公園の宴
その声は、ジャングルジムから見下ろしても生物の姿はなく、またしても公園に住む植物のようだ。
『こっちだよ。私から見れば左、君たちから見れば右斜めにいるスター大木』
視線を向けると、植物に興味ない人間でもわかるスター大木、桜が軽やかな声で呼びかけていた。
『僕の下においで、野蛮な微生物と貪欲なクヌギじいさんから逃してあげよう』
『良く言うわ、若造め。微生物を通さずに直接血を吸い付くすお前の方が野蛮極まりない』
あっさり桜の下心を暴露してくれたお陰で、命拾いできたようだ。
そう言えば『桜の木の下には死体がある』という噂というか有名な短編小説があるが、本当なのだろうか?
『まったく、ブランド木たちは、上から目線』
新たなる声がした。今度も植物のようだが……声は隣からした。
「!」
それはいつの間にかいた。
『それ』と言ったのは、植物でもなければ、人と呼べる状態でもなかったから。
目も口も空洞で服もない。人の形をした、いや、道ばたに生えている雑草をかき集め、無理矢理人の形にしたようなお粗末な物体だった。
「岳春から離れろ、化け物」
ジャングルジムという移動しずらい状況でもドーベルは軽やかに俺の前に移動し『それ』を低いうなり声を上げてさらに威嚇した。
『ふん、ママに背を向ける生意気な犬っころが』
不満を言いながらも『それ』は後方に飛び、ジャングルジムの端っこに移動する。
『さぁて、お友達の微生物、僕らのために分解してよ。
上から視線のブランド木と違い、僕らは君たちに協力するよ』
人の形をした雑草は両腕を広げる。
「!」
雑草は人の形を崩した。無理矢理くっつけていたノリが剥がれ落ちたかのように『それ』は元の雑草にバラバラに散らばった……だけではなかった。
散らばった雑草はジャングルジムの鉄棒にまとわりつく蔓のように絡みついた。
『動く物どもを捕らえて微生物のいる地面まで運んであげるのさ』
形のなくなった『それ』はジャングルジムのどこかで声を放っていた。
雑草は鉄棒を這い、こちらに向かってくる。俺らの動きを止めるため。
「岳春、地面にも」
ジャングルジムを脱出しようと考えた俺に、ドーベルは声を上げた。
公園の端から茶色い土色が緑色に変わっていく。
短い草、長い草、様々な『雑草』と烙印を押された植物たちが、地面だけ時間を早送りしたかのように伸びていった。
「…………」
どうする。
このままでは2人とも雑草に巻き付かれて、微生物の餌になってしまう。
「……。ドーベル、公園を出て誰か助けを呼んでくれないか。そうだ火だ、火で燃やせる。誰かにライターとか借りて」
「かしこまりました」
ジャングルジムを降りるドーベルに『微生物にも気をつけて』と付け加えたが……分かっていた。
この行動は無駄だと。
見知らぬ人に『火を貸してくれ』と言われたら、誰もが躊躇する。ましてや犬耳尻尾のある女性に誰がライターを貸してくれるだろうか?
万が一ライターを借りられても大量の雑草を簡単に燃やせるのか?
その前に借りて戻ってくる頃には、間に合わないかもしれない。
「………」
無駄だとわかっていても、それしか思いつかなかった。
何の危機も苦労なく生活してきた者が、適格な判断をそれも数秒で考えられるのは無理である。
しかし、何かしなければ餌食になるだけ、あり得ないかもしれないが、もしかしでうまくいってくれればと、本気で思っている自分がいた。
なので着地したドーベルに太い紐のような蔓が胴に絡みつくのも、ただ見ているしかなかった。
「…………」
避ける暇なく、ドーベルは巻き付いた蔓の思うがままにジャングルジムよりも高く上がった。
そして、地面に…ではなく俺の隣に降ろされた。
「余計な事しかしない者ばかりだ」
「カジュマル」
いつの間にかジャングルジムのてっぺんに現れていたカジュマルは、ドーベルに絡みついていた蔓を巻き戻し、腕に形を戻す。
『カジュマル、良い気になりおって』
カジュマルの登場に1番反応したのはクヌギだった。
『クヌギ、お前1本の行動が、クヌギ一族の名誉に関わる』
『ふん、知ったことではない。一族がどこにいるのか知らなければ、一生、会う事もない。そんな一族の何に気を使う必要がある』
『身勝手な奴だとママに報告してやろう』
『乗っ取ることしかできない蔓風情が良い気になりおって……』
クヌギは負け犬の遠吠えを吐き出し、大人しくなった。
因みにカジュマルの本当の姿であろう、ガジュマルの木は、コンクリートを突き破り、他の木を巻き付いて絞め殺すことができるほど生命力のある木だと、ネットに書いてあった。
「サクラ。何事もなかったかのようにたたずんでいるようだが、お前も同罪だからな」
『何のことやら、ボクは何もしていないよ』
まあ、確かに『何もしていない』な。
「さて……」
カジュマルの視線は俺たちに向いた。雑草たちを無視しているのかと思ったが、視線を向けて納得した。
ジャングルジムや公園中に張りめぐらされていた雑草たちは全て枯れていた。
カジュマルのどんな力が働いたのか分からないが、声を発せる草は1本もいなかった。
「カジュマル、ありがとう」
植物たちは沈黙し、再び脅威を振るう恐れはなさそうだ。
「ママの機嫌を損ねないための救助してやっただけだが、人間に感謝されるのも悪くはない。
では、さらに感謝してもらおう」
上から目線の植物は、伸縮自在だった腕を伸ばし、ジャングルジムの下からバッグを目の前に差し出してくれた。
「俺のバッグ……ありがとう、助かったよ」
お礼を言う前に間があったのは、バッグの違和感だった。
ボディバッグ|(肩に斜め掛けるリュックみたいなやつ)には、スマホと財布しか入れていないはずなのに、パンパンに膨れていたのだから。
あと、靴は回収してくれなかったようだ。




