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ポラリス~導きの天使~  作者: ラグーン黒波
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第一章・角の生えた聖母~【第一節・導き】~

一週間くらいで書き上げたものです。初投稿でなおかつ初心者なのでどうぞよろしくお願いします。

異世界転生チート俺強無双要素皆無の貧弱社畜系主人公のハートフルファンタジーです。

長いですが、時間がある時にでも読んでみてくださいませ(´・ω・)

 街の郊外にある石造りの小さな教会には、ほぼ毎日願いを抱えた人々が来る。

 教会の鉄で装飾された木製扉をくぐれば、三人掛け用の木製長椅子が全部で十五個、縦三列に揃えて並べられている。小さな教会に対して、不釣り合いな大きさの装飾が入った色硝子からは温かな陽光が教会内へ降り注ぎ、人々が席を立ち移動する音や息遣いこそあれど、静かで穏やかな空間が広がっている。人間であればだが。純粋な神の崇拝者も中にはいるだろうが、大半は自分の願望が都合のいいように叶うよう、教会に設置された固い長椅子に座りながら欲を思考で垂れ流す者達ばかりだ。……もっとも、今すぐ神にでもすがりたい哀れな人々の声にならない願いを聴き、【導きのお告げ】をするのが私達【下級天使】の仕事なのだが。

 私の前の長椅子に座り、両手を握って拳を額に押し当てた男の願望が聴こえる。


《また賭博で借金をしちまった……どうする? もう金になるようなもんは手元に残ってねぇ……いや、このぐれぇの借金なんぞ、一発当てればいつだって返せるっ!! 頼むぜ神様っ!! 次の賭博では大勝ちさせてくれぇっ!!》


 この男には数ヶ月前、賭博をやめ、借金を返済できる範囲から働くよう【お告げ】をしたのを覚えている。しかし男は【お告げ】を無視し、賭博と借金を今日に至るまで背負い続けた。【上級天使】のような未来を予測するような力こそないが、国の民衆として不自由なく生きる程度の経験予測は、人間社会に馴染みかけた私にも出来る。無難な【お告げ】をしたのだ。従わなかった男が悪い。


《私と遊ぶだけ遊んでおいて飽きたら行方をくらませた吟遊詩人……なにが「君と僕は運命の人」ですかっ!! 酒場で歌ってた姿に一目惚れしてた私が馬鹿みたいっ!! どうせ今頃別の女と遊んでいるのでしょうっ!? お願いです神様っ!! 私の心を弄んだ髭野郎に天罰をっ!!》


 男の次に聴こえたのは隣に座っている街の酒場で働く若い女の願望だった。目を閉じ、両手を重ねて膝に置き、一見静かに祈っているようにも見えるが、願望の声は金切り声に近い。

 やはり吟遊詩人への一方的な恋は実らなかったようだ。五日ほど前に一夜限りの実らぬ恋だと【お告げ】をしたのだが、吟遊詩人の言葉に踊らされていたのか聞く耳を持たなかった。それにもかかわらず、再び教会に訪れて天罰を要求するなど身の程知らずもいいところである。


 このような【お告げ】無視した者達が再び都合のいい神頼みするために教会へ訪れた時には《お前のような愚者に手を煩わせるほど神も暇ではない》と【お告げ】をしようかとも何度か考えたが、教会や神への不信を買ってしまっては仕事や私にも影響しかねないので押し黙る。

 見捨てているように思えるかもしれないが、【天使】が人々に干渉できる範囲は限定的であり、【下級天使】のとれる選択肢は更に狭い。思考から過去を読み取り、短い人生を良い方に傾けるよう思考に割り込み助言をおこなう【導きのお告げ】をするか、【見守る】かの二択である。それ以上の権限は【階級】を積まなければ得られず、階級権限違反や不信が多い【天使】は【堕天】させられ【冥界】で仕事をさせられるそうだ。

 私は身の程を弁え忠実に与えられた業務を全うし、現に神や人々からも不信を買うことなく十年この教会で仕事をしている一人の【下級天使】。名はまだ無いが、いずれは【中級天使】となり神々から名を付けて頂く考えでいる。教会に勤める【下級天使】の監督官である【中級天使・ニーズヘルグ】に懺悔室から睨まれながら、今日も最前列から二番目・中央の長椅子の右端に私は座っていた。


 最近は懺悔する者より神にすがる者が多いと、彼が時折愚痴をこぼしているのを私は知っている。そして秘かに教会に勤める私達【下級天使】の業務報告を改ざんし、自身の評価として報告を行っていることも。しかし監督官である彼の行いを天界側に報告する手段が【下級天使】にはない。報告書としてまとめようが、【天界】側の管理局に直談判しに行こうが必ず彼の目が通ってしまう。プライドの高い彼が不利益になるような事を許すはずがなく、実行しようものなら階級権限で【堕天】させられてしまうだろう。それだけは避けねばならない。


