせず、そそのかされて流されるな。どれだけ親密に接してこようとも、奴は【魔女】で私達は【天使】だ。分別の利く【悪魔】や魔物と理解し合うのとワケが違う」


「向こうから出向いてくるって……来たんですか? 先輩の所に」


「昨晩、寝室に押し入られてな。助けたことを『貸し一つ』と言ってあれこれと話をされたが、聞く耳ももたん下らん話だった。私は奴の友になるつもりなどないし、スピカ嬢達とも友ではない。【思考】を読まれているなら、腹の探り合いすら意味もなさない。丁重にお帰り頂いたよ。睡眠時間を削られる方が惜しい」


 アダムが差し出した歴史書を手に取り、パラパラとめくり目を通す。経年劣化と染みで消えかけた文章、古い紙の臭い。他にも術式陣や【禁忌の魔術】に用いられるであろう、道具の挿し絵がいくつか……そのうちの一枚が視野に入り、手を止める。


「【目玉の入った宝石のペンダント】……これと同じ物を、ベファーナちゃんも首から下げていましたね」


「文章通りなら、あれは魔力を増幅させる補助器具だそうだ。全知全能と私達へ謳い見下しつつも、奴も【魔女】としては未熟ならしい。弱点足る代物かどうか判別出来ないが、覚えておいて損はないだろう」


 したたかでありながらも、子供のような姿と無邪気な振る舞い。人間よりもゆっくりと老いる【魔女】の精神面の成長速度はわからないが、ベファーナはその未熟さ故に、やや捻くれた性格になってしまったのではないか。……やはり彼女を、制御の出来ない純粋悪と考えるには早すぎると思う。


「……この本、しばらくお借りしても?」


「私は読み終えたから構わない。読み終えて満足したら、ポラリス司祭にも一応渡しておけ。……この程度で考え方が揺れ動く繊細な奴じゃないことはわかっているが、【魔女】も含め【悪魔】や魔物との付き合い方について、司祭にもお前にもよく考えて欲しい」


 こめかみへ右手人差し指をトントンと当てる仕草をして、アダムは再び手元の報告書の確認作業へと戻る。


 神々の創造したこの世界は酷く歪で、完璧な者など存在しない。死にたくても死にたくない矛盾を抱えたアレウスも、何を犠牲にしてでも愛馬を守り貫くザガムも、孤独を恐れ、脅してでも相手を手駒にしようとするベファーナも……俺達もそうだ。完璧でないからこそ、お互いにもっと知るべきなんだ。ポーラ司祭の目指す思想と、俺の思想は限りなく近い。俺は司祭に着いて行くけれども、【天使】二人だけで世界の認識を改めるのは不可能だとわかっている。

 だから種族や価値観の壁を越えて、もっと多くの人達を巻き込む必要がある。心と感情を豊かに生きられるだけの余裕が生まれれば、他者を気にかけることもできるようになるだろう。

 【狩人】として、【天使】として自然や世界と向き合い、乗り越える。俺は絶対に諦めませんよ、アレウスさん。


***


 数十人の相談を終え、懺悔室で報告書を当たり障りないよう誤魔化し……もとい、訂正していく。

 教会の司祭となって二ヶ月。住民達や上司である【ルシ】からの評価も高く、生活水準や治安も以前よりやや良くなったものの、周辺地域の教会より目立つような業績や過度な業務内容の改定、その後の経過までそのまま記載してしまうと、間違いなく【天界】の【管理職】に目をつけられてしまう。【ルシ】の介入もあって、僕やアダムの昇級を【教会の為にも必要な処置として行った】と納得していただろうが、短期間で更に一人、【信仰の力】を扱える【中級天使】が部下から生まれてしまった。喜ばしい事ではあるが、どう【管理職】の興味を逸らして自然な昇級に思わせるか、文章力が試されている。

