囲いから出て知る、鳥に関するエトセトラ
バード君とフレイちゃんが研究を開始した頃と試製飛行機が完成した頃の、ちょっとした日常を描いた話です。第四章第五話「Boy meets girl and wing.」あたりですね。あと、ビオス・フィアの設定にも軽く触れています。本編ではあまり使わなかったフレイちゃん視点です。
……始めに想定していた話とは構成から違う話になってしまいました。小ネタ話を二三個まとめて上げる予定だったのですが。気が付いたらフレイちゃんに焦点が当たった話になってしまいました。
まあ、本編ではあまり彼女の心境は語られてなかった気がするので丁度いいのかも。
今回はほぼ主要キャラの話ですので、登場人物紹介は省略で(笑)
それでは。フレイちゃん視点でお楽しみ下さい。
ちょっと珍しい光景ね。
王子とメディーナさん、イーロゥさんの三者三様の反応を見て、まず思ったのはそんなこと。
王子と出会って二月くらい、王子とメディーナさん、結構似てるところがあるって気が付いてきたところ。年の離れた姉弟みたいなところがあるわよね、この二人。そんな、よく似た二人が、同じ光景を見て、全く違う反応をしているのよね。
「……なにをそんなに驚いてるの?」
驚きのあまり、口をパクパクさせたメディーナさんに、王子がたずねる。
研究所の昼休みの時間に合わせて昼食を持ってきてくれたメディーナさんが、たまには日の当たる場所で食べよっか、と言って。
ちょっと公園まで行くのも面倒かなって、なんとなく選んだのが研究所の裏の芝生。
少しだけど、家畜を飼ってるのよね、この研究所。
研究用だったり、食料だったり、労働力だったりもするけど。
その中での一幕。
……そうね、他の土地ではまず見られないって叔父様から聞いたことがあるわ。
けど、そこまで驚くことかしら。
ちょっとした大きさの木の枝に止まるニワトリを見て、そんなことを思う。
と、メディーナさんが、悲鳴を上げるように叫ぶ。
「驚くに決まってるよ! ニワトリが空を飛んだんだよ!!」
ちょっと興奮気味のメディーナさん、何に驚いているのかわからないとキョトンとする王子、ちょっと感心した風に頷くイーロゥさん。同じ風景なのに、見事なまでに反応が違うわね。……少し面白いかもしれないわ。表情に出ないよう気をつけながら、そんなことを思う。
「……鳥なんだから、空を飛ぶんじゃないの?」
……王子の言葉に違和感を覚える。
そうね、ニワトリのことを知らなかったのは予想がついたわ。
だけど、この言い方だと、まるで……
「ニワトリは空を飛べないよ!」
「ちょっと待って。……だって今、地面からあそこまで、五メートルくらい? 確かに飛んだよね。……ちょっと長くは飛べなさそうだったけど」
「だ・か・ら! それがおかしいって言ってるんだよ! 普通、ニワトリは飛べないよ!」
「……飛べないの? 鳥なのに?」
私の疑問を裏付けるような王子の言葉に確信する。王子、全ての鳥が飛べると思ってたのね、と。表情に気をつけながら、昼ご飯を口に運ぶ。
あれだけ鳥に詳しい王子が、飛べない鳥もいるなんて当たり前のことを知らなかったのが、なによりの驚きよ!
◇
「……『王宮の中には、飛べない鳥なんていなかったから』って、王子は言ってたわね」
「そりゃまあ、とんでもない盲点だな! まあ、ほとんど外に出たことが無いらしいからな、王子は。そんな勘違いもあるだろうさ」
私の言葉に、リョウ・アーシ叔父様は、笑いながらそんなことを言う。
研究所の所長室で、叔父様に週報を提出する時に。世間話として、今日の昼休みの出来事を話す。
「まあ、メディーナ殿の反応が一般的なんだろうな。少し大げさな気もするが」
「そうね。……イーロゥさんは知識としては知ってたみたいね」
……実は一番不思議な気がするわ、あの人が知ってたのは。あの人、見た目に反して知性派よね、とてもそうは見えないけど。……なんでそんな人が身体を鍛えて、頭を剃ってるのかしら?
