1話#さよなら日常
勇者NTR系を私なりに書いてみました。結末の好き嫌いが激しく分かれる内容となってますので、ご注意ください。
大陸の東に位置するニルヘイヴ王国には、村とも呼べるようなある小さな街があった。その街は住人よりも冒険者が多いような田舎で、そこにはポーション作成を専門とする錬金術師の青年ネイトがいた。
ネイトは何故かポーションしか作れない。本来この世界の錬金術師といえば病気や怪我の種類別にあらゆる魔法薬や毒薬を作り分けたり、大地に恵みを与える肥料なども作れるはずだった。しかしポーション以外に魔力付与できない彼は錬金術師の落ちぶれの部類だといえる。
今日もネイトが診療所の奥でポーションを生成していると、診察室の入り口が騒がしくなる。
「ネイト!!ポーションまだ残ってる?急患よ!」
「リタ!?今追加が出来たばかりだ!持っていくよ!」
リタという女性の治癒師が叫びながら診察室に飛び込んでくる。ネイトはできたポーションを急いで持っていき、絶句した。診察室に入るとベッドには魔物の大きな爪で腹を裂かれた冒険者が横たわっていた。
「これは酷いっ」
「私のヒールだけじゃ追い付かないの!早くポーションを」
治癒師のリタが懸命に回復魔法のヒールをかけて少しずつ傷口は消えているが、あまりにも血を流しすぎて体力が尽きかけていた。体力がなければ傷は治らない。ヒールをかけているのがリタでなければ既に死んでいる程の重症で、一刻の猶予もないのは明らかだ。
「分かった!2本使うよ。あとはリタの回復魔法次第だ」
「任せて」
ネイトはすぐにポーションを冒険者の口に1本流し込み、傷口にも1本注いだ。するとポーションとヒールの相乗効果で傷口はあっという間にふさがり、血の気を失い白かった冒険者の顔に赤みが戻った。
「ふぅ、もう大丈夫ですよ」
リタの安堵のため息と共にでた言葉に、負傷した冒険者の仲間たちは泣きながらネイトとリタに感謝を伝えた。ここに入院できるベッドはない。患者は仲間の冒険者に背負われて帰っていった。
「間に合って良かったわ。ありがとう、ネイトのお陰」
「ううん、リタの魔法が凄いからだよ。僕はほんの少し手伝っただけだから、全部リタのお手柄」
「もうっ!そういうことにしてあげる」
「そうそう、その通りだよ……今日も頑張ったね」
拗ねたように少し口を尖らせつつも、同い年だというのに甘えん坊のリタは誉めろと言わんばかりに頭をずいっと出す。そんな彼女の行動にネイトは頬を緩ませ、頑張りを労るように頭を撫でる。
リタの亜麻色の髪は柔らかく滑らかで、空のように澄んだ青い瞳は細まり、ほどよく日焼けした頬が赤く染める。ネイトはそんな可愛い姿を見て自分は幸せだとひしひしと実感していた。
「リタは最高の治癒師だよ。どんな人も助けられる。おまけに可愛い」
「あ、当たり前でしょ?私には最高のネイトがいるんだもの……ほら、仕事に戻るわよ」
自分からおねだりしたものの恥ずかしくなったリタは、ネイトからさっと離れて血で汚れてしまった診察室の掃除を始める。
どれだけ誉めても過小評価する謙虚なネイトにリタは一種の不満が生まれると同時に、またその驕らない姿勢と穏やかな性格が好きだった。性格を表すような落ち着いた灰藍色の髪と瞳が彼女の癒しの色になっていた。
孤児院育ちのネイトと近所に住むリタの二人は物心ついた頃からの幼馴染みだった。小さい頃は内気なネイトを交遊的なリタが振り回していたが、今は先程の通りの仲である。包容力のあるネイトにリタは自然と心を寄せていった。
ネイトが10歳の時、教会での鑑定で生成の魔術に適正があると分かり、錬金術師への道を選んだ。しかし色々な錬成を試しても失敗ばかりで、何故か成功するのはポーションだけ。錬金術師の学校に通えず、独学だから仕方ないと開き直った。
むしろネイトはポーションが作れるだけラッキーだと前向きだった。ポーションは人を治し、助けられる。とても素晴らしいことではないかとポーション作りに没頭した。そのあとリタの誘いもあって現在の治療院で専属の錬金術師として働いていた。
