そのころ魔法屋ノーティスでは 2
明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
今年最初の投稿は前回に引き続きお留守番組の話です。
「ええっ?え、エルデ様、い、今・・・なんと・・・」
ロイがこれでもかと言わんばかりに目を見開いた。口もぽかんと開いている。こんなに驚いたロイを私も久々に見た。
「ファルドの森だよ。しかもな・・・一人、ファルドの森の中でぐっすり眠っていたんだよ。」
「ね、眠っていたなど!ななっ・・・・・・何と・・・まぁ・・・」
ロイが珍しく絞り出すように相槌を打つ。
「私だって、最初は何かの死体かと思ったさ・・・。じゃなかったら、それこそ目の錯覚か幻だと思いたかったよ。だが、近付いたらどう見ても人間にしか見えないし、息もしていた。起こしたら私と話もできたしね・・・。もし仮に私の他にあそこまで入れた人物がいたとしてもだ―――ファルドの森に生きている人を無防備な状態で置き去りにするなんて、私にはその人を排除するためとしか考えられない。余程その人のことが憎いか目障りで仕方がないんだろう。」
「もし昨日あの場所にそのまま私が彼女を置いて帰ってしまったら、夜が明けるまでに彼女は魔獣の餌食になっているとしか考えられないもの。私の方こそ夢見が悪いよ。」
ロイは黙ってこちらの話を聞くと決めたらしい。私は話を続けた。
「誰がファルドの森の中にどうやって入り、またどうしてあの場所にサーラを放置したのか―――というのは今の私には全く見当がつかない。王都では私以外にファルドの森へ出入りする者を知らないし、私だって普段はちゃんと結界を張って、魔獣に気配を悟られないようにして採取に行っているからね。」
「王国で、ファルドの森の中だけに魔獣がいるのはいいんだ―――魔獣も元をたどれば野生の動物だと言われているからね。それよりも、普段人間に接することのない魔獣達に、人間の血と肉の味を覚えさせてしまうことの方が遥かにまずい。」
「ファルドの森の近隣の村や町は王都のように建物も密集しておらず、ある程度まとまった範囲に家が点在する集落と言っていいような所だ。慎ましく暮らしていく分には問題ないが、腕に覚えのある者達の多くは豊かさや自分の力量にあった仕事を求めて王都や国内の大きな町へ行ってしまう。だから、あの辺りに残っている武術に優れた者や魔法の使い手は少ないだろう。下手したらあの辺りには、誰もそのような者がいないかもしれない。いたとしても、せいぜい病気や怪我、加齢のため第一線を退いて生まれ育った所に帰って来た者達くらいだろう。」
「そんな守りの弱い集落にだね・・・人間の味を覚えた魔獣たちが、今まで決して出ることのなかったファルドの森を出て、食料を求めて狩りに来るようになったらどうなると思う?それこそ羊小屋に飢えた狼を放すようなものだ。魔獣達からしたら、弱くてうまい餌が楽に狩れるとてもいい狩場を見つけたと思われても仕方がないだろうよ。」
「けれど魔獣たちが森を出て人間を襲うようになったら、魔獣に襲われて怪我をしたり―――怪我だけで済めばマシな方だろうが―――家族を失った者達はどう思うだろうね。そもそもあの場所で暮らしているのは、決して豊かではない彼の地に愛着を持ち、他所へ移り住みたくない人達だ。」
「そのような状況がしばらく続けば、人間を襲った魔獣をどうにかして欲しいという陳情が王都に来るだろう。魔獣対策を講じない限り、寿命を全うするか魔獣に襲われるかであの辺りに住む者が少しずつ減り、最終的には誰もいなくなってしまう可能性もある。あの場所が寂れた荒地になっていくのをただ見守るだけで何もしない、というのは王都の防衛面から考えてもよくない。」
「それに集落が魔獣に襲われ続ければ、家族を失った悲しみや憎しみから魔獣は根絶やしにするべきだ、という意見が住民達から出て来る可能性もある。だが、決死の覚悟を持ったとしても彼らだけで魔獣を討伐するのは無理だろう。ということで・・・兄上も、いや正確には父上か・・・王都でファルドの森へ出入りしている唯一の人物である私に、魔獣討伐という任務を与えるだろう。任務とはいえ、そんな厄介事を引き受けてしまったら―――というか、私は立場上引き受けざるを得ないのだが―――それこそ私の趣味である魔法屋の仕事が呑気にできなくなってしまうよ。」
