後始末
ドアの向こうにいる川更は、ガスマスクを装備して しゃがみ、ドアを不満げに見上げる。
「小型カメラ、持ってこれば良かった。これじゃあ効果が分からない」
岳春が気づく余裕はなかったが、足元にあるアタッシュケースからガムテープを取り出し、ガスの噴射直後にドア下を目張りをしていた。
「ホテルには空気の循環環境を良くするため隙間がある。
素人はドア前にバリケードを置くか、鍵に細工をすれば、安全と思ってやがる」
川更は立ち上がり、腕時計で時間の経過を確認した。
「同士討ちガスの効果は7分。30分 たてば完全に消滅し、機械による検出もされなくなる。
…便利だと思えません? 船笹さん」
ガスマスクの狭い視界では、ポケット中にある種に向けられないが、心の視線は元上司を見つめていた。
「元々は、海の向こうで君臨するマフィアからの依頼で作ったらしいですよ。納品しようとする直前で、対抗組織に潰されたみたいですけど」
川更は上着をめくり脇にあるホルスターから白銀色の銃を取り出す。
「この見事な装飾が施された銃と一緒に」
川更はドアに銃口を向け打つマネをした。
「ど素人らしく、非常ベルにビビって出てくれたら、この銃で狙えたのに、残念ですよ。
立てこもるから、理性を失って同士討ちする ガスカード。代理とはいえ、勇者らしく派手に活躍したかったなぁ。
まあ、仕方ない。得体のしれないバイオ武器や異常スキル相手じゃあね……」
川更は無言の視線を感じた。彼の脳内ではペットボトルサイズの元上司が仁王立ちになり、睨みつけている。
「こんな卑怯な手段で勇者になったと思っているの? あり得ない。 なーんて おっしゃってるようですね。
良いんですよ、勝てば。
人類滅亡をもくろむ得体の知れないバイオ武器を持った連中に、真っ正面から立ち向って、どれだけ犠牲を出したと思っているんですか?
苦渋の選択ですよ」
鋭い視線が和らいだ。
「しかし、悪い奴をたおして勇者になったけれども。上の連中は、人類滅亡事態認めていないから、誰にも喜ばれないんですよね。
それどころか、人類滅亡阻止したら、いつも通りの生活に戻るだけ。
残業、休出。空気を読みながらの作り笑い生活。景気と物価は上がっても給料変わらず…あれ? さっき、同じような事を言ったような…まぁ、いいか。
とにかく、誰得なのかわからない世界のために救って良かったんですかね」
ふうとため息をついてから、川更は腕時計を見て、脳内にいる上司を消した。
ガスマスクを外しイヤホン付きマイクで指示を出す。
「非常ベルを止めろ。
各階、状況報告」
全て『異常なし』だけの報告に川更は拍子抜けしたが、次の指示をだす。
「制御室、ロビー以外、各階2名を残して全員3階に集合。沈黙を確認した、確保対象たちのいる304号室を一気に制圧する」
通路が無音になった所で、川更は目張りのガムテープを剥がすため、しゃがむ。
「!」
非常ベルの音で耳は少し聞こえずらくなっているが、カチャリ という金属音、ドアのロック解除される音を聞き取れた。
川更は慌てて後方に下がり白銀色の銃を構える。
その顔は警戒ではなく笑っていた。
「そうこなくちゃ」
川更の口から笑い声が漏れる。
「このまま、追わっちゃ、つまらないでしょ。
人類滅亡という緊急事態、まだ、楽しませてもらっていないんだよ、こっちは」
ゆっくりと開いていくドアに川更の笑い声が大きくなっていく。
「そう簡単に日常になってなるものか」
状況報告後、3階に非常階段から向かう部下は人とは思えない笑い声と、1発の銃声を耳にした。
急いで3階に到達したが、その先にある光景を報告できるものはいなかった。




