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ポラリス~導きの天使~  作者: ラグーン黒波
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第三章・【悪魔】とエクソシスト~【第九節・二度目の敗北】~

アレウス氏との物語も終わりに差し掛かってまいりました。

生温いと言われても、救われてなくちゃいけないんです。

 爆発直後に煙が広がらないよう、シスターの守護魔術で作られた半円形の壁に包まれ、アレウスは睡眠作用のある煙の中へ隔離された。


「……上手くいきましたわね」


「ええ、お二人の弓の腕前があってこそです。というか……あの距離から小さな玉を射抜くって、どういう視力してるんですかユグさん……」


 城の窓から状況を見守っていた僕らは、手当ての終わった怪我人を部屋に残し外へ出る。巻き髪が用意した【睡眠玉】はかなり強力な代物だったらしく、僅かに溢れ出た煙を吸ってしまったアダムも倒れ、ティルレットもふらつきながらアダムを抱き起していた。

 ある程度回復し、顔色の良くなったペントラも加わり、アダムとティルレットを一旦農具小屋へと移動させる。藁の山を簡易ベッドとして利用し、自力で移動してきたティルレットも藁の山の前でくるりと回った後、背面から倒れこみ動かなくなった。目は開けたままだが、小さく寝息が聞こえることから寝てしまったらしい。


「ありがとうございます、ティルレット。今日はもうゆっくり休んでくださいね」


 スピカは彼女へ感謝の言葉を述べながら、開いたままの瞼をそっと閉じさせる。アダムは眠りながらもローグメルクが生成した槍を手放そうとせず、最後まで戦おうとした意思を感じた。


「……今回は君と、君の後輩がよく頑張ってくれました。僕がおぶってでも連れ帰るので、安心してください」


「寝顔は可愛いのにねぇ。性格が性格だけに残念さね」


 ペントラの言葉に思わず苦笑いしながら小屋の外へと出て、守護魔術の壁前に佇むシスターの傍へと歩み寄る。未だ濃い煙が充満した内部の様子は視認できないが、抵抗する音も【思考】も聴こえないことから、完全に眠ってしまったのだろう。


「……【思考】が聴こえません。アレウス氏も深く眠っているようです」


「煙が晴れるまでどれほどかかるかわかりませんけど……吸い続けて人体に影響はないのですか?」


「試作ということであまり強くはないとのことですが、少し吸った二人が昏倒したのを見るに不安ですね。……彼を責めないであげてください。最終的に判断したのは上司の僕ですから」


「そんなとんでもないっ!? 【天使】様は私達を導くため、苦渋の判断をしたのですものっ!! ああっすみませんっ!! そのようなお顔をさせるつもりはなかったのですっ!! すみませんすみませんすみません――」


 罪悪感を抱いたのか、シスターはいつものように謝罪をしながら何度も頭を下げ始める。また長くなるなとスピカと二人で顔を見合わせると、無言で間に入って来たペントラがスパンと彼女の頭蓋骨を平手で叩いた。


「痛っ!? ぺ、ペントラっ!? 何をするのですかっ!?」


「何するかじゃねぇよっ!! こいつそういうの慣れてねぇつーか、変に気を遣うとめんどくせぇんだよっ!! そういうのいいから、ごめんの一言で済ませろっ!!」


「まぁっ!! 随分酷い扱いをしますのねっ!? いくら気心の知れた仲とは言えど、【天使】様をそのような扱いをするのは許しませんことよっ!?」


 ペントラの行動にも驚いたが、彼女の言葉にいつも穏やかなシスターが【声へ怒気を込めて怒る】光景に呆気にとられた。昨日までは、どこかよそよそしい態度で接していた二人だが……いつの間に距離が近くなったのだろうか?