「そもそも、この近辺でファルドの森へ行く人が私の他にいるのかな?そこそこ腕の立つロイですら私に同行せず店番を頼む位なのに。実際、私も昨日は油断して魔狼にちょっかいを出されかけたんだ。もちろん追い払えたから問題はないけれどね。」
私はサーラを店に連れて帰って来なければならなかった事情をロイに話した。はぁ、何だかんだ話が長くなったな。
「はぁ・・・それは確かに仕方がありませんね。お店の話はともかく、ファルドの森に若い女性を置いて帰ったなんて話が明らかになったら、逆にエルデ様が殺人の疑いを掛けられてもおかしくはありません。それで、その女性の名前はお聞きになられたのですか?」
「ああ。サーラ・ファリュージャ、と言うそうだ・・・。」
二人の間に何とも言い難い沈黙が漂う。
「な、名前持ちの若い女性が―――ファルドの森の中にいたということですか?それまた、なぜ・・・」
沈黙を破って口火を切ったのはロイだった。
「ロイ。とりあえず話が長くなったから座ろうか。」
俺は呆気に取られていたロイに、カウンターの向かい側にある店の椅子に座るように勧めた。俺自身もここまで長々と話していている間に、ロイに椅子を勧めるのを忘れていたのは内緒だ。幼いころより付き合いのあるロイに、サーラのことを打ち明けることが正直自分の中でこんなに大変なことだとは思ってもいなかった。ロイも珍しく俺に促されるまま椅子に腰掛けた。ロイが座ったのを確認して俺は話を続ける。
「俺だって、そりゃあ理由を知りたいさ。それも厄介なことに、俺の記憶だと王都だけではなくエルヴァトラ王国にファリュージャを名乗る一族はいないはずなんだ。」
「確かに、私も王国でファリュージャという名前は聞いたことがありません。ということは、他国の方なんでしょうか。」
「おそらくね。まあ、私も昨日は少しだけしか話をしていないから。」
「エルデ様・・・それで、その方と少ししか話ができなかったというのは、どうしてですか?」
「いや、昨日連れて帰って来る道中のほとんどを寝てしまっていてだな・・・。」
「寝てしまって・・・ですか?」
「ああ。勿論、寝ていたのは俺じゃないぞ。見つけた時も寝ていたが、俺も感心してしまう位、道中もよく寝ていたよ。あまりにもぐっすり眠っていたから、余程眠いのだろうと思って夕べは早々に休んでもらったんだよ。」
「そうでしたか。それで、今、そのサーラという女性はどちらに。」
「王都だ。ミリルに買い物に連れて行ってもらってるよ。」
「なぜそのような・・・」
「彼女の二つ目の名前からして予想通り、と言ってしまえば仕方がないんだけどね。今朝サーラが出かける前に改めて少し話をしたけれど、サーラは記憶が曖昧というか―――記憶がほとんど無いらしい。今のところ、名前と年齢位しか覚えていないようだった。記憶がほとんど無いのだから、勿論彼女には王都に親類や血族、仕事の伝手は全く無いだろう。それに―――」
「な、名前持ちの件はともかく、サーラ様は我々と問題なく会話ができるんですね。」
珍しくロイが私の話に割り込んできた。
「ああ、有難いことに我々と問題なく会話はできる。」
「そうなんですね。お話の途中にも関わらず、差し出がましいことを申し上げました。申し訳ありません。」
「俺の話に割って入るなんて、ロイにしては珍しいね。まあいいや、話を戻そう。それこそ俺も話ができなかったら、サーラには悪いけれど、さっさと彼女を王宮の誰かに託してしまったかもしれない。読み書きができるかどうかはまだ確認してないけれど、会話ができるのならば、まずはそれで充分だ。読み書きができないと分かっても、これからゆっくり教えていけばいいだけの話だからね。読み書きについては、サーラがここの生活に慣れてからでいいと思っているよ。他にも彼女が覚えなければならないことは沢山あるだろうからね。」
「それにね、ロイ。」
防音結界が張ってあるにも関わらず、俺は少し声を潜めて話し出した。
エルデってばこんなに饒舌だったっけ・・・次回もお留守番組の話です。
昨年末の活動報告にも書きましたが、冬の童話祭2019に『逆さ虹の森 最後のどんぐり』を出品致しました。こちらの連載とは違った雰囲気の話ですが、よろしければ箸休めにご賞味下さい。
https://ncode.syosetu.com/n1013ff/