 四苦八苦しつつも書き進めていると、部屋の扉をやや乱暴に叩く音がする。【思考】を読み取る前に、向こうから声を出して名前を告げてきた。


「おぉうい、中に居るのか司祭サマ? 俺だ、アレウスだ。接客中でなけりゃ入るぜ」


 意外……ではない来客ではあるが、重症の人間が三日で森から街へ来れるまで回復するとは。もう二日ほど時間をくれれば、こちらから容態を尋ねに行くつもりだった。


「どうぞ、鍵は掛けてませんので」


 どーも、と言いながら、濃い緑の外套を身に纏ったアレウスが扉を開け入ってくる。片手には小さな銀色の包みが握られていて、どこかで嗅いだ記憶のある甘い匂りがした。


「よぉ、あんたの部下やスピカの嬢ちゃん達には世話になったな。床で寝たきりがあんまりにも暇なんで会いに来てやったぜっ!! アッハッハッハッ!!」


「三日ぶりですね、お元気そうで何よりです。どうぞ、椅子へお掛けになってください」


 アレウスは相談者用の椅子へ深く腰掛け、足を組む。以前会った時より、目の下のクマがやや薄くなった気がする。


「こうして向き合って話すのは初めてだなぁ? あんたや教会については、スピカの嬢ちゃんや眼鏡の嬢ちゃんから詳しく聞いてるぜ。生みの親や世界へ噛みつく、イカれた問題児だってな。最高じゃねぇか」


「僕らの素性についても話されたのですね。……いえ、逆に話さなければ納得出来ないでしょうから、それぐらいの覚悟はしていました。【ルシ】には会われましたか?」


「ん? あのもやし野郎か。一昨日俺の怪我の具合聞くだけ聞いて、直ぐに出ていっちまったよ。にしても、こんな地図にも載らねぇような田舎くせぇ地域に、話でしか聞いたことのねぇ大物や【天使】、【悪魔】がゴロゴロいやがる。どういう繋がりだよ、ええ? そっちの方が俺は驚きだぜ」


 彼は含み笑いをしながら、右手で切り揃えられた白い顎髭をなぞる。

 【ルシ】も神々の仕事を担う多忙の身だ。瞬時に【天界】との境を移動できるとはいえ、あまり【地上界】に長居はできない。そんな中、自分達の都合で毎度頼ってしまうのも申し訳なく思う。こちらから彼へ提案したわけではなく、スピカが直接交渉しているようだが。


「……そちらは話せば非常に長くなりますので、きちんと時間がとれる場でお話させていただきます。アポ……オレルスも、教会地下で報告書を纏めているかと思いますが、会われますか?」


「いんや、仕事の邪魔しに来たわけじゃねぇよ。忙しいならまた日を改めてくるさ。司祭サマも暇そうじゃねぇしなぁ」


 僕の背後に設置されている作業机の上へ詰まれた、報告書の山を彼は指差す。暇ではないが、それはそれとしてアレウスと向き合い会話をするのも重要な事だ。時間など惜しくなく、多少業務を無理してでも僕は構わない。

 だが彼の【思考】の声から察するに、教会まで訪ねてきた理由は別にあるようだ。


「で、ここからが俺の本題だが……根無し草の俺でも、すぐに住めるような家はあるか? こっちは街の地主にコネもねぇ流れ者。まともに人間らしく家を持ったことがねぇ。【狩人】として仕事する分にゃ食い扶持に困るこたぁねぇんだが、本格的に根付くとなるとそっちは疎くてなぁ。……スピカの嬢ちゃん達の所で世話になるって手もあったが、弱い魔力が至る所で溢れてて落ち着かねぇんだ」


「……旅はもういいのですか?」


「骨休めって奴だ。故郷を【悪魔】に燃やされ、アテもねぇ旅に出てから二十年近くなるが、もう随分と好き勝手してきた。無論、これからも好き勝手生きるが、俺を打ち負かしたお前らがどう世界や神サマへ反抗するか、傍で眺めてるのも悪くねぇ。なぁに、別にそれ以上どうって理由もねぇ。この田舎くせぇ街が気に入っちまったのさ。平和ボケし過ぎて狩猟者共もサボり気味、俺のような働き者がいなくちゃ回らねぇこともあるだろ」


「……部下を心配してくださり、ありがとうございます」


「あん? ……あぁ、【思考】を読んだか。【天使】と【狩人】の両立なんぞ、そうそう簡単にできるもんじゃねぇ。とりあえず、【天使】として一人前になってから【狩人】として一人前になりやがれってんだ」


 アレウスは照れくさいのか、落ち着きなく組んだ足を組み換え後頭部をがりがりと掻く。

 アポロは才能溢れる【天使】だが【狩人】の副業のせいか、業務中の居眠り癖が気になっていた。参拝者と同じ参拝席へ座り、【お告げ】を行う仕事は新人とアポロの二人でしばらくはこなしてきた。彼にもう少し経験を積ませたいことや、全行程を任せるにしてはまだ少々不安な面もあり、どう克服させたものかとアダムと話し合ってきたが……アレウスが彼の分も引き受けてくれるとなれば、多少余裕も生まれてくる。

