カジュマルの本音
カジュマルはそれ以上 語ることはなく、俺も何も言うことなく、青空と大木を眺めた。
「………」
栞音が真っ二つに。
でも、ママさんの体を借りて生きている。
でも、それは、もう生きていないのじゃあないのか?
だけど…
「…」
永遠に答えの出ない思考を止めてくれたのは、指に触れたドーベルの鼻先だった。
「わふ」
心配そうに見上げていたドーベルは、口角を上げてスマイルを見せてくれた。まるで『大丈夫』と言っているかのように
大丈夫…何が大丈夫なのか分からないが、大丈夫と言われると何か大丈夫な気が持てる。
「ありがとう、ドーベル」
しゃがみ頭をなでると、短い尻尾が左右に揺れる。その姿を見ると不安が薄らいでいった。
「行こう。栞音の所へ」
前に進む決心がつき、最初の一歩を踏み出したのだが、そうそうに止まる。
「栞音、どこにいるんだ?」
カジュマルは、ここから離れていったと言ったが、場所までは教えてくれなかった。
それって また、昨日みたいにひたすら無駄に捜すしかないのか?人類滅亡最後の日に。
『あの者の体はママが創り出したもの。全ての生物の声が聞こえる』
背中から情報が届いた。
「カジュマル。語り終わったから、もう しゃべないと思った」
『お前がそこでうだうだされても、目障りだからな』
「……」
『あの者から、お前が目覚めたら連絡しろと指示がきている。お前が目覚めた事を、私を含め沢山の生物が発信している』
カジュマルが話している時、上空を飛んでいた鳩が近くの電線に止まったが、すぐに今来た方向に飛び立った。
「今の鳩も?」
『可能性は高い。
声を発生させる動物以外の生物も、それぞれの方法で言葉を発する。人間の耳に入らないだけで』
「じゃあ、もう栞音は知っている?」
『お前が捜さないでも、あの者から何か指示がくるだろう。だから、さっさと立ち去るが良い』
「あーそうですか、行こう、ドーベル」
町中を歩くから、首輪とか買った方が良いかなと考えながら、カジュマルに背を向け歩き始めたが、靴音しかしない。
「ドーベル?」
「…わぅ」
ドーベルは座ったまま、動こうとしない。
『ドーベルは、ここから離れない。あの者からの指示だ』
「指示?何で?」
『そこまでは知らない。知りたければ、自分で聞くが良い』
人類滅亡最後の日、何が起きるかわからない。昨日、公園で木や微生物に襲われそうになった事を思い出すと、ドーベルはここにいてくれた方が安全かもしれないが…この植物は、トサトを感情一つ変えず種に変えたので不安でしかない。
不審な目を向ける俺の思考を読み取ったのか、カジュマルは、その不安に答えた。
『安心しろ人間。
養分として手を出さないし、食糧をみたす果実も提供する』
「…信用していいんだろな」
『ドーベルの待遇については、ママと約束した』
非道というよりカジュマルは植物で、考え方も人間と違うから、トサトに恨みがあったわけでもないが、種にした罪の意識もないだろう。
だから、彼女 (?)が信用できるのかわからない。
だが、カジュマルは大好きなママさんの命令は絶対に従う。
今は、それを信じる事にした。
「ドーベル、滅亡しなかったら、迎えにくるから」
「わん」
『……』
俺の言葉にカジュマルが何か言いたげな感じだった何も言わず、今度こそ沈黙した。
1匹と1本に見送られながら屋上を後にする…はずだった。
「ん?」
あと半歩で非常階段のある屋内に入る所で、左足首に違和感を感じた。
ガジュマルの蔓が巻き付いていると気づいた時には、抵抗てまきない大きな力で後方に引っ張られた。
「わぁっ」
世界が逆さになり空と遠い地面が交互に視界に入った。遊園地の最恐ジェットコースターを体験していなければ、もっと悲痛な声をあげていただろう。
「カジュマル?何だよ突然」
ガジュマルの大木間近に引き寄せられ、止まったが、逆さのまま。ミニスカートの女子ならともかく、男を吊り下げても絵にならない。
文句をいう俺の視界に別の蔓が伸びてきた。
『人間はもろい。
その胸くそ悪い言葉を吐く頭と胴を切断するか、切り刻んで中の体液を出せば、簡単に絶えるほどもろいのに』
「人間じゃなくてもたいての生物がそれで十分に絶えるけど」
俺のツッコミにイラッとしたのか新たに伸びてきた蔓が胴体、肺や心臓の辺りに巻き付いた。
『このまま、締めつけて呼吸できなくしてやろうか』
「…」
肋骨で守られた肺よりも首部分の方が早く呼吸できなくなるのだが、言わないでおこう。
しかし、そんな助言をしなくても蔓の力は強いし、何よりも逆さのままだから、頭に血が上る。
「わんわんわん」
俺の窮地を読み取ったのか、吠えながら駆け寄ってきたドーベルはカジュマルにうなり声を上げる。
『ふん。まの約束がなければ、こんな人間』
蔓が緩んだ。
「わぁっ」
重力に従い落下したが、低い位置だったらしく、体の損傷はなさそうだ。まあ、十分に痛いが。
「いたたたた、カジュマル、何するんだよ」
『解せぬ』
今の振りまわしで、ボディバッグは外れなかったので、背中からカジュマルの声が聞こえたが、今までに聞いたことがない声がした。
『ママは皆、大好きと言うのに…なぜ人間ばかりえこひいきにする?
どうして太古からママと共に歩んできた植物を一番にしてくれない?
人間は一番でいながら、何でママを愛さない?苦しめるだけの人間に、価値なんてない、ただの害虫のくせに!』
植物というより、大好きなママを別の兄弟にとられた子供のように見えた。
あぁ、だからカジュマルはこんなにも嫌な奴だったんだな、と、改めて思えた。
届かないママの愛。
それを目の前にいる人間に全部持っていかれるのだから。
とは言え、人間を選んで まれてきたわけではないので、カジュマルの八つ当たりは、はた迷惑でしかない。
だが…。人間世界、主に学校で優秀過ぎて ちやほやされる人をいつも遠くで眺めているので、カジュマルの気持ちが分からないわけでもない。
「………」
ふぅと息を吐き出してから、子供のような植物に話しかけた。
「滅亡したら植物だらけになるんだろう、1番じゃないか」
『我々植物は、次の1番を育てるための土台に過ぎない』
「それってママさんに1番信頼されているって考えれば良いんじゃないのか?
植物がなければ生物は生きられない。地球、ママさんからみれはカジュマルたち植物は、重要な存在。永遠のパートナーだと思われているんだよ」
『……。
ママから直接言われれるなら、ともかく、人間ごときに言われても、ありがたくはない』
ふんと、ふくれっ面しめをそっぽを向くような反応だが、その声はいくらか和らいでいた。
『さっさと行くが良い。人間が我が物顔でいられるのは、今日までだからな』
「言われなくてもそうするよ」
俺は立ち上がり、改めてドーベルに挨拶してから、カジュマルに背を向け歩き出した。
「………」
カジュマルには、ああ言ったが、もちろん、滅亡する気はない。
人類滅亡最後の日は昼を過ぎて、刻一刻とその瞬間に近づいている。
ママの体を借りた栞音が、どういう状態なのか、滅亡を阻止できる方法にこぎ着けるか分からない。
だが、何とかしなければ滅亡するだけである。