 何か知っているであろうスピカはその光景を見て、ニヤニヤしながら切られていない角を擦っている。


「いやぁ、シスターも旧友と再会が出来て嬉しそうです。改めて、お兄さんには感謝しないといけませんねぇ」


「?」


「ふふん、あとで教えてあげますよ」


 得意げに鼻を鳴らした後、スピカは上を見上げ、上空にいるであろうベファーナに向かって叫ぶ。


「見てますか全知全能~っ!! お前に頼らないでもやってやりましたよ~っ!! あ~はっはっはっはっ!!」


 ……かなり大声で叫んだのだが返事はなく、人気のない領地内に勝利宣言だけが虚しく響いた。


「……既にザガム氏とエポナ氏の元へ向かわれたのでは? ベファーナさんしかお二人を蘇生できませんし」


「えぇー……あの【魔女】、そういう感情あるんですか?」


「人間でない彼女の【思考】は、僕にも分かりません」


「ですよね」とこぼしつつ、スピカはがっくりと肩を落とす。一方的に【親友】と呼ばれるベファーナについて理解するのは、彼女も苦労しているようだ。少し違うが、時折ペントラがよくわからない言動をするのと近いものを感じる。【思考】が聴こえるのは便利なものだが、それでも【心】を理解するのは難しい。

 急ぎ足で駆け寄る足音が耳に入り視線を移すと、ユグ・ドルロスと巻き髪が木の葉を頭や服へ付けながら戻ってくるところだった。巻き髪はマグ・ドルロスから拝借したタオルを頭に巻き、呼吸を整えながら尋ねてくる。


「う……上手くいきましたか? 煙が広がって……先輩や、ティルレットさんも巻き込んでしまったのが、見えたんですけど……はぁ……」


「お二人は大きな怪我も無く無事ですよ。煙を吸って、今は小屋の中で眠っていますが」


「ああぁ……よかったぁ……」


 安堵して緊張が解けたのか、巻き髪は力なくその場へ尻もちをつく。正確にアレウスの足元へ矢を射る以上に、その後の事が心配で仕方なかったのであろう。勇気を振り絞り、皆を信じて作戦を指示したその心労は計り知れない。せめて、明日明後日は彼へ休暇を与えよう。アダムは小言を煩く言いそうだが……理解してくれる筈だ。


「アタシは旦那の所へ戻らせてもらうよ。怪我人共に上手くいったと報告もしたいしねぇ」


「ええ、お疲れさまでしたユグさん。流石元【暗殺部隊】です。正確な射撃技術、御見それしました」


「ふぇっふぇっふぇっ。よしてくれ、アタシはただの救護係の婆さんだよ。的当てよりも手当ての方が得意なのさ」


 そう言うとユグ・ドルロスは駆けて来た道を戻り、ゆっくりと城へと続く道を歩いて行った。


「さて、ボクらも小屋の中で寝ている二人を運びましょうか。シスター、煙が晴れるま――」


 ごっ


 鈍い音が、守護魔術の半透明な壁の内側からした。驚き、皆その場から一歩引く。睡眠作用のある煙はまだ晴れていない。アレウスの【思考】の声も聴こえない。しかし内側からは、【何か】を叩きつける音が響き続けている。


 ごっ、ごっ、ごっ


 音に合わせて、守護魔術の壁に小さく亀裂が走り始める。


「!?」


「シスターっ!! もう一枚上から壁を――」


 ――スピカの指示と同時に守護魔法壁が破壊され、充満していた煙が一気に周囲へ放たれる。一瞬意識が遠のきそうになるが……歯を食いしばって堪え、隣で昏倒しかけたスピカの身体を支えつつ、煙の中心を見定めようと目を凝らす。シスターも平気なようで、倒れたペントラを抱き起しながら、煙の中心へと顔を向けている。まさか……アレウスか?


