彼女は帰ったが俺は帰れない
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「お待たせマシュー、支度ができたわ。」
台所にミリルが入って来た。ここでの仕事は終わったから、俺も失礼するとしよう。そろそろ店にも客が入り始める頃だ。まだ今のうちはマーサだけで店も何とかなるだろうが、店が混み始める前には戻ってやらないとな。
「おう、俺もエルデさんに声をかけて来るからちょっとここで待っててくれよ。」
「ええ、分かったわ。」
俺は台所から書斎へ向かい、扉をノックする。
「エルデさん、マシューです。料理の準備が整いました。」
書斎に入るよう促されたので、書斎へ入った。入口から数歩入ったところで立ち止まる。
「ああ、マシューありがとう。急なお願いにも関わらずここまでしてくれて助かったよ。それから、ソファーに座っているのが今度うちで住み込みで働くことになったサーラだよ。サーラは今日買い物へ行くときにミリルと一緒にマーサに会ったのかな?サーラ、ここにいるマシューがマーサの夫君だよ。」
サーラがソファーからぴょこっと立ち上がってマシューに向かって軽くお辞儀をした。
「いえいえ。エルデさんは大事なお得意様なんですから、これ位のことをすぐにお応えできないようではうちの看板が泣きますわ。マーサからも今日のお昼の注文がてら、ミリルさんと一緒にサーラさんがご挨拶に来て下さったと伺っております。私は仕入れで出かけていた折のことで失礼致しました。」
「私もマシューが仕入れに行っている時間帯なのは分かっていてミリルに言伝を頼んだから、それは気にしないで欲しいな。そのうちサーラもマシューの所にお使いに行くこともあるだろうから、これからもよろしく頼むよ。」
「ええ、こちらこそ宜しくお願いします。ミリルさんも帰る支度ができたそうなので、そろそろ配達のついでにミリルさんを家まで送ってから私も店に戻らさせて頂こうかと。」
「そうだね、マシューもそろそろ自分の店に戻った方がいい頃合いだね。それではマシュー、ミリルをよろしくね。今日は色々とありがとう。」
「はい、この程度のことでしたらいつでも何なりとお申し付けくださいませ。それではエルデさん、今日はこれで失礼致します。お昼の器も一緒に下げさせて頂きますね。」
俺は一礼してエルデさんに挨拶を済ませると、台所へ向かった。台所ではミリルが帰りの支度を終えて待っていた。
「ミリル、待たせたなぁ。エルデさんに挨拶を済ませたから、配達がてら家まで送って行くよ。今日は家まで俺に送ってもらって、家に帰ったら騎士様と旨い飯が食えるたぁ最高だなぁ!」
俺は笑いながらミリルの家に配達する食事を持って裏口の馬車へ向かう。昼食の器は既に下げて荷馬車に積んである。ミリルも俺と一緒に歩き出した。
「マシュー・・・あんたねぇ。自分で旨いって言ってどうすんのよ。厚かましいにも程があるわ。」
「そりゃあ作ってる俺が自分で旨いって思えなかったら、胸を張って店で出せねぇだろ。お客さんからはお代を頂くんだ。旨くなかったら店が潰れちまうだろ。おう、ロイさんもまたな。」
俺は作業場の奥で黙々と仕事をしているロイさんに声をかけると、ロイさんは手が離せないようでその場でこちらに向かって軽く会釈をしてくれた。
「さぁて、愛しの騎士様の所まで配達に行きますか。ミリルはこっち、前に座ってよ。」
俺は裏口に止めておいた馬車に荷物を積み込むと、ミリルを御者席の隣に座らせた。うちの馬車は荷馬車なんだから文句を言われても仕方がない。荷台に雨除けは普段つけないから、雨でもないのに既婚者のミリルを荷台に乗せるのは良くないと思う。俺だって雨でもないのにマーサが荷台に乗って帰って来たと知ったら、それこそ激怒するだろう。ミリルの愛しの騎士様にそんなところでも見つかった日には・・・それこそ、俺の命の方が心配だ。
エルデさんが俺に気を遣ってくれて配達のついで、という名目でミリルを家まで送ることになってはいるが、そんなことは頼まれなくても女性には親切にするってのが俺のポリシーだ。あんな量の食事を王都まで女性が歩いて持って運ぶなんて、実際重くて無理だろう。それに、マーサと仲良くしてくれている女性を助けるのはマーサも喜ぶしな・・・。も、もちろん他の女に色目を使うつもりはないぞ。俺は自分の店でマーサが働き始めてから、ずっとマーサにぞっこんなんだ。
