枕元の暗躍
サーラはすやすやと寝息を立てて眠っている。僕が張った結界も問題なさそうだ。僕の結界は、サーラの寝ているベッドの周囲を青白く光る薄い箱が覆っているようなものだ。僕の結界は普通の人には見えないらしい。僕が結界を張っていることに気付くのは、魔法に関して非常に優れた能力を持っている人だけだと、大天使様からは聞いているからだ。多分、この世界でもごく限られた者になるのだろう。彼が森の中でサーラを見つけた時は、僕の方が彼が来ることを先に気付いたから結界を消しておいた。結界のことを彼は気付いていないから大丈夫、と思っていたんだけれど。さっきサーラが寝てすぐに結界を張った時に、あの人は何かに気づいたらしくこちらを振り返った。彼に結界のことがばれたかと思って冷や冷やしたよ。結界の張り方も、少し考えないとな。張るタイミングとか、範囲とか。
僕はサーラの顔が見えるところに転がって移動した。今日は僕たちが初めて出会った日だから、僕は君に祝福を与えることになっているんだ。それも仕事のうちだからね。
お嬢さん。確か、君の名前は・・・サーラって言うんだったよね。はじめましての挨拶は、もう大天使様の所で済ませたよね。僕は・・・君が言うところの、もふさま、だよ。本当の名前は******と言うんだ。でも、今は事情があって君には「もふさま」、としか名乗れない。それでも、僕は君が僕のことを「もふさま」と呼んでくれるだけで今は十分だよ。大天使様の話だと、しばらくは君と一緒にいることになるんだって。僕は君とできるだけ良好な関係を築きたいと思っているよ。よろしくね。
それにしても。本当に、ぐっすり眠っているね。ふふふっ。まぁ、君はついさっき大天使様と出会って、僕と一緒にこの世界へ飛ばされたばかりなんだから、仕方がないよね。君の身体自体は元々使っていた身体と変わらないはずだと思うけれど、大天使様の所から世界を飛び越えた時に疲れてしまったかな。ここは魔法が満ち溢れている世界だから、この世界に飛び込む時に君の体力と魔力を随分ここの世界の壁に吸い取られてしまったようだね。でも、それは魔法に秀でた人が世界を越える時によく起きることだから心配しなくていいよ。まずはゆっくり眠って、新しく来たこの世界の食べ物を味わって食べるといいんだって。君が新たに生きていくこの世界で、食べ物をはじめとした色々なものを取り入れる生活を続けるうちに、この世界に君の心も身体も慣れてくるはずだよ。見た目と違って君はどうやら大物らしいから、僕はこれから先、君と一緒にいることで何が起こるのか、とても楽しみなんだ。この世界で、君をこの部屋まで連れて来てくれた男の人もちょっと変わってるようだけど魔法の腕は立つようだし、悪い人じゃなさそうだから大丈夫だよ。今日はとても疲れているはずだから、しっかり眠れるといいね。おやすみ、サーラ。僕がひっそりと君を守るかわりに、君が僕に直接関わってくれるようになることを祈るよ。そして・・・いつか君に僕の本当の名前を明かせる日がくるといいと思っているよ。
僕は一緒に世界を飛び越えて目の前で眠っているサーラに念話を送った。念話を送っている間も相変わらずサーラは熟睡していた。僕の念話が正しくサーラに伝わったとしても、今の彼女にとっては夢の中での出来事になるだろう。もしかしたら、彼女は疲れ切っていたから夢すら見ていないかもしれない。もちろん、今はそれでいい。そのうちに今日のことを夢で思い出すかもしれないし、思い出さないかもしれない。それでも、これが今の僕が彼女に送ることのできる唯一の祝福なのだから、それでいいんだ。僕たちは徐々に変化できればいいそうだよ。焦りは禁物、と大天使様にも言われたからね。それにしても、本当に幸せそうに眠っているね。君の寝顔を見ている僕まで幸せな気分になるよ。
・・・さて。サーラへの祝福も終わったことだし、大天使様に報告するか。僕は遥か彼方にいらっしゃるであろう大天使様を想起して念話を飛ばした。
「・・・・・・誰ですか、全く・・・こんな夜更けに。もう私も皆も寝ている時間ですよ。」
寝ていらっしゃる所に念話を飛ばしてしまったようだ。大天使様の機嫌が悪そうだ。まずいな。
「申し訳ありません、******です。もうそちらは夜更けなのですね。こちらはまだ夜の早い時間なので、今なら大丈夫かと思い念話を飛ばしてしまいました。どうやら、こちらとそちらでは時間の流れ方が違うようですね。」
「んー。そうでしたか・・・っぁふ、どうやら、あなたの言う通りのようですね。正直な所、私もさすがに明日の仕事のために夜はしっかり眠りたいのですよ。・・・ふぁふ。まぁ、今日はあなたが彼女と出会って、共に世界を飛び越えた日だから仕方がないですね。次からは、お互いに都合の良い報告のタイミングを考えましょう。ふぁぁぁ~。」
大天使様は大きなあくびをしながら返事をされた。念話だけでもとても眠そうな様子伝わってくるので、報告は手短に終わらせよう。
「サーラは、魔法を使う男に無事保護されました。無防備なサーラと一緒に馬に乗ったまま魔狼の追跡をかわしながら反撃していたので、魔法の腕前については問題ないと思います。」
「そう、それは何より・・・で、その男の・・・名前は?ぁぁっふ。」
「はっ!申し訳ありませんっ。それがサーラもぼーっとしていて確認できないまま今日は眠ってしまいまして。相手の男も今日のことが予想外の出来事であったようで、名を名乗る間もなくサーラが寝てしまった、という状況です。私もまだ彼女にはさほど干渉していないので、こちらから動くこともできませんでした。彼の名前など分かったら、改めて報告させて頂きたく・・・。」
「まぁ、彼女なら・・・十分あり得ることだわぁ~。サーラちゃん、多少は予想してたけど、やっぱり初日から凄いわねぇ・・・流石だわ。こうなったら、もう仕方がないかもねぇ・・・あなたも、彼女のすることに驚かされることが沢山ありそうだけれど、こればっかりは徐々に慣れていくしかないと思うわよ。うふふっ。そうねぇ・・・次の報告は、彼女が少し落ち着いてきた頃でいいわ。でも、報告する時は私が普段起きている時間にして欲しいわねぇ~。ふあぁぁ~。」
良かった、思っていたほど大天使様が怖くない。会話もあくび混じりで、普段なら絶対にあり得ない状況だ。眠いからさっさと寝たいからか?ちょっと今日の僕はラッキーかも。
「分かりました。次は報告をする前に、一度お伺いを立てるようにします。大天使様が他の『お仕事』をなさっていらっしゃるかもしれませんので。」
「そうねぇ~そうして貰えると嬉しいわぁ~。それじゃあ、私眠いから寝るねぇ~。******、お~やすみぃ~。」」
大天使様はぶつっ、と念話を打ち切られた。やはりさっさとお休みになりたかったようだ。はぁぁぁ。これで僕も今日の仕事から解放された訳だ。何事も知らんふりをして、ただの物体として僕はサーラの枕元で眠るとしよう。改めて、おやすみ、サーラ。
もふ様、始動です。