1つ 屋根の下
日が暮れてきた。
「栞音、夜はどうするんだ?」
観光スケジュールをしきる幼なじみに聞いてみると、なぜかにんまりと笑みを浮かべた。
「たけちゃんに、何を作ってもらおうかな」
「栞音、まずは答えてくれ」
「ああ、ごめん。もちろん、横浜で民泊するよ」
「民泊」
民泊とはホテルや民宿ではなく、一般の民家に宿泊する所で、一時期テレビのニュースで良く流れていた。
俺のイメージは海外から来た人がお得に利用する宿泊施設で『そんなのがあるんだ』と聞き流していた。
それが今晩の宿になるとは。
「1階の部屋を借りれたから、ママも安全だし」
「あんぜん、あんぜん」
「民泊だから自炊でしょ。たけちゃんの美味しいご飯が食べられると思うとヨダレが」
ヨダレを拭くフリをする栞音にママさんが真似をしながら、栞音に近づくこうとするが、チャイルドシートに座っているため腕を伸ばすしかできなかった。それを見た栞音の方が密着する。
「たけはる のご飯、そんなに美味しいの?」
「美味しい、美味しい。物凄く美味しいよ」
料理の腕は悪くはないと思う。
両親の帰りが遅く、生きるために自分でメシを作っていたせいか、料理スキルは高くなっていた。
栞音の両親も遅くなる事が多く、作るのではなく、俺の家に食べに来る。インターホンを鳴らして『たけちゃん、お腹すいた』である。
「たけちゃん、私、肉ジャガが食べたい。肉ジャガ、カレーコースでよろしく」
肉ジャガからカレーコースは、その名の通り余った肉ジャガをカレーにするのだが、問題が一つ。
「肉ジャガ、全部、食べるなよ」
今回は大人サイズを楽々完食できるママさんがい?から、ちょっと心配である。
スーパーで食材を買ってから、借りている部屋に向かう。
建物はマンション1階。
もとは2LDKの部屋だったが、壁を取っ払って改装し、広いリビング一部屋とコタツが置けそうな和服スペースになっていた。
配置された家具は一通り揃っていて、まるで友達の家に泊まりに来た感覚がする。
「ふうん、これが民泊の部屋なんだ……」
さらに部屋を見て回ると……シングルベッドが一つ。
一つ?
「栞音、ベッドが一つしかない」
「大丈夫、和服スペースの押し入れに大きめの布団があるから」
栞音の発言通り、床から10センチほど高くなった和服スペースに押し入れがある。
ただ、この和室スペース、ふすまとか個室になるものはないので『和服スペース』であって『和室』ではないのだ。
。
しかもシングルベッドの真横。
運転手の仲原さんは帰ったと栞音が言うから、この部屋を3人で利用する事になる。
「……栞音、念のため聞くけど、俺はどこで寝れば良い?そっちにあるソファー?まさか車?」
「ベッドを使って良いよ。私はママと一緒に寝るから」
「いやいや、栞音よ。俺の性別忘れてないか」
ママさんもいるが、年頃の男女が同じ屋根の下で寝ることになる。
いくら妹にしか見えない幼なじみだとしても、それとこれは別問題。
「何言ってるの、一緒の布団で寝てたじゃない」
「ママさんに誤解を招く言い方はしないでくれ。ママさん違うんだ。小5の話で、栞音が恐いテレビを見て1人で寝られないと言ってきたから仕方なく1週間寝てやっただけで。
しかも、この事を学校でバラしたら、俺の宝物を壊すと脅してきた」
「違うでしょ。たけちゃんの方が恐くなって1人で寝られないから、同じ部屋で寝てたら布団に潜り込んできたんじゃない」
「断じてそれはない。俺は幼稚園に入る前から1人でトイレに行けた。しかも、林間学校の肝試しでも、1番の早さで戻ってこられたんだから」
「恐いから、走ってたんでしょ」
「まあまあまあ」
白熱するどうしようもない『どっちがホラーに強いかバトル』を止めたのはママさんだった。
「たけはる と栞音は仲良しさん」
小さな子にくだらない討論を止められるほど悲しいものはない。
落ち着いた所で、晩メシを作るのだが。
「栞音よ、分かっているだろうが」
「はいはい、わかってるよ。台所に近づくな、でしょ。
ママ、コンビニでお菓子買いに行こう」
栞音には料理スキルがない。それどころか ちょい足し、もしくは隠し味を入れたくなる 恐ろしい衝動に狩られてしまうのだ。
こんなエピソードがある。
「はい、たけちゃんにあげる」
手渡されたのはカップケーキ。
「大丈夫だよ、調理実習で皆で|(ここ強調)作ったから」
「そうか。もぐもぐもぐも……何で梅干しが入って入るんだ?」
『隠し味』と答える栞音のスマイルは純粋なものだった。
「栞音、まさかとは思うが味見はしたか?」
「ううん」
……こんな感じである。
なので栞音には『台所禁止令』を敷いた。
調理時に栞音がいないのは当たり前で、俺が安心して晩ごはんを調理する間に、何か起きていたなんて知るよしもなかった。