 弱音こそ吐かないものの、一人でこなせる裁量には限度がある。幸いにも、知る範囲で狩猟の達人が三人もいるのだ。素人の僕が強要するつもりはないが、アポロには【天使】として裁量良く業務をこなせるようになってから、【狩人】としての実力をじっくりと伸ばして行って欲しい。


「わかりました。借家でよろしければ案内いたしましょう。夜までに話をつけておきますので、二十二時頃にまた教会へいらしてください」


「どーも。このあと生活費稼ぎに害獣駆除の依頼へ向かうつもりだったんで、話が早くて助かるぜ。小僧にはまだ内緒にしておいてくれよ。着いて来られてもめんどくせぇし。んで、こいつぁ手間賃の前払いだ。爺さん婆さんでやってる飯屋で頼んでおいたもんだが、今日ようやく受け取れた」


 彼は甘い香りのする銀の包みを差し出す。焼き菓子だろうか、包みの膨らみより軽く感じる。文章を考えることへ頭を使っていると、つい甘い物が欲しくなるのでありがたい。


「ありがとうございます。これは……何の香りでしょうか? どこかで一度、嗅いだことがあるのですが……」


「蜂蜜の焼き菓子。司祭サマもあんま詰め込み過ぎんなよ。あんたが倒れたらみんな泣くぜ? それともう一つ」


 先程までの茶化したような態度から一転して声を落とし、真剣な面持ちでアレウスは顔を近付け、耳打ちする。


「俺の気のせいかもしんねぇし、【狩人】の経験測で確証もクソもねぇんだが……一応伝えておく。丸眼鏡の嬢ちゃんには気を付けな。嬢ちゃん自身というより、嬢ちゃんの黄色い瞳だ」


「………………?」


「大人しそうに見えて、なかなか根深いもんがある。あの瞳は相手の意思関係なく、自分への感情を引き寄せる危ねぇ瞳だ。まだ軽い魔術程度で拒むのも簡単だが、天然もんがどう化けるかだなんて俺にもわからねぇ。その道に学のある奴に一度診てもらった方がいいぜ。……ま、考えすぎって可能性もあるんだがな。そも【天使】の目の仕組みなんぞ知らねぇし、そういうもんだって言われればそれまでだ」


 アレウスは席から立ち上がり、背中を平手で一発叩く。聖書の表紙を叩きつけられたような衝撃と痛み。酔いのまわったペントラが、よく僕の背中をばしばしと叩いていたのを思い出した。


「じゃ、また来るぜ。借家の件、よろしくな」


「……ええ。ではまた」


 懺悔室の外、参拝者と共に長椅子へフードを深く被って座り、業務を行う新人の【天使】。扉に着いた小さな覗き窓で視認するが、その表情は見えない。手には使い込まれた小さな手帳へ、せわしなくペンをはしらせている。

 黄色い瞳――確かに珍しいと言われればそうかもしれないが、魔術的な要素が絡んでいたとは考えたこともなかった。元々彼女の視力が悪い事と、何か関係があるのかもしれない。その道に知識が広い者……魔術なら専門職のシスターやベファーナに尋ねてもいいかもしれないが、【受肉】した肉体の事なら提案し、開発した【ルシ】へまず尋ねるべきか。

 彼女はかなり繊細な性格だ。精神的に弱いとまでは言わないが、この件は本人へ話さないようにしておいた方がよいのかもしれない。例えアレウスの考え過ぎだとしても、僕ら【天使】はわからないことが多過ぎる。人のことも、感情も、自分自身のことも。

 山のように積まれた書類の載った作業机へと向かい、甘い蜂蜜の香りがする銀包みを開く。焼き菓子が二十数枚入っており、一つ一つにナッツやベリーなどが乗せられ、狐色の質素な生地に対し彩を与えている。ローグメルクもよく紅茶と合わせて焼き菓子を振る舞ってくれるが、あちらよりもややしっとりとしていて、口に含んでも水分を持っていかれることがない。これは蜂蜜のお陰だろうか。上品な甘さと、乗せられたナッツやベリーの風味を楽しむ。

 ……一人で楽しむにはもったいないような気がして、残り十枚ほどのところで包みを軽く縛り、書類の山の頂上へ乗せる。あとで地下で作業している二人や、新人にも食べてもらおう。きっと皆喜ぶ。