そうして落ちこぼれ錬金術師のネイトと凄腕と評判の治癒師のリタは仲を深め、今では結婚を約束した関係だ。
ネイトは診察室でテキパキ掃除するリタを手伝いながら、楽しみな将来へと思いを馳せる。
「リタ?引っ越し先なんだけど、隣国のルーラント村とかどう思う?冒険者が多い割には治療に関わる人材が不足してるらしいんだ。それに静かな田舎だし」
「あの地域なら薬草も多そうだし、ただポーション作りをしていたいネイトには確かにぴったりね。あ、それなら港のあるミミッシュ地区も良いんじゃない?あそこは穏やかな街で新鮮な魚も獲れるのよ」
美味しい魚料理を思い浮かべうっとりとするリタの顔を見てネイトは苦笑する。
「リタは美味しいご飯に目がないなぁ」
「だってヒール使いまくったら、魔力が減ってお腹は更に減るんだもの。ポーション作りも一緒でしょ?ならご飯はとても重要よ!」
「そうだね。人助けして、のんびりして、美味しいご飯があって……穏やかにゆっくり生きていきたいね」
「ネイトったらおじいちゃんみたいね。付き合えるのは私くらいよ?」
「よ!さすがリタ様」
「うんうん、苦しゅうない!」
そうして診察室には明るい声が今日も響く。普通は殺伐としてしまう治療院の空気を二人の掛け合いが柔らかくし、仕事仲間のネタとなっている。
今はこの診療所で働いているが、結婚した暁には自分達の診療所を作り、多くの人を助けようと誓い合っていて、まわりも応援し、平和な日常を送っていた。
※
しかし運命の日は突然やってきた。大陸の最北の深い森に突如大地が隆起し、城のようなダンジョンが出現した。そこから魔物が氾濫したと同時に魔王復活を告げる神の啓示……神託があり、現れたダンジョンは魔王城とされた。
魔物の森と隣接していたいくつかの街は消え、たった数日でその小さな国は半分の領土を失った。世界を一気に恐怖へと誘うには十分な事実。
そして神の啓示は魔王復活の知らせだけでは無かった。
「この度、我が国を含む大陸の全5か国が同盟を組み、魔王討伐パーティーが編成されました。リタ様には加わるようニルヘイヴ国王より勅命が届いております。出発は明後日、正午となっております。荷物は全て我々が用意しておりますので、当日は迎えの騎士をお待ち下さい」
その日院長たちはギルドに出張診療に行っていたため、ネイトはリタと二人で留守番をしていた。すると突然白い法衣を纏った教会の神官と国の騎士達が診療所を訪れ、リタに告げたのだ。驚き固まるリタの代わりに、ネイトは震える声で理由を神官に聞く。
「何故リタが?彼女に何か神託でも?」
「はい。魔王が出現した場合、勇者など称号に相応しい人物が現代に存在していた場合は信託で神より伝えられます。勇者、魔術師、剣士の信託はありましたが、聖女の神託はありませんでした」
「では、どうしてですか?」
「正式な聖女の神託が無いといえど、神は我々を見捨てませんでした。代わりにリタ様を含む3名が聖女候補として選ばれたのです」
「そんな……リタが戦場に……嘘だ」
「残念ながら拒否は許されません」
神官の言葉にネイトは床に膝をついて絶望した。連日の新聞記事には、高ランクの魔物が多数出現しただの、街が消滅しただの、どれだけの人が死んだなど全く良いことが載っていなかった。本当の戦場は新聞記事の内容とは比べ物にならないくらい悪い事は明らかだった。
「そのパーティーに僕は加われませんか?」
「ネイト!何を言っているの!?」
「だって!リタをひとりで行かせたくない!ポーションならたくさん作れます!神官様……お願いします。どうか……僕を…………っ!」
愛しい人だけが命を懸けて魔王に立ち向かい、自分だけ安全な場所で待つことなどできそうもなかったネイトは神官に懇願する。しかし神官は首を横に振り、「先に戦場で待ってます」とリタ告げて、足早に立ち去ってしまった。