 私の前の席に座っていた男が立ち、荒い靴音をたてながら教会を出ていくと、入れ替わりでいつも祈りを捧げに来る老夫婦と小包を抱えた見慣れない幼い少女が私の前の席に座る。この小綺麗な身なりの老夫婦は熱心な教会信者ではあるが、願いというよりも今日まで生きてこれたことを決まった時間に訪れ感謝を捧げている。身勝手な願望を聴いてばかりいた私にとっての僅かな癒しであると同時に、本日の勤務時間がもうすぐ終了する知らせでもあった。

 一方、教会に初めて訪れたらしき少女は周りをきょろりと見まわしたあと、見様見真似で両手を組み合わせ祈りの姿勢をとった。

 少女のたどたどしい思考が聴こえる。


《わたしはおうちのかぎをなくしてしまいました。かみさまごめんなさい。おかあさんごめんなさい。ちゅーざいさんにもさがしてもらうようおねがいしたけど、まだみつかりません。おくすりやさんまでのみちをなんかいもさがしたけど、みつかりません。おかあさんはびょうきでねていて、おうちでまっています。わたしはわるいこです。おかあさんにおくすりをのませてあげられません。これからはいいこにします。かみさまおねがいします。おかあさんをたすけてあげてください》


 座席で隠れて俯いた後頭部しか見ることは出来なかったが、わずかに震えていた。恐らく泣いているのだろう。隣の老夫婦も祈りをやめて少女に「大丈夫?」と声をかけているが、少女は聞こえていないようで祈りの姿勢をとったままである。

 私は少女の思考を通して、その日の記憶を少し辿ってみることにした。


 咳き込み、木で作られた質素な寝床で寝込む女性。少女は女性がいつも飲んでいる薬がないことに気づき、薬を貰いに行ってくると女性に告げる。女性は寝ており、少女は鉄製の小さな鍵を使いそっと扉を閉めて鍵をかけた。居住区を抜けて商業区の薬屋まで寄り道することなく急ぎ足で移動する。薬屋の主人は少女の事情を聞くと「お金は後で頂くから、まずはお母さんに持って行っておくんなまし」と少女に薬が入っている小包を渡した。ありがとうございますと頭を下げ、急いで店を出ようする少女。扉に手をかけ開ける直前、チロリと金属が落ちる音が耳に入る。少女はその音を気に留めることなく扉を開けて、店を後にした。

 ……これだな。私は目を閉じ両手を合わせて祈る姿勢をし、少女の思考に割り込む。


《薬屋に戻り、探してみなさい。店主が鍵を見つけて、あなたが戻ってきてくれるのを待っているやもしれません》


 突然聞こえた【お告げ】に驚いたのか、少女はびくりと座ったまま跳ね上がり、声をかけていた老夫婦も驚いたようで、小さく「わっ」と声を出した。涙で濡れた顔で再び周りを見渡し声の主を探したあと、やや興奮気味に少女は隣に座っていた老夫婦に尋ねる。


「おじいさんとおばあさんが、わたしにおしえてくれたの?」


 老夫婦は一瞬お互いの顔を見合わせてきょとんとしていたが、すぐに少女が何を伝えたいのか理解したようで、少女の隣に座っていた老婆が微笑みながら質問に答える。


「【導きのお告げ】を聴いたのかしら? あなたは幸運よ、神様のお声が聴こえたのだからねぇ」


「かみさま?」と首をかしげてる少女に、今度は老爺がハンカチを差し出しながら続ける。


「ああそうだよ。神様は天からいつでも私達を見守っていて、どうしても困ったときに【導きのお告げ】で助けてくれるんだ。お嬢ちゃんがなんで泣いているのか私達にはわからないが、お嬢ちゃんの泣いている姿を見て可哀想に思ったのかもしれないね。これで涙を拭いて【お告げ】の通りにしてごらん。きっと笑顔になれるとも」


「……うん。ありがとうございます」


 少女は受け取ったハンカチで涙を拭きとりながら礼の言葉を述べ、丁寧に老夫婦と教会の正面に飾られている天使を模した像にお辞儀をしたあと、足早に彼女は小包を抱えて教会の扉をくぐって出て行った。ちらりと見えた表情には、期待に胸を膨らませる目と微笑みが浮かんでいた。


