金銀の幸運 1
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時は遡ること、前朝八日の夕方。エルデとサーラがベントレイ邸に訪問する三日前のことである。
見るからにガチガチに緊張した様子の一人の青年が商業ギルドに入って行った。いかにも場慣れしていない体で、ギルドには入ってみたもののどうしていいのか分からず、入り口を入ってすぐの所で立ち止まり、辺りをキョロキョロしている。
「ほら坊主。ここで立ち止まってると後ろの連中が入れないだろ。」
青年の後からギルドに入ってきた髭面の商人が青年の様子を見るに見かねて声を掛け、ガシッと青年の肩を抱きながら彼をそれとなくギルドの入り口から離れるように誘導してやった。
「あ、ありがとうございますっ!」
「おう、礼を言えるのは大事さね。いいってことよ。お前さん見慣れない顔だからな。ここだって滅多に来ないんだろ?」
「は、はいっ!」
「ほほう、声もでかくていいねぇ。とりあえず商業ギルドに用があるなら、あそこの『受付』に行くといいよ。ほら、あそこに別嬪さんが座ってるだろ。」
髭面の商人が指した方を見ると、確かにカウンターと思しき所に水色の髪をした色白の美人が座っていた。
「はいっ、あちらのお綺麗な方のいる所ですねっ。ありがとうございますっ!」
「おう。頑張れよ、青年。」
商人はそう言うと、青年から離れて行った。青年は緊張した面持ちで受付まで歩いて行った。緊張の余り手と足が同時に出ているのが微笑ましい。
「こ、ここここんばんはっ!」
「ようこそ、商業ギルドへ。本日はどのようなご用件でしょうか?」
受付の女性は緊張する青年に対しても、穏やかかつ、にこやかに応対してくれた。
「あ、あのっ、ま、魔法屋のエルデさんとっ。」
「魔法屋のエルデ様とのお約束ですね。はい、承っております。」
受付の女性は微笑みながら頷いた。
「契約の件ですが、特殊な契約と伺っております。本日は上の部屋で契約手続きとなります。ご案内致しますので、こちらへどうぞ。」
受付の女性はそう言うと、受付カウンターの端を跳ね上げて青年を通した。女性はカウンターを元の状態に戻ったことを確認し、青年と一緒に奥へ行ってしまった。
「す、すげえっ。あの坊主、いきなり奥に通されたぞ。おい、何やらかしたんだよっ。」
「なあ、説教ならわざわざ上の部屋なんかに通さないよな?」
「ああ。大抵説教ならマスターが威圧感たっぷりに階段を下りて来て、そこの奥の部屋に連れ込まれるよな。」
と言って男は商業ギルド一階の食堂奥にある個室の方を顎で示した。
「なあ。そういえば、さっき魔法屋がどうとか言ってなかったか?」
「まじかよっ!魔法屋って、あの魔法屋だよな?」
いきなりそう言った者は周囲にいた誰かから頭をドカッと小突かれた。
「阿保っ!お前、王国で魔法屋なんて一つしかないだろうが。」
「だって、あんな若造のどこにそんな伝手があるんだよ!」
「くそっ、あのエレナさん自らご案内なんて、羨まし過ぎるだろ・・・。俺もご案内されてぇ。」
受付の女性と青年がギルドの奥へ消えてから、こんな一騒動が商業ギルド内であったことを当の本人達は全く知らなかったのであった。
青年が商業ギルドの奥から二階に上がると、階段から二つ目の部屋に案内された。青年が部屋の中に入ると、中には既に二人の男性が座っており、楽しそうに談笑していた。奥に座る一人は灰色の短髪でがっしりとした体格の男性、もう一人は長い黒髪を後ろで一つに束ねた細身の男性である。
「マスター、オーランさんをお連れ致しました。」
「おうエリナ、ありがとよ。お前がオーランか。よく来たな!まあここに座ってくれ。」
オーランはギルドマスターから促され、黒髪の男性の隣に座った。オーランが席に座る間にエリナはマスターの後ろに移動して控えるように立った。
「エリナ、これで全員揃ったな。」
「そうですね。マスター、始めて下さいませ。」
「おうよ。」
グラントは頷くとオーランに向かって話し始めた。
「あー、俺はグラント。知ってると思うが商業ギルドのマスターだ。で、俺の後ろにいるのがサブマスターのエリナ。どっちかっつーと、サブマスターってよりも受付嬢って思い込んでる連中の方が多かったか?」
