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3日勇者  作者: 楠木あいら
day2
12/52

扉を開けた者

 犬耳女性は体勢を崩し、担がれたままの俺は一緒に巻き込まれると思っていたが、倒れて床に激突する前に左手を先に到着させると、2人分の体重を楽々と支え、反動をつけて体を回転させる。

 気がつい時には、ガラスドアを蹴破る前の状態でいた。


「開けるなら、先に言って」

「解錠する前に開けるからだ。

 蹴破れば、砕けた音で周囲の人間に気づかれるというのに……まったく、お前達一族には思いやられる」


 頭を抱えて発言しているだろう、新たな声は俺の視界には入らなかった。


「トサト、人間をそこの椅子において」


 撤去していない備え付けの理髪店椅子に後ろ半身が落ち着く。荷物扱いされて体が痛いが、新たなる環境でそれどころではなかった。

 まず目に入ったのは、固定椅子以外には何もない、ガラリとした理髪店で仁王立ちになる『トサト』と呼ばれた犬耳女性。

 180は越えていると思う長身に、人を軽々と持ち運べるだけの筋肉が、黒のランニングシャツとデニムのハープパンツから伸びる腕や脚についていた。

 赤に近い茶髪はライオンのようにボリュームがあって、昨日の犬耳女性より大きな茶色のたれ耳と、長めで短毛の尻尾が、今はだらりとしている。


「お前が『しおね』だな」


 まっすぐ俺を見てからの発言だった。


「ママと一緒にいた人間は『しおね』だから。お前がママの声が聞ける、唯一人間」

「……トサト。自慢の鼻は機能していないのか」


 未だに姿が見えない者は、また、頭を抱えながら発言しているのだろうな。


「匂い?」


 トサトは顔を近づける。お約束だがランニングシャツから胸元に視線が向いてしまうのは、逃れられない男の(さが)というもの。

 女性らしさというより人間らしさが薄いトサトは、俺の視線に不快ならないどころか気にしてない様子。


「人間の体は鼻の機能が良くない。近づかないと分からなくて困る…………ん?こいつオスの匂いがする。しおねはメスだと聞いた。違う!お前は誰だ?」


 つっこむ気にもなれず『幼なじみ』と答えたが、トサトは間違った事に対する怒りを、見えない者にぶつけた。


「カジュマル、話が違う!

 ママと一緒にいる人間を捕まえれば、人類滅亡を変えられるって言ったのに」


 トサトの視線を上に向けるが、殺風景な天井しかない。


「違くはない。人間はこいつで良い」

「でも『しおね』じゃない。ママの声が聞こえる唯一の人間じゃない!」


 トサトは奇妙な事を言った。


「ママさんの声が聞こえるって……別に俺も聞こえるけど」

「何だって? お前も人間なのに聞こえるのか?」

「誰だって聞こえてたけど?運転手の人も聞こえてたはず……ママさんと会話しているのを見たことないけど」

「……やれやれ、どいつもこいつも、世話が焼ける」


 俺の言葉に見えない者はため息をついた。

 そして姿を現した。天井ではなく、後方から。


「まず、天井にはいない」


 カジュマルと呼ばれた者は人の形をしたが、人間と呼べない姿をしていた。

 白く淡い緑色の肌に深緑色細い蔓の髪。紅葉色の目と唇。女性らしい凹凸のある体に服は着ていないが、細かい葉や蔓で服を表現している。


「珍しいか。本当なら、こんな面倒くさい、しかも人間の体なんて変形したくはない。だが、ママが『人間の姿じゃなければ会わない』と言うから変えただけだ」

「トサトもだ。人間って移動が2本足に減るから困る」


 2人の本来の姿、何なのか想像がつくが、あり得ない事を目の当たりにして、不安が広がっていく。

 あり得ない事を目の当たりにすると、より人類滅亡が本当に思えてしまうから。

 不安がる俺を知ってか知らずか、カジュマルはさらに真実を口にした。


「栞音が聞こえるママの声というのは、今 人間の体になっている。ママではない。

 人間になる前、人間たちが言う地球からの声だ」

「地球からの声」

「人間がわかるように説明してやろう。

 天変地異が起きる前、野生生物はその場からいなくなるのは知っているな」


 上から目線だが、素直にうなづくことにした。


「人間達は野生の本能と言っているようだが、危険を教えてくれるママの声を聞いているだけ。

 人間には、その声は聞こえない、栞音を除いて」

「栞音が」


 ただの幼なじみだと思っていたのに、そんな能力があったとは、それならば栞音が研究所に行ってたのはその力だからか。


「唯一の人間だから偉ぶって、他の人間以上に気に入らないが」


 その言葉を吐き出したカジュマルは、視線を俺に向けた。

 栞音と間違えたトサトの発言は、どう考えてもカジュマルがそそのかして、俺を捕まえさせたように思える。


「それで俺を捕まえた理由は?」

「それはもちろん、ママを説得して、人類滅亡を阻止してほしい」


 ずいっと近づいてきたトサトは、また奇妙な事を言った。


「? ママさんを説得?」

「何も知らないようだな。まあ、知らないからこそ、一緒にいられたという事か」


 カジュマルは俺の発言をニヤリと笑ってから、教えてくれた。


「人類滅亡はママが決定したからだ」



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