こっけいな生物
ようやく沈黙したカジュマルとドーベルに見送られ非常階段を下りる。
蔓が階段まで張り巡らせているので、手すりをつかみ慎重に一歩一歩、進まないとならない。心の余裕はなかった。
なので、新たなる足音に気づいた時にはもう、その姿は階下にあった。
「君、何をしているんだね。ここは立ち入り禁止になっているだからな」
内側の手すりから上半身を乗り出してきたのは栞音ではなく、一目で何の職業か分かる制服の男だった。
「ほら、危ないからさっさと降りて。まったく油断も隙もない」
制服の警官と『立ち入り禁止』の単語からして、このホテルは封鎖されているようだ。
ホテルの中が蔓だらけなんだから、外側も蔓だらけで、誰かが通報しているだろう。
「あ、えーっと、すみません」
ここは『いいね』欲しさにスマホで撮ろうとした痛い高校生を演じて謝った方がいいだろう。
まあ、本当の事を言った所で信じてくれないが。
「………」
警官に見守られながら、階段を降りていく間、気づいたのだが…
そう言えば、昨日の晩、騒動起こしたよな、俺ら…主に栞音だが。種になるミニガンぶっ放して…。
「…」
俺は何もしなかったとはいえ、隣の部屋から通路に出て、栞音のいる部屋に入っている所を見られているはず。
その情報、広まっている?
「………………」
汗がどっと噴き出した。
近づきたくないが、逃げれば捕まる、というか逃げなくても捕まるんじゃないのか?
いや、まだ、バレているとは限らない。ほら、伝達ミスとか世の中にはあるんだし…
と、冷静を保った表情の中でめまぐるしい思考が続いてたが、階段は下り終えてしまった。
「………」
警官の前にたどり着く。やばい顔が引きつっている、怪しまれる。
「………」
警官の男が顔を近づけた。
「…………………」
「…君、犬の匂いがするね、もしかして飼ってる?」
「えぇ、まあ (滅亡しなかったら飼う予定ですが) はい」
「いいよね、犬のいる生活って」
男はにっかと笑った。
どうやら、ただの犬好きらしい。
「実家にミニチュアダックスフントが3匹いてね、皆、可愛いんだよ。今は飼えないから、犬臭がすると嬉しくて」
助かった。ドーベル、ありがとう。
犬好きだが、そこは警官。建物から出てきた所で何か言いたげに口を開いたが、それと同時に大きな音がホテルから聞こえた。
「なんだ?」
外側からは何も変化はないが、ベキベキベキと何が壊れる音が高い位置から響いた。
これは推測でしかないが、俺が寝ていた部屋をカジュマル蔓が解体したんだろう。
「危ない危ない。広い所まで行って」
非常階段口はホテルの裏側で狭いスペースしかなく、警官に指示されるまま、さらに狭い通路を出て表側に出た。
「えー、ただいま、大きな音がしました。一体、何が起きたんでしょうか?」
「いいから、下がって、下がって。もっと下がってくだーい!」
立ち入り禁止のテープ後ろで、カメラマンやリポーター達が一斉にしゃべりだし、それを別の警官たちが注意する。
音はさらに続いた。
皆、建物を見上げていて、建物から出てきた俺に気づくことなく、立ち入り禁止のテープをくぐり抜け外側に出る。
その後ろに密集していた野次馬たちもスマホで撮影しまくっていたので、紛れ込むのは簡単だった。
「ふぅ」
カジュマルの事だから、このタイミングを計っての部屋解体ではないだろうが、カジュマルにも心の中で礼を言うことにした。
「………」
その野次馬からも離れてから、改めて植物に占領された不思議な光景を眺める。
蔓に覆われた元ホテルは、もう『元』という単語は使えないほど、灰色の蔓に覆われていた。そして屋上の大木は、堂々と葉を広げ人間たちをあざ笑うかのように見下ろしていた。
「最後の日……」
もし、滅亡を阻止できなかったら周辺の建物、いや、世界中の建物がああなってしまうのだろう。
「ねー、やけに鳥多くない?」
「そうだな、まあ、災害が起きる前にはいなくなるから、逆に大丈夫じゃね」
「そうなんだ、じゃあ良いか」
俺の後ろをカップルが通り過ぎていく。
カップルがいなくなってから振り返り、近くの電線を見上げると、スズメやムクドリ達がいた。
愚かな人間たちを観察するため。
「……。ネットはどうなったんだろう?」
昨日の時点では、国のトップが入院し、ニュース配信とかもいつもより少なかった。
バックから、カジュマルから貰った武器が邪魔で苦戦したが、何とか取り出しスマホを操作する。
「…戻ってる?」
検索会社のポータルサイトのニュースページを開いて見ると、全て最新の記事に変わっていた。
「月曜日には退院って…」
上の者たちは、人類滅亡なんてないように…知らない事にして終わらせてようとしていた。
地球、ママさんの下した決定を覆させる方法がなければ、頼りにしていた強国も沈黙してしまった今、非常事態宣言を出して国民のために滅亡直前まで対応に追われる気なんてないようだ。
「………」
俺は改めて、元ホテル周辺に群がる人達と、遠くにそびえ立つビルにいるであろう上の者たちに視線を向けた。
「なんて滑稽な生き物なんだろう」
知っている人間も知らない人間も、人類滅亡に向かって無駄に進んでいるのだ。
滑稽、それ以上にぴったりな言葉はなかった。
「ん?」
スマホがライン通知音を奏でた。
「栞音…」
あらゆる生物から、情報を得ている幼なじみは、人間の使う電子機器からメッセージを送ってきた。
『夏休みの冒険場所で待っている』と、




