ケース②:山本灯の場合
「い、一体何が起こった」
「雌が飛び込んできたのは分かったが、何も分からないまま。墜落させられた」
「それだけのことだった」
「しかし、今ので分かった。ここには強い雌達がいる」
「期待できそうだな」
宇宙船は非常に頑丈というより特殊であると見るべきだ。
墜落に風穴まで空けられたら、爆発は容易に想定できただろう。
「いやー、派手に落ちてきたねぇ」
ほぼ、ここに墜落させるとさせていて。人間と呼べる者達は居なかった。
周囲にいるのは確かに雌であるが、どいつもこいつも"超人"。侵略してきた者達が望んでいる、優良な雌。
その1人と言えよう、細い目の金髪ながら道着のお姉さんが彼等の前に、たった一人で現れた。
「鯉川はしっかり1人消したね」
彼女の名は山本灯。
鯉川と同じく超人。"拳女王"の異名をとる。
「……強いな。雌」
灯と出会った瞬間。ただ1人の雄が前に出た。それは彼がこの中で一番強いという、信憑性のある動き。そして、
「すぐに分かる。お前がこの星で一番強い雌と見た。俺の雌に相応しい」
その言葉はど汚いながら、灯に敬意を評している。
だが、
「あいにくね。あたしの雄は決まってんの。あんた等なんかより、"最強"に至る男があたしの認める男。あたしを倒せてからほざきなさい」
言葉は詳しく伝わるのが不思議なくらいだが、生物のやり取りは感情、気持ちで分かり合えるものだ。
「ああ、それと」
灯は拳を握った。何かをしてくると、5人は感じたが避けようがないという予感。直接的な事ではない。間接的に
ドゴオオオオォォォォッッ
「うぉ!?」
「ふぁ!?」
全員が顔を防ぎ、体を丸める。宇宙船が墜落した時と比べるにしては、あまりにも"小さい"事だと分かるほどの粉塵と衝撃。地面を揺らすというとんでもない現象を引き起こしたのは、地面を殴りつけた灯の拳。
純粋かつ単純なる強さ。
拳の力と技術を高めただけの超人。それが"拳女王"。
「仲間がいるから、分け与えなきゃね」
それは子供に人数分の食事を与えるような響きだった。
灯の拳は確実な手加減をされており、標的と決めた者以外をまず、自身の戦闘範囲からふっ飛ばす。
トンッ
打撃音の静かさは、対象者を保護しているとも言える優しい拳。
この粉塵の目暗ましの中で柔らかくて強い灯の拳は、正確に他所にいる仲間の下へ、敵達を吹っ飛ばしていく。数百どころではない。数キロにも及ぶ、飛行体験だった。
殴られたという運ばれていくという感覚。
一方でただ1人にだけは、
バギイイィィィッ
本気で殺しにきた。
殴ったのはおそらく、飛行体に使われている未知の物質であろう。
「盾?面白いわね」
「っぅ……」
雄も戦闘体勢をとる。
巻き上げた粉塵が収まって、正確に敵を見る灯。
盾と剣という、宇宙人らしからぬ。正統派騎士のような風体。
「だけど、その盾。ヒビができてるわ」
二撃は持たぬ。分かっている。
そして、この雌と対峙するだけで高揚していく自分についてもだ。
「おおおおぉぉっ」
作戦はシンプルだ。
相手に突っ込んで、盾で相手の攻撃を捌き、この剣で刺す。雄だ、雌だと、喚く者だ。レーザー光線やらなんやらなんて、合理的な戦い方よりこー野蛮の方が
「好きよ」
バリイイィィッッ
灯の拳は確実に、相手の盾を打ち砕いた。しかし、相手はそれを承知の上でやっていた。伸び切った灯の拳を確認し、この剣で灯の腕をとる。圧倒的な戦闘力の差を埋める、起死回生の手。
灯は自ら相手に機会を渡していた。その最中で彼は、灯だけを見ていた。
ぎゅ~~っと、ゆっくり。打ち終わった右拳が再び、拳を作り上げようとするところを。こちらは相手の腕を斬り落とすだけだと言うのに、どうしてこうにも、差がゆっくりと確実に見えるのだろう。
剣を振り下ろすその時にはもう、灯は正拳を放てる姿勢を作り出していた。
ドゴオオオォォォッ
「ただ殴るだけ、ただ壊すだけじゃない。いかに迅く殴れるかもポイント」
殴られる相手は、意識が遠のく。無論、それは死の淵だというのも分かっていた。
「本気は出した。あたしの"終わった拳"でやられたなら、本望でしょ」
灯の気遣いに、彼は幸せに死ぬことができた。