「ニワトリってのはな、ウチの交易品第一号でな。ビオス・フィア内の中の自然地区に、ここにしか居ない動物ってのがいたんだ。ニワトリってのもその一つだ。今でもまあ、主力商品の一つだな」
……ちょっと意外ね。技術とか機械とか、そういったのが主力ってイメージがあったわ、ビオス・フィアの商売って。
「まあ、機械だのに押されて、家畜商品は比率としては少なくなったがな。だがまあ、ニワトリはまだまだ、他の動物と比べれば現役だ」
「他にも居たの?」
「ああ。やけに気性の穏やかな牛とか、羊とかだな。……正直、不自然な所があってな。とても野生動物とは思えないような穏やかな動物たちが大量に過ごす一画ってのがあったんだ」
その言葉を聞いて、ふと思ったことを聞いてみる。
「……遺跡の牧場?」
「まあ、そんな所なんだろうな。始めは自分たちだけがその恩恵にあずかってたらしい。だが、まあ、どっかで誰かが気付いたのさ、『これは売れる』ってな。そいつが、交易都市ビオス・フィアの出発点ってわけだ」
言われてみればそうね。ここにしかいない、家畜に適した動物って、商売にはもってこいよね。
「で、家畜化したニワトリを売り出した訳だ。……ニワトリってのは、丸々と肥えさせると『上に』飛べなくなっちまう。そうなれば家畜としては扱い易いからな。始めは太らせてから売ってたんだが。気がついたら、家畜化されたニワトリは飛べなくなってたって寸法だ。外で見るニワトリは、元々はビオス・フィアで家畜化された鳥なわけだ。ここで家畜化した後に売るからな。外のニワトリが飛べないのはそんな訳だ」
つまり、研究所のニワトリが飛べるのは、原種の性質がまだ残ってるってことよね? ……でも、原種のニワトリも、元は遺跡の牧場で飼われていた家畜なのよね?
どこまでが「原種」なのかしら?
そんな飛べるニワトリが先なのか、飛べないニワトリが先なのかなんてことを考えてると、叔父様が、研究者としての注意を喚起してくる。
「……まあ、専門を極めるってのも悪くはねえ。だがな、時にはこんな落とし穴があるってだけは覚えておいた方がいい。『鳥は飛べるもんだなんて思い込んで、飛べない鳥を調べなかった』『飛べない鳥だと思い込んで、飛べるなんて思いもしなかった』、どっちも専門家としては致命的だからな」
「……そうね。注意しておくわ」
……そうね、確かに致命的よね。でも、どう注意すればいいのかしら。だって王子、相当鳥のことを調べてるわよ? それこそ、私の飛行機に負けないくらい。……ホントにね、どうして鳥のことを調べて、風向きだとか、上向きの風だとか、そんな事まで知ることになったのかわからないくらいだわ。
疑問に思ったことを全部調べていった、そんな気がするのよ。鳥のことを全部調べるつもりだったんじゃないかしら、王子は。そんな王子でも、見事に勘違いしたのよね。
「……まあ、物事を広く知ることだな。一つの事に集中するのも良いが、たまには他のことを知るのも悪くないと思うぜ。実際、フレイだって、飛べない鳥がいることを知ってても、ニワトリ以外にどんな鳥がいるのかはピンときてないだろう?」
「……そうね。少し調べてみてもいいかも知れないわね」
そんな叔父様のアドバイスに、「世の中を広く知る」って、言うのは簡単よね、なんて思いながら、その日の会話を終える。
◇
「……ということみたいね」
「飼われることで飛べなくなった鳥、か」
次の日、研究室で。叔父様との会話の内容を王子に話す。
「ニワトリは『飛べなくなった鳥』だけど、始めから飛べない鳥とかもいると思うわよ。……私はすぐに思いつかないけどね」
「……すぐに思いつかないのに、わかるんだ」
私の言葉に、王子は疑いの目を向けてくる。
……まあ、自分でもちょっと理屈が通らないとは思うわ。
でも、他に言いようがないのよね。
でも、そうね。例えになりそうなものを少し考える。
「歩いて移動する鳥とかもたまに見るわよ。カルガモとか。そういう鳥もいるんだから、飛べない鳥がいてもおかしくないとは思うわ」
「……歩いて移動するんだ、鳥が」
多分、王子は「歩いて移動する鳥」も見たことがなかったのだろう、私の言葉に王子は少し考える。
……その様子を見て、叔父様の「たまには他のことを知るのも悪くない」という言葉が頭をよぎって。
まあ、たまには専門外のことを調べるのもいいかしら。
「私も、少し興味が出てきたから。研究が一段落したら調べてみてもいいかな、なんて思っているわ」
「……そうだね。僕も少し気になる、かな」
「あくまで、研究の方が優先よ」
「もちろん、わかってるよ」
そうして、ある程度研究が落ち着いたら調べてみよう、みたいな感じで話が決まる。
……この感じだと、少し前みたいに研究に行き詰った時かしら、調べに行くのは。
◇
結局、研究は快調に進んで。
落ち着きを見せたのは試製飛行機の飛行試験が成功した後のこと。
王子と出会ってから一年近くが経過した、そんな頃だった。
◇
「そういえば、研究が一段落したら、『飛ぶのが苦手な鳥』を調べるって話、どうなったっけ?」
「そういえば、そんな話してたわね」
研究室にのんびりとした空気が流れる中、ふと思い出したかのように、王子がそんな話を切り出す。
そうね、そんな話を確かにしていたわね。
……でも王子、出来るだけ単独行動は避けた方が良いのよね?
