ブロッコリーの行方
「中身、調べないのですか?」
ボディバッグを見続ける俺に、向かい合わせの席に座るドーベルが声をかける。
遅い朝食、早い昼食をとろうと近くのファミレスに入った。
店内は混んでいないが無人ではなく、靴下で入店して変な目で見られないかと気になっていたが、店員はドーベルの犬耳の方に視線が向かい、先客たちは食事とスマホに向かっているので大丈夫だった。とは言え、時間の問題のだろうな。
犬耳は帽子を買えば隠せるが尻尾はどうしよう。短いとはいえ目につく。
「……」
ファミレスよりも電車の電子マネーが使えるコンビニや、駅周辺の店に立ち寄りたかったが、空腹の訴えと何よりも、人間が作り出した建物の中で過ごしたかった。
ファミレスには観葉植物もないので、さらにほっとできる。
それと一昨日、滅亡を知る前日にお小遣いを貰ったので懐も温かい。
靴も欲しい……だが、そこは高校生のお小遣い。ワゴセールしか買えない。
なのに、なぜハンバーグのセット|(2人分)を頼んでしまったのだろう……もちろん空腹のせいだ。
「いや、まてよ」
もしかしたら、このパンパンに膨れているのは、靴が入っているからか?
窓側にバッグを置いて恐る恐るチャックを開けた。
「…………」
そして閉めた。
何か緑色の物体が入ってる。明らかに俺の持ち物ではない。
カジュマル、何を入れた!
「岳春? 大丈夫ですか?」
心配そうに声をかけるドーベルに『大丈夫』と言うため視線を向ける……前にテーブル上の料理に目が行った。
「食べないの?」
ビーフハンバーググリルは大分前に運ばれてきたが、手をつけている様子はない。
「岳春が食べないのに、手をつけるわけにはいけません」
テレビの動物ドキュメンタリーで、母狼は捕った獲物を小さな子供から先に食べさていたのを思い出した。
ドーベルは元狼ではないが、今の俺は弱者だ。
人類滅亡に為す術もなく振り回されっぱなし。
植物や微生物たちの襲撃に何も出来ないどころか、ドーベルを危険にさらしてしまった。もし、カジュマルが現れなければ2人は微生物の餌食になっていただろう。
何も出来ていない。
栞音の事だって……
「岳春、食べましょう」
深いマイナス思考に沈み込んで行こうとする俺にドーベルが浮上させてくれた。
「そうだな。腹が減っていたら良い考えは思いつかない」
それにドーベルは、食べたい一心を懸命にこらえていた。
友人宅で見た事があるが、長時間の『待て』を命じられた飼い犬は、視界を食べ物からそらして食べたい欲求を抑える。窓と俺しか見ないドーベルはまさに『その状態』になっていた。
「いただきます」
空腹に肉ほど、美味くて幸福なものはない。
「お肉が温かくて、柔らかいです。仲間たちの噂通り、人間の食べ物って本当に美味しいんですね」
少し冷えたハンバーグを絶賛するドーベルは、普通にフォークとナイフを使いこなしていた。
店員や周りの客たちの視線がまこっちを見ているような気がするが、安心して食事がとれそうだ。
「………」
と思っていたのだが、一つのトラブルが起きていた。
付け合わせのブロッコリーがない。
肉汁の混じったデミグラスソースをたっぷりとつけて食べるのが、ハンバーグの後にライスをかっ込む次に楽しみにしているのに、そのブロッコリーがないのだ!
ドーベル? いや、食事を懸命に待ち続けていたのに、それはないだろう。
と言うことは店員の入れ忘れか? こっちの様子を窺うためにわざと入れ忘れて謝罪しながら近づこうと……でもなんのために?
「セレブとほざいているが、所詮は食用、哀れな野菜たちだな」
答えはこいつか。
いつの間にかドーベルの隣にカジュマルがいた。白く淡い緑色の肌をした人型の植物が、しかもサラダを手にして。
サラダ?
「カジュマル、そのサラダはどうした?俺、頼んでない」
「店員に言ったら持ってきた、もちろんお前の会計で」
「勝手に頼むな」
周りの視線はそのせいか。『クオリティーの高すぎるコスプレーヤー』と思われているんだろうな。
「衣食住、繁殖まで人間をこき使う自分たちは貴族だ、セレブだとほざく野菜たちを食べる。いい気味だ」
クヌギの木も言っていたが、植物目線からすれば、人間は、そう見えてしまうのだろうな。
それはそうとカジュマルの場合、共食いになるのでは?
「そんな事よりもカジュマル、バックの中身は一体何なんだ?」
俺の問いにカジュマルはニヤリと笑った。
「それがあれば、栞音に対抗できる」




