6話#募る焦燥
当時、魔王討伐隊の勇者パーティーに加わったリタだったが、自分以外のメンバーはみな貴族だった。その上、神官より勇者専属の治癒師になれと言い渡された。ちなみに他2名の聖女候補は魔術師と聖騎士の各々専属を指示されていた。もちろん聖女候補たちは他の怪我人の治癒も行うが、最優先は神託を受けた人間。死なせるわけにはいかず、専属としてつけられた。
唯一の田舎平民リタは自分の場違いさに恐縮していたが、パーティーメンバーは貴族だというのに偉ぶることなく皆優しかった。特に一番高位貴族出身の勇者マインラートはその筆頭で、専属相手のリタによく気を配ってくれた。お陰で他のメンバーとも馴染むことができ、心細さは次第に減っていったのは幸運だっただろう。
それでもネイトとこんなにも離れるのは生まれて初めてで、毎日首に提げている袋から小瓶を取り出しては、眺めながら故郷の彼を思い出していた。
討伐隊の人たちにはそれぞれ志がある。自分達の安寧を取り戻すため。大切な家族を守るため。魔物に復讐するため。様々な思いがあるなかでもリタの原動力はやはりネイト中心だった。
騒がしいことが苦手で内気で穏やかな性格のネイト。怪我人の血が苦手なのに顔を青くしながらポーションを患者にかけるネイト。救えなかった時の悲しみを一緒に背負ってくれるネイト。いつも自分よりリタを優先する大好きな婚約者。争いを嫌い、妬み恨みから遠く、リタの陽だまりのような存在。
そんな彼が唯一望むのは性格と同じような穏やかな平和な日常。リタはネイトの幸せへの望みを叶えたい一心で治癒を通して戦っていた。
「リタはいつもその瓶を見ているときは幸せそうな顔をしているね」
「マインラート様……私そんな顔してます?えへへ、恥ずかしいですね」
リタが月夜に小瓶を透かしていつものように眺めていると、勇者マインラートが隣に座る。専属の間柄なので二人はほとんどの行動を共にしており、随分と仲良くなっていた。
「婚約者の事が大好きなんだな」
「はい!私には勿体ないくらいの人なんです」
「そっか、彼が羨ましいよ」
はっきりと言い切るリタの姿を見て、見知らぬ青年がマインラートには羨ましく、素直に言葉に出てしまう。公爵家として生まれ、容姿に恵まれ、文武にも秀ており常に女性は多数まわりにいたが、純粋な愛を向けられた事がなかった。だからこそ一人の女性からこんなにも愛されている人がいるのかと、感心していた。
「えぇ~ネイトを羨むなんて変ですよ。見た目も普通で人見知りですし、薔薇騎士のふたつ名まで持ってるマインラート様と比べたらネイトは雑草ですよ。雑草」
リタはネイトを馬鹿にする言葉を使うが、どう見ても赤い顔は照れ隠しにしか見えず、嘘がバレバレだった。だからこそ幸せそうなリタに振りかかる火の粉の可能性を伝えなければと、マインラートは一息ついて口を開く。
「リタが婚約者を本当に大切にしていることは十分に知った。だからこそ君はこれから辛い思いをするだろう」
「え?」
「リタは聖女候補だ。選ばれた時点で魔王を討伐したあとも日常には戻れない。むしろ討伐後は英雄の一人だ。平和な田舎でのんりひなど許されない立場になってしまっている。君は平民であって平民でいられない。まわりが放ってはおかない」
「………………」
薄々感じていたが目を逸らしていた可能性を指摘され、何も反論できない。これは前線に来るまでに寄った各国の王城や街の領主たちからの態度で予感はしていた。
笑顔の裏で値踏みするような目線。国の要人との仲を埋められそうになる外堀。まだ討伐達成をなしていないのに神格化を求められた。
『貴女は特別な血を持つ者。特別な人間と血を残すべし』
浴びせられた言葉を集めまとめると、そう言われているのがひしひしと伝わってきた。