ネイトはその場でへたり込み、神官の背中を見送ることしか出来なかった。何故……僕のリタが……と思わずにはいられず、現実を受け止められなかった。
するとネイトの視界は急に暗くなり、暖かさに包まれた。リタがそっと座り込んだネイトを抱き締めていた。
「本当に私ったら治癒の天才で、可愛くて綺麗だからね。聖女候補に選ばれるのは必然だったのよ。こうなったら本物の聖女を目指すわ……」
「……リタ」
「私の腕を一番ネイトが理解してるでしょ?いつも誉めてくれてるじゃない。そうでしょ?私が信じられない?」
気丈に振る舞う彼女の言葉とは裏腹に、ネイトを抱く腕は微かに震えていた。本当に絶望しているのは彼女で、自分の不安が彼女をより恐怖へと追い込んでしまっているとネイトは気付いた。だから自分の役割を全うしなければと、不安を押し隠し笑う。
「もちろん信じてるに決まってるじゃないか。リタは世界最高の美人治癒師だ。いやぁ恐れ入ります聖女様!」
「うんうん!分かれば良いのよ!私がネイト切望のスローライフの為に一肌脱いであげましょう」
「ははは、頼んだよ」
「ふふふ、任せて」
お互いに瞳から溢れる雫が濡らした頬に手を滑らせ、引き寄せた。お互いがまだそばにいることを確かめるように。離れることを惜しむように、でも覚悟が揺るがない程度にそっと触れるだけの口づけをした。
※
二日後、診療所の前には教会の紋章が入った立派な馬車が止まっていた。診療所で働く治癒師が聖女候補に選ばれたとは発表されてはいなかったが、どこからか戦場へ向かうとだけ聞き付けた人たちが見送りに来ていた。
「リタさんは凄いなぁ。王の勅命を受けるほどの治癒師だったんだな。俺、この人に助けてもらったことあると自慢できるな」
「私も私も!えっと、治癒師なら後方支援なのかな?前線よりも安全だろうけど気を付けてね」
「安心して行ってきて下さい!あなたの故郷であるこの街は俺たち冒険者が魔物から守ります」
「はい!私も頑張りますから、皆さんもお願いします!」
リタに救われた冒険者たちが声援の言葉を送り、リタも気丈に笑顔で答える。そして心配する両親と抱擁を交わし、最期にネイトの前に立った。
ネイトは肩にかけていた鞄から紐のついた小袋をリタの手に乗せた。
「ネイト……これプレゼント?」
「うん、御守りだよ。行けない僕の代わりに持っていって」
リタは中身が気になってすぐに袋を開けると、魔力の粒子がキラキラと漂う液体の小瓶が入っていた。それはネイトが一晩中魔力と願いをひとつの瓶に詰め込んで生成した渾身のポーションだった。
「これポーション!?普通は御守りといえば宝石か魔石でしょ!?」
「ははは、やっぱり?」
最初は確かに御守りとして定番の宝石や魔石にしよう考えていたが、しっくりこなかった。それならポーションの方が実用的で、自分の代わりにリタに寄り添えると思って作ってみたのだが……失敗したかなぁとネイトは思わず苦笑いしてしまう。
「変に拘らずに宝石にすれば良かったね」
「ううん!これがいい!ネイトらしくて……ネイトの分身みたいで嬉しいわ。大切に持ってる」
リタはキラキラと反射する綺麗な小瓶を光に透かしながら、ネイトがポーションを作る光景を思い浮かべる。
質の良いレベルの高いポーションほど透明度が高く、悪ければ色が濃く濁っている。さらに質が高まるとごく稀に魔力粒子が可視化するが、生成する際の魔力のコントロールが難しく、生成量の割には恐ろしく魔力を消費する。ネイトのポーションはそれが光って見えるレベルで、それだけ気持ちが込められた物だとリタには伝わっていた。どこかで買ってきた宝石よりも、ずっと価値のあるものだった。
「いざとなったら使うんだよ?そうならないことを祈ってるけど……気を付けてリタ。僕は待ってるよ」
「うん……行ってきますネイト。皆も!行ってきます!」
懸命に笑顔を作るネイトの顔を見て、リタも口角を必死にあげた笑顔で馬車に乗り込む。
そうして戦場へ急ぎ向かうように馬車はすぐに出発し、ネイトは馬車の姿が見えなくなるまで見送った。