師弟 3
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ハンナの嬉しい誘いにサーラは顔を綻ばせると、目の前のカップで喉を潤した。ここでも食べる気満々のサーラである。
「あなたの好みが分からなかったから、定番―――というより、私の子供や孫達が好きな物ばかりなの。ごめんなさいね。」
「おまご・・・さん?」
「ええ。私も孫がいるおばあちゃんですもの。」
「は、はぁ・・・。」
おばあちゃん・・・やっぱり、わからないなぁ。
サーラの表情から何となく状況を理解していないように察したハンナは、とりあえずサーラに菓子を進めることにした。
「この辺りはいつも子供達が孫を連れて来た時に出すの。孫も好きみたいで喜んで食べているわ。果物が沢山入っているからかしらね。どうぞ召し上がれ。」
「はい、いただきます。」
サーラは皿からハンナが指し示した焼き菓子を一切れ手に取ると、早速齧ってみた。
「おいしい・・・。」
サーラは口の中に広がる香と甘さに満たされ、うっとりとしていた。
「ふふ、あなたのお口に合ったようで良かったわ。」
ハンナも出した菓子が気に入ってもらえたようでふっと肩の力を抜いた。
「これ・・・いいにおいです。」
「でしょう?木の実と干した果物を香りのいいお酒に付け込んだものを混ぜて焼いてあるのよ。」
「きのみとくだもの?」
自分の味覚に疑問を覚えたサーラは怪訝な顔をした。
「あら、ごめんなさい。これは干し葡萄だけしか入れていない物だったわ。」
サーラの表情を見て、サーラが食べた焼き菓子についてハンナが訂正した。
「あの、このお菓子・・・どこで買ったんですか?」
サーラが手にした焼き菓子をチラチラと見ながらハンナに尋ねた。
「あら、これは私が作ったのよ。」
「え?つくれる・・・んですか?」
「そうよ。少し力はいるけれど、混ぜて焼くだけでできるのよ。簡単に作れるのに見栄えがするから、おもてなしをする時に助かるのよ。」
「まぜて・・・やく・・・。」
サーラは食べかけの焼き菓子を自分の目の前に翳し、キラキラした目でそれを眺めていた。
「そんなに気に入ってもらえて嬉しいわ。お土産にレシピを持って帰る?」
「れしぴ?」
「ええ。材料と作り方のことよ。」
「え?もらっても・・・だいじょうぶ・・・ですか?」
「大丈夫よ。最近は家で作る人は減ってきているかもしれないけれど、王都では有名なレシピなのよ。」
「それなら・・・おねがい、します。」
サーラはテーブル越しにハンナに向かってペコっと頭を下げた。
「忘れてしまわないうちに書いてしまいましょう。ちょっと待ってて。」
ハンナは一旦席を立つと壁際の棚から紙とペンを持って来た。席に着くとサラサラとレシピを書きつけ、サーラに渡した。さっと書き付けることができる位、ハンナは何度も作っているということだろう。
「はい、どうぞ。粉以外の分量は好みで変えられるわ。」
「あ、ありがとう・・・ございます。」
「あなたが帰ってから作るの?」
「たぶん、ロイさんかミリルさんに見てもらわないと・・・。それに、何かなさそう・・・。」
「まだ料理はあなた一人ではしていないのと、材料が足らないかもしれないということね?」
「はい。」
ハンナはサーラの少ない言葉から、状況を正確に読み取った。
「このレシピはお店の人に見せても大丈夫よ。心配ならお店の人と一緒に作ると良いわ。私も昔、子供達と休みの日に一緒に作っていたのよ。子供達と一緒にやると『お母様のお手伝いをする』ってそれぞれ言い張ってね。よく兄弟喧嘩になっていたわ。」
ハンナが昔を思い出しながら優しく微笑んだ。
「おかあさま・・・?」
「お婆ちゃんの前は、お母さんでしょう?」
「は、はい・・・。」
まさか、とは思うけれど・・・サーラさんって―――
サーラの返事をする様子を見て、何か思う所のあるハンナであった。
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「さて、女性陣は女性陣で盛り上がっているようだから、儂らは今日の本題の弟子の教育方法について話そうかの。」
ハンナとサーラが菓子を食べながら和やかに会話している様子をちらりと見たベントレイは、正面に座るエルデに向かってそう話しかけた。エルデは頷くと親指と人差し指をさっと擦り、自分とベントレイの周りに防音結界を薄く張った。これで自分達の声はハンナとサーラに聞こえるが、こちらの話している内容までは隣の二人に分からないようになった。
「また結界を張ったか。相変わらず用心深いな。」
