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セリオス王と真面目で愉快な臣下たち(上) ~ 書記官泣かせの議事風景 ~

本こぼれ話、時系列としては本編の後日譚です。バード君とフレイちゃんが二人で王都に来る(ところをメディーナさんにからかわれる)話がありましたが、実際に王都に来る直前から始まります。


王都の新体制について綴った物語です。


――主な登場人物――


チェンバレンさん:チェンバレンさんの復職に関しては、本編最終話でちらっとだけ触れています。こぼれ話のための後付け設定じゃないからね! ……メディーナさんはバード君と共に歩み、チェンバレンさん、メイさんは王国に仕え続けるというのは当初からの予定だったのです。ただ、ちょっとリフィックさんの存在感が凄くて霞んでしまった感があります(爆)


リフィックさん:ラミリーさんに負けないキャラ付けを心掛けた結果、短期間で物凄い個性が出てしまった、恐るべき脇役です。もう、ラミリーさんと比べ明らかに露出が少ないのに、存在感が互角とか、物凄いです(笑)


ラミリーさん:個性が強いキャラのはずですが、他の面々に囲まれてどこまで活躍できるか、ちょっと不安だったりします。大丈夫、彼女も存在感では負けていないはず(笑)


セリオス王:バード君のお兄さんで、若き王様なのですが。ちょっと重臣たち、濃すぎじゃね?、と思います。絶対苦労しますね(笑)


レイド(初登場):元城外街研究特区評議員。

シャリト卿(初登場):領主貴族


初登場の方は肩書きのみということで。


混沌とならないよう注意しつつ、この後日譚を綴ったつもりです。それでは、お楽しみください。


 王都、王宮正殿の片隅にある会議室。十名ほどの席が準備された円卓と、左右に挟みこむように配された、三列に並べられた長卓。円卓最奥の席は豪奢、背後に国旗と軍旗が掲げられる。円卓に配された席、長卓の席と、順に質素になっていく席はそのまま、席につく者の身分を如実に示しているのであろう。

 元々は飾り気の無い、あまり使われることの無い中会議室。だが、今ではその会議室は、政治の中枢を担う一室となっていた。


「……以上のように、中央区からの脱出者、破産者共に減少しております。情勢は安定しつつあるとみて良いでしょう」

「前王の治世と比べては?」

「いまだ高い水準です。長期的には未だ対策が必要かと存じます」

「具体的には」

「まずは失業者の受け皿が必要かと。また……」


 円卓最奥にはセリオス国王。グリード失脚後、宰相に任命されたリフィックが議事を進める。背後には、新たに侍従となったチェンバレンが控える。

 王、閣僚、官僚、三者が一同に会して行われる朝議。この数年間で激変した政変は人を変え、政治の在り方を変える。

 グリード派官僚の失脚と汚職官僚の一掃。その空席を埋めるように登用された旧城外街の人材。彼らによってもたらされた、威厳よりも実質、慣習よりも実利を重んじる気風は、王の威厳を高めるための儀式めいた手順を取り払い、より実利的な決断を促すようになる。


「……詳細は資料の方を参照願います。小官としては以上です」


 円卓を上を意見が飛び交う。左右の長卓から官僚が意見し、時に円卓の末席から上申する。過去の、身分を絶対視した体制では見ることのできなかった光景。そして……


「じつに真面目な案ですな。危うく子守歌と勘違いするところでした。できればもう少し、この場にいる全員の眠気を覚まし愕然とさせるような、突き抜けた案は出ないものですかな」


 ……そして、刷新された重臣たちの、およそ国家の方針を決するとは思えないような、空気を読まない個性的な発言もまた、以前では見られない光景だった。



 曰く、「いつもの発言」。朝議で必ず差し込まれるリフィック宰相の発言、その発言に対しついた言葉。彼の発言はいつしか、挨拶のように交わされる、王城内での定番の話題になっていた。

 宰相リフィック。元は城外街を治める最高評議員だった男。前王崩御からグリードの専横、敗死に至るまでの権力闘争で信を失った重臣に代わり、王都の執政官を経て、宰相の座に就いた男。 当初はその抜擢を疑問視する声もあったが、新王セリオスの信任と、なにより実績をあげることで反対の声を黙らせる。

