LOVE地球研究所
「 たけちゃん、覚えてる?小学1年生の時に遠足のおやつ買いに行った時『明日は雨で中止になるから大丈夫』と言って、買ったおやつをばくばく食べちゃった事」
「あぁ、チョコと飴もらった」
あの時に食べた菓子は背徳の味がしたのを、子供ながら感じた。
「あの後、本当に降ったな、台風並みの大雨と風が」
「まあ、あの後お父さん達に怒られたけれどもね」
「声を聞こえる事をバラした事に?」
「おやつを食べた事にだよ。
聞こえる力はたけちゃんならバラしても良いよと言われてたから」
信頼されてたと言うより、同じ研究所だからだろうか?
「でも、たけちゃんの前では普通の女子高生でいたかったから、話さないでたけれどもね」
「あの時にはもう、聞こえてたんだな」
ちらりとだけ視線を、地球が遠隔操作する人形に向ける。
「そうだね、物心がついた時には聞こえてたよ。
ママはいつも優しい声で話してくれた。
ママは子供である愛しい全ての生物に、大きな自然災害が起きる前に危険を教えてくれるの。
人間も大昔は誰もが聞こえてたらしいけれども、利益のためにママの声を無視し続けていったら、声を聞こえる人間は数を減らし、今に至っては私だけになった」
「巫女とか、呪術師や預言者みたいな?」
「そうだね。そうなるね。
ママの声が聞こえると、研究所に行って内容を話しに行った。そこから各自治体や国に報告してもらうの。
ママの声に従えば、自然災害を阻止できた。大雨による川の氾濫も土砂崩れも、地球そのものであるママは自分の体で起きるから何でも知り尽くしてる。
なのに、あいつらは耳を貸さなかった」
「あいつら?」
「バッチをつけた連中よ。避難誘導や稼働停止中による損害の方が大きいとか言って、事前の避難指示を出そうともしない。それなのに自分やその家族だけは遠くに避難させているのよ」
栞音の声が険しくなった。
「何よりもママを利用しておきながら、ママの存在をないがしろにする。
それどころかママの子供でありながら、ママを傷つけるのよ。
自分たちの利益のために土地開発をする、ママが『痛い痛い』って言っているのに平気で海を埋め立てたり、山を崩したりする。
だからもう、いらない」
栞音の声が氷のように冷たく、刃物のように鋭くなった。
「ママを傷つける人間なんて、キエテしまえば良いのよ。
私はもう、ママを悲しませたくない。
だから、あと2日で終わりにする」
栞音の話は、地球を大事にする気持ちがこもっていた。破壊し続ける人間の愚かさも分かっている。裁きを受けても仕方ないとも考えてしまう。
しかし、大事な事を忘れている。
「だけど人権は? 俺らには生きる権利がある。
全ての生物は生まれた以上、生き続ける権利があるはずだ」
「生きる権利なんてない」
即答で返ってきた。
「もう人間には、生きる権利なんてないのよ。
このまま人間が存在し続ければ、ママは壊れてしまう。人間がママを滅ぼしてしまうのよ。
そんな人間に生きる権利なんてない。
私もたけちゃんも例外なくね」
栞音は笑みを浮かべる。
例えるならば、暗闇の表情だった。
目も口も『笑顔』の形になっているハズなのに、何がいつも見せる笑顔と違っていた。
「2日後の人類滅亡は変えられない。
だから、残りの2日間、恋人として過ごそうよ」
その笑顔のまま栞音は近づいた。
体は拒否反応を起こし、足は栞音から離れる。
。
「たけちゃん?」
「それはできない」
「どうして?あと2日しかないんだよ」
「栞音、俺は生きたい。
2日で終わるつきあいより、それ以上なら」
「それ以上はない」
栞音から笑顔が消えて暗闇の表情だけが残った。
「それ以上なんてかない、人間はもう終わりなの」
「終わらせない」
その言葉は、いつのまにか俺の口から放たれていた。
「終わらせはしない。滅んでたまるか」
「どうやって?ママの決定は絶対なのよ」
「何か方法はある。
栞音だって生きたいと思わないのか?」
「……」
僅かな間があったが、栞音は拒否を選んだ。
「栞音……」
「人間は2日後に終わるの」
栞音は、深緑色の銃を取り出し、俺に向けていた。