ドアの向こうにいる笑者
けたたましく鳴る非常ベルに分かっていることはただ1つだけ、これは避難訓練ではない。
「火事だ、ママさんやカジュマルを連れて逃げなければ、ドーベル」
俺はユニットバスに向かいドアノブに手をかけるが、固い。内側から鍵がかけられているのか白いドアは開かなかった。
すりガラスもないので中の様子は全く分からない。
「ドーベル、開けてくれ、大変だ、火事だ」
ドアを叩き待機しているはずのドーベルに呼びかけたが、開けてくれるどころか返事もない。
「どうする……」
「罠だよ、たけちゃん。
明かりが消えているのは、この部屋だけ。ドアの下、見えるでしょ?」
栞音に言われ、視線を下げると…カジュマルの蔓が邪魔して見えずらいが、白い線、明かりが通路側から漏れている。
「そもそも襲撃してきた後で、非常ベルが鳴るなんて、怪しい」
「……」
俺は開かないドアを見て、全てが簡単に解決できる方法はないか考えたが、そんな都合の良い解答はなかった。
それでも何かないか考えようとしたら、1つの音が事態をさらに悪化させた。
呼び鈴がなったのだ。
「……………………」
この状況で呼び鈴が鳴る、当たり前のことだが…
誰かいる。
「…………」
顔を見合わせたが、栞音は部屋の奥に行ってしまった。
「…………」
視線をドアに向ける。
ドアノブを中心に張りめぐらされた、カジュマル製のバリケードのお陰で向こうから開けられる事はないが、残念ながらこちら側も開けられない。
覗き窓は蔓を少しどかせば見られるかもしれない。
「……」
ドアに向かう。
超能力や霊能力なんてないのに、ドアから異様な変エネルギーを感じてならない。
覗き窓付近に張りめぐらされた蔓というより枝は、細めのが多くて少し力を入れれば、簡単にどかせた。
「……」
明るい通路側には、灰色のスーツ姿の男がいて…目が合った。
「うわっ」
何で覗き窓で目が合わせられるんだ?
驚き、慌てて後ろに下がって、飛び出しそうになった心臓と呼吸を整えていると。
再び、呼び鈴が鳴った。
驚いた声が聞こえたのだろうか、タイミングが合っている。
「…………」
逃げ出したいが、逃げる所なんてないので、仕方なく、もう一度、覗き窓に近づく。
「……」
今度は視線をそらしてくれていたが、覗き窓に見えるように何かを手に持っていた。
黒い物体。扇子? いや、もう片方の手で真ん中部分を引っ張って1枚のカードだと理解できた。
男は残った2枚のカードをポケットにしまう。
そして覗き窓に視線を向ける。
「……」
何だこれ、っていうか、なんで回りくどい事をしている?
ドラマや映画で、立てこもる犯人に何かするシチュエーションの時、普通は話し合いとかじゃないのか?
後は強行突破…
「!」
自分の思考でハッとした。
まずい、まずい、まずい。インテリ系の回りくどい強行突破だ、こいつ、ヤバイ事をする。
はっとして、覗き窓から離れる寸前、男はカードに口づけをしていた。
「栞音、まずい、ヤバイ。あいつ、何かする」
そう言って、部屋を振り替えった時…
けたたましく鳴ったままの、非常ベルではない大きな音が聞こえた。
モーター音。
「どいて、たけちゃん」
小型チェーンソーを手にした幼なじみがいた。
「お終いは、ママだけの特権。ママだけが何をしても良い事。
ママの邪魔をするなんて絶対に許さない」
チェーンソーでドアが壊せるのかという問いが生まれたが、彼女は壊す気でいた。
「栞音、待て、落ち着け」
それを口にしようとした時、新たなる音がした。
非常ベルとチェーンソーのモーターで耳は拾える音一杯だったのに、僅かな音を脳に伝えた。
本能的にヤバイ音だという警告として。
シューという、何かの空気が漏れる音。
男が口づけした黒いカードが、ドア下の隙間から入ってきた。
カジュマル製バリケードはドアノブ周辺中心に張りめぐらされていて、残念ながらドア下は殆ど蔓バリケードはなかった。
「栞音、ガスだ。吸ったらまずい」
そう叫んだのは、覚えている。
だけど、その後があやふやだった。
手のひらサイズなのに、間近にいたからか、くらりと体が揺れた。
「何だこれ…」
俺の名を呼ぶ栞音の声が聞こえたと思う、だめだ、頭が痛い。
けたたましく鳴る騒音がさらに大きくなった気がして耳を塞いだが、頭の中でガンガンに響く。
耐えきれなくて、叫んでいたと思う。
それと同時に、鼓動が速くなって、血が物凄い勢いで巡ってきた感覚があった。
それから
体の中からふつふつと怒りが湧き上がってきた。
怒りと恐怖が思考を占領する。
恐い、敵だ、恐い。
周りにいる全てのに は、敵だ、攻撃しなければ、やられてしまう。
そう、頭は警告してきた。
俺は、獣のような声をあげ、そして同じ表情をした幼なじみと目が合った。
チェーンソーを持った女に。