 そして、彼の後を継ぐ形でラミリーが王都執政官に着任する。彼女の、民のために動くことを貫き通すその姿勢を見た上での抜擢だった。……そして、彼女は今や、リフィックの遊びを抑える唯一の人材として、その実績以上に信を得ることとなる。

 リフィックが「いつもの発言」をし、ラミリーがたしなめる。毎日のように続くその光景は、いつしか「様式美」と呼ばれるようになっていた。

 なお、リフィックが宰相となった当初、書記官が朝議の議事をまとめる際に記録にとどめるべきか判断に迷ったという逸話は、王城内での密かな笑い話となっている。


 だが、この日。「いつもの光景」は「様式美」とは違う様相を見せる。



「じゃあ、眠気を覚ます報告を一つしようか。シャリト卿の下女中からの報告だけどね。ちょっとした金貨の山が落ちてるのを見つけたそうさね。百枚位づつに小分けされた袋が五十袋っていうから、ちょっと持ちきれない重さだね」

「んあアホな! 誰がそんなごっついもん落とすいうんや!」


 王都執政官ラミリーの言葉に、財政と研究機関を担当するレイドが叫ぶ。


「さあ。シャリト卿の資産目録には該当するような資産は無かったからね。シャリト卿でないことは確かさ。ちなみに拾ったのはシャリト卿の屋敷の中、美術品やらがしまってある部屋さね。どうも、そこにあった金庫の中に落ちていたんだそうだ」

「あかん、それ、間違いなくシャリト卿の隠し資産や! 落とし物ちゃうで!」


 レイドの叫びをよそに、ラミリーの説明は続く。曰く、金庫の鍵はシャリト卿の私室に落ちていた(・・・・・)と。

 偶然(・・)、その鍵を拾った下女中が、たまたま(・・・・)見つけた金庫を開け、金貨がそこに落ちていることを見つけたと。


「とりあえず、その女中は鍵を元の所にもう一度落として(・・・・)、ウチに報告したと、そういう訳さね」

「絶対嘘や! 間違いなく密偵や、その女中! 第一、なんでラミリーはんがそんな報告受けるんや!」

「うん? そりゃその女中、元救難特区(ひんみんがい)出身だからだろうね。まあ、中央区(じょうへきのなか)の斡旋業者を経由してるから、シャリト卿は知らなかったかも知れないがね」

「完全に息かかっとるやんけ!」


 ラミリーの人を食ったような話にレイドの叫び。リフィックは感心したように、ラミリーが言葉を発するたびに頷きを返す。普段はリフィックを止めに入るラミリーの、火に油を注ぐような発言に、会議室の中は騒然とする。


「まあ、私からの報告は以上さね。どうだい、眠気の覚める、いい報告だと思うがね」

「そうですな。財政難の昨今、なかなかの朗報かと。さて、どうしましょうか」


 リフィックの言葉に場内はさらに騒然とし。金貨の処置、シャリト卿の処置、さまざまな案が場内を駆け巡る。



 円卓最奥の席。国王セリオスは騒然とする議場を静視する。普段とは異なる様相、その原因であろう王都執政官ラミリーの発言に苦笑しつつ。

 さもありなんとでも言いたげに、深く頷く宰相リフィック。悪戯を成功させたかのような満足気な笑みを浮かべる王都執政官ラミリー。放り込まれた爆弾のような発言に、居並ぶ閣僚は戸惑い騒ぐ。


「あかん、あかんで、それは! そんな簡単に没収になんかでけへん! 問答無用なんかもってのほかや!」


 騒ぎを収める役者を失った議場に声が響く。まずは不正蓄財として国庫に納めるべきとの声が上がる。必死になっておし留めるレイドの声。だが、その声に議場全体を治める力は無く。無秩序めいた空気すら流れ始める。

 その様子を見つつ、セリオスは背後に控える自らの侍従に声をかける。


「どう思う?」

「そうですね。この場で結論を出すのは難しいかと存じます。慎重に対応すべきでしょう」


 チェンバレン。今は亡き前王の時代、その皇太子の側に常に控えていた男。バード王子の側に使えた後、一旦は野に下った男。だが、グリード派の失脚と共に、国王の側仕えとして返り咲くことになった。

