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3日勇者  作者: 楠木あいら
day3
46/52

チキュウ ノ カラダ

「…あのさ、栞音。ほら、えーっと、あぁそうだ。ありがとうな、服。俺の服、取り替えてくれたんだろう?」


 遠回りだが、本題に近づく話を振ったら…

 向かい合わせに座っている栞音は、顔を背けてしまった。

 なぜか、耳が赤くなっている。


「あ、あれは、仕方なかったからだらね。ほら、汚れてたから…私のせいで」


 あの夜に起きた真実を栞音は覚えていた。

 しかし、彼女はその事よりも別の事に意識がいっぱいなようだ。


「犬っころや、カジュマルなんかに触らせたくなかったし。ほら、私とたけちゃんは幼なじみで、小さい頃は、小さい頃っていっても幼稚園だけども、一緒にお風呂に入って背中洗った仲だったからだからから…体を拭いたのは」

「別に触ったくらいで、そんなに赤くなる事か? 逆なら問題あり…」


 栞音は振り戻り、真っ赤な顔をさらけ出した。そしてテーブルを両手でバンと叩く。


「言っておくけど、シャツとズボンと靴下だけだからね、取り替えたのは」

「…。それってぱん…」


 女子とは思えない力で胸ぐらを掴んだ。


「しゃあらっぷ。あーゆー、おーけー?」


 周りに聞こえない音量だが、地を這うような声に『ごめんなさい』と謝る事しか出来なかった。


「まったく。たけちゃん、デリカシーなさすぎ」


 手を離し、とすんと座ってくれた。

 着替えについての会話は強制終了したが、空気は少しだけ緩んだ。


「あのさ、栞音…」


 本題に入りたいものの、どう入り込んでいこうか迷いながら口を開くと、栞音は空を見上げた。


「日もけっこう傾いてきちゃったね。

 そうだね、そろそろ、話さないといけないね」


 栞音も同じ事を考えていた。


「たけちゃん、私はこのまま終わらせるつもりだから」


 単刀直入に答えてくれた言葉は真逆だった。


「何で? というより、今の栞音はどうなっているんだ」

「ママのお腹の中だよ」


 栞音は身ごもった母親のように、とても人の頭が入っているとは思えない細い腹部を撫でた。


「でも、感覚は今まで通りに目からたけちゃんが見えて、動作も変わらないし、普通に走ったりもできたよ」


 変わらないと言ったはずなのに、栞音の表情、特に青い目は闇を見つめているように沈んでいた。


「でもね、この体はママ。地球そのもの。

 体に地球の痛みが伝わってくるの」

「地球の痛み?」

「人間がしでかした罪の痛みだよ」


 栞音はいつのまにか間近にいた。


「栞音?」


テーブルの上に向かい合わせに座っていて、上体を俺に傾ける。


「栞音、待って、周りが見てる」

「ママはね、人間が大好きなんだよ」


 戸惑う俺を無視して、栞音の顔は目の前まで近づき、甘い吐息が鼻をくすぐらせる。

 左手はテーブルを支えていたが、右手は俺の左肩に置いた。


「でもね、人間は酷いことをしてばかり。

 ママの綺麗な体、山を削り川や海を埋めて高いビルをママの上に建てていったのよ」

「栞音、顔が…」


 栞音のつやつやの肌がみるみるうちにカラカラに干からびていった。枯渇し、さらに骨と皮だけになった顔や腕に小さなフジツボが隙間なく埋め尽くした。


「それだけじゃない。

 電気というエネルギーを作り続けるため、石油や天然ガスを燃して二酸化炭素を吐き出して温暖化させる。ママの体は風邪を引いたときよりも熱くて、しんどいんだよ」


 左肩に置いている手が風邪というより、アイロンを置かれているように熱くなった。

 熱くて手を払いたいが、幼なじみの手を無下に扱うわけにはいかないし、何よりも体が金縛りのように動けない。


「電気だけじゃない。自分の利益のためだけに、沢山の工場が空気を汚す。お陰でまの肺は真っ黒よ」


 栞音の口から声と一緒に黒い煙が吐き出る。甘い吐息もヘドロのような、とても人間が吐き出す臭いではなくなった。


「しまいには、ママの体を傷つけて作り出したミサイルを飛ばしまの体に当てる」


 変化は止まらない。

 フジツボだらけの腕が、ぼこんぼこんと音を立てえぐられていく。

 栞音の波打つ長い髪の毛が枯れた蔓のように変わり果て、ボトボトと落ちていった。


「全て人間がママにしでかしてきた事よ」


 青い目が脚に転げ落ちた。

 目玉というより鉄球みたいに重く、熱い。焦げて灰となった。


「たけちゃんは、それでも、人間として生きていくつもり?

 ママを殺し続けるつもり?」

「………」


 ゲームで見るゾンビよりもおぞましい姿と、栞音の問いに何も答えられなかった。


「なーんてね」


 栞音の軽い一言で目の前の光景が変わった。

 というより、元に戻った。

 つやつやの肌も波打つ長い髪も、青い目以外 見慣れすぎた幼なじみが、向かい合わせの椅子に座っていた。


「幻影だよ」

「…………そうか、そうだよな」

「でも、人間がママにしてきた事は事実だよ」


 栞音の青い目は、まだ闇を見つめたままだった。



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