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2話#あなたに届きますように


リタが旅立って約半年、ネイトは王宮の研究所で薬草を磨り潰していた。周囲にはネイトと同じように20名ほどの錬金術師がひたすらポーション生成の作業を行っている。



魔王の討伐は予定より長期化することが見込まれた。被害は聖女候補や他の治癒師のお陰で酷くないものの、現在の人数だけでは本格的な魔王城攻めが困難なのは目に見えていた。


しかし戦いに不向きの治癒師が増えすぎてしまえば防衛が困難になるし、だからといって治癒師に無理をさせて倒れたら、あっという間に討伐隊は崩壊する。それを避けるために支援用のポーションが大量に必要となったのだ。



今から一ヶ月ほど前に、ポーション生成のための臨時的な王宮錬金術師の募集がされた。掲示を見たネイトはすぐさま院長に相談した。

自分が作ったポーションが戦場で役立つかもしれない。離れていても、それがリタを助けるかもしれない。院長に理由を聞かれる前にネイトは如何に王宮に行きたいかを熱弁した。



リタが旅立ってからネイトは変わらず診療所の奥でポーションを作る日々を送っている。いや、寂しさを紛らわすために以前より部屋に籠るようになった。


(リタは元気にしてるかな?リタ自身は怪我なんてしてないかな……食い意地はって迷惑かけていないだろうか……リタ……今はどうしてる?)


想いは募るものの戦場にいるリタとは文通するのも叶わず、それはリタの両親も同じようで、得られる情報源は新聞の記事のみ。まわりが少しずつ日常に戻っていくなか、幼い頃から一緒にリタと過ごしたネイトには、彼女のいない生活はどこか実感が持てずにいた。だから説得は必死だった。



「院長……お願いです。王宮で働きたいんです。ここで冒険者を助けることも世界の救済に繋がることは理解しているのですが、僕の気持ちは」

「大丈夫。分かっているよ」


ここよりも戦場にもっと関われる、リタにもっと近づける場所で働きたいんだ……と言い切る前に院長から許しが出て、ネイトは思わず疑うように聞き直してしまう。



「え……?大丈夫……なんですか?本当に?」

「あぁ、ここの心配はいらないよ」



心情を十分に知っている院長に、王宮行きを志願するネイトを止める理由など無かった。もともと結婚後には出ていくことが決まっており、少し早まっただけだと考えるようにしたのだった。親ほどの年の院長は顔を緩ませ、髭を撫で付けながら提案する。


「その代わり、いつもよりほんの少し質が高いポーションを棚いっぱいに作っていってからだよ。今、外部からの仕入れが難しいから在庫をたんまりね。薬草は十分にあるはずだよね?」

「はい!分かりました!すぐに作業はじめますね」



院長の許可が出た途端、ネイトは生成室に引きこもってポーション作りを開始した。この街は彼の故郷で、孤児院やリタの両親などお世話になった人たちもたくさんいる。その人たちの事を思い浮かべながら丁寧に薬草を潰し、煮ながら魔力をたっぷり込めていく。濁った液体が透き通ったところで濾して、瓶に詰めていった。



“どうか僕の大切な人が元気でいられますように”と祈りを込めて。



翌朝、出勤時間になっても姿が見えないネイトを心配した院長が“まさか”と思い生成室を覗くと見えたのは、魔力切れで失神して床で寝ていたネイトだった。


「なんと見事な…………!」


そして感嘆の言葉を漏らす院長の視線の先である奥の棚には、薄黄色に透き通った瓶が隙間なく整列していた。





数日後には王宮の試験を合格させ、そして今日もネイトはポーションを熱心に作っている。



「なぁ昨日の新聞見たか?」

「見た見た。勇者って言うのはやっぱりどえらい男前だよなぁ」

「そうだなぁ。今頃ハーレムかぁ」

「隣国の23歳で公爵家次男で最年少騎士団長という勇者の称号に相応しい英傑だよ。ハーレムもできるさ」



夕方になると、ネイトより先に当日のノルマを終えた錬金術師は帰り支度をしながら雑談していた。見知らぬ土地、慣れない環境、田舎育ちの内気なネイトは人見知りを発揮していて話の輪には全く加われず、ひっそり雑談を聞いているだけだ。