 彼もまた、公私に渡り未だ若き王を支える人材の一人。王族に長く仕えた経験と培った人脈は、大きく様変わりした今の王宮でもなお、大きな力となって、セリオス国王の助けとなっていた。


「そうだな」


 チェンバレンの言葉に、セリオスは頷く。シャリト卿。国内でも有数の領主貴族。グリードの傀儡であったセリオスでも知る名前。決して軽んじることは出来ないと、セリオスも同意する。


「……リフィック!」

「は。……これより陛下より皆に御言葉を賜られる。静粛に!」


 その声に、真面目な表情はそのままに、楽し気な気配を漂わせたリフィックは、王の意を悟り、宣言する。荒げる訳ではない、だがどこか圧を感じる声。居並ぶ閣僚、官僚は立ち上がり、礼を執る。議場は静まり、緊張が支配する。

 静まりかえった議場に、若き国王の(めい)が響く。


「シャリト卿の件、この朝議で結論を出すのは難しかろう。今すぐに答えを出さずとも良い。各自、案をまとめておくように。但し、それまでは口外することは許さぬ」


 議場に御意の声が響き、込められた覚悟が議場を震わす。

 そこに一切の緩みは無く。誰一人として軽んずる者は無い。

 君臨する王、臣従する臣下。至極当然なその光景もまた、以前では見られなかった光景だった。


「臣下一同、確かに拝命しました。……では、次の議題に移る」


 そう宰相リフィックが宣言し、礼を執る。各自席につく。宰相が議事を進行し、閣僚、官僚が発言する。先ほどまでの緊張は一掃され、普段通りの朝議の空気に入れ替わる。

 議題は尽きず。定刻まで朝議は続く。



「……と、こんな感じでしょうか」


 セリオス王の私室。「本日の『様式美』、如何でしたか?」と冗談交じりにたずねた側付き女中(メイド)のメイ。その言葉に、セリオス王は苦笑いしつつもどう答えたものか思い悩み。

 結局、チェンバレンの口から、朝議の内容が語られる。

 そして、その話を聞いたメイも、困ったような表情を浮かべ、軽く笑う。……笑うしか無いといった風に。


「……ご苦労様でした、陛下」

「まあ、退屈だけはしなかったさ」


 メイの、心のこもった言葉。普段はリフィックを抑える側に立つラミリーが、油を注いだのだ。その苦労を察したメイの、心からの言葉。

 ……それが例え、笑いを抑えきれぬままの言葉でも。その心情はセリオスにも伝わっていたのだろう。笑いながらの軽い返事。

 実際にそこにいたセリオス、伝聞で伝え聞いたメイ、共に思うことは一つ。


(これが笑い話でなくてなんなのか)


 それは同時に、朝議に参加した官僚たちの思いでもあった。



「で、そのシャリト卿の件だが。隠し財産に心当たりは?」

「ありません。元は国の重鎮を輩出する有力貴族です。グリード公と対立し、要職から外された身でもあります。そのように巨額の財を生むような不正に関わるとは考えにくい人物です」


 メイは控えの間で茶を用意する間。チェンバレンはシャリト卿のことをセリオスに問われ、己の見解を答える。不正は考えられないと。

 用意された茶が目の前の机に置かれるのを待ち、再びセリオスに語りかける。


「シャリト領は豊かな土地です。穀倉地帯に位置しているのもありますが、シャリト卿の内政手腕に寄るところも大きい。先の城外街による経済封鎖の折は、自領で生産された食料を城内に運んだとも聞き及んでいます」

