屋上の大木
ガジュマルの大木が、ビジネスホテルだった屋上のど真ん中にあった。
「え? 屋上だよな、ここ」
階下から伸び上がってきた沢山の蔓、細く灰色に近い 枝たちが、屋上の床が見えなくなるほど敷き詰め、そして中央の大木に集まる。
一つの大木となった木は再び広がり、枝と葉で青空を覆い尽くそうとしていた。
「……」
3階と非常階段と屋上しか見ていないけれど、どう考えてもホテルはこの大木に占領されていた。
そして、その大木こそ、カジュマルだった。
『いつまで寝ているつもりだ、人間』
幹に昨日までのカジュマルの形が残ってたりすることはないが、その大木はカジュマルだと分かった。
その変化に驚いているが、カジュマルの言葉が気になる。
「やっぱり3日目すぎたのか」
慌てて蔓が巻き付いている手すりから周辺を見回したが、普通の建物が建ち並んでいた。植物が占領しているのはここだけで。まだ、滅亡はしていないようだ。
『滅んではしていない。日が大分昇っているから、呆れているだけだ』
見上げた空は、日がさんさんと降り注ぎ、人類滅亡最後のお昼を指している。
『滅亡する前に元の姿になれたのは、ママから特別に許可を貰ったからだ』
大木の前に戻ったが、声は後ろのボディバッグ中から聞こえる。
『お前らの体をいじる時に、ママと約束した。
人類滅亡の前日は、植物は植物に。人は人に、動物は動物に戻す事を。
ただの人間に戻ったお前の耳は、我々植物の声は聞こえない。お前に与えた武器のお陰だ、感謝してほしものだな』
「…」
木に戻ってもカジュマル節は変わらないが、声が弱く感じるのは翻訳機の影響だろうか。
「元に戻った…そうだよな、カジュマルも木になって、ドーベルが元のドーベルマンになっているし」
真横に座り、嬉しそうに俺を見上げているドーベルマンの頭を撫でると、短すぎる尻尾が嬉しさを表してくれた。
「じゃあ、栞音も人間になったんだな…って栞音って植物化してたのか? 」
『…あの者は、人間だった。
人間に戻ったのは、お前だけだ』
カジュマルが返した言葉は、違和感の固まりだった。
『全ては、ママの言うとおりにしただけ。我々に殺意を向けた愚かなる人間たちの始末と。
栞音の残骸。そしてお前の流した血を処理する事』
巨大なモンスターに全身をわしづかみにされた気分だった。
「ざ、残骸って…それじゃあ、栞音は?」
聞くのが恐かったが、真実を知りたい口が勝手に動いてしまった。
『栞音は、死んでも生きてもいない』
最悪の返事を恐れていた俺にとって、救われたような、素直に喜べない言葉だった。
「生きても死んでもいないって…どっちなんだよ」
『それはお前次第だろう。昨日の夜。何が起きたのか、記憶のないお前に教えてやる』
「昨日の夜…」
赤く染まった腕を思い出し、体が震えたが、真実を知りたい口が開く。
「カジュマル、昨日、何が起きたんだ?」




