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セリオス王と真面目で愉快な臣下たち(中) ~ 貴族の特権、貴族の義務 ~

「先ほどの朝議、なかなかの見物でしたな」

「まあ、たまには度肝を抜くのもいいさね」

「……あんさんら、なぁ」


 ラミリーとリフィックの会話に、レイドが呆れた声を上げる。

 リフィック宰相の執務室。朝議が終わった後、ラミリーとレイドは特に示し合わすでも無く、リフィックの執務室を訪れる。


「ワイには政治のことはよおわからん。まあ、金勘定は得意やさかい、財務も担当しとるがな。基本は技術者や、これでも。……ほんまに良かったんか、朝のアレ」

「ええ。大丈夫でしょう。そうですな、まずは私共に声がかかるのではないですかな」

「……かからなきゃ大事(おおごと)さね。第一、なんでウチらが仕事を()っぽり出してここに集まってると思ってんだい」


 壁にもたれかかり、気軽に話しかけるレイドに、執務机の上の書類に目を向けたまま答えるリフィック。同じように壁にもたれかかり、横やりを入れるラミリー。

 頭の後ろで手を組み、気軽に話しかける様子は場所に似合わず、気安い口調。今まで同じような事が繰り返されたのだろう、まるで井戸端会議のような、場所に似合わない軽い空気が流れる。


「おや? 暇だから集まってるのだとばかり思ってましたが」

「んなわけないさね。で、声がかからなかったらどうするつもりだい?」

「私たちの好きなようにするだけですね、その時は」


 リフィックとラミリー、普段通りの会話。その中から飛び出したリフィックの言葉に、レイドは意外そうな顔をし、問いかける。


「……意外やなぁ。あんさんは、そん時はそん時で陛下の意に沿うように動く、そう思っとったんやけどなぁ」


 レイドの問いかけに、リフィックは軽く笑う。そう問われるのを待っていたと言いたげな空気を(まと)いながら。そして、真面目な表情を作り、さも真面目そうな口調で語り始める。


「そう言われましてもな。……そうですな。まずは陛下に教育が必要ですな。臣下に任せるのと好きなようにさせるのは違うということを教えて差し上げないと」

「……そっちかい」

「そうですな、無駄に熱血な教練をする訓練教官がいたと聞いています。その方にまずは鍛えて頂きますか。立つのも億劫になる位に疲れた後ならまあ、すんなりと頭に入るでしょう。そこで、政治、経済、諸々を叩き込めば、まずはこちらの(・・・・)好きな風に(・・・・・)動いてくれるようになるかと」


 その明らかにふざけているとわかる口調に、話を聞く両者は共に呆れた表情を浮かべ。仕方ないといった風に、ラミリーがその遊びを止めに入る。


「そうならないって確信してるからって、無茶苦茶いうのはよしな。ったく、なんで『そうならない』って言わないのかね、この男は、……っと。噂をすれば、さね。さあ、こっからは真面目な時間だよ」


 そんなやり取りの最中。執務室をノックの音が控えめに響く。来訪者を待ち構えていた三人は共に頷く。まずは見込み通りに事態が進んだと確信しながら。



「こちらへどうぞ」


 一足先に小会議室で準備をしていたメイは、チェンバレンに案内されてきた宰相リフィック、王都執政官ラミリー、技術開発兼財務担当相レイドを席に案内する。


「こっちのことは構うことあらへん。丁寧に扱われるとむずがゆうてしゃあないわ」

「わかりました。それではお茶だけでも」


 レイドの言葉にくすりとしながら、メイが受け答えする。相手が貴族やその陪臣だと、席に座るだけでも礼を執る。それを不要という城外街の重臣。その態度に、かつては戸惑いを覚えたメイだったが、今は慣れたもの。

 会釈と共に、あらかじめ準備しておいた茶を各人の前に並べ始める。


「私は陛下をお呼びします。しばらくお待ち頂くようお願いします」


 その様子を軽く見た後、チェンバレンは退室する。やがてセリオスとチェンバレンが入室し、最奥の席に並び座る。

 目の前に座った重臣をセリオスは見渡す。そして、未だ日の浅い股肱(ここう)の臣に問う。朝議の時よりも砕けた、信頼の籠った口調で。同時に、僅かに緊張した声で。


「では聞かせて貰おうか。朝議の件、何の意図があったのかを」


 単刀直入に正面から問うセリオス。答える宰相リフィックもまた短い言葉で、結論を述べる。


「グリード執政下で拡大解釈された貴族特権、その問題提起ですな。あの金はですな、過去二年間で王都で売ったヤミ麦(・・・)の利益で、ほぼ間違い無いのですから」



 リフィックは語る。グリード執政下における王都統治の異常さを。その表情は普段と変わらず、どこかふざけた笑みを浮かべ。軽蔑の響きに満ちた言葉で。


「多額の税を徴収した徴税官が賞される、前王の時代からあった風習ですな。グリード公はどうもその風習が気に入ってたのでしょう、彼が登用した徴税官は実に有能(・・)でしたな」