「――――――!!」


 奇声を上げながら飛び出した何者かが、包帯の巻かれた右腕で僕の喉元へ掴みかかり、そのまま持ち上げられる。気管が絞めつけられ、呼吸がままならない。

 腕の先には――どろりと溶けた銀の仮面を顔へ付けたアレウスの顔。隙間から見える瞳は白目を向き、意識が無いにも関わらず、絞め殺そうと更に力を込める。引き離そうと彼の腕を叩くが、どうにもならない。

 視界が暗転し始め、意識が薄れてくる。まずい……どうにかして…………かれを――



 ――視界の端から、半透明の大きな拳が飛んでくる。溶けかけた銀の仮面を砕き、僕から手を放したアレウスは煙の向こうへと吹き飛ばされていく。拳を突き出した風圧で周囲の煙が渦巻き、そのまま地面に叩きつけられる筈だった僕は、力強い両腕で抱きかかえられ難を逃れた。

 まだ酸欠と眠気で視界がぼやけているが……彼は必死に僕へと呼び掛けていた。


「――司祭っ!! ポラリス司祭っ!! しっかりしてくださいっ!!」


***


 晴れた煙の向こう、ドロドロと蠢く銀の仮面を顔へ付けたアレウスは既に起き上がっていた。人語ではない言語を呟きながら、しきりに仮面を両手で引っ掻いている。目を逸らさず、ポーラ司祭をそっと農具小屋の傍へ運び、地面へ寝かせる。気絶はしてないが酸欠と睡魔で意識が朦朧としているのか、焦点が定まっていない。

 シスターも同じくアレウスから目を逸らさないよう、ペントラを蔦だらけのベファーナの家の傍へ運んでいた。スピカは……いつの間にか手首に巻かれた鎖から伸びる【半透明の太い二本の腕】が、彼女を抱きかかえこちらに運んできている。これが……【信仰の力】? 宙に浮かぶ両腕はそっと司祭の横へスピカを横たわらせ、右腕がアレウスを指さす。


「……戦えって……ことか?」


 左腕が言葉に反応し、親指を上げる。この二本の腕は、俺の意思で動いているわけではない。

 意識が朦朧とする中、ただ……ポーラ司祭を助けたくて手を伸ばしただけだ。いつの間にか現れた腕はアレウスを殴り飛ばし、周囲の煙を風圧で吹き飛ばしてしまった。信仰……誰の信仰かは知らないが、今この場で彼に対抗できそうなのは俺しかいない。シスターの強固な守護魔術も一度破られている。時間は稼げるかもしれないが、それだけでは無力化できない。


「――ポーラ司祭……俺、もう少し頑張ってきます」


 返事は無いが唇がかすかに動き、何かを伝えようとしていた。確信が持てない冒険はしない、危険なことはしない・させないの俺だったが……それも今日までだ。

 立ち上がり、アレウスだった【銀の狩人】と向き合う。


 警戒しながら近付くが……気付いていないのか、その場から動かず仮面を引っ掻き続けている。しかし、銀色の爛れ続ける仮面は徐々にその形を成していき、口元には鳥の嘴とよく似た部分が生成されていた。【思考】の声は聴こえないことから、恐らく人としての意識は無い。一連の行動は、アレウスの中の何かが暴走しているのか? 身体的な変化はまだ無いが――


「――――――!!」


 ――引っ掻くのを止め何事かを叫びながら、敵と認識した【銀の狩人】が襲い掛かってきた。その手にはいつの間に生成したのか巨大な銀の両手斧が握られ、胴を目掛け豪快に横へ振り回す。迫力に押され反射で仰け反ってしまうが、宙に浮いていた右腕がそのまま斧の刃を掴み、受け止める。【銀の狩人】は力任せに振り抜こうともがくが、右腕は微動だせず更に力を込め、ばきばきと刃にひびが入った。

 斧を離そうとしない彼に対し、左腕は顔面へ向かって素早く拳を突き出す。重たく軋むような嫌な音を出し、ポーラ司祭へ掴みかかった時と同じように後ろへ吹き飛び、地面を転がった。宙に浮いた両腕は彼の手放した両手斧の端を持ち、細い枝を折るようにしてあっさりへし折る。機能を失った両手斧は形すら保てなくなり、宙へ霧散した。


