闇空の下
岳春が夕食を作る頃、袋いっぱいにコンビニ菓子を詰め込み上機嫌な2人は、帰路を進む。
「遅くなっちゃったね、ママ。早く帰らないと、たけちゃん、心配するかな?」
その割には足の動きは遅い。矛盾しているのは、口に頬張るフライのせいだろう。
「栞音、それ美味しい?」
から揚げを食べ終わったばかりなのに、栞音が持つ紙パックに手を伸ばす。
栞音はそんなママに微笑んでから、小さな手が届くように手をさげようとしたが、足音を耳にすると、持っていない手で幼女を抱き寄せた。
「誤解しているようだけど、傷つけるような事はしない。ましてやママになんてあり得ない」
「言葉と行動がバラバラなんだけど」
2人の前に現れた犬耳の女性の視線はビニール袋に向き、口からヨダレが出ている。
「卑怯だぞ、そんな美味しい物を食べて。ジャーキーよりも良い匂いがする」
「人間とママだけの特権よ」
「ぐぬぬぬぬ。あたしも食べたい。そうだよ、人間の格好なんだから、お店に行けばゲットできるじゃないか」
「お金がないと捕まるけど」
「お金って?まあ、なくても捕まんないよ。逃げればいいんでしょ」
栞音はふうとため息をついて、どう答えるべきか考えていると、ママは一歩前に前に出て、犬耳女性を見上げた。
「それはそうと、ラッセル。あなた達の考えは変わらないのね?」
青い目をした黒髪の幼女が寂しげに問うと、ヨダレを拭き、かがんで視線を幼女に合わせてから、首を振る。
「ごめんなさい、ママ。
ママの考えが変わらないのと同じで、あたし達も変わらない。
あたし達は『永遠の友』と共にあらがい、抵抗します」
「そう。残念だわ」
衝撃音が静かに響いた。
その音を簡単に例えるならば小さい銃声だろう。
それを放ったのは幼女の隣にいる少女、栞音だった。
「ママの邪魔をする奴は、許さない」
栞音が手にしているものは昼間の水鉄砲とは違い、深緑色の銃に近いものだった。
しかし鉄ではなく細い蔓が織物のように編み込まれていてできた物で、本物と比べるとだかなり独特な形をしている。
「こっちも、ママに抵抗する者は片っ端から消していくから」
しかし栞音の見下ろす先にはもう犬耳の女性の姿はいなかった。彼女がいた場所には茶色い小さな固まり、種が転がっている。
「ママの所にお帰り」
栞音はそれを手に取り、それから地面に落とした。
種は地面に衝突するこもなく、まるで水面のように、音もなく沈んでいく。
「…………見ているんでしょ。仲原さん」
視線を向ける事も表情を変えることもなく、淡々と言い放つと、物陰から人が現れた。
「栞音ちゃん」
表情は固いまま、さっきまで行動を楽しく過ごした少女を運転手は見つめた。
「君は……それが君の答えなのか? 人類滅亡に抵抗できる唯一の希望、勇める者が、運命を共にするのか」
「私はママのために生きることにしたの」
栞音は青い目の幼女を愛しく見つめた。
「3日しかしか生きられないのにか?」
「それがママが下した判断ですもの」
「君ならば、その判断を覆す可能性が残っているんだ」
「いや。ママの判断に反対なんてしたくない」
栞音はしゃがみ愛おしく見つめた者を優しく抱きしめる。説得の無駄を見せつけてから、運転手に鋭い視線を向けた。
「この事を研究所の人達にバラす?」
「バラせる状態ではないだろう」
「ご名答」
幼女を抱きしめていた腕がすっと伸びると、躊躇なく引き金を引いた。
「人間はワガママ過ぎる」
銃のように反動はなく、ずっと微笑んでいられた幼女から離れると、栞音は種を拾い上げ、さっきまで会話をしていた元運転手を手の平に乗せる。
「それでもママの所に帰してあげるんだから、感謝してね」
沈んでいく種を見届けてから、栞音はため息をついた。
「隠れてないで出てきたら?」
「よく言えるものだな。自分だって人間のくせに」
「そうよ。人間だからこそ、ママの愛も一番なのよ」
栞音は再度、愛しい幼女を抱きしめ、幼女の笑顔を嬉しそうに見つめた。
「それで、出来たんでしょうね」
「人間ためじゃない。ママのお願いだから」
「カジュマル、作ってくれた?」
「もちろん、ママのお願いなら」
幼女に笑みを向けて答えてから、カジュマルは栞音に手にしていた物を投げて渡す。
「ちょっと、そんな大きい物を投げないでよ」
「新しい種銃だ。それで同胞を消すが良い、冷酷な人間よ」
「ママの所に帰しているだけよ」
「カジュマル、栞音のためにありがとうね」
「……。ママの行動なためなら、何でもやります」
感謝を伝える幼女の笑顔を嬉しそうに受け止めてから、声を低くして報告を告げた。
「例の件、予定より遅れていますが、期日内には制圧は可能です」
「手こずっているわけね」
「お前みたいな獰猛な人間ばかりだからだ」
「制圧、やっぱり、交渉は無理なのね」
「聞く耳を持たないようです」
「そう、残念ね。
やっぱり、3日後に人類は滅亡するしかないようね」
幼女は闇一色の空を見上げた。