「……封鎖されていたのではないのか?」

「完全な封鎖など不可能ですよ。例えば、平民に少しずつ持たせて入城させれば、簡単に持ち込めるでしょう。元々、完全な封鎖では無かったのですから」

「ああ、城外街の協力者は通していたとか、そんな話だったな、確か」

「ええ」


 そこまで言って、チェンバレンはカップを手に取る。静かに茶を口にし、そして思う。


 香りが逃げていますね、と。



 上質な茶とは、茶葉と水、淹れる者の技量によって生み出される。だが、最上質の茶が常に「善き茶」ではない。一言に茶と言っても、香りを楽しむ茶、疲れを癒す茶、喉を潤す茶、様々なものがある。故に、相手を見、相手に合った茶を用意することこそが肝要。茶を淹れるとは、人を視るということ。相手を(おもんばか)る心こそが、善き茶を生み出す基となる。

 だがそれは、茶の味を軽んじるものでは無い。飲む人に合わせて淹れられた上質の味、双方を満たして初めて「善き茶」となる。

 茶葉が(おど)る。それは、上質な茶に等しく備えられた特徴。適切な温度の中、適切な(とき)を過ごした茶葉は、湯の中で躍り、香りと味を湯に移す。そうすることで、初めて上質の茶は生まれるのだ。

 香りが逃げているとは即ち、躍らぬ茶葉の味。それは、適切な温度を逃して淹れられたという事実を示唆していた。



 表情はそのままに、チェンバレンはカップを置く。同じように茶を口にしていたセリオスがカップを戻すまで静かに待つ。


「シャリト卿は中立の立場を貫いた方です。汚職に与したとも考えにくい」


 シャリト卿の落とし物(・・・・)、それは、簡単に汚職とは言い難いものだとチェンバレンは推測し、セリオスもその意見に同意する。


(あの宰相たちもわかっている。その上でやっている)


 セリオスは朝議の様子を思い出す。容易く上がった財産没収の意見。だが、対応を間違っては、今の政権に好意的な貴族すら敵に回しかねない、そう直感する。そのようなことは断じて出来ない。

 そして、彼らもそれをわかった上で、あえてそうしたのだと。故に、取るべき行動は一つ。


「まずは、宰相たちの考えを確認すべきでしょう。会談の手配を致しますか?」

「ああ。頼む」


 グリード失脚後に頼っていた旧城外街出身の重臣たち。今回は彼らに任せることはできず。セリオスが王として動く初の事態。その舞台を整えるため、チェンバレンが動く。席を立ち、部屋から退出する。その直前。

 ふと思い出したように、チェンバレンがメイに話しかける。


「先ほどの茶ですが。湯を沸かしてから淹れるまでに、少し時間を置きすぎです。次からは気を付けていただくようお願いします」


 そう言い残し、チェンバレンが部屋から退出する。



 チェンバレンの言い残した言葉に虚をつかれ、立ち尽くすメイ。その彼女に、セリオスが笑いながら声をかける。


「チェンバレンのあれもまあ、『様式美』だろう。言われるほど不味い茶ではなかったさ」

「……ありがとうございます」


 実の所、メイは理解している。朝議から戻った後、その様子を聞き入ってしまった結果、茶を淹れるのが遅くなってしまい、結果として味が落ちたということに。……その長話をしたのはチェンバレンなのだが。


「仕事より無駄話を優先したのは事実ですから」

「そういえば。バードの側付きのころからああだったのか?」

「……あの頃は、私よりもバード様の方が言われていましたので」


 その言葉にセリオスは思わず笑う。そうだろうな、と。普通に話していると、本当に普通の少年なのだから。チェンバレンも口出しのし甲斐があっただろうと。


「……すぐに会談の席が整えられると思いますので。これからすぐ、用意します」

「ああ。よろしく頼む」


 そう言葉を交わし。メイは給仕の準備のために厨房に行き。セリオスは一人椅子に座り、残りの茶を口にする。チェンバレンが戻ってくる前に、飲み終えたカップを控えの間に置かないとな、などと思いながら。

 ……そうしないとまた、メイに「様式美」の一言が飛んでしまうのだから。


 両者とも、チェンバレンが会談に時間を置くことを許すなどとは、露とも思わなかった。


物語にはあまり関係無いので述べませんでしたが、金貨一枚の価値=1オンス(31.1グラム)の純金の価値です。……細かい価値は考えていなかったり。まあ、金の価値を労働力単価に紐づければ算出できるのでしょうが。本編で通貨を出さずに物語を綴りましたし、今更かなと。

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