 ――汝に、【天使】の導きのあらんことを。


***


 老夫婦が帰るのを見送った私は懺悔室の信者側席が設置されている部屋へ入る。

 信者側の部屋と司祭側の部屋は設置されている棚付きの小窓で通じており、そこで本日分の【導きのお告げ】を行った対象や内容をまとめた報告書、それに対する報酬を受け渡す流れとなっていた。

 棚に置かれた報告書が小窓を通してするりと司祭側の真っ暗な空間へ消え、紙をめくる音が聞こえた。


「本日の【お告げ】は十五件です。以前【お告げ】に従わなかった者や信仰心の薄い者に関しては今回も行っておりませんが、これまで提出した報告書を参照していただければわかるかと思います」


 ふむ、と司祭側の部屋からニーズヘルグの声が聞こえる。報告書にも記載してはいるのだが、機嫌が悪いと些細なことでも小突いてくる彼には先手を取って釘を刺しておけばいい。私はこのやり方を十年間通し続けている。

 紙をめくる音が止むと、ニーズヘルグがいつもの世間話をするような調子で話しかけてきた。


「やはりここ最近は我々の【お告げ】を軽視する者が増えている傾向にありますね。私も懺悔室に訪れる皆さんの心や言葉に曇りを感じます。あなたと私との長い付き合いですし、お互い勤勉で誠実な事はわかっておりますが、民衆の信仰心が数字として離れていくのが見えるとなんとも歯がゆい気持ちですねぇ」


 ええ、と相槌を打つが内心は彼の言葉を鼻で笑っていた。

 こういう時に【天使】が人間以外の思考を読み取れなくてよかったとつくづく思う。そうでなければとっくの昔に私は【堕天】させられ、【冥界】でただ働きも同然な業務に就かされているだろう。


「【中級天使】である私一人と、【下級】のあなた達でこの教会で信仰心を増やすには少々骨が折れますねぇ。天界にも【中級天使】をもう一人派遣していただくよう申請してみましょう。本来ならばより干渉可能範囲が広い【上級天使】の派遣を申請すべきなんでしょうけども、このような場所までご足労かけられるほどお暇でないでしょうから。それまでは我々の手で現状維持を努めましょう」


 違う、【上級天使】には来てほしくないのだ。不正が表沙汰になるのを恐れる彼は、自身の息がかかった【中級天使】を呼んでくるだろう。そういう男である。


「ともあれ、本日はご苦労様でした。これは本日分の報酬です」


 硬貨の入った布袋が暗闇の中から小窓を通して渡される。ありがとうございます、と私が受け取ろうとした瞬間、小窓からごつごつとしたニーズヘルグの左手が私の手を掴んだ。一瞬自分の思考を悟られたかと思い驚き叫びそうになったものの、なんでしょう、と堪えて冷静を装い尋ねる。彼に透視能力でもない限り、私のひきつった顔は見られ

ていないだろう。


「いえね、君は最近よく酒場で誰かと飲んでいるらしいではないですか? もしや【お友達】でもできたのかなと」


「ただ地域交流ですよ、もちろん私自身の身分は偽っております。彼女は家族で仕立て屋を営んでいるらしくて、よく印象に残った珍妙な客の話を飲みながらしてくれますよ。なにより彼女もまた信心深い」


「……ふむ、そうですか。私も若いころは酒場や商業区に入り浸っていたのでよくわかります。自分の知らない人間の人生に触れて、世界について理解を深めることは非常に良いことです。優秀なあなたに限ってそのようなことはないとは思われますがぁ、気を付けてくださいねぇ?」


「ご心配をありがとうございます」


 私の謝辞を聞くとニーズヘルグの左手は離れ、神父側の部屋へと消えていった。


***


「アッハッハッハッ!! アタシが仕立て屋とはおもしれえ話じゃないかっ!!」


 酒場の人々がごった返す声にかき消されながら、肩から腕まで肌が露わになった黒いコートに、赤い髪を後ろで短く束ねた隣に座る女は、笑いながらジョッキに残った麦芽酒を飲み干す。

 仕事用の右肩に【天使】の羽を模した教会印の入った白いローブから着替え、白地のシャツと緑色のズボンといったありふれた目立たない装いで酒場のカウンター席にいるのだが、静かな教会とは違い、まだ日は沈んでもいないというのに賑わいにあふれていた。目の前には私の頼んだ麦芽酒の入ったジョッキと、つまみの串焼き肉が皿に盛られている……つまみの方は隣の赤髪の女が殆ど食べてしまったのだが。


「で、もしそれさ? 根掘り葉掘り深ーく突っ込まれたらどうするつもりだったんだい?」


「誤魔化します。向こうが透視能力でもなければ無表情作る必要もないですし。本当に興味があるなら多分あなたの方が付けてられてたはずですし、カマかけられただけかと」


 ふーん、なるほどなるほどと頷きながら、赤髪の女は私の前に置かれた串焼き肉を一本さらっていく。この女、まさか全部食べる気なのだろうか……?