勇者マインラート・エイベルは新聞の白黒の写真でもわかるほどのキラキラした髪色で、深みのある瞳が意思の強さを表し、でも少し甘い容姿をしていて肩幅が広い。生では見たこともないような美丈夫が微笑んでおり、新聞記事を見てキャーキャー言う女性たちがいるのも納得の容姿。まさに理想の勇者そのものだった。



(うんうん、今日の新聞は良かった。リタも元気そうだし……………うん、本当に良かった。今日の新聞は捨てずに残しておこう!)



しかし他の錬金術師の話題は勇者だったが、ネイトが注目したのは新聞の写真の奥に小さく写る想い人の姿だった。以前より痩せたようにも見えるが、仲間と思われる人たちと笑顔で話をしていそうなリタの姿。笑顔のリタを生で見れる勇者にほんの僅かな嫉妬心が芽生えるも、感謝の気持ちの方が大きかった。

リーダーの資質で大きく環境は変わる。前線でもリタが笑顔でいられるのは勇者が立派にパーティーを纏めている証拠だった。



(勇者様は凄いお方だ。そんなお方の近くならリタも大丈夫。勇者様……世界を、リタをお願いします。騎士団の皆様もどうかご無事に……僕はここから応援しますから……どうか元気に戻ってきますように……)



そう願いながら薬草が入った鍋にゆっくり魔力を混ぜていく。先刻まで深緑のどろどろだった液体は、今ではサラサラな透明な緑色。そして更に魔力が混ざり緑から黄緑色と変化していた。


「ふふふーん、ふふん♪そろそろいいかな?」


雑談していた人たちは既に帰宅し、今や実験室にネイトひとり。診療所にいる感覚で、教会で流れる祈りの曲を鼻唄を歌いながらポーションを仕上げていく。煮込み終わった液体を濾過していくと葉などの不純物が除かれ、ほんのり黄色く色づいた透明度の高いポーションが大瓶に溜まっていく。



「ふーんふふん……うわ!色が薄い!少し魔力入れすぎた…………効果が上がる分には問題ないよね?うん…………大丈夫!大丈夫!ははは……」



リタの記事が見れて、勇者たちへの感謝の気持ちでいっぱいだっため、必要以上に魔力を込めてしまっていた。最上級、上級、中級、低級、粗悪とポーションのレベルは5段階ある。臨時王宮錬金術師には透明な黄緑色の中級を20本が求められていたため、今日できた物は明らかに上質だった。

ネイトは自分の都合の良いように考えて、乾いた笑いを溢しながら小瓶に詰めていく。魔力量に余裕があるため多めに仕込んだポーションは31本出来上がった。あとは王宮錬金術師に渡せば今日は終わりだ。


「今夜は何を食べようかなぁ~お酒飲んじゃおっかなぁ~久々に飲みたいなぁ」

「俺はポーションが飲みたいなぁ」


「ポーションならここに……え!?は?」



実験室には一人しかいないと油断していたネイトは独り言に加わってきた、疲労を浮かべる軍服の男に唖然とする。


「よぉ!頂くぜ…………って、は?」

「え?」

「なんだこの色」


突然現れた男に驚いただけでなく、小瓶を勝手に取って飲もうとした男が手を止めてぎょっとした様子にネイトは内心焦る。


「あぁ、あの!色は少しばかり変ですが、ポーションです。効果は保証します。実は分けがあって少しばかり魔力を多……って」

「ゴクゴク……ぷはっ」

「あぁぁあぁ…………」


ネイトが弁明をしている間に男は許可もとらずにポンと栓を抜いて、ポーションを一本飲み干した。

すると男はハッとしたように軍服を脱ぎ、シャツのボタンまで外しはじめた。状況についていけないネイトはただ黙って見ていることしか出来ない。



ボタンが外され開かれた男の上半身は胸から腹まで包帯で巻かれており、赤く染まっていた。男は恐る恐る包帯を外していき、驚く。



「おいおい、まじか……1本だけで」



男は自分の体を見て、確かめるように撫でる。魔物の爪で抉られた傷跡がほんの少し残るだけで、先程まで自分を追い詰めていたはずの出血も痛みも嘘のように消えてしまっていた。