 時刻は午前十三時、午後の懺悔室の開放は十七時から。それまでに報告書を区切りのいい所まで書き進め、アレウスの借家を借り入れる為、地主の元へ出かけて昼食も済ませて……――。


***


 アレウスの寝ていた寝室には一通の書置きと、貸していた服だけベッドの上へ置かれ、昨日まで机の上にあった所有物である服や外套、包帯、酒の空き瓶、ベルトポーチ……それらの一切の品は彼と共に消え失せていた。


「『世話になったな、また来るぜ』って……これだけ残してどこ行ったんですか、あの重症人」


「夜中に窓から出てったっぽいっすね。平原の魔物達が跋扈してる中にブッ込んでいく姿がフツーに想像できるんで、死んではいないんじゃないすか? 昨日も元気そうだったっすもん。もう少しゆっくりしていってくれても良かったんすけどねぇー」


 朝食をトレイへ乗せたローグメルクが、開きっぱなしになっていた部屋の窓の下を覗き見ながら答える。シスターの献身的な治療の甲斐あって二日でほぼ全快したはいいものの、早速脱走するとは。常識がないというか、礼儀もクソも無いというか。……多分、これまでのような人様の迷惑になるようなことはしないでしょうけど、何処へ向かったかだけでも書いて欲しかったです。

 片手がまだ折れたままのローグメルクに代わって、開いたままの窓を閉めてやる。


「あざっすっ!! すんません、足の傷は塞がってこの通りなんすけど……」


「いえいえ、あなたももう少し休んでくれててもいいんですよ? ティルレットやシスターもいますし」


「いやぁ、俺も俺でじっとしてられないタチなんで。逆に何もしないと落ち着かないというか……ティルレットにキッチン任せるのが怖いっす。放っておくと、また【情熱的な芸術作品】を食わされるハメになるっすよ?」


「……正直ね、ああなるとはボクも思わなかう゛ぇっ」


 昨日の朝食の事を思い出し、喉の奥から酸っぱいものが込みあがってきた。ローグメルクはトレイを一旦机へ置き、背中をさすってくれる。主夫は偉大だ。君の主夫力の高さを、再認識させられる日でもありました。ボクも慣れない家事を手伝うも、ティルレットの手早さに置いていかれてしまう。干した洗濯物を取り込むのも大仕事です。


「こんな時にアラネアがいてくれれば助かるんすけど、まだ帰ってきてないっすから。キッチンだけでも俺とお嬢で死守しやしょ。この手じゃ包丁もまともに扱えないんで、お手を煩わせて申し訳ないっすけど……」


「断るわけないじゃないですか。二人の日頃の苦労を知るいい機会でもありますし、今日もご指導よろしくお願いします」


 ボクの言葉に彼は照れくさそうに笑い、片手で机に置いたトレイを持ち上げる。

 怪我人は複数人出ましたが、結果的に死者を出すことなくアレウス氏とも和解できましたし、終わりよければ……いえ、死者は出てしまいましたね。死体が無かったので蘇生されたようですが、ザガムとエポナは契約主のベファーナも含め、あの日以来見かけていません。いつもの如くプラプラしてるんでしょうけども、目の届く範囲に居ても居なくても安心できないです。


「新しい玩具を手に入れてウキウキするのはわかりますが、子供ってのはどう動くか予想できないので怖いですねぇ」


「お嬢もまだ十五っすよ。ベファーナちゃんの方が一応年上っす」


「【魔女】はともかく、一般的な十五歳は大人のレディですよ。いつまでもボクを子供扱いしてもらっては困ります」


「はぁ、さいですか。ならお嬢の苦手なあの【ごーや】って野菜使って昼飯作りやしょう。ピーマンも加えて。好き嫌いできるのは子供の特権っすから」


「……ボクまだ子供でいいので、オムライスとかにしません?」


***


 首をゴキゴキと鳴らしながら、今朝害獣の目撃情報があった水源の湧く農場へと向かう。いつもならこんなん興味もねぇし放っておくんだが、自分が住むってなれば話は別だ。俺の【第二の故郷】を好き勝手踏み荒らされるのは気分が悪りぃ。地味な駆除依頼だろうが、誰もやらねぇってんなら俺がやる。小僧の負担を減らす意味でも、【狩り】しか知らねぇ俺が役立てることなんざこれぐらいだ。

