謎の子
観覧車は何事もなく1周できるかと思っていたが、そうはいかないようだ。
栞音にぴったりとくっついていたママさんの様子がおかしい。
乗る時は世間一般の小さな子供のようにはしゃいでいたのだが、大人しくなったというより、ぐったりしている。
「ママ、大丈夫?」
「平気、平気。ましてや自分で乗りたいと言ったんだから」
「もしかして乗り物酔い?」
何も知らない俺に栞音は、首を振って教えてくれた。
「ママはね、自分の身長より高い所に10分以上いると体力を消耗しちゃうの」
「は?え……何で?」
「…………」
栞音は複雑な顔をした。
「もうちょっとしたら、本当の事を話すよ。今はそういう体質だと思って」
「……。わかった」
『人類滅亡』と口にする栞音の事だから、とんでもないレベルの話かもしれない。
「栞音、何かできることはないか?」
「なら着いたら猛ダッシュでコンビニに行って、水と野菜ジュースかスムージーを買ってきて、なるべく添加物とか入っていないやつ」
「わかった」
近くにコンビニはないか地図アプリを開くためスマホを取り出すと、ようやく友人たちの見舞いメッセージ受信したというアイコンがついていた。
それどころではないので無視するが、学校が少しだけ遠い世界のように思える。
幸いにも近くに緑色のコンビニマークを発見し、とにかく走った。
息切れを沈めながら飲み物コーナーへ進み、山奥でとれた水を取り、野菜ジュースコーナーに進む。栞音がよく買っているので迷わないで済んだ。
レジ待ちの列に並ぶ。こればかりは急ぎようがなく順番を待っていると、気が緩むというか、少しふわふわした つかみ所のない非現実から現実へ戻ってきた気がした。
「………」
感覚が現実に戻ったからこそ、不思議な子を冷静に考える事ができた。
綺麗な青色の目をした子。ハーフだろうか?
それよりも身長より高い所に10分以上いると体力を消耗するって、何なんだ?
ましてや自ら『ママ』と呼ばせようとする。俺が来る前に栞音とママゴトで遊んでいて、そのノリで言ったんなら別に問題ないが。
でも、栞音もあの子を『ママ』と呼ぶ。もちろん、栞音の両親は健在で、おばさんとは、だいぶ前だが挨拶を交わしている。
「栞音……」
何よりも栞音だった。
ママさんの事をすぐに話してくれないのには、理由があるようだが……『人類滅亡』を想定して、いや、認めなければ話してくれない……そんな気がしてならない。
「…………」
今、言える確かな事は、栞音は大きく関わっている。そして『人類滅亡』は少し現実味を帯びてきた。
『………。本当に人間は、あと3日で滅亡してしまうのだろうか』
と、危うく口から出かかりそうになり、言葉を飲み込んでから、空いたレジに進んだ。
ママさんは地面に足が着いたから回復したのか、コンビニから戻ってきた時には、観覧車内より元気になっていた。
「それで、これからどうするんだ?さっき観光って」
「うん。3日後、東京でやること以外は何も予定はないから、観光しながら北上していくの」
ママさんと手を繋ぎ観覧車を後にする。栞音もママさんと手を繋いでいるので、親子みたいだ……。
「かんこうっ、かんこー」
ママさんは言葉の意味を分かっているのか疑問だが、上機嫌なようだ。
「観光……滅亡するのに?」
「滅亡するから、観光するんだよ」
さっきの現実味を帯びてきた『人類滅亡』の感覚は、少し遠のいていく。
「3日後にならないと、どうしようもないし、やることもないし。
最後の3日になるんだから、色々行きたいの、皆で」
横浜から東京までは電車で、30分あれば着くのだが。
「でも、マズくないか。ママさんは身長より10分以上いられないんだろ。電車って、地面よりかなり離れている」
「大丈夫、車で移動するから」
「タクシー?」
「ううん、研究所から車を出してくれているの、ほら、来た」
駐車場に入ってきた俺らに、近づいてくる白い乗用車があった。ハイブリッドカーのあまり音がしないタイプ。車体も低いのでママさんの体力を消耗する心配もないだろう。
「たけちゃん、助手席でナビゲーション、よろしく」
「え、俺?」
「大丈夫、カーナビついているから。入力とか、色々お願い」
『まあ、いいか』と思いながら目の前に止まった車のドアを開ける。
「初めまして、宜しくお願いします」
窓が開いていたので、先に挨拶をしようと運転手を見た俺は、目を疑うしかなかった。
運転手は茶髪のショートの髪型に、黒のキャミソール。それからデニムのショートパンツという少々、目のやり場に困る女性なのだが……頭には三角形のたれた耳がついていた。
「あなたが運転手?」
「初めまして、永遠の友よ」
「え?」
戸惑っている俺に気づいた栞音が運転席を覗く。
「何で犬種族がいるの?
っていうより、運転なんてできるの?」
「え、違うの」
衝撃的な真実に、こっちも驚く。
得体の知れない奴が、勝手に入ってたらしい。
「運転? (ペダルを)踏んで、丸いのを回したら動いたよ」
そんな奴が、事故らずに車を移動したのか、想像しただけで恐い。
「それよりも、君は、初めて見る人間だ」
俺を改めて見た犬種族らしい女性は、近づこうとする。
運転を放置して。
「まてまてまて、サイドブレーキ!」
「へ? まあ、いいや」
運転席から助手席に上半身を倒し、こっちに向かおうとする。車という恐さを知る人間たちは焦りまくりである。
「たけちゃん、運転席に回って車のキーを抜いて! 後ろ側からだよ」
「わかった」
栞音の言った通り、運転席側の窓も開いていたので、難なく車のキーをひき抜き完全停止させる。車は鉄の塊、一歩操作を間違えただけで恐ろしい事故を起こす。免許を持たない者が運転席に座ってはならないのだ。
「ふぅ…………ん?」
ほっとした体に何かがまとわりついていた。
「初めまして、人間。うん、オスの匂いがする」
運転席から身を乗り出した犬耳女性に抱きつかれていた。
「え、ちょっと」
「もっと、匂いを嗅がせて。君の情報、もっと知りたい」
犬耳女性は更に身を乗り出し顔を近づける。
何かが動いているのに気づき視線を下げると、小さな尻尾が左右に揺れていた。
「本物?」
「ちょっと、いつまでくっついてるの」
鋭い視線を感じ、視線を栞音…さんに向けると、淡いピンク色のハンドバッグから銃を取り出す所だった。