公園で食事会
それは足元から。灰色の靴下が触れる地面の奥から、小さく響いてきた。
『ニンゲン……ニンゲンガイル』
ざわつくような、複数の声が合わさった様な感じだった。
『ニンゲン ニンゲン ニンゲン
ブンカイ シチャオウ』
それが不快な声と分かった時、俺の体は大きく飛んでいた。
「危険です」
危険を察知したドーベルが腹部に腕を伸ばし、人間離れした跳躍でベンチから離れていた。
「!」
ドーベルの足が地面に到着するのと同時に、ベンチが消えた。正確にはベンチ周辺に穴があいてベンチが落下していたのだ。
『ニンゲン ガ イナイ
マズイマズイマズイ ブンカイ デキナイ テツ ト マズクシタ キ ノ シガイ』
地面から不満を漏らす声が響いた。
「何なんだ?地面から声がして、何で穴ができる?」
ドーベルにお礼を言って降ろしてもらってから、地面を足でトントンと軽く叩くと、解説してくれた。
『ワシが微生物たちに働きかけたからじゃ。2日後、生き延びるために』
ただし答えたのは、ドーベルではなかった。
「?」
辺りを見回しても人の姿はいない。
『声が聞こえるとはな。なるほど、人間ではない奴がいるのも、そのせいか』
ベンチの横にある木からザワザワと葉が揺れ音がしたが、誰かいや、何かの生物すら現れることはなかった。
話しているのが木だとわかったのは、それからしばらくしてからだった。
「木がしゃべってる」
おとぎ話のように木に顔が浮かび上がる事はないが、間違いなく木が言葉を発していた。
『カジュマルの息がかかっている人間か』
不機嫌な言葉のお陰で、声が聞こえるのは、果実の影響によるものだと知ることができた。
『はた迷惑な話じゃ。2日後に人類滅亡するなんて。手入れや害虫駆除駆除してくれる召使いがいなくなるじゃないか』
ベンチの横に根を張っている クヌギ|(子供の頃、ドングリを集めたから知っている)の発言は、植物視線での見方だった。確かに木からすれば人間は、勝手に手入れしてくれる都合の良い存在になる。
「じゃあ、人類滅亡は反対なんだ」
『それとこれとは別じゃ。ママの意見は絶対で。別に人間がいなくなっても1人で生けていけるわい」
クヌギの大木はあっさりと否定してくれたが、不満はあるらしく、植物視線の話が続く。
『それどころか2日後、テリトリー争いが起きる。人間と人間が作り出した物全てが、我々一族に変わるのだから。
地中では根を、地上では光を得るための、新しい生存競争が始まる』
クヌギの発言は、2日後の滅亡を重視する人間にとって衝撃を感じた。
彼らには先があるだ。
『だから、2日後、少しでも優位になるようにワシは考えた。
微生物たちに人間を高速分解させ、栄養を得ようとな』
穏やかな声のまま、にクヌギは危険と恐怖を口にした。
『ニンゲン ニンゲン オイシソウナ ニンゲン』
微生物たちは活気づいたのか、不快な大合奏を始める。
『さあ、微生物ども、餌の時間だ。そこにいる人間たちを思う存分食べ、そしてワシに高カロリーな養分を作るのじゃ』
『メシー』
身の危険を感じ、足が走りだした。
「走れ、ドーベル」
微生物たちは地面に穴を開けて俺らを落とすのだから、安全な場所に移動しなければならない。
でも、どこに?
土から離れたい一心で駆けだしてから、目に入ったのは10歩先にあるジャングルジムだった。
「ドーベル、ジャングルジムだ。ジャングルジムに上れ」
「かしこまりました」
たった10歩しかないのに100メートル以上の距離を走っているようだった。
「!」
地面がぐにゃりと柔らかくなり体勢を崩しかけたが『逃げろ』の一心で転倒を防ぎ足を動かし続けた。
人間が作り出した冷たい鉄の棒を握りしめ、鉄棒に足を乗せて体重をかけるのだが、靴下なのでかなり痛い。
「マスター、手を」
先に登りきったドーベルが手を伸ばす。手の平が合わさった時、体が軽くなってあっという間にてっぺんにたどり着けた。
「ありがとう、ドーベル。それはそうとマスターって……」
「私に命令を出してくれたのだから、マスターとお呼びすることにしました」
「いや、岳春でいいよ」
悠長な会話をしている暇ではない。
微生物たちがジャングルジムに大きな穴を開けてしまえば、お終いである。
と言うならば、そもそもジャングルジムを登らなければ……今、気づいたが公園から出れば良かったんじゃないのか!
「……しまった」
目先にあった安全を選んだばかりに……いや、でもベンチから出口まではかなりある。下手すれば走っている途中で飲み込まれていたのかもしれない。
『何をやっている微生物ども、早くそのでか物ごと穴を開けて人間を分解しろ』
『イヤイヤイヤ ブンカイ デキナイ。
マズイ クエナイ テツ ノ カタマリ イラナイ
ヤワラカイ ニンゲン ダケ ブンカイ スル』
クヌギ達のやりとりを聞いて、ジャングルジムを選択して良かったようだ。
……。しかし、この後どうする?
『お困りのようだね』
新たなる声が聞こえた。