 つってもこの程度の依頼、こなしても二束三文。月の家賃に毎日の飯代と酒――……全部払い続けるにゃ、小粒の仕事は数をこなさなきゃ厳しいぜ。だが水場の少ねぇこの地域だ。俺や街の連中の生活へ直結するような場所は優先して叩かねぇと。


「……他人の為に働くなんて柄じゃねぇんだが、ちたぁ地域貢献しないとなぁ」


 そんなことを考えぼやきながら町はずれの林道を歩いていると、低い木に囲まれた農場へ辿り着いた。農場の中央には天然の水源があり、そこから地面を掘って作った石の水路で畑へと流しているらしい。んで、その水源の近くで水を飲む巨大な魔物と黒い馬、すぐ傍で座り込む首の無い黒い鎧と、その膝の上へ座る三角帽のガキの姿を見ちまった。まさかとは思うが……まさかなんだろうなぁ。

 怒鳴りたくなるのを抑え、ガリガリと右手で頭を掻きながら、水路横のあぜ道を通って元凶へ近付く。


「ムムッ!? 久し振りだネェッ!! 元気してたかイ? イーヒッヒッヒッ!!」


『貴公か。どうした、また強者を求め旅にでも出るのか?』


「あのなぁ……何してんだよ」


 ニヤニヤと笑う【魔女・ベファーナ】と、狂王軍大将のザガムの方から話しかけてきた。黒い馬は……なんつったっけな? まあ、とにかく隣のツギハギが目立つ害獣と一緒に夢中になって水を飲んでいて、こっちへ気付いていない様子だ。


「何ッテ……水分補給? ホラ、この辺りって全然水場がないじゃン? 馬もこの子も喉は乾くみたいデ、休憩がてら使わせてもらってるのサ」


「……依頼書通り獅子と山羊の双頭、十一本の統一性ねぇ脚、鱗の尻尾が五本。錯乱して適当に特徴書いたと思ったが、そのまんまとは気色わりぃぜ。テメェが作ったのか?」


「イーヒッヒッヒッ!! 平原に魔物の死体が沢山あったもんだかラ、そのまま実験材料に使わせて貰ったヨッ!! 死体を繋ぎ合わせて疑似生命体を作ってみたんダッ!! 魂の代わりに魔力を流したラ、生前の知能や振る舞いをする程度には学習してくれたヨッ!! 食欲や眠欲もネッ!! すごいだロ? 本当に生きているみたいじゃあないかイッ!? 命を生み出すだなんて流石ベファーナちゃンッ!! 神と並ぶ日もそう遠くないネッ!! イヒヒヒッ!!」


 ああ、俺が昨晩ぶっ殺した魔物達の死体を使ったのか。他の魔物に綺麗に食われて無くなるだろうと、そのままにしてたのは失敗だぜ。こいつぁ俺にも責任がある、引き受けて正解だなぁ。

 俺の存在に気付いたのか、ツギハギの魔物が水源から頭を上げて振り向く。そして顔を見るなり、威嚇するかのように牙をむいて威嚇する。生前の知能が残ってるってことは、ぶっ殺した俺の顔も覚えてるってこったな。

 奴から目を逸らさないで、数歩ずり下がる。水場でこいつの血を流すのはマズい、ましてや水源からは畑へ無数に水路が伸びてやがる。わけわからん魔物の血で育った食いもんとか、俺でも食わねぇよ。


「ん? ぶふぉっ!? ぶふぉうっ!? お、お前、いつの間にぃっ!?」


 隣で飲んでいた馬も異変に気付き、振り向いて口に含んだ水を吹き出す。相変わらずうるせぇし汚ねぇ馬だ。


「ちょっと黙ってろクソ馬、取り込み中だ」


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!? 誰がテメェなんぞの言うこと聞くかよぉっ!? 主殿ぉっ!! あの時の雪辱、この場で晴らしてやろうぜぇっ!!」


『だそうだが、どうかなベファーナ嬢――いや、ベファーナちゃん?』


「マーマー、落ち着いテ」


 ベファーナはザガムの膝上から跳ね、唸るツギハギの獣の脇を通り、箒を使わず歩いて俺の元まで来る。あの時吹っ飛ばした奴が目の前にいるってのも妙な気分だ。一体どんな魔術を使ったんだ?


