幼なじみと……
「生きてる……」
電車から降りた俺は、その言葉を吐きだすことしかできなかった。
とは言え、人類滅亡による異変ではない。電車は止まることも遅延すらなく、無事に横浜まで届けてくれた。
「何で皆、涼しい顔でいられるんだ?」
埼玉から東京を通過し横浜に向かってきたのだが……凄まじいよ通勤ラッシュ。
ぎゅうぎゅうに押し込まれた人達をテレビで見たことがあるが、それを現実に味わうこととなった。
乗る前は、金曜日なのに、私服の高校生がいて変な目を向けられないか不安だったが、それどころじゃない。生きるか死ぬかの問題だった。スーツ姿のおっさん達と密着し、全くもって身動きがとれない状態で過ごさないとならないのだ。
今は自転車通学だが、これを大人になったら毎日経験しなければならないのか?
不謹慎ではあるが『3日後に滅亡』してもいいかなと考えてしまった。
「さて……」
到着したのは良いが、どうすれば良いんだろう?
オヤジは『横浜に行って勇者を迎えに行ってくれ』と言ったものの、降りた駅は横浜駅で良いのだろうか? もし正解だったとしても、横浜駅は広い……そもそも勇者って、どんな姿をしているんだ? まさか西洋鎧に剣を持って横浜駅のどこかに立っているわけでもない。
「オヤジに連絡するか」
スマホを取り出すと、着信やメールなどの通知アイコンがついていた。
「食中毒情報が広まったか」
そろそろ皆、学校に着く時間。今日は出席番号日で、日付と出席番号が重なり、当たりまくりなので、サボれて良かったかもしれない。
「全部、栞音から?」
田蔵 栞音一言で言えば幼なじみ。
栞音の両親も研究所勤務で、購入した家の場所や時期も同じなので、小中高と一緒に過ごす仲となった。
そんな幼なじみの着信は当たり前なのだが『?』がついたのには理由がある。
栞音とは1週間も会っていない。
病気ではなく、栞音自身も研究所に行って何かしているらしい。何をしているのかは、いくら聞いても教えてはくれなかった。
『みなとみらい駅に着いたら、教えてね』
メールやLINEの発言は同じ言葉が綴られていた。
研究所通いの栞音と、オヤジの『人類滅亡』発言……少し本当ではないかと考えがぐらついたが、まだ信じる気にはなれない。
横浜駅からみなとみらい線に乗り換えてすぐに みなとみらい駅に着ける。通勤ラッシュと比べものにならない程空いていて、鉄道トラウマにならずに済んだ。
「にしても1098円かあ、自腹じゃあ大ダメージだな」
移動費用はオヤジから電車用ICカードをもらったのだが、最初の改札を通る際に目にした額が19860だった。入場料で引かれた140円を足すと2万円も入ってたことになる。
2万円、欲しいゲームが買える……電車用の電子カードじゃだめか、いや、探せば可能な店もあるかも知れない。
……なんてしょうもないことを考えてたら、声がした。
「たけちゃーん、ここ、ここだよ」
『あと3日で人類滅亡』と言われ、満員電車でボロボロになった俺に幼なじみの声と姿は、凄く嬉しいものだった。
「たけちゃーん、久しぶり」
栞音も同じ気持ち、いや、それ以上らしく、抱きついてきた。
妹みたいな存在なので、感情の変動はない。小さな子が抱きついてきたのと、同じような感じだった。
……のだが
「ひさしぶりー」
抱きついてきた者がもう1人いた。
腰回りにまとわりつく腕の主は小さく、小学校低学年ぐらいの本体が見えた。
「栞音……この子は?」
「あ、ごめんごめん」
2人とも離れてくれたので、改めて子供の観察をする事が出来た。
黒い絹のような長い髪や整った顔もあるが、何よりもその青い目だった。
その青色をどう表現すれば良いのかわからなくなるほど、綺麗で澄んでいる。
吸い込まれるような目に心奪われている俺に、本体はずかずか と歩み寄り仁王立ちになった。
「あなたが岳春ね。3日間よろしく、あたしの事は ママと呼んでね」
本体は、青い目より個性が強そうだ。
「いや、無理。こんなちっちゃい子をママなんて。そもそも、ママだなんて幼稚園で卒業した単語だし」
「それでもママなの。ママって呼ぶの」
地団駄を踏みならし、白いワンピースと黒い絹髪が活発に揺れる。
「じゃあ、ママさんならどう? ママぷらす 『さん』付けだよ。たけちゃんも、『ママ』という名前の子と言うことにしたら、どうかな?」
みかねた栞音が提案してきたが『ママ』という言葉は確定らしい。
「まあ、仕方ないわね。ママさんでもいいわよ。じゃあ、改めて宜しく、たけはる」
女児は手を伸ばしてきた。小さな手と握手して、彼女の呼び名と3日間の仲間が確定した。
「じゃあ、さっそく行こう」
「行こうってどこに? そもそも……」
人類滅亡という単語に口ごもる俺に、栞音はうなづいて頭上を指さした。
「そう言う事を含めて、観覧車に乗ろう」
みなとみらい駅は、大観覧車の最寄り駅の一つである。