突然の…
「……」
俺は、中味のいないヤンデレ地球、ママさんを見つめた。
目を開けたままなので、アースブルーの目は開いたまま、まるで人形のようだ。
美しい。その言葉が当てはまる。美術3以上とった事がない俺でも、目の前にいる人形は特別に見えた。
「…………」
美し過ぎて、視線が離れられない。
「ママが向こうに行ったってことは最終宣告ね。最先端宇宙施設も今頃は大森林……」
栞音の話が耳に入っていたが、途中で途切れた。
「たけちゃん」
やべぇ栞音の奴、イライラしていたんだった。こう言う時に話を聞いてないと、いつもキレて手に負えなくなる。
『ごめんごめん』となだめるため、幼なじみに振り返った俺は、本日、2度目の口づけを体験していた。
「…………」
目の前に背伸びをした栞音の顔があって、口に柔らかい感触が伝わってくる。
頭が真っ白になった。
カジュマルの時は、果実を食べさせるための恋愛感情のないものだったが。今、目の前で起きているのは、明らかに恋愛感情があった。それも幼なじみと。
栞音は ただの幼なじみで、子供の頃と変わらない仲のまま、それが永遠に続くと思っていた。まあ、たまに男女の仲的な妄想はしてたが『あり得ないんだろうな』で片付けてた。
だが、今、目の前で一線を越えた事になる。
「栞音……」
「口直し」
口直しって事は、カジュマルの口移し、見られてた。
「口直しって、お前、そんな事で自分の大切なファーストキスを台なしにするなんて」
「台なしじゃない。それにファーストじゃないし」
またもや頭が真っ白になった。
「え? いつ? 誰と?」
「それは……言えない。とにかく、カジュマルなんかに、たけちゃんの口を汚したままにしたくないの」
「自分はしておいて」
「あれは……。
たけちゃんだよ」
本日3度目の頭、真っ白。
「え、ちょっと待て、俺、何もしてない。小学生の缶ジュース回し飲みなんて言うんじゃないだろな」
「違う。中学の時」
慌てて脳内から中学の記憶に『栞音とキス。もしくは、それらしき出来事』検索をかけてみるが、全くもって引っかかる記憶はなかった。
「中二の時、テスト勉強中、たけちゃんが爆睡してた時に」
寝込みを襲われてた。
と言うより、一線は越えていたという衝撃の方が大きかった。
「たけちゃんの事が好きだよ。ずーっと前から」
真っ直ぐに俺の目を見つめて栞音は言った。
幼なじみという、友達の延長まま安定した楽しい関係が崩れていく。
「………」
言葉が返せない。
突然のキスに、突然の告白。それに人類滅亡な状態で。
「たけちゃんは、栞音の事、どう思ってる?」
しかし栞音は、積極的に聞き出そうとしていた。唇が再び触れそうなほど近づいた。
「どうって、幼なじみ……」
「付き合おうよ、私たち。あと2日しかないんだよ」
あと2日。
その言葉が引っかかった。
もし、それがなかったら、更に近づいた栞音の唇を受け入れてたと思う。
しかし人類滅亡という言葉が、栞音の肩を軽く押して距離を離した。
「たけちゃん?」
「2日って、何とかすれば、阻止できるんじゃないのか?」
栞音の表情が険しくなった。
「阻止なんてできない。人間は2日後に滅亡するの。
ママが決めた事は絶対なの」
視線を栞音の肩に向けた。彼女の後ろにはピンク色のキャリーバッグがあり、その中には40センチぐらいある小型のチェーンソーが入っている。
元理髪店から出る時に入れていた|(さすがにそのまま持って歩けば、人目が気になるどころか通報騒ぎになる)
また、それを向けるのではないのか と不安になるが、栞音は動く気配がないので、気になっている事を聞くことにした。
「栞音、研究所で何があったんだ?」
彼女が人類滅亡を賛成する理由は、研究所が問題になっているのは明らかだった。
険しくなった表情が弱まり、視線をそらした。
「………」
「栞音」
「……無理」
「俺には話せないのか」
「……たけちゃんだから話したくない」
「栞音が悩んでいるのに、見て見ぬ振りできるわけないだろ」
「悩んでいるわけじゃあない。悩んで、もう、諦めたから。もういいの」
「何があった?」
声を強くして、栞音の目を見た。今の俺は純粋に栞音の事を心配する保護者になっていて、告白やキスという記憶はどこかに消えていた。
「………」
そのお陰なのか栞音は背を向けたが、口は開いてくれた。