決定
言葉を飲み込むのに時間がかかった。
「ママさんの決定って」
「愛想を尽かされたんだよ、人間は」
カジュマルは嬉しそうに笑う。
「ママは、人間が大好きだった。けれども、人間があまりにも酷い行いばかりするから、滅ぼす事にした。当然の成り行き、というよりも遅すぎる」
人類滅亡を決定したのが、ママさんという衝撃に混乱しているが、滅ぼす理由は納得できる。
エコロジーと言いながら水を汚染し、有害物質をまき散らす。氷河が溶けて、海水面がどんどん上がっている。それでも利益のため汚染し続ける。
人間はいつ滅ぼされてもおかしくはなかった。カジュマルの言うとおり、遅すぎるぐらい。
「滅亡なんてさせない」
トサトはどんと足を踏みならし、ブンブンと首を振った。
「まだ、時間はある。ママはまだ人間が大好きだ」
「どうだか、人間はさらにママを怒らせる事を進めているではないか」
「だから、ここにいる人間に、それを止めさせる。ママを説得してもらう。そしたら滅亡は避けられる」
「え? 俺が全部?」
「そうだ。ママの近くにいられる人間は栞音とお前だけ」
「運転手の仲原|(?)さんもいるけど」
俺の言葉になぜかカジュマルは笑った。
「とにかく、お前に滅亡を止めてもらう。もちろん、永遠の友でもある、我々、一族も協力する」
「……………………」
なんかとんでもないことに巻き込まれている気がする。
返答に困っている俺に、カジュマルが近づいて手を伸ばした。
「お前は本当に何も知らない人間のようだな。これから短いようで長い。これを食べて、ひとまず、頭を整理する事だ」
カジュマルの白く緑がかった手には、オレンジ色のリンゴのような果実があった。
……のたが、カジュマルは今まで何も持っていなかった。バックなど所持品もない。
「この果実、どこから? まさか、カジュマルが作ったとか?」
「まさか、そこから採った」
「そこから?」
カジュマルの指先に視線を移すと、緑色の物体が目に入った。
「え?何?何で、いつの間に」
何もない殺風景な元理髪店だったはずなのに、いつの間にか、蔓と葉が壁全てを覆っていた。音もなく。
「これが我々の力だ」
空き家になって長いこと放置された家に、蔓が巻き付いているのを通学路で見たことがあるが、それが室内で起きていた。元理髪店は植物に占拠されていたのだ。
「我々はいつでも人間を滅ぼす力を持っている。が、やらないのはママが怒るから」
足元に違和感を覚え視線を移すと、理髪店の古めかしい固定椅子は植物性のアートな物体に変化していた。
椅子を覆いつく深緑色の蔓が俺の足にとりかかる。危険を察知した体が動き出すよりも早く、全身に絡みついた。
「トサト、助けてく……」
永遠の友がピンチなのに、なぜ助けに来ないのか辺りを探したら……天井に実っている、スイカサイズの実を採ろうと必死にジャンプしてた。
「くそう、何で取れないんだ」
……そうだよな、この永遠の友達は、食べ物に目がないんだった。
悠長な事を言っている場合ではない。蔓は頭部を残して体を制圧し、さらに頬に極細の蔓がゆっくりと張り巡らしていく。
逃げるどころか指一本動かせない状態に恐怖が体を締めつける。
「カジュマルは人間を憎んでいるのか? 人間が森林伐採とか破壊しまくったから」
「好きではないのは当然だ。
それよりも、気に入らない。ママの愛を1番に受けるのが」
「え、そっち?」
俺の言葉にカジュマルの目が鋭くなった。
「……皆、ママさんが好きなんだ」
「当たり前だ。ママは私たちを作り出してくれた、ママ、母親なんだから。
そう思っていないのは人間だけだ」
「やったー、実が採れた。いただきま……まずい、ぺっぺっぺ、何だこれ、カジュマル、これ美味しくないじゃ……」
トサトの動きが止まった。
それは一瞬だった。
いや、一瞬で消えたと言った方が早いかもしれない。
一瞬で視界から消えて、からん と音を立てて何かが床に転がった。
「トサト……」
蔓で体を固定されているので、それ以上はわからないが、更なる恐怖心に狩られるには十分だった。
「トサトはママの所に帰った。それだけだ」
「帰ったって……」
「ママの一部になった。
土の中にいる微生物たちの力で。
微生物は死骸を酵素で分解。その後、植物が根から吸収する。
あの実には何十倍もの活発な微生物たちがつまっている、死骸でも生きてても分解できる。もちろん我々一族の素も」
視界からカジュマルが見えなくなった。足音からしてトサトがいた所に行ったと予測がついた。
「種となり、ママのもとに帰る。
そしてママから新しい芽となり、ママに抱かれ見守られながら成長するのだ。トサトも古き永遠の友のために、ママの反感を買うよりも、こっちの方が良いだろう」
視界にカジュマルの手が入る。白く淡い緑色の指先に茶色の固まりがあったが、解放され重力に従い床に落ちていくが音はしなかった。
そして、カジュマルがゆっくりと戻ってきた。