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外で荷馬車の動き出す音が聞こえた。マシューとミリルは無事にミリルの家に向かって出発したようだ。私はそのままソファーでお茶を飲んでいるサーラに向かって話しかけた。
「さて。ミリルもマシューと帰ったようだから、もう一人の従業員であるロイを紹介しようか。ちょっと作業場にロイを呼びに行ってくるから、サーラはここで待っていて。ロイが来たら夕食にするから、お茶はこれで終わりにしよう。」
私は移動中に台所のテーブルの状態を確認しながら、作業場へ入るとロイに声をかけた。
「ロイ、そろそろ今日の作業は終わりにできそうかな?」
「ええ。これから片付けに入る所ですが、何かありましたか?」
確かに、ロイは使った器具を洗い場に運んでいる途中のようだ。
「ロイの仕事が終わったら、夕食も兼ねて台所でサーラの歓迎会をしようと思ってね。ロイは作業場に予備の着替えを置いてあるんだろう?ロイの家には俺が知らせておいたから、心配しなくていいよ。ロイは書斎のソファーで寝てね。ソファーが嫌なら、俺の部屋の床で寝ることになるけど。」
エルデ様は俺の顔を見てにんまり笑っている。はあ、今日俺が店で泊まりというのは決定事項なのか。俺は一方的に今夜はここで泊まることが決められたことに溜息をつくと、残りの洗い物を洗い場へ持って行った。
確かに、作業場の仕事で服が汚れてしまう時があるので、着替えの予備はロッカーに常備している。作業場に一つしかない簡易ベッドは台所に置いてあった。書斎の衝立も簡易ベッドの横に置いてあったから、夕べサーラ嬢が眠るために移動させたのだろう。昨日の今日でベッドを増やすのは無理だろうから、ベッドが使えないのは仕方がないとして。エルデ様は普段寝る前にご自分の部屋にあれこれと結界が張るから、俺がエルデ様の部屋でゆっくり眠れないのを知っててわざと言ってるだろ。確信犯なのは相変わらずだ。
「ああ、ベッドはサーラ嬢が使っているんですね・・・さすがにベッドが一台あるのに若い女性にソファーや床で寝ろというのは失礼ですね。エルデ様のお部屋の床よりは書斎のソファーの方がましなんで、ソファーを使わさせて頂きますよ。そういえば、ミリルは先程マシューと一緒に帰りましたが、よろしかったのですか?」
「ああ、ミリルは今日一日買い物でサーラと一緒に王都を歩き回ってもらったから、差し当たりサーラと親睦を深めるという目的は果たせたから問題ないよ。」
エルデ様は一旦そこで言葉を切られた。
「それよりも。」
「それよりも?」
あえて言葉を切ったエルデ様に何かを感じ、俺はエルデ様に怪訝な顔をした。この坊ちゃん、また何か変なことでも企んだか。
「サーラの口から何が飛び出て来るか、正直なところ俺自身も読めなくてね。正確に言うと、ミリルには愛しの騎士様の分の食事をお土産に早々にお引き取り頂いた、と言ったところかな。」
「エルデ様がマシューに配達のついで、なんて言い訳をつけてまでミリルを家まで送るよう頼むなんて、滅多にないことですからね。何事かと思いましたよ。」
「うん、今日はミリルに寄り道して欲しくなかったからね。」
エルデ様は涼しい顔をして笑っている。俺が思っていたよりも酷い悪巧みはしていなかったらしい。俺はエルデ様にばれないよう密かに胸を撫で下ろした。食事と一緒にミリルも家まで確実に配達するってことか。
「さて。サーラが書斎で待っているから、洗い物はさっさと片付けて歓迎会を始めようか。」
「分かりました。それでは、今日使った器具を洗ってから・・・・・・あれ?」
これから洗うはずだった器具が、いつの間にか綺麗に洗い終わって片づけられている。
「ミリルにだけ楽をさせるのは雇い主として不公平だからね。今日は歓迎会と言うことでサービスだよ、サービス。ロイが着替えたら三人で歓迎会を始めようか。サーラと台所で待っているよ。」
エルデ様は得意げにふふん、と振り向きざまに微笑んでウインクをすると作業場を出て行った。
文中の一人称についてですが、前半の俺がマシュー、後半の俺はロイです。エルデは私。
そのうちエルデも俺と自分の事を言い出す予定。まだまだ文章が拙いなと実感しています(滝汗)。