自分は特別なんかではない。ただネイトの隣に居たいがために回復魔法を極めた田舎娘。ただ彼と穏やかに生きていきたいだけなのにと、リタは思わずにはいられない。お金や名誉など必要なかった。先ほどまでの温まっていた心は冷え、堅く瞳を閉じ、また開けた。
「マインラート様、忠告ありがとうございます。でもまだ私は私の幸せを諦めたくありません。聖女候補の言葉としては相応しくないけれど、世界のためより私はネイトの為に頑張ってるんです」
「うん、知ってるさ。リタにはたくさん助けられている。だから私はまだ先頭で戦える。国は違い、出来ることは限られているが何かしら協力するよ」
「マインラート様……」
「気軽に相談してくれ。一応公爵家で勇者だからな、ははは。頼ってくれ。私はきっと政略結婚だから……自分が恋愛出来ない分、君を応援するよ」
少し寂しげな表情のあと、爽やかな笑顔でそういうマインラートにリタも思わず笑みが溢れ、大きく頷いた。
※
出発から半年たつが、魔王討伐の戦況は膠着状態に陥っていた。リタたちは神官の指示のもと一度街に戻り、休息することになった。
リタは早く故郷に帰りたいため、この休息に疑問を持った。だが、貴族の仲間たちから休息をとれるほどの余裕を国民に見せる意味を教えられ、渋々納得した状態で領主主催のパーティーに参加していた。
緩みきった空気。食べきれないほどの料理。見栄のためにお金がかけられた飾りたち。目の前にはまるで戦争などしているとは思えないほど豪華で、きらびやかな会場が広がる。
「リタ殿、楽しんでますか?」
「え、えぇ。とても華やかで驚いております」
「そうでしょう?何よりリタ殿が一番華やかでお美しい」
「ただの平民である私にまでそのようなお言葉を。お優しいのですね。どうぞ他の女性たちもあなた様からの言葉を待っているはずです。では」
会場を眺めていたら隣に領主の息子がやってきたが、リタは冷めた心のまま笑顔を貼り付け予防線を引く。喜んではいけない。外堀を埋められる口実にさせられる。そして、軽く会釈をしてにこやかにその場を離れた。
「リタ様、いい人は見つかりましたかな?」
「アルム神官…………」
入れ替わるように教会の神官が感情の読めない表情で近づいてきた。リタはこの神官が苦手だった。神託を受けた者をだれよりも崇拝し、多くの人々にいかに素晴らしいかを説いている。
本当は治癒師としてだけの仕事に集中して、あくまでも皆の影で専念したかったリタを嵌め、表舞台に引きずり出した張本人で苦手にしていた。
「あなたは聖女候補の中でも特に力が強い。ぜひとも世界のために良き伴侶を見つけ、血を残して欲しいのですよ」
「その…………神官長のいう良き伴侶の条件とは何でしょうか?」
「神の血を引く末裔………貴族や神託を受けた者はどうでしょう?」
「平民ではだめと?私も平民です」
「あなたは神に選ばれたのです。今は単なる平民ではありません。そんなあなたが何も持たない平民と……おっと失礼。まだ特段の方がいなければ私から紹介しましょうか?」
「いえ、今は討伐に集中したいので…………」
(前線に残してきた討伐隊が命を懸けて戦っているというのに……っ!休息のための凱旋のはずなのに、私はなんでドレスを着ているのよ。あぁ、駄目。ここには居られない)
リタは心を落ち着かせるために会場から抜け出して、人目のつかない生垣の隙間にすっぽり体を埋める。葉の香りが鼻を通ると、ネイトとかくれんぼした時の記憶が甦り、心を落ち着かせる。きらびやかな世界は、童話で読んで憧れた以上に綺麗ではなかった。
少し休み、会場へ戻ろうとした時、生け垣に近づく気配を感じ、思わずと止まり身を隠した。そこでリタはそこで聞いてしまった。
「平民の聖女候補……全く手中に落ちてこない。お家のためとはいえ、父上が早く口説き落とせと煩くて堪んないよ」
「噂によると同じ平民の男に熱をあげてるらしいぞ?両思いか片思いから知らんが」
「婚約してたら面倒だが……まぁ男も平民なら関係ない。あとで消せば良いさ」