 金のある所には必ず現れ、税を取っていくのですからな、とリフィックは語る。食料品、生活必需品、そう言った物を売る所には人と金が集まる。そこに必ず徴税官が現れたのだと。

 税額を上げ、さらに、今まで徴収されなかった層からの徴税を始めたのだと。市場税、営業税、そういった、元は大商会に対して課せられていた税を、零細にまで広げていったのだと。

 だが、王都は生産よりも消費が多い都市。王国内の各地で生産されたものを、商人が王都まで運び売買する。大領主ともなれば、お抱えの商人もいる。つまり、王都の税を上げることで、間接的に領主にも影響するのだと。


「シャリト卿はですな、今までと同じ価格で小麦を売るために、自領内で認められていた免税特権を、王都で振りかざしたのですよ」


 免税特権。徴税権と一体の、自領の税制を定め徴収する貴族の特権。例えば、自領で税として納められた小麦を現金化する場合、その取引には税が免除される。その特権があるからこそ、貴族は所領に適した税制を定めることが可能となる。

 シャリト卿はその特権を王都内で振りかざしたのだと。


「徴税官が来る度に『(われ)シャリト領(・・・・・)の税(・・)を払うために、自領の税として徴収した作物を現金化しているだけだ。王都の徴税官が出る幕ではない』とか言って追い返してたそうだね。まあ、無茶苦茶さ。だけどね、当時の政府はそれを飲むしか無かったのさ」


 他領で特権を振舞えば敵対行為となる。王都でそれを行えば、それは政府と、王族と敵対することに他ならない。通常であれば決して認められない行為。

 だが、当時の政府は貴族の離反を恐れていた。そして、政府による一方的な増税が招いた事態。それ故にシャリト卿の横暴(・・)を止めることが出来ずにいたのだと。


「正直、政府の増税が発端だ。実のところ、王都の税を素直に払っても利益は大して変わらなかったはずさ、売値をあげれば。行き過ぎた税のせいで軒並み値が上がってたんだからね。価格を上げずに売るってのは、むしろ慈善めいてる行動なのさ。

 貴族の義務って言うんかい? 特権を持つ者は規範となるような行動をしろってやつ、こいつから外れてるとも思っちゃいない。むしろ正しい行動だろう。だけどね、ちょっと放置できないのも確かでね」


 シャリト卿が利益を第一とするなら、価格を上げれば良い。以前の価格に抑えたということは、私利私欲で行為に及んだ訳では無いのだろう。それでも、情勢が安定しつつある今、いつまでも放置は出来ない。認めてしまえば、私利私欲の為に利用する輩も現れる。前例(・・)として利用される前に片を付ける必要があると。


「まあ、ウチらとしては、落としどころを探っていきたいのさ。シャリト卿となら十分に対話可能ってウチらは見ている。まあ、落とし物(・・・・)をどうするかを決めるまでに、一度はシャリト卿を召喚することになるだろう。王族に(おもね)ずに行動できる男なんだ。堂々と主張するだろうさ。陛下にはその時にきっちりと裁定して欲しいと思ってる。そうすれば、この二年間のごたごたで起こったことの対応、その方向性が確定する。あとは粛々と進めていけば……」


 公式の場で王が捌けば前例となり、方針となる。そう語っている最中(さなか)。会議室の扉がノックされる。扉を開けたチェンバレンに許しを得、火急の要件が伝えられる。


「申し上げます。シャリト卿が王都邸宅の主だった資産を馬車に積み込んでおります。王都からの脱出を図っている模様」


 それは、この場に居る誰もが予想しなかったシャリト卿の対応だった。



 王城にほど近い一角。瀟洒な邸宅が連なる街並み。その中に建つシャリト卿の邸宅。普段は静かな屋敷。だが今は、シャリト卿の怒鳴り声と、慌ただしく動く人の音で溢れかえっていた。


「急げ! 全てを運ばなくても良い! 貯蔵室の主だった物、美術品、価値のあるものだけ詰め込むのだ! 急げ!」


 屋敷の前庭(ぜんてい)に並ぶ馬車。四台の荷車に次々と運びこまれる荷物。その何れも一見して価値がわかるものばかり。叫ぶシャリト卿。それを見守るのは、シャリト卿との付き合いも長いお抱え商人。