「知りたいかイ? ウチの友達になってくれたら教えてあげるとモッ!!」


「寝ぼけてんのか。俺に要求すんなら、テメェらだけで捻じ伏せてみろ。弱肉強食。弱い奴に従うつもりはねぇ」


「アラァ? ウチらは親友のスピカ達と別カウントなのン? ンン、困ったネェ。これは非常に困っタ。あの時スピカ達を手伝うべきだったかナ? なら仕方なイ。もう一回戦って納得させるしかないネェ、ザガム?」


 名前を呼ばれたザガムは無言で立ち上がり、足元のランスを拾い上げ馬へ跨る。

 こっちはここじゃやり合いたくねぇってのに、向こうはお構いなしか。そりゃそうか、狂王と自身の新しい主にゾッコンのテメェに、民草の生活なんぞ知ったこっちゃねぇもんなぁ。俺だってお前ならそうするだろうよ。


『ベファーナちゃん、君はどこまで未来が視えているのだ?』


「イーヒッヒッヒッ!! ウチには何のことかサッパリだネッ!! 偶然の偶然が積み重なっただけサッ!! ……ただシ、アレウス君はこの場では戦いたくないとみえル。ザガム、騎士の君ならどうするかネ?」


『私ももう少し広い場所へ移りたい。ここは少々、エポナを走らせるには手狭すぎる』


「エェー、嫌がらせするなら最適な場所なんだけどナァ?」


 ザガムの返答に不満げな顔をしながらもパチリと指を鳴らし、宙から音もなく降りてきた箒へ飛び乗って、農場の外へとゆっくりと飛んで行く。それに続くようにしてツギハギの魔物も、農作物を遠慮なく踏み倒しながら元気に着いて行き、あっという間に広い道ができちまった。どうしてくれんだこれ、俺が依頼主に怒られるぞ。いや、元々そいつも俺のせいだが。


「……随分聞き分けのいいご主人様だ。へそ曲げてるみてぇだが」


『すまない。私とて【悪魔】になってまで生にしがみついた身だが、民草を想っていないわけではない。軍人は王と民草の為に在り、民草が栄えれば軍人として王に仕える者も増え、王は軍と民草を束ねて結束させる。――今ではこのような思想も、自己満足にすぎないがね』


「ブルルルゥ、主殿の情けだっ!! ここから出るまではぶっ殺すの我慢してやるよぉっ!!」


 馬の手綱を片手で握ったザガムは、魔物の作った道を堂々と闊歩して行く。


 どんな道を選んだとしても、闘う事しか知らねぇ俺と奴の後ろにゃ、血溜りと肉塊しかできねぇ。けど、そん先にある希望や目標、憧れや願いなんかの為なら過去に囚われねぇで、逃げずに糧として前へ進むべきなんだろう。

 ザガムの時間はまだ止まったまんまだ。だが、いつかは俺のように動き出す。良かれ悪かれ、本気で世界に根っこ生やして生きてぇなら、我儘だった自分の過去と向き合わなきゃなんねぇ。めんどくせぇがそれに気付くまで、テメェらに負けるわけにはいかねぇよなぁ。

 魔力を両手へ集中させ、銀色に光る両手斧を生成する。左肩で担ぎ、悠々と農場の外へと進んで行くザガムと馬の背中を見据えながら続く。

 何度だって来い、何度だって俺がブチのめしてやる。


「……時代遅れの大人が、ガキ共に教えられてちゃ世話ねぇぜ」




 ――ツギハギの魔物を【元通り】にして、ぶっ殺しても何度も立ち上がってくるザガムと馬、ケタケタと笑うベファーナを適当にあしらいながら、街までひたすら逃げてやった。全身奴らの返り血塗れになって、また服を洗って乾かすのにペントラの世話になるわ、依頼人に畑踏み荒らしたのを怒鳴られて弁償させられるわ……最初の依頼がこんなんとか、勘弁してくれ。

 小僧、思ってた以上に生きるって理不尽で大変だなぁ。


脳筋甘党おじさんは戦闘も思考も発言もパワフルで、書いていてとても楽しかったです。

今後もポラリス達のお話に絡んできますので、彼の活躍にご期待くださいませ。

アポロという名前は、弓の名手にしてゼウスの息子の【アポローン】から取りました。今回は触れられていませんが、アポロの【信仰の力】はドルロス夫妻からくるものです。自我を持つ【信仰の力】を扱いこなせるのか、彼の成長や新人ちゃんの瞳についても掘り下げていきたいですねぇ。

次章からはまた新たな物語となります。お楽しみに(*'▽')

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