観光
「何で女子高生が、そんな物騒なもの持っているんだよ」
悲鳴に近い俺の問いを無視して、栞音は銃口をこちらに向け、ためらうことなく引き金を引いた。
「!」
音は静かで、放たれた銃弾による風が耳の近くを通り過ぎていく。
それと同時に鼻は匂いを感知した。
物騒なものではなく、食べ覚えのある加工肉の匂い。
「ビーフジャーキー」
同じく匂いを感知した犬耳女性が歓声を上げ、俺を放し車から身軽に抜け出すと、物凄い速さで銃弾が飛んだ方向へ走っていった。
「やれやれ」
「いや、栞音……やれやれじゃあないだろう。何なんだ?今の奴。それから銃」
「銃? ああ、これ? 銃じゃあないよ。ビーフジャーキー飛ばし」
栞音の所に戻り、その物体を手に取る。
銃だと思っていたそれは、黒色の水鉄砲と言った方がよかった。銃口がビーフジャーキーを飛ばせる大きさになっていて、グリップに犬の可愛いイラストのシールがついている。
動揺してたから銃と見えてしまったようだ。しかも銃口も反れていた。
あの状況で黒い塊を向けられれば、誰でもそう思ってしまうのは仕方ないと思う……
「こんなのどこで売っているんだ?」
「研究所の人が作ってくれたんだよ」
オヤジ達、研究所で何しているんだよ?
ジャーキー飛ばしを栞音に返すと、栞音はバッグから犬用のビーフジャーキーを一本を取り出しセットする。
「それはそうと、今の人は一体……」
物騒な武器は誤解で済んだが、もう1人の存在が残っている。
犬の耳と尻尾をつけた女性。ジャーキーを追う足のスピードは人間離れしていたし、尻尾の動きは機械的な動きではなかった。
「ああ、あれ……気にすることはないよ」
「いやいやいやいや。勝手に車に入り込んで、耳と尻尾がついてたのに『気にするな』は無理だろう」
「大丈夫、ジャーキーに眠り薬を仕込んであるから、もう二度と見ることはないよ」
「……そう言われてもなぁ」
「たけちゃん、人類はあと3日で滅亡しちゃうんだよ。細かい事に気にしてたら楽しめないよ」
説得力ありそうで全くない、発言の返答に困っていると、ズボンを引っ張る小さな手かあった。
「たけはる、お腹すいたぁ」
ママさんも動じる様子はないようだ。
運転手は近くの茂みでロープでグルグル巻になっていた。
運転手はさっき観覧車のドアを開けてくれたサングラスにスーツ姿の人で『仲原』さんと言う。
そんな仲原さんが運転する観光は……何のトラブルもなく、普通の観光だった。
赤レンガ倉庫や人形館。氷川丸やマリンタワーを、ママさんの体質問題があるので遠くで眺めたりした。
どちらかと言えば、食べる方が多かった。
2階以上の食料調達はテイクアウトできるのを、俺か運転手の仲原さんが買う。
「たけはるー、次はなぁに、何、食べる?」
何よりもママさんがよく食べた。大人サイズを楽々完食するのだ。あの小さな体のどこに納まっているのか、疑問でならない。
「人間が作った食べ物は、色とりどりで色々な味がして楽しい」
豚まんじゅう|(中華街にも行った)を頬張りながら、意味深な発言をして、問い返そうとしたら栞音におかわりの催促をされ、聞くことはできなかったが、忘れていた『人類滅亡』を引っ張り出してくれた。
あと、栞音か運転手さんが時折、駐車場などでジャーキー鉄砲を空高く飛ばしていた。
栞音の宣言した通り彼女に会うことはなかったが、彼女が付近をウロついていたようだ。
夕方近くになるとジャーキー鉄砲を放つ時間が段々と短くなっていた。ジャーキーに眠り薬を含ませていると言ってたから、耐性が出てきたのだろうか?
「ねえねえ、たけはる、あのね」
同じ楽しい時間を過ごすうちに、ママさんとの距離が縮まっていった。
「たけはる、なら、結婚してもいいかな?」
ママさんに言われて、飲み物を吹き出しそうになったが。向こうは気に入ってくれたようだ。
何事もなく、ただ楽しいだけ時間。
しかし、何事もなく見えて、何か『滅亡』という言葉が見え隠れしていた。
仲原さんと一緒にトイレに行った時、人類滅亡について聞いてみた。
「人類が滅亡する可能性は、あります」
唯一の大人も否定はしなかった。