「す、すげぇ。すげぇけど……」


 鼻から垂れてきた血を右腕で拭う。鼻が折れてるのか? ポーラ司祭の言葉通りなら、【信仰の力】で人間を傷つけた場合、傷や痛みはそのまま【天使】へ反映される。……彼の顔面を殴って鼻を折ったせいで、俺の鼻まで折れたってことか。……腕の骨を折るような真似をすれば、同じ部位の骨が同時に折れる。

 本来ならよろめきながら立ち上がる【銀の狩人】を押さえ付け、一度無力化させてた状態で皆が目覚めるのを待つべきであろう。だが、この二本の腕はこちらの意思で操れていないし、消すこともままならない。指示を出したとしても、その通りに動いてくれるとは限らない不確定な存在。……明確に分かっているのは、両腕もアレウスを殺そうとしているのではなく、暴走する彼を止めようと【最低限の抵抗】で留めているという事だ。これほどの怪力と硬度を持つ両腕だ、彼の頭を掴んで握り潰すなど造作もない。そこまでしないのは殺したくない意思か、俺を殺したくない両腕の意思か――


「――やるじゃないか、【天使】のガキ」


 仮面を引っ掻くことを止め、【銀の狩人】は両手をだらりと下げた状態で【人語】を話し始める。アレウスの声ではない、もっと若い男の声だ。


「この男を救おうとしているのか? 無駄だ、無駄だ。こいつは既に血と肉に飢えた獣畜生同然よ。知っているだろう? 見ただろう? 例え俺をここから引き剥がそうと、根付いてしまった感情が暴走した時、再び俺は表に出てくる」


「あんたは誰だっ!? アレウスさんじゃない……あんたからは人間の【思考】の声が聴こえないっ!!」


 仮面の狩人は背筋を伸ばし、先程の獣じみた行動が嘘のように、静かに起立する。


「名前? 名前なんて無い、俺はただの【血】だよ。こいつの中に流れる【祓魔士の血】。血族を絶やさないよう、人為的に生み出された【祓魔士の血】。狂王軍の【悪魔】を滅ぼすべく生まれ、この男を容器とした【祓魔士の血】……カッ……カカカッ!! この男は止められない。そこの骸骨が、何層も魔術の壁を張ろうが、お前が俺を押さえ付けようが、【魔力】など関係のない【血】の俺は――」


 ――【銀の狩人】は話しながら、【生成術】で両腕へ鋭い爪の付いた籠手と短剣を生成していく。俺と視界の端にいるシスターは身構え、迎撃に備える。


「――無制限に使え――……ガカッ!?」



 爪の付いた左の籠手が完成しきった銀の仮面を殴り、大きな亀裂を入れた。右手も短剣を投げ捨てて仮面の嘴を掴み、強引に顔から引き剥がそうとする。ばりばりと粘着質な音をたて――隠れていた額が見え――次第に自分の身体を好き勝手扱われたことへ怒りに燃える、鋭い眼光が見え始めた。


「ああぁっ!? ヤメッヤメロォっ!! 殺したいのだろうっ!? まだ殺し足りないんだろうっ!? お前が望みさえすれば、俺は幾らでも力を貸そうっ!! 故郷を焼いた片角の【悪魔】を屠り、【地上界】の【悪魔】を根絶やしに――」


<――うるせぇ、興味ねぇんだよ。俺に指図すんなら、俺より強くなってからにしやがれ>


 籠手の爪を食い込ませ、更に力を込める。勢いよく仮面を引き剥がしたアレウスは、そのまま地面へ叩きつけ右足で踏み砕く。それ以上喋らなくなった仮面を忌々しそうに踏みにじりながら、荒い呼吸を整える。