言い寄る令息たちに全く靡かないリタの事を愚痴る何名かの男の声……リタの婚約者と噂されている男を始末しようとする企みが耳に入ってくる。ネイトを失ってしまうことに恐怖したリタの足はすくみ、体は震える。聞こえてきたのはそれだけではなかった。
「でもその婚約者を消したら、聖女候補の弱みが無くなるぞ?手札が無くなる」
「なら人質にすればいい。婚約者を罠に嵌め、助ける条件に結婚を出せばいい」
「ほう、それだけじゃないだろ?だからと言って聖女候補が素直になるとは思えん」
「まぁな、しかし元婚約者は俺に頭が上がらなくなる。俺の言うがまま……そこを操れば、聖女候補もうなずくしか無いだろう。あとは長男さえ手に入れば、聖女候補は用済みってか。生意気なままなら悲劇の死を与えるだけだ」
「うわぁーひでぇ。神が怖くないのか?まぁお前だもんな」
「お前も同じこと考えているだろうか。はははは」
ネイトを人質にしてリタをいかに操ろうかという相談の声は明るく、笑いながら話していた。貴族の汚いところを目の当たりにしたリタは、嫌悪から込み上げる吐き気を我慢するように口を手で覆う。
(私はネイトと一緒に居たいだけなのに……どうして……私は汚い世界でも我慢するから……ネイトだけは放っておいてよ!なんで……なんで……!彼を巻き込まないでよ。ネイトを消すなんて許せない。いやよ……ネイトは死んでしまうのだけはいや。なんの為に戦っているのよ)
ただその場で愚痴話をしている令息たちが立ち去るのを耐えて待つ。
同時にネイトの存在を公言しなくてよかったと心底思った。仲間には好きな人がいるとだけで言い、ネイトのことはマインラートにしか打ち明けてないかった。もし公言していたら、リタが離れている間にネイトに影が忍びよっていたかもしれない。でもバレるのは時間の問題かもしれないと、リタの焦燥感は募っていく。
(ネイト………今、どうしてる?故郷で待っている?どうか無事でいて…………)
ネイトがリタに連絡を取れないのと同じで、今のリタにもネイトに危険を知らせる手段はない。むしろ無理に誰かを頼って連絡を取ってしまえば、ネイトのことが知られしまう。誰に頼ればいいのかも判断ができなかった。
(ニルヘイヴの貴族も同じなのかな?だったら国王にも頼れない?駄目よ。弱気になっては駄目…………何よりも魔王討伐が達成されない限りネイトには会えない。その為には耐えるのよ。方法はあるはず!戦うのよ……リタ、私は最高の治癒師よ!)
人がいなくなると、リタは自分を鼓舞して立ち上がった。
※
そして更に半年が経とうとしているとき、ようやく勇者パーティーは魔王城に到達していた。出発から約1年。虫のような飛んでくる魔物を焼き払い、鋼のような鱗をもつ大蛇を潰し、魔王がいるであろう山のように隆起したダンジョン最上層に駆けていった。
そこにはあらゆる魔物が混ざったような異形の存在がいた。火を吹き、地面を凍らせ、毒を滴らせ、呪いを放つ魔王がいた。
対する勇者パーティーは苦戦を強いられていた。初めは善戦していたがここに来るまでに体力も魔力も消費しすぎていた。勇者のマインラートが執拗に狙われ倒れると、あっという間に連携は崩れていった。
聖騎士は手足を砕かれ、魔術師は強く頭を打ち、ポーションを使い果たした聖女候補は魔力が尽きて気を失った。僅かにたどり着いていた仲間たちが倒れていく。ついには騎士団長やファイブも人形のように転がった。誰も死なず、かろうじて息しているのが奇跡のような最悪の状況。
一方の魔王も深手を負い、むき出しになった核さえ少しでも傷つけられれば倒せるところまで追い詰めていた。魔王は勇者パーティーに止めを刺すことを放棄して、異形の体を引き摺って逃げようともがいていた。しかし、討伐達成を目前としているのに誰も追いかけられない。
「ヒール!ヒール!ヒール!!」
この空間で響くのはリタの声と魔王の体を引きずる音のみ。
