新たなる宣言
「可笑しすぎる。全くもってあり得ないわ」
「船笹さん、それ今日だけで8回目ですよ」
運転する男、川更は、助手席に座る女性上司に言いつつも『自分もよくカウントしてるな』と呆れた。
今日で7回目の突っ込みに、女性上司も反応する気はなく車内は無言になるところだったが、スマホが着信を告げる。
「はい、船笹」
「こちら。E班。
『LOVE地球研究所』は19日の金曜に事業停止。月曜日の20日付けで解散となっています。
所員たちの行方は不明」
「とっとと自宅を探して。引っ張り出してきて」
「それが…自宅を片っ端からあたっているのですが、どの家ももぬけの殻です」
「誰かが先に連れ去ったか、それとも責任を逃れて雲隠れか。全員いなければ、E班はC班と合流して研究所を徹底的に調べて」
「了解」
「所長の仕業じゃないですか?」
上司の返答で大まかな事を読み取った川更は、黄色信号に気づき減速する。
「唯一、身柄を確保できたものの『人類滅亡の原因は地球の決定』なんて、頭の可笑しい発言をする奴ですよ。所員たちをどこかに隠しているんじゃないですか?」
「………そうね。ふざけた研究所名で、あり得ない発言をするような研究をしているのに、何で国から支援がおりているわけ?」
「誰かが天下りしているんでしょ。D班の調査結果がくるまで何とも言えませんが」
信号待ちのため、車は停車した。運転手は横断歩道を仲良く渡る親子を見てから、青空に視線を向ける。
「本当に人類滅亡するんですかねぇ」
昨日と変わらない光景と、奇跡的に取れたチケットが休日返上で紙切れ同然になったことに船笹は『あり得ないあり得ないあり得ない』と3回怒りを込めて吐き出した。
「とは言え、ライス王国から通信が取れないのは事実ですからね。
船笹さん、A班から報告はありましたか?」
「まだよ。ライス王国の通信衛星は機能している所まで確認出来たけれども、その先の報告は来ない。
はーぁ。ライス王国に異変が起きなければ、人類滅亡なんて眉唾もので、うちらの出番はなかったのに」
川更は青信号に左右確認してから車を発進する。
「緊急時に活動する特殊機関の出番なんだから良いんじゃないですか。
緊急だから何をしても権限を振り回せる格好の時、滅多にないことですよ」
緊急特務機関クミミズ
その名の通り、緊急の時に活躍する特別機関である。
引退した大物政治家が裏で牛耳ろうと、自分の手足になる組織を勝手に作ったのが始まりで『クミミズ』という暴君の名前で、軍だろうと省庁だろうと構わず踏み荒らした。
暴君が世を去った後は、子分たちが困った時に使う、おもちゃ代わりになっていた。
「1か月前に内務省の内部問題にヘトヘトになったの忘れたの」
「人類滅亡レベルの緊急は滅多にないって事ですよ。
いつもの文官だけじゃなく、武官も動かせそうだし」
「…………」
船笹は部下をチラリと見てから言った。
「楽しそうね。人類滅亡になったら明日はないのよ。それを忘れないように」
「もちろん」
『散歩』を告げられた飼い犬のように、目をキラキラしたままの部下に不安を感じるが、口を開く前にスマホが着信を伝えた。
「はい、船笹」
「C班です。
研究所の中を調べていますが今の所、人類滅亡に関する研究データは見つかってません」
「どこかにあるはずよ、E班を向かわせているから、徹底的に調べて」
「了解」
「研究所内にある防犯カメラは? 大臣クラスの誰かが出入りしていたとかないの?」
「研究所内にカメラを設置していた様子はありません」
「そう」
川更は、ため息をつき機嫌が傾いてきた上司をどう扱おうか考えたが、新たなる着信のお陰で運転に専念することにした。
「はい、船笹」
「B班です。
研究所周辺の防犯カメラを調べていますが、特に目立った様子はありません」
「そう」
「ただ、気になるのが一つ。
研究所を出てくる子供の姿がありました」
「子供?所員の子じゃなくて?」
「防犯カメラに子供、もしくは子供を連れた親子連れが研究所に入っていく映像が見当たらないんです。前日、前々日にも映ってません」
「研究所で生まれた……なわけないか、見落としていないか、もう一回調べて」
「了解」
「それで子供はどこに向かったの?」
「子供は女性と一緒に近くのコンビニに寄ってから、駐車場に来た車に乗って横浜方面に向かっています。現在、その先を追跡中」
「車の持ち主は?」
「研究所員の仲原 正由 仲原所長の息子です。
女性の方は田蔵 栞音。こちらも研究所員の娘にあたります。青義台高校の2年生」
「2人の詳細を送って。あたしたちは3人を追うわ」
「了解」
通話を終了しスマホをしまう上司に川更は静かに言った。
「一応、言っておきますが。
今回、我々に課せられた任務は『ライス王国の完全沈黙により浮上してきた人類滅亡の有無の確認。
有力な情報を握ると思われていたLOVE地球研究所には、人類滅亡を特定できる証拠はない。
そう判断できた時点で任務は終了。今から行けばライブには間に合いますよ」
「人類滅亡したら、ライブもその後に観られるブルーレイの販売もないのよ。お終いなのよ」
迷いなく言葉を返してきた上司に、部下は安心して運転を続けた。
「それに我々の上司は、持病が悪化して1週間は絶対安静しなければならないんだから、代理が動いて何とかするしかないでしょ。
後から来る責任問題は全部 上司に押しつければ良いんだし。
って言うか、あいつの持病って、酔ったら泣き上戸になって手に負えないだけじゃない。
人類滅亡をにビビって、とんずらした以上、こっちも好きにさせて貰わないと」
「そう言えば国のトップも緊急入院しましたね。国民を置き去りにして逃げ出したも同然」
「まったく、上は頼りにならない者ばかり。
そうよ。上は頼りにならないんだから、あたしたちが何とかするしかない。
いいわ、あたしが人類滅亡を阻止する勇者になる」
宣言を耳にしたのは部下1人だが、こうして新しい勇者候補が誕生した。