 表情に出たのか、赤髪の女は口に持っていく途中の串焼き肉を私の皿に戻した。


「悪い悪い、自分の分は自分で頼むさね」


 すみませーんと手を挙げて、カウンターを挟んだ厨房でせわしなく調理をする店員に注文をする。何か頼むかとも聞かれたが、私はまだいらないと断った。


「仕立て屋ねぇ。もしアタシが人間だったら確かにやってたかも?」


「仕立てられるんですか、服」


「ん。採寸とか合わせられれば。このイカすコートや服もブーツも自前だし?」


 赤髪の女はひらひらとコートの端をつまんで見せびらかすようなしぐさをしながら、まるで子供が「羨ましいだろ?」と自慢するように悪戯っぽく笑っている。

 確かに手先があまり器用ではなく、ましてや衣類の仕立てなどやったことなどのない私にはできない技術だろう。彼女の器用さにはいつも驚かされるばかりである。


「アタシはまだ二十五、戦争真っただ中の時に生まれた私には何もなくてね……それでも仕事がようやく板についてきたと思ったらお払い箱だものっ!! わかるあんたっ!? 突然の無職よっ!? 次どこ行けばいいのよっ!?」


 バンバンと背中を叩かれながら、いつもの昔話の流れになってしまった。加減はしてくれているようだが、大きくて分厚い聖書を背中に叩きつけられたような痛みを私は感じる。

 正直この時間はニーズヘルグに呼び出されて小言や説教をされるより辛い……が、監視の目もなく周囲の人間たちと同じように酒場で飲食をしながら談笑する行為そのものを嫌いになれなかった。


「あの頃もあの頃で血生臭ーいことやらされてイヤな顔してたもんだけど、いざ平和ってなると今まで積み上げてきたものがほぼパーになるって、精神的にくるもんあるよ。ま、ほかの重たい連中と違って【簡易契約】のアタシは融通利いただけよかったっても思う。今、楽しいし?」


 届いた串焼き肉とジョッキを店員から受け取りながら彼女は語り続ける。

 私の隣に座っている赤髪の女…ペントラはこの街で【便利屋】を営んでいる【中級悪魔】である。十五年前まで続いていた人間側の他種族侵略戦争中は人間側の魔術師達に使役されていたが、魔王討伐によって侵略戦争が終わり、人間国内で戦争の最前線にいた勇者を中心としたクーデターがおこると同時に使役の任を解かれたが、【冥界】へ帰ることを拒み【地上界】に留まっているという。

 彼女と知り合ったのは五年前だろうか、一人でカウンター席に座っていた私の隣にたまたま座り、「【天使】でも酒を飲むんだな」と前置き無く尋ねられ、青ざめたのを未だに覚えている。最初は無視していたものの、気にも留めずに自分の話を話し続け背中を叩き、私の頼んだつまみをさらっていく彼女の厚かましさに私の方が折れてしまった。それ以来この酒場の決まったカウンター席でお互いの身の内話をしながら飲食を共にする関係になっている。


「――で、女の子だっけ? あんたが今日最後に【お告げ】をした子」


 いつの間にか彼女の武勇伝から私の話に移っていたらしく、聞き流していたと悟られないよう相槌を打ち、ジョッキの麦芽酒を飲んで喉を潤す。


「知ってるんですか?」


「お得意さん。父親は出稼ぎでほとんど家にいないし、母親も持病で寝込みがち。一人娘もまだまだ家事をまともに手伝えるほど大きくないからねぇ。買い物や家事、娘さんに読み書き教えたりとかも頼まれるよ」


「……鍵、見つかりましたかね」


「ん。駐在と一緒に鍵と小包抱えて走ってくの商業区で見たから多分大丈夫。母親の身に何かあったかと思ったもんだが、あんたの話を聞いて安心したよっ!! アッハッハッハッ!!」