「マイン様!魔王が逃げちゃう!マイン様!マイン様!」
リタの目の前には紫色の呪いの模様を浮かばせ腹から血を流し、首を折られて息をヒューヒューと鳴らし息絶えようしている瀕死のマインラートだった。まだかすかに意識があり、口を動かし何かを伝えようとしてくれているが音にならない。
魔力が枯渇し意識が飛びそうになりながらリタがヒールをかけても、呪いが魔法を拒絶する。最後に残していた最上級ポーションも呪いには効かなかった。
「お願い……誰か……誰か助けて……うぅ」
マインラートの胸にすがるように涙が溢れだす。
「死にたくない。誰か……皆を助けて……助けて……」
───コロン
首にかけていた紐が切れ、お守りが床に落ちる音が響いた。ネイトがくれたお守りの中身はポーションだ。しかも透き通り、魔力の粒子が輝くほどの至極のポーション。最上級ポーションが効かなくても、なんだかお守りは効くような気がした。
「ネイト…………ッ!お願い!助けて……」
リタは瓶の蓋を開けマインラートの口と腹に分けて注ぎ、なけなしの魔力でヒールをかけた。
するとマインラートの傷口が光り、修復されていく。それだけではなく呪いの模様もみるみる消えていった。まるで奇跡の光景だった。
マインラートの生気の消えていた瞳に光が戻る。
「リ……タ……?痛みが……ない」
「マイン様!良かった!」
マインラートは体を起こすと、ハッとしたようにすぐにまわりを見渡す。
「リタ、魔王は!?」
「あそこです!逃げちゃう!早くしないと!魔王が!」
ダンジョンの隙間から逃げ出そうとしている魔王へ駆け出したマインラートは不思議な心地だった。薄れていた意識が明瞭になり、傷が消えた体は軽く、尽きかけていた魔力もわずかに回復していた。
ヒールやポーションでは説明が出来ない奇跡に気持ちが高まり、そのまま魔王の核に剣を突き立てる。するとパリンと音を立てて核が砕け、異形の体は崩れると黒い砂に変わっていった。
立ち尽くすマインラートの背からリタは確認するように問いかける。
「終わった……?マイン様、終わったんですよね?」
「あぁ、ようやく……ようやく……終わったんだ……っ」
振り向いたマインラートの瞳からは一筋の涙が流れていた。念願の討伐達成の嬉しさもあるだろう。それ以上にどんなに辛くても、先頭を率いる勇者として弱味をみせてはいけないと、張っていた気持ちの糸が切れ、意図せず涙が溢れてしまっていた。
「マイン様!」
「リタ」
リタはマインラートに駆け寄り、二人は抱き締めあった。ここまで多くの仲間を失った悲しみ。悲願達成の喜び。最前線で戦い、生き残った者だけが分かる気持ちを分かち合った。
数秒の包容を終えるとマインラートは感情を飲み込み、勇者の顔に戻った。
「リタ、まずは皆の手当てだ。まだ頑張れそうか?」
「はい。ヒールはできなくても応急処置はできます」
そうして二人は倒れている仲間の手当てをしながら、先程の奇跡について話し始めた。
「私にかけた水は……君のお守りか?最初は宝石を砕いた輝きかと思ったが……ただの水ではないな?」
「はい。ネイトからいざとなったら使うようにと渡された特製のポーションなんです。あんなに効くとは思いませんでした。驚いちゃいました」
リタのあっさりとした説明にマインラートの表情は険しくなる。
「あれがポーションだと?あの奇跡を目の前に驚くだけで済ますなんて」
「え?でもネイトがポーションだって……」
マインラートの眉間の皺が更に深まる。
「……あれはおそらくエリクサーだ。どんな傷も病も呪いも癒す命の水……他に説明がつかない。私の傷は助からないほど深かったはず。本当に彼はただの街の錬金術師なのか?公になれば世界が彼を手に入れようと動き出す」
「そんな……っ」
リタは処置の手を止め、絶句する。マインラートが大袈裟に脅しているだけかと顔色を伺うが、彼の顔は真剣だった。