ネイトは男の反応がいまいち理解できなかったが、きちんとポーションとして出来上がっていてひとりで満足していた。



(ポーションを飲んだのだから当然なのに……変な人だなぁ。でも怪我をしていたらしい男の傷も治ったし、お腹も空いたし帰ろ!)


そう思ったネイトは、まだ体を撫でている変な男を放置して帰り支度を整える。



「勝手に飲んだのは見逃します。では僕は帰りますね。お疲れ様でし──」

「待て!お前の名前は?」


軍服の男に腕を掴まれ、引き止められる。


「えっと、臨時王宮錬金術師のネイトです。平民ですので苗字はありません」

「分かった。ポーションは俺が室長に渡しておく。引き留めて悪かった」

「…………はい。お手数お掛けしますが、よろしくお願い致します」



勝手に飲んだ男にポーションを任せることに不安を覚えたが、明らかに自分より身分が高そうだったので黙って深々とお辞儀して帰宅した。






「錬金術師ネイト殿、話があります」

「……はい」


翌朝、いつものように実験室へ向かうと待ち構えていた王宮錬金術師の室長アイザック・グラフに別室に連行される。ネイトは呼ばれた原因に心当たりがありすぎた。


(もしや昨日のポーションに問題があった?品質は統一すべきだよね……やっぱり。素直に謝ろう……いや、それともあの軍人さんがまた勝手に飲んでノルマ本数に達していなかった?うわー最悪だぁ)


ネイトは肩を下げとぼとぼとした足取りでアイザック室長の後ろを着いていくと重厚な扉の部屋に案内される。アイザック室長はノックも無しに扉を開き、入室を促す。


「入りなさい」

「はい、失礼します」



中には入ると薬草の独特の香りが充満し、壁側の棚一面には高級な本で埋め尽くされている。テーブルには貴重な素材と見たこともない最新器具がところせましと乗せられていて、ネイトは目を輝かせた。さすが国一の錬金術師の持つものは違うと感動を禁じ得なかった。

だが、その感動も先客の声ですぐに現実に引き戻される。


「よ!また会ったなネイト!」

「あ、あなたは昨日の!」


そこには勝手にポーションを飲んだ変な男が、テーブルの奥のソファに寝そべっていた。


「レイグル様、この者で間違いなさそうかな?」

「そうそう、そいつ。昨日の例のポーション生成者」


一回り年上で、ニルヘイヴ王国の上層部である室長の前だというのにレイグルと呼ばれた若い男(と言ってもネイトより少し年上程度)の態度は非常に失礼だ。だが室長が指摘しない様子から随分と身分が良いらしいと察する。


「あの、大変失礼であることを予め謝罪致します。レイグル様はどのようなお方のでしょうか?」

「そっか、王都の人間じゃなかったもんな」


レイグルはソファから身を起こすと、踵を揃えて両腕を後ろに組んで胸を張った。先程のだらしない姿など微塵もないほど凛々しい雰囲気を纏ってネイトの正面に立った。


「私の名はレイグル・フォン・ニルヘイヴ。第2騎士団の団長を国王陛下より拝命し、現在は王都に隣接する森の魔物討伐隊の総指揮官を務めている。以後、宜しく頼む」


ネイトはその名を聞いて信じられず、灰藍色の瞳が乾きそうなほど見開き固まった。こんな高貴な方と言葉を交わすことなどあり得ない……嘘だ、嘘だと何度も頭の中で反復するが、室長にとどめを刺される。


