果実
「栞音と違い、お前はただの人間だが、気に入らない栞音をかく乱させて楽しむことができる。
何よりも人間という生物が、どんなに醜くいが、面白い行動をとるか、ママに見せて楽しんで貰うことができる」
「そのためにトサトを利用して、俺をここに連れてきたのか」
「そうだ。栞音は私が作ってやった武器以外に物騒な代物を持っている。なので運動能力だけが高いトサトをそそのかして、お前を連れ出させた。まあ、等の栞音がいなかったが。
それとお前を連れて来させたのは、もう一つ」
接近したカジュマルは俺に渡そうとした果実を口に含み、顔を近付けた。
「何をす……」
抵抗する術なく、カジュマルの柔らかいが冷たい唇が触れる。
初めての接吻に動揺が生まれたが、同時に恐怖も生まれた。
口を閉じようも、いつの間にか口中にまで侵入してきた蔓が妨害し、顎が逆に開いていく。
「……」
カジュマルが口にした果実が舌上に転がった。
温もりのない固まりは甘く熟した柿のようにドロリとしていた。
「飲み込め」
カジュマルの言葉が命令のように体が、喉が従う。
口中の感覚がおかしい。蔓が体を操作しているのか。
そうこうしている内に、果実は喉を通り過ぎ、到着した胃に熱反応が起きた。
「あ……ぁ……」
恐怖が全身に広まる。
体をばたつかせ声を上げようも蔓の力がねじ伏せ、僅かな声しか漏らせない。
それと同時だっただろうか、物凄く大きな音が響いたのは。
「たけちゃ……カジュマル、あんた何やっているのよ」
栞音の怒号と何かのモーター音が聞こえたような気がする。
体が解放された気がする。
それから
栞音の手に小型のチェーンソーが握られていたような気がする。
「たけちゃん、たけちゃん」
栞音の声で目が覚めた。
目が覚めたと言うことは、気を失っていたらしい。
「体は」
慌てて自分の体を触る。
「……」
異常は見当たらなかった。
飲み込まされた時に感じた熱もなく、どこを見ても異常や変化なかった。
冷静に考えれば、トサトが口にしたスイカサイズの果物と明らかに別果実だったので、同じ症状はないだろう。
「良かった」
破顔した栞音が胸に顔を埋めて、安堵してくれたが、彼女の後ろは緑色のままである。
カジュマルと体や口中にまで張り巡らした蔓は跡形もなく消えていたが、蔓たちが元理髪店を支配したままだった。
まるで『夢オチで終わらせない』と、カジュマルが、言い残していったかのように。
「…………………………」
長い沈黙の後、俺は栞音に聞いた。
「栞音、本当に滅亡するのか?」
顔を上げた栞音は優しく笑った。
「もちろん、人類は滅亡するよ」
幼なじみから出てきた残酷な言葉に、拒否するものはなかった。
もう受け入れるしかない。
「そうか、滅亡するのか」
手を顔を覆うのと同時に体の中が闇に包まれていくのを感じた。頭に見えない重りがのしかかり、底のない水中へ沈んでいく……
全てが終わる。
学校も、友達も
未来のためにやっていた努力も
苦労して手に入れた物も
全てが無駄になる。
2日後、全てが消滅してしまうのだ。
「…………勇者」
底のない水中から急浮上できたのは、自分の口から出てきた言葉だった。
「栞音、勇者は?勇者の話はどうなった?」
カジュマルから聞いたが、それでも一縷の望みが『勇者』という単語にあったのかもしれない。
「ママは勇者だよ……私…皆にとっての」
栞音の視線は揺らいでいた。