 ペントラは頬張った串焼き肉を麦芽酒で流し込み、私の方を見て豪快に笑う。

 侵略戦争前線にいた本物の【悪魔】といわれても疑われそうにない、なんとも人間らしく自然な彼女はどこか羨ましくもあり、当時の片鱗を全く見せない彼女が怖くもあった。


「アタシのところに来たなら駐在と一緒に探してたか、扉ぶち破ってたかのどっちかだろうし、丸く収まってよかったよかった。」


「いえ、私ができるのはこの程度のことです。ペントラさんとは違い、干渉できる範囲が限られてますから」


「律儀だねぇ、酒は飲んで肉も食うのに」


「【受肉】している状態ですし、栄養を得られなければ人間と同じように飢えて死んでしまいます。この辺で一番安

い酒場の一番安いメニューがこれですし、むしろ食べる物を選り好みできるほど、明確な【味覚】と【嗅覚】がないだけ良かったとさえ思いますよ」


「うーわもったいないねぇ、何食っても味が同じとかアタシはそっちの方がゾッとするわ」


 私達【天使】が【地上界】に留まり続けるには人間や他の生き物と同様【受肉】しなければならず、仮初めの体は数日睡眠や栄養を取らなければ、簡単に動かなくなってしまうほど脆い。【受肉】した【天使】が【地上界】で死亡した場合【上級天使】以上は【天界】へ引き戻されるそうだが、以下の階級の【天使】は【冥界】へ堕ちるか、そのまま精神も消え去るかわからないといわれている。逆に睡眠と栄養さえ定期的に得る環境さえあれば外見上の老いもなく、半永久的に【地上界】に留まれるともいえる。多くの人々を苦しみから救えるよう、神々と一人の【天使】が考案した画期的な仕組みは、【地上界】で民衆に知られることなく広まっているのが今である。


「あんたは今、楽しんで生きてるかい?」


 ペントラは皿に残った串を指で突きながら私に尋ねる。


「楽しむ……とは少し違いますが、毎日祈りを捧げに来る老夫婦や家の鍵を無くした少女のように、救えて良かったと思うことはあります。人々が不幸にならないのが一番ですし、それに……」


「早く【上級】になって、ルシと一緒に仕事をしたいってか」


「……ええ」


 侵略戦争時に【下級天使】でありながら【天使】の【受肉】を考案し、最初の被験者として戦争の勝利とその後のクーデターや執政を陰ながら支え、今では神々と並ぶ権限を得た【特別階級・ルシ】は私が憧れたお方である。姿こそ見たことがないものの、多くの【下級天使】は彼に憧れているに違いない。それほどまでに彼の持つ特異な才能と未来予測による的確な助言は【導きの天使】の名を冠するにふさわしいと、【天界】の書庫だけでなく【地上界】にまで歴史書につづられるほどだ。【受肉】を民衆へ知られないためにルシ本人が最前線の軍に所属していた事実こそ抹消されているが、勝利と革命を起こし、勇者と共に平和へと導いた【姿なき天使】として【地上界】の史実に存在を刻んでいる。【地上界】の人間の英雄が現国王である勇者ならば、【天使】の英雄は間違いなく彼であろう。

 恐れ多いながら私も彼と共に歴史に名を刻みたいと、階級を上げるべく【導きのお告げ】をあの小さな教会で行っているのである。


「そっかぁ、目標は偉大だねぇ少年」


「まだ性別も無いですよ」


「アタシはあんたに男であって欲しいってこと」


 【下級天使】である私には名も無ければまだ性別も無く、【中級天使】になって初めて名と性別が神々より与えられる。今の私が鏡に映る容姿の性別が曖昧なのもそのためのようだ。

 まあいいか、とため息をつきながら左手で頭をかくペントラは小さく言い、ジョッキにまだ半分以上残っていた麦芽酒を一気に飲み干す。そしていつもの悪戯っぽい笑顔で私を見る。


「ルシが勇者率いる軍と共に最後に訪れた、【魔王の国】って知ってるでしょう?」


「知ってます。ただ今は何もない更地と歴史書にて把握してます」


「そう。魔王が勇者に討たれて、家臣も軍も立派な城や建物全部国ごと、魔術師達の手で更地にされたって話」


「影響が今でも残り、植物も生えない【死の地】として危険区域化……隔離されてるとも聞いたことがあります。それほどまでに、当時の国王は魔王が憎かったのでしょうか」


「さあねぇ。けれど書物や口頭で伝わった歴史がすべて正しいとも限らない」


「……どういう意味です?」


 ふふんっと彼女は私の質問を鼻で笑いながら答える。


「魔王が自分の命と引き換えに守ったもんが、実はこの街の近くにあるってことさねぇ」



ある時小説家を夢見たことがあり、文才がないと否定されて当時は諦めてしまいましたが、気持ちの整理も兼ねてしたためていた物を形として綴ってみました。小説家の皆さんがいかに大変かよくわかりましたが、私も私で温かい作品を出していけたらなと思います。最後まで読んでくださりありがとうございました。

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