白状
視線を合わせない栞音に一縷の糸は切れてしまった。|(一縷は1本の糸、もしくは糸のように細いもの)
「栞音、答えてくれ。ママさんが勇者というのは本当なのか」
「そう、そうだよ」
「ならば、カジュマルが言ってた、人類を滅亡するのは、ママさんの決定だというのは、どう言う意味だ?」
さっと栞音の表情が消えた。
「………………」
何も答えず、きゅっと右手を握りしめるのは、カジュマルに対しての怒りだろう。
「……………………」
栞音は俺に背を向け、少し歩いてから、ため息をついた。
「あーあ、何も知らないまま、3日間、過ごしたかったな」
「栞音」
くるりと振り返った栞音は、悲しそうに笑った。
「ママは勇者だよ。
地球を支配したつもりでいる人間と人間が作り出した全てのものを消滅してくれる、人間以外の皆から見ればの勇者だよ」
「そう言う意味だったのか」
「たけちゃんには、知らないでほしかったな。何も知らないまま、楽しく観光したかったのに」
「2日後、滅亡するのにか」
「2日後、滅亡するからだよ。研究所の人達だって今頃、老舗の高級旅館で贅沢三昧しているよ。皆、諦めて残された日を楽しむことにしたの」
「オヤジから聞いた。
あと、オヤジは栞音が勇者だと言ってた」
「それはママを説得できるかもしれないという考え。まあ、高級旅館に行くんだから期待してないだろうし。
だってママの決定は誰にも変えられないもん」
栞音の笑みから悲しみが消えたが、純粋な笑みではなかった。
「だってママは全てだもん。この星そのもの。地球の社長やオーナーなんだよ。1番が決定した事には、誰にも変えられないよ」
「1番でも異議を唱えて変えることはできる。
栞音は人になる前のママさんの声を聞こえる唯一の人間で、ママさんの近くに存在している?だから、ママさんを説得できるかもしれないんだろ」
「……」
栞音の顔が強ばった。
「……無理」
視線をそらし、白いハートの髪留めを触った。良くつけているのを目にするから、彼女のお気に入りだろう。
「それは無理」
栞音は髪留めから手を離し、俺にまっすぐに見つめ笑った。
「だって、説得する気なんてないもん」
それは闇色に浸かる者の笑みだった。
「説得する気がないって……どう言う事だよ」
「そのままだよ。私は2日後に人類が滅亡する事を望んでるもん」
「正気か? 滅亡したら、栞音も消滅するんだぞ」
「そうだよ、跡形もなく私もたけちゃんも皆、消滅する。もう、未来なんて考えなくて良い。腐った人達に腹を立てなくても、無意味な協力もしなくても良い。ママの一部になってずーっとママと一緒にいられる」
「栞音」
立ち上がり、目を見開いたまま語る栞音に近付こうとしたが、存在を忘れていた小型のチェーンソーを手にとり、接近を拒否した。
「栞音……」
「可笑しいと思うんでしょ? でも、私は本気だよ。
私はママが1番で、ママの所に帰る事を望んでるの。
人類滅亡の瞬間になるまで、ママの近くにいて一緒に観光するの。
私はママが大好きだもん」
チェーンソーの電源は入っていない。威嚇のつもりだが、いつでも振りかざすことは可能だろう。
「栞音、研究所で何があったんだ?
研究所での事は、聞いても何も教えてくれなかったから、栞音がどうして、そう考えるようになったか、わからない。教えて……」
「たけちゃんには、関係ない」
心の領域に入り込んだ威嚇として、栞音はチェーンソーの歯をこちらに向けた。
「たけちゃんは、知らないで良い。このまま、2日間、観光してくれればそれで良いの」
「栞音?どこ?」
元理髪店に近付くママさんの声に栞音は背を向け、笑顔で駆けていった。
「ママ、私のママ、ここにいるよ」