 その商人が、半ば諦めた口調で、シャリト卿に進言する。


「何も、王都から逃げなくてもいいんじゃないですかねぇ」

「何を言っておるのだ! 相手は王族なのだぞ! むしり取る事しか知らぬ、民を動物か何かだと勘違いしている輩の集まりなのだぞ!」

「……今の陛下はそんなお方ではないと思うのですが」

「何を言っておるのだ! 今までの王族が何をしてきたか、そちも知っておろう! 口実があれば取り上げる、それが奴ら(・・)の常套手段なのだ!」


 商人である彼は、今や宰相の座まで上り詰めたリフィックを知っている。城外街との取引で騒動が起きた時、時に現場に足を運び、見事に解決し、(ふう)と共に去る姿を。彼は、リフィックを始めとする今の重臣が、シャリト卿を陥れることは無いと確信している。

 だが、シャリト卿はそれを知らない。彼が知るのは、グリードを始めとする威丈高(いたけだか)な王族の姿。生まれで人を見、平民を人とは思わぬ者どもの集まり。

 生まれだけが、身分だけが高い低俗な存在。そのような者たちが、朝議の場で大々的に、隠していた利益を暴き立てたのだ。シャリト卿の非を鳴らし、全てを奪う以外に考えられないとシャリト卿は確信する。

 リフィックたちを知る商人と、過去の王族を知るシャリト卿。商人が何度諫言してもシャリト卿は信ずることは無く。王族を敵に回すことも厭わない、剛毅とも言える決断力。その即決即断により、王都からの脱出を決意し、今の事態に至る。


「ここにあるのは我の領民の汗だ! 我が領に使うべき金だ! 理不尽に王族に渡すなどあり得ぬのだ!」


 シャリト卿は叫ぶ。理不尽へ怒りを込めて。己が領民への誇りが叫ばせた言葉。愚劣な王族への軽蔑が叫ばせた言葉。


「これは我の才覚で得た金だ! 我の金なのだ! 相手が誰であろうと、渡してなるものか!」


 そして、己の誇りと、金に(・・)対する(・・・)執着(・・)が叫ばせた言葉でもあった。



 金貨の輝き。それは時として人を狂わせる。だが、それはただの光の反射。人を狂わせる力など無い。金貨の奥に見える幻影こそが人を狂わせる。

 人は金貨の向こう側に様々な物を見る。己の欲望を見る。未来への希望を見る。課せられた義務(しごと)価値(ほこり)を見る。

 シャリト卿が見る幻影、それは領民の汗。領民の汗を価値あるものにすることこそが、シャリト卿が己に課した義務。彼が見る金貨の輝きは領民の輝き。

 金貨の輝き。それは時として人を狂わせる。欲を超え、損得を超え。誇り高き者すらも狂わせる。


「この身がどうなろうと、例え私財を投げ打ってでも、この金は奪わせん!」


 その輝きは時に、誇り高き拝金主義者という矛盾すら生み出す。



 こじんまりとした会議室を沈黙が襲う。チェンバレンが伝令と話をする間、誰もが事態の急変に意表を付かれ、発する言葉を見失う。


「実に素晴らしい。この展開、正直、予想すらしていませんでした。このように裏をかける人材を見逃していたとは、私もまだまだですな」

「アホなこと言ってんじゃないよ。王都を出る前に説得するよ、急ぎな」


 伝令が退出した後、まずはリフィックが我に返る。ラミリーとの様式美に他の者たちも我に返る。


「私も行こう。馬の手配を」

「既に手配をさせています。陛下が正殿正門に着く頃には準備できているかと」

「助かる」

「王都の正門、西門、東門にはシャリト卿を通さぬよう伝令を出しておきました。急ぎましょう」


 ただ一人、既に指示を出していたチェンバレン。その言葉に、リフィック、ラミリー、レイドも席を立つ。

 まずは王宮正門。そこまでに動きが無ければシャリト卿の邸宅に直行する。動きがあれば、行く先を特定し、先回りする。シャリト卿が既に非常の行動に出た以上、時を置くほど対処が困難になる。時間との闘い。

 全員が慌ただしく会議室を出、正門に向かって歩を進め始める。その最中。


「皆さま方も、茫然とする暇があるのであれば、まずは行動すべきだったかと思います。特に宰相閣下。冗談は暇な時にお願いします」


 チェンバレンの一言は、急ぎながらもどこか悠然とした響きを持っていた。



 会議室に一人残ったメイは、片付けをしながら思う。あの場面で一人動いたチェンバレンは確かに言う資格があったのだろうと。それでも……


(普通、あの場面でそんなこと言うかしら)


 場違いな発言というその一点においては、リフィックもチェンバレンも同じではないしら、と。


色々考えている間に、何かが降りてきてしまった結果、シャリト卿がこんな人になってしまいました(笑)

……笑いごとじゃないような気がしますが。


まともなんですよ、シャリト卿。領主としても、貴族としても。……まあ、直接商売をする貴族がまともかは考慮の余地がある気がしますが。


まだ個性を出せていないレイドさんより財務相に相応しそうとか思ってしまったのは胸にしまっておくべきですね(笑)


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