「ええ、ここは『宿舎』ですから。防犯上、監視兼記録型の魔道具をそれなりに仕掛けてありますので。」
さらっとエルデが恐ろしいことを言った。
「おい、それは研究所でも極一部の者しか知らんことじゃろう・・・何でお主がそれを。」
ベントレイは硬い表情でエルデに問うた。ベントレイの背中を冷たい物が伝う。
「以前、アークに頼まれましたので。」
「何を・・・頼まれたんじゃ。」
「宿舎の図面を見ながら、魔道具を設置した方が場所について助言したことに始まり、魔道具の製作及び設置までですね。」
「ここに設置した魔道具全部をお主が作ったのか?」
「魔道具の機能の一部は、ロイに丸投げしてしまいましたが、組み立ては私が全て確認しながら行いましたよ。」
―――儂の弟子達はとんでもないことになっていたらしい。
「ううむ・・・己の弟子が立派になってくれたのは嬉しいが、儂としては複雑な気分じゃ。」
ベントレイは顎を掻いたついでに顎鬚を整えた。
「先生がそこまで私の事を褒めて下さるなんて嬉しいなぁ。」
エルデはとびっきりの笑顔でベントレイに礼を言った。
「はあ・・・相変わらず食えない奴じゃの。」
ベントレイは溜息を一つ零した。
「まあよい、話を戻そう。エルデよ、今までにサーラ嬢に何か魔法を教えてみたことはあるか?」
気を取り直してベントレイがエルデに話を振った。
「ええ。シャワーの出し方を。」
「は?」
ベントレイはエルデが何を言ったのか一瞬理解できなかった。
「エルデよ、相変わらずお前さんは言葉が圧倒的に足りん。魔法の力を持たない者達に説明するように、儂にも分かるように細かく話せ。順序立ててじゃ。」
「はい、先生。すみません。」
エルデは軽く頭を下げて師に詫びた。
「まあよい、話を進めよう。それで、なぜシャワーから始めたのかね。」
「それはサーラが魔法屋に住むことになったからです。」
「うん、魔法屋に住むからじゃと?」
「ええ。元々魔法屋は私一人が暮らすつもりで建てた物です。魔法屋を建てる前にロイは自宅から魔法屋まで通うと決めておりましたから、基本、魔法屋の建物で生活する部分の魔道具は私自身が生活で使うために用が足せれば十分な機能しか付けていません。」
「そらそうじゃろうな。お前さんのことじゃ。無駄な魔道具は何一つ作らなかったんじゃろう?」
ベントレイは相槌を打ちながらエルデに話を続けるように促した。
「先生の仰る通りです。そのため―――他の家はどうなのか知りませんが、魔法屋にお湯を出すための魔道具は一切ありません。」
「エルデ、もしかして・・・。」
「ええ。勿論、浴室も水を出す魔道具しかついていませんよ。」
「風呂ですらお湯を出す魔道具が無いのか・・・。」
エルデが涼しい顔をして答えたのを見て、ベントレイは頭を抱えた。
「エルデ、お主の魔法屋にはお主とロイ、それに今日連れてきたサーラ以外にも雇っている者がいると聞いたが。」
「はい、おります。」
「その者は、魔法屋で水しか出なくても大丈夫なのかの?」
ベントレイは少し言い淀んだが、思い切って弟子のエルデに質問した。
「ええ。学院、学校に求人を出した時に水を魔法で加温できる人と言う条件を付け、面接の時にこちらが要求するレベルの魔法ができるかどうか実際に確認させてもらいました。全く問題ありません。」
エルデが当然、といった表情で師の問いに答えた。
「ちなみに・・・お主の要求したレベルの魔法が使えた者は何人おった?」
ベントレイは聞きたくないが一応聞くだけ聞いてみよう、といった体でエルデに尋ねた。
「一人です。」
「おったのか・・・。」
エルデの答えにベントレイは素直に驚いた。
「ええ。私自身このレベルの魔法を使いこなせる人物は見つからないかもしれないと思っていたので、一人見つかっただけでも十分だと思いますよ。うちは少数精鋭で行くつもりですから。」
エルデは師に向かっていい笑顔で微笑みながら答えた。
「だろうな。全く、お主の魔法屋は狭き門・・・いや、ここまで来ると門ですらもないか。お主の話を聞いていると、学院や研究所に入るのが恐ろしく楽なように聞こえるわい。」
ベントレイは己の手を離れた弟子が思ってもいない方向へ成長していたことに呆れ、溜息をついた。
やっぱり今回で終わりませんでした。次回に続きます。
学院も研究所も基準を満たした優秀な人物しか入れません。
エルデとベントレイの会話中に出てきた「一人」というのは勿論、ミリルです。色々とやらかしてくれる所もある楽しい子(人妻)ですが、本当は優秀なんですよ!
今回も最後までありがとうございました。