「……ふぅ。よぉ、オレルス。……やっぱりあの鉄の矢はテメェの仕業か。お陰で、えらい苦労したぜ?」


「あ、アレウスさん……大丈夫、ですか……?」


「……大丈夫だぁ? テメェの頭の方が大丈夫かよ。狩人が、魔物や【悪魔】連中に付きやがって……どういうことか、わかってんのか」


 ぎろりと、敵意に満ちた視線をこちらに向ける。だがその視線は獲物を見る目ではなく、まだ人を見る目ではあった。消耗しきった今なら、説得もできるだろうか。緊張で乾いた喉を生唾を飲んで潤し、シスターへもう数歩後ろへ下がるよう右手で制する。


「……【弱肉強食】」


「あ?」


「それがあなたの全てです。世界のルールに縛られ、克服することを諦め、ただひたすらに強者であり続ける為に、罪のない人々や種族にまで手をかける。【狩人】は本来、自分の為でありながら人の為に在り、自然と寄り添い、先人達から学んだ知恵で克服する職業です」


 更に彼へ詰め寄り、ギラギラとした目を睨み返す。……怯んでたまるか。


「あなたの語る【狩人】はただ自身の弱さを理由に、他者へぶつけて逃げているだけですっ!!」


「なんだとテメェ――――ぶっ!?」


 迫りくるアレウスに対し未だ消えず宙を漂う両腕が反応し、彼の横顔を平手で叩く。同時に衝撃と共に俺の頬へも痛みが走る……この腕、どうしてこうも乱暴なのか。よろめくアレウスは口から血の混じった唾を吐き、手の甲で顎を滴る汗を拭う。


「……そこで寝てるねーちゃんに司祭様も、後ろでおどおどしてる骸骨とグルってこったな。それが教会の仕事なのかよ。【狩人】どうこう以前に、随分ご立派な業務内容じゃねえか、ええ?」


「そうです。正しく導き、人々を脅威から守るのが俺達の仕事ですから。……種族なんて関係ありません。俺もアレウスさんも、この【地上界】でしか生きられない。例えどれだけ力を得て誇示しようとも、あなたは【地上界】を統べられるほどの器も無ければ、王にもなれない。変えようとせずに諦め屈した。……そこがあなたの強さの限界です」


「はっ!! 限界、か……死にかけた獲物の前で、舌舐めずりは止めておけよ。油断した瞬間、テメェの首をかっ切られても知らねぇぞ……」


 アレウスの声から怒気が無くなり、額へ右手の平を押し当て溜め息を吐く。本人が一番わかっているのだ。わかったうえで、目を背け続けた。彼がどのような生い立ちで【狩人】となったか知らない。想像もできないほどの過酷な環境で、そうでもしなければ今日まで生き延びられなかったのかもしれない。

 ……今は違う。俺やポーラ司祭、アダムのように、種族の枠組みを超えて導く【天使】がいる。過去も自然もすべて受け入れ困難を克服できるよう、【地上界】で生きようとする命の力になるのが俺達の役目だ。

 もう、あなたに罪の十字架を背負わせたくない。


「……で、負け犬の俺へ何をしつけてぇんだ? 【こいつらに手を出すな】か? それとも【罪のない生き物を狩るな】か?」


「全部です。生き方から【狩人】としての在り方、アレウスさんの生きる世界の在り方について、もう一度考え直してください。……俺だけで力不足なら、ここにいる皆で変えます。あなたの信条に基づき、そのうえで今日俺達はあなたに勝ちました。生きる強さを証明しろというのなら、また何度でも俺達が相手になりますよ」


 その言葉にアレウスは小さく笑うとその場へ座り、膝を立てて俺の足元を見つめながら顔の火傷痕を手でなぞる。その表情はどこか疲れたような、安堵したような顔つきになっていた。