「改めましてオーランさん、はじめまして。サブマスターのエリナです。今まで通り受付のエリナで問題ありませんよ。困ったことがあったら私に聞いて下さいね。」
「はっ、はいっ!ありがとうございますっ!」
オーランは未だ緊張が解けないようで、返事の声も大きい。
「次は私かな。」
オーランの隣に座っている黒髪の男性が話し始めた。
「オーラン、はじめまして。魔法屋のエルデだ。今回はこちらの我儘な契約に応じてくれてありがとう。」
「い、いいえっ、我儘なんて、そんなっ!」
オーランは動揺し過ぎてその場で勢いよく立ち上がってしまった。オーランの座っていた椅子が倒れそうになったが、エルデがそれに気付いてそっと手を添え、椅子を戻していた。
「オーランはいきなりこんな部屋に連れて来られて緊張してるかな?とりあえず座ってお茶を飲もうか。」
オーランが黒髪のエルデと言う人に促されて座ると、いつの間にか自分の目の前にお茶が出されていた。ふと正面を見ると、自分を案内してくれた女性―――エリナさん、だったか?―――が後ろで何かを下げていた。
「お、オーランですっ。王都で揚げ菓子を作って売ってますっ!」
オーランは挨拶をするのに再び立ち上がりそうになったが、隣に座っているエルデに肩を叩かれたので、立ち上がらずに椅子に座ったまま挨拶をした。
「おう、元気でいいねぇ。若者、いや、オーランだったな。」
「はいっ!」
「それじゃ、契約について細かく詰めるか。この契約の大筋は、エルデはオーランの店に魔法屋で食べる菓子を作って貰いたい。新商品を開発するための材料と商品の配送に掛かる費用はエルデ持ちとする、で良かったか?」
「ああ、問題ない。」
グラントの問いにエルデが頷いた。いつの間にかエリナはグラントの隣に座り、グラント達の会話を記録している。
「あの~、揚げ油は鍋が一つしかないんで分けられないんですが。」
オーランが慌ててエルデに聞いた。
「分けられないのなら、魔法屋が負担する分をそのまま使ってくれて問題ないよ。」
「えっ!?良いんですかっ?」
「その代わりに、魔法屋に定期的に商品を作って貰いたいんだが、それは大丈夫?」
「あの~定期的って、何すか?」
「十日に一度とか、半月に一度とか、決まった間隔で菓子を作って欲しいということだよ。」
「ええっと、配達はしてもらえるんですよね?それはできると思うんすが、いつも新商品ってのは厳しいっす。」
「新商品は月一回か、それでなかったらこの間ミリルとサーラにくれた硬い揚げ菓子の形を変えた物で構わないが。」
「え?あれでいいんすか?あれ売り物じゃないっすよ。」
「ああ。売り物じゃないと聞いたが、私も含む店の者達も硬くて気に入ったんだよ。切り分けるのが大変だったらしいから、一口大に摘める大きさに変えて貰いたい。あとは甘くない味付けの物が好評だったから、毎回一種類は何か甘くない物を入れてくれると助かる。この条件だと半月に一回作って貰う位がいいかな?」
「そうっすね・・・。俺も初めてのことなんで、時間に余裕があった方が助かるっす。」
「それなら、半月に一度で。」
エルデがその条件で良いと頷いた。
「あの~一つ聞いてもいいっすか?」
オーランが上目遣いでエルデに質問してきた。口調が砕けてきているから、緊張も収まったのだろう。
「ああ。何か?」
「あの~、魔法屋に納品する物と同じ物を、俺の店でも作って売ってもいいっすかね?」
「油はやむを得ないが、こちらで提供する材料を使わなければ問題ない。うちの店も人手が足らないから、菓子の販売で儲けようとする気はないからね。」
「良いってことっすねっ!それから、魔法屋さんの名前を使っても?」
オーランが食い気味に反応してきた。その辺りは商才と勢いのある商売人だからであろう。
「事前に言ってくれれば構わない。」
「おお~お墨付きがあると、店に箔が付くっすよ!ありがとうございますっ!」
「話はまとまったようだな。」
エルデとオーランの会話が一段落したのを見て、グラントが声を掛けてきた。
あと2回は続く予定です。自分の思う通りの結末に着地できるよう頑張って書き上げないと。
今回も最後までありがとうございました。