「いや、いやいやいや……そんな……ネイトが……世界から……ははは」
リタは現実逃避するようにマインラートから目を逸らして処置を再開する。しかし、どうしても否定できなかった。
聖女候補の時点でリタは貴族の世界にうんざりしていた。討伐が終われば、本格的に貴族が動きだし自由などなくなることも容易に想像できる。
じゃあネイトがエリクサーの生成ができると世界に知られたら?そう思ったら高揚していた心が凍りつく。所詮、複数いる候補者レベルのリタとは違う、明らかな影の英雄。命の水を作り出せる世界で唯一の存在。神の雫を作れる存在を誰も放っておくはずかない。
「マイン様……どうしよう。ネイトが……ネイトが……狙われちゃう。あの人の平和が……無くなる」
ネイトは神託を受けた英雄ではないから誰も顔を知らない。はじめはその事が良いことかと思っていた。討伐の報酬として母国には『自分リタが矢面に立つから、ネイトだけは影で保護して欲しい』と願うつもりだった。祈った安寧とはほど遠いが、ネイトだけは利用されず守れると考えていたのに…………そして一緒になれると信じていた。
今は真逆だ。顔が広まっていない、つまり国民という監視者の目から離れているからこそ、ネイトは影で利用されやすい。貴族への不信感を募らせていたリタは、母国ニルヘイヴですら信じられなくなっていた。
そして、突然思い付いてしまった。どうしようもない、馬鹿げた方法を…………
「マイン様……私、聖女になります」
「どういうことだ?」
リタの発言が解決に繋がりそうもなく、マインラートは訝しげに聞く。
「マイン様の呪いと傷は他のメンバーも見ていて助かるとは思っていなかったはずです。奇跡自体は隠せません。だから偽装するんです。私が真の聖女となり、成せたことだと」
「世界に嘘を付くのか……」
「そうです。これでネイトの価値は隠せます。ネイトは穏やかなままでいられます」
リタは自信げに言ったが、マインラートは首を横にふる。
「しかし、聖女認定されれば候補者だったころの比ではないくらい権力者が群がるぞ。聖女とネイト殿では釣り合わないと逆風は強まるばかり。真価を隠された彼には、何の価値もない。メリットのないネイト殿は、君を操るための都合のいい駒になれば良い方だ。知っている通り、腐った貴族は必ずいる。君の母国は信用できるのか?ニルヘイヴ国王は聡明とは聞くが……」
「…………っ」
リタは肯定できない。保護を願ったところで、保護してくれるのは国王ではなく任されたどこかの貴族だ。ネイトを守りきれる自信は全くなく、唇を噛み締めた。
「リタ……私もネイト殿に命を助けてもらった身だ。彼のためにいくらでも協力しよう。だから選んでくれ……ネイト殿の平和を完全に捨てるか、何もかも犠牲にして彼の平和だけを守るか」
「どういうことですか?」
「ネイト殿の平和を捨てる。これは私が後盾となり二人が何がなんでも結婚すること。穏やかな日常は消えるが、一緒に生きることはできる。これはエリクサーの存在を明かす明かさない関係なくだな。しかし、他国の夫婦を守るのにも限界がある。それだけは理解してくれ」
「はい……そして守る方法は?」
「ネイト殿との結婚を諦め、彼との縁を切ること。二人はお互いに大切な婚約者は失うが、ネイト殿だけは一般人のままでいられる。その時は暫くは会わないくらいの覚悟が必要だ。影で逢い引きしたのがバレれば水の泡だからな。聖女の本命は彼だと知られれば、再び狙われるだろう」
「ネイトと……別れる……?」
マインラートはゆっくり頷いた。
「あくまで私の考えだ。とにかく今は聖女と偽るのか、ネイト殿存在を打ち明けるのか決めなければならない。私はリタの願う方に合わせる」
「私が決めて良いんですか?」
「あぁ、リタが答えを出すんだ。君の幸せのために」
「………………………私が」
大きな決断にすぐに答えが出せるはずもなく、沈黙が流れた。