「ふっ。……全部か。全部と来たか。……いいぜ、強者はお前らだ。弱者に成り下がった俺は、大人しく従うだけよ。そんだけ大見え切ったんだ。漢として……退屈させてくれんなよ? はっはっはっはっ……!!」


 乾いた笑い声をあげたアレウスはガクッと頭を下げたかと思うと、座った姿勢のまま地面へ倒れこむ。魔力が完全に尽きて塞いでいた傷まで開いてしまったらしく、彼の倒れた周りにはあっという間に血溜まりが広がった。まずい、早く処置をしないと――


***


 濃い、血の臭いがする。背中が冷てぇ。【生成術】で無理矢理塞いでた傷口やら、再生させた腱が消えちまったからか。もう動けねぇぞクソったれめ。ああ……所詮は、畜生になり切れねぇ人間止まりかぁ。故郷を焼いた【悪魔】に負け、どうしようもない自然に負け、ついには俺に狩られるしかない魔物共や本物の【狩人】にも負けちまった。


「シスターっ!! 急ぎ施術をお願いしますっ!! 応急箱と清潔な布とお湯、他に必要なものがあれば城から持ってきますんでっ!!」


「は、はいっ!! よろしくお願いいたしますわっ!!」


 オレルスの叫ぶ声とシスターと呼ばれた骸骨の声が、遠くからぼんやりと聞こえる。治す気か? やめとけ。どうせ助かんねぇよ。いつ死んだっていい男だ。お前も憎ければ、そのまま放っておけばいいだろうが。

 血の味がする。どっかで内臓がやられてたか。痛覚が限界を通り越して、もう痛みがどこにもねぇ。指一本も動かせねぇが、辛うじて生きている状態だ。……昔から、悪運だけは強いぜ。


「安心してくださいアレウスさんっ!! 私が必ず助けますからっ!!」


 骸骨はそう語りかけながら、穴だらけになった俺の腹から治療を始める。余計なお世話だ。そう言ったつもりだが、もう声も出せねぇ。腹に力が入らず、気管を通る空気音が口から漏れるだけだった。視界が真っ暗になり、目はもう開いてんだか閉じてんだかハッキリしねぇ。


 ……敗北=死みてぇな考え方しかしてこなかった俺は、とにかく負けるのが嫌だった。馬鹿にされんのも、俺よりも強いと誇示されるのも。俺から強さを、【狩り】を取ったらなぁんにも残らねぇんだ。業火の中、建物の残骸の下敷きになりながら、最後の最後に握りしめた、生きる為の理由。細い、細い、銀の糸。

 お前の言うように、目を背けたかったのかも知れねぇなぁ。あの時何もできなかった敗北と、屈辱を味あわされた自分から。死に場所を求め、それでも死にたくねぇから強くなって……結局、今も死ねずにいる。獣や魔物にでもなっちまえば、そんなことどうでもよくなるのかねぇ。

 だが昨日今日で出会った連中は、どいつもこいつも生きることに対し、目を輝かせて過ごしてやがった。力が無いことに絶望せず、誰かに従い続ける人生を良しとしているのにも関わらず、不平不満無く充実した毎日を生きている。こいつらだってそうだ。魔物に【悪魔】だぞ? お前らの方がよほど生き辛い世界なんじゃねぇのか。なぜ殺そうとしなかった。俺は殺しに来たんだぞ?


 わかんねぇ。他人の考えることなんざ、眩しくて目を逸らしてきた俺にはわかんねぇよ。


 けどまぁ、正面から全力でぶつかって負けた。

 あの日のどうしようもない屈辱も無く、こうも穏やかだとオレルスにキレる気にもならねぇ。


 ……もう少しだけ、テメェの言う【人生】について、考えてやってもいいかもなぁ。

 なぁ小僧。この世界は俺が思ってる以上に、穏やかで優しいもんなのか?



一人の男を止める為に、全力を尽くした主人公一行。

次節で【悪魔】とエクソシスト篇、完結いたします(´・ω・)

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