瞬く間
「言っておくけど0時になる前に、この体を燃やしたり、高い所から落として破壊するのも無駄だからね。
ママが大好きな全ての生物が阻止するから。
生物たちは、ママの体を借りている私の指示に従ってくれるけれども、同時に監視しているからね。0時ちょうどに起動できるように」
「そんな事はしない。そんなしたから、栞音が大変な事になる」
「…。そうだね」
隣にいる栞音は頭を俺の腕に触れ、展望台から見える小さくなった建物を眺めた。
あの後、お終いを説明した栞音に返せる言葉もなく、行き場を失った感情を制御できず…水晶のような涙を浮かべた栞音を長いこと抱きしめた。
人類滅亡を阻止しても、栞音は生きられない。
いや、もう、阻止する方法もないのかもしれない。その前に考えようとする気力がわかない。
「たけちゃん、VRやろう。水族館、プラネタリウム。夜景も見たい」
「もちろん」
残された時間を楽しく過ごそうと、やっきになってもいた。
結局、オヤジたち、いや、大人たちと同じ事をしている。自分はあんな風にはならないと見下していたはずなのに。
「……」
視線が空に向かう。
まだ…頭の片隅で阻止できないのかと、もがく部分が残っているが、視線を元に戻した。
「栞音」
展望台を降りて、店内をぶらついた時、雑貨屋で足を止めた。
白い花飾りと真珠のついた髪留めを財布から購入する。
「黒よりも、こっちの方が似合っているよ」
最後の1日を表しているのだろう、栞音から『喪』の言葉をとりたかった。
俺自身『最後の1日』という言葉を忘れたいのもあるが。
「ありがとう、たけちゃん」
何よりも栞音の笑う顔が見たかった。
「言っておくけど、オヤジから貰った金じゃなくて、弁当で稼いだ金だからな」
「それ、わざわざいる?」
「いるだろ。栞音が寝言を言っている朝早く起きてだな……」
そうして、恋人のような、友達のような、いつもの日常のような、特別なのに変わらない時間が過ぎていった。
「……」
時計は見ないようにしていたが、空は冷酷に時を告げる。
青い空が薄くなって淡いオレンジになり、赤く染まって、闇になる。
「夜景タイムだね」
腕を引っ張り、専用エレベーターに向かおうとするが、視線は下を向いていた。
栞音も時の終わりを感じてる。
再び来た展望台。
闇の地に輝く光の花畑はきれいというより、この世のものとは思えなかった。
『もう2度と…』
そう思ってしまう自分を否定して、脳内に出かかった言葉を消した。
「きれいだね、ずっとみてたい」
栞音の言葉が重く響いた。
残された時間が減っていく事に、不安が1秒ずつ増してくる。
お終いが近付いてくる。
「たけちゃん」
栞音が腕をつかんだ。
「お腹すいたね。たけちゃんのご飯が食べたいな」
栞音の言葉は、まだ、時間は残っている。と、言っているように思えた。
『最後の晩餐』という単語と共に
「作る場所はどうする? 家に戻るか」
「ううん。研究所の所長が、昨日の奴らとかが何かしているかもしれないから、家は戻らない方が良いって言ってた。
だから民泊の方。何があるかわからないから、昨日の部屋と都内にも週末まで借りてあるから」
スマホの地図アプリを見ながら、向島という、スカイツリーが近くにある部屋に向かう。
栞音がリクエストしたオムライスの材料を近くのスーパーで買ってから。
一昨日のと似たような部屋に着いてドアの鍵を閉めた瞬間、背中に柔らかい感触がした。
「2人っきりだね」
カウントダウンは進み、栞音との残された時間は、もう残り少ない。
もう先はないんだから…
栞音とは幼なじみだけれども…
いや、幼なじみだからこそ
栞音とは幼なじみ以外に思ったことはあるのか? 本当の意味で
この関係が楽しいから、曖昧に先延ばししていただけで、本当は…
様々な言葉が頭と心の中で生まれ、自問自答が続いた。
「………」
だが、振り向いた時、全ての言葉が吹っ飛んだ。
少し上気した頬に、青色になってしまったけれども、青真っ直ぐに見つめる目と、花びらのような魅惑的な唇に吸い込まれてしまう。
「栞音…」
俺から『理性』という言葉が消えた。




