もうお昼は過ぎたはずなんだが
一部表現を改めました(2019/4/24)。
「お、おはようございますだと?もう昼はとっくに過ぎたんだぞ。いい加減ここを動かないと、日が暮れるまでに王都に帰れなくなる。ここは夜になると魔物も出るんだ。」
思わず私は寝ぼけ眼の少女に突っ込んだ。
「あのー・・・すみません。『おうと』って、なんですかぁ?」
「何っ!お前王都も知らないのか。ここエルヴァトラ王国の王都はサーティスに決まっているだろう!」
「えるば・・・おうこく?」
少女が不思議そうにゆっくりと首を傾げた。まだしっかりと目覚めていないようだが、半開きだった目もだいぶ開いて紫色の瞳をしているのが分かる。
「・・・もしかして、エルヴァトラ王国も知らないのか?」
予想外の返事に何とか言葉を絞り出した私はこう言うと、少女はゆっくりと肯いた。どこの国の者かは分からないが、私と会話ができることに少しほっとした。
「そうか。ひとまず話を変えよう。お嬢さん、名は何という?」
「・・・・・・サーラ。」
私は再び空を見上げた。そろそろ移動を始めないと危険だ。ぎりぎり間に合うといいのだが。
「サーラとやら。私に色々と聞きたいこともあろうが、ここは夜になると野生生物だけではなく魔物も徘徊する大変危険な場所だ。無防備なお嬢さんが一人で夜を過ごせるような場所ではない。それに、ここでぐずぐずしていると私ですら徐々に危険な状況になる。とりあえず、安全な王都の私の店に向けて移動しよう。それでいいか?」
こくん、とサーラは肯いた。ゆっくりだが先ほどよりは早い。
「馬を取ってくるから、ここで待っていてくれ。」
私は愛馬ティスのところまで走った。木の枝からティスの手綱を取り、サーラのところまでティスを引いて行く。
「馬には乗ったことがあるか?」
と聞くとサーラは首を傾げたままだったので、私は先に自分が馬に乗ってからサーラを乗せることにした。
「手を貸してくれ。」
サーラの手を引いて鞍の前の方にサーラを横座りにさせ、手綱を握りながらサーラが落ちないように腰を支える。
ティスの鬣を叩いて「ちょっと大変だけど宜しくな、ティス。」と呟くと、ティスは歩き始めた。
「馬に乗り慣れていないのなら、私に寄りかかるとといい」
「ありがとう・・・ございます。」
サーラは遠慮がちに私に寄りかかってきた。
私に鬣をポンポンと叩かれると、ティスはいつものように歩き始めた。毎回ファルドの森への行き帰りは同じ道を使うので、ティスの足取りも確かである。
私は、ようやく移動を開始できたことに少し安堵すると共に、これからどうしようかと手綱を取りながら考えた。通りすがりに保護した少女サーラが王都サーティスどころか、エルヴァトラ王国すら知らないとは。知らないのならば、なぜあんな危険なファルドの森の中で彼女はぐっすり眠っていたんだろう。馬に乗せる前にざっと所持品らしきものを見てみたが、ほとんど何も入っていないだろう肩掛け鞄しか荷物はない。服装に至っては、町娘のような恰好に質素な茶色いローブを羽織っただけである。どう考えても貴族の服装ではない。年齢も十代のように見える。
サーラについて、考えれば考えるほど分からなくなってきた。
突然、サーラの身体ががくん、と揺れた。何かあったのか、と慌ててのぞきこむと再び眠ってしまったらしい。無理やり起こしたせいもあるが余程眠かったのか、はたまた緊張感のカケラもないやつなのか。
いい根性してやがる。
私はサーラが落ちないよう右腕でしっかり彼女の身体を支え直し、ため息をついた。
「ごめんな、ティス。重くなってしまったようだ。」
ティスの歩く速度は変わらない。私が座る鞍の後には、魔法で使う植物の入った袋がティスの両脇にぶら下がっている。二つの袋よりも、もちろんサーラの方が重い。王都に帰ったら、ティスをしっかり休ませてやらないと。サーラのことをのんびり考えていた私は周囲の状況に全く気付いていなかった。
この私としたことが。
サーラに気を取られすぎた。サーラの気配を感じて魔物が何頭もこちらを目指して近寄ってきている。魔狼か。暗闇に赤く光る眼が禍々しい。サーラをティスに乗せる前に結界を張るのを忘れていた。ティスはサーラに近づく前に通常の結界は張ったが、ティスの結界は強化していない。ないよりはましか。サーラに触る前に自分自身の結界だけは強化しておいたのが不幸中の幸いといったところか。
「ティス、すまん。ちょっと急ぐぞ。」
私は手綱を持ち直すと、改めてサーラを落とさないように抱え込む。移動しながら結界を張るのは難しいがやむを得ない。何とか弱いながらも自分の周囲全体を覆う結界を張ることができた。ティスも魔物の気配を感じ取ったようで、緊張しつつも少し足を速めてくれた。
サーラまさかの寝落ちで驚くエルデでした。