「ネイト殿、このお方は第5王子です」

「はっ……ははははははぃ。お、お名前と功績は常々聞き及んでます。おめ、お目にかかれて光栄です。失礼いたしました」


緊張のあまり噛みすぎて笑っているような返事になってしまうが、ネイトはなんとか膝をついて頭を下げた。


「そんなに畏まるな恩人よ。私は……あぁ、素でいかせてもらう。俺はネイトと仲良くしたいんだ。普通にしてくれ」

「………………はぃ」


消えそうな声で返事をして頭をあげるネイトを見て、レイグル王子は満足げに頷く。

レイグル王子はあの日、突如王都の森に現れた魔物の討伐に出ていた。そこで過去に無いほどの高ランクの魔物と遭遇し、何とか倒したものの討伐隊は多数負傷。手当てするために貴重な転移魔法陣でなんとか王宮に帰還したが、怪我人に対して治癒師の人数は不足。ポーションも前線に送るために自分達には割り当てられる数は少ない。


だから誰よりも部下を大切にするレイグル王子は自分の怪我を隠し、後回しにて部下にポーションを譲ったものの本人も深傷を負っていた。だからアイザック室長なら隠しポーションをもっているだろうと勝手に期待して、探している時に出会ったのがネイトだった。


「ネイト、早速あのポーションについて聞きたい。あれはどうやって作った?国が用意した薬草の他に個人的に何か足したのか?効果がありすぎる」

「普通に実験室に用意されている薬草のみで生成しました。変わったことと言えば、加減を間違えて魔力を多く混ぜすぎた位です。申し訳ありません………中級という指定があったのにも関わらず上級にしてしまいました」


「あぁ、うん。色々と信じがたいんだが」

「私もです、殿下」


ネイトの言葉にレイグルは呆れた表情になり、アイザック室長は眉間を寄せた。


「ネイト殿、あのポーションは最上級に匹敵する代物です。あれだけの量を作れるのは私を含め三名しか王宮にいません」

「まさか……この落ちこぼれの僕が?普通に魔力を混ぜただけです。何かの間違いでは?それに最上級には他にも希少な薬草が必要ですよね?」


「普通だと?いや……確かに本来であれば薬草が必要ですが、間違いなく最上級ポーションが出来上がり、その効果は殿下の体で立証済みです」

「そうなんですか。でも何故……」



ネイトはただいつも通りにポーションを作っただけで、どうしてこうなったか全く分からなかった。その様子を察したアイザック室長は、ため息をつきながらも提案する。



「原因の追求は後回しです。ネイト殿……あなたは本日より私の部屋でポーションを作りなさい。薬草でも器具でも何でも自由に使って構いません。実は前線が魔王城に近づくにつれ状況が過酷になってきているそうです。現場には多くの最上級ポーションが必要とされてます。良いですか?」



ネイトは前線と聞いて真っ先にリタの姿が頭に浮かんだ。ここで頑張れば、これからより過酷なところへ行く彼女の力になれる。作った分だけ生存率が上がる。迷いは無かった。


「僕が作ったものが前線に届くんですね?…………やります!魔力が枯渇するまで作ります!」

「よろしい。頼みますよ」


ネイトはやる気に満ちた表情で答え、アイザック室長は嬉しそうに頷いた。



「ネイト、俺からも頼む」

「レイグル殿下……はい!ご期待に添えるよう邁進致します」



簡単に今後について話し合った。ネイトの性格を考慮し、権力のしがらみや陰謀に巻き込まれないよう、普通の薬草から最上級ポーションが作り出せることは3人だけの秘匿となった。

レイグル王子の配慮で、より作業に集中できるよう王宮内の寮に個室が与えられ、掃除洗濯などしなくても良いように従者もつけられた。


完璧なバックアップを受けてネイトは宣言通り魔力が枯渇するまで作り、魔力が戻り次第また枯渇するまで大量にポーション生成していった。

まるで研修室が戦場かのような気迫にレイグル王子とアイザック室長は、ネイトに負けてられないと奮起した。



ネイトは今日もポーションを作る。いつものようにリタを思い浮かべながら、多くの願いを込めて。

そして急激に届く数が増えた最上級ポーションは、多くの討伐隊の人たちを救った。



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