確かここも、警備がしっかりしてるから大丈夫、みたいなことを言ってたわよね。
調べるとなると図書館だから、ちょっと、イーロゥさんやメディーナさんには声をかけた方が良いわね。
「確かに今は一段落ついてるし、ちょうどいいわね。……ちょっと昼休みにでも、イーロゥさんたちの都合も聞いてみるわ」
そう言って、一旦話を切り上げて、王子の入れてくれたお茶を口にする。……相変わらず美味しいわね。明らかに手を抜いた淹れ方をしてるのに。
最近メディーナさんにお茶の淹れ方を教わってるけど、まだここまで美味しく入れれないのよね。
そんなことを思いながら。王子と二人、静かに流れる時間に身をまかせ。
ゆったりとした時間を過ごす。
◇
「私? うーん、ちょっと無理かな?」
「私も無理だな」
「……イーロゥさんが来れないと駄目じゃないかしら? 王子の護衛も兼ねてるのよね」
「まあ、ビオス・フィア内であれば大丈夫だろう」
昼休みに二人に話を持ちかけると、意外なことに、両者とも無理という返事が帰ってくる。
……イーロゥさん、護衛も兼ねてるのよね。本当にそれで良いのかしら。
「そっか。じゃあ、明日にでも、図書館に二人で行ってくるよ」
「そうね」
王子の言葉に軽く同意して。ふと思う。
そういえば、王子と二人でどこかに出かけたことって、今までなかったわね、と。
◇
次の日の朝、軽く早起きして、普段通りの準備をする。
そうよ、別に、普段通り図書館に行くだけよ。二人で。
何も特別なことはないわよね。私も、王子も。
いつも通りでいいわよね。
普段はあまり袖を通さない服を見比べながら、そんなことを思う。
……この位ならいつも通りの範囲内ね。
結局、出発直前まで時間をかけて準備をして。
いつも通りと心の中で呟きながら、王子の待つ中庭に移動をする。
◇
家の玄関を出て、庭で待つ王子に声をかける。
「お待たせ」
「いや、僕も今出てきたところだか……」
声をかけて、王子が私を見て、少し言葉に詰まる。
「……何? どうかしたかしら」
「……ううん、何でもないよ。そういえば、フレイの普段着ってあまり見たこと無かったから、ちょっと新鮮かなって」
その言葉に少しだけ安心して。……少しだけ、もう一言あってもいいんじゃないかなんて思いつつも、表に出さないようにしながら。図書館まで歩き始める。
◇
「駝鳥、馬と同じ位の速さで走れて、馬よりも持久力があるみたいね」
「……それ、馬で良いんじゃないかな。羽は付いてるの?」
「鳥の生態に文句言ってもしょうがないわね。羽はあるみたいね。ただ、羽ばたかないって書いてあるわ」
「……羽は飾りなんだ」
図書館について、鳥のことを調べ始めるまでは少し不自然な空気があったような気がしたけど、それも一瞬。調べ始めたら、次々に知らないことや意外なことが出てきて。時間を忘れて調べ始める。
確かに面白いかもしれないわね、これ。……まあ、飛行機ほどじゃないけど。
「凄いのがあったわ。孔雀っていう鳥。このイラスト、本当かしら」
「……本当に羽が飾りだよ」
あと、王子の反応も面白い。熱心に、楽しそうに調べてるのに、口からは文句しか出てこない。
でもなんとなくわかるわね、その気持ち。
私も飛べない飛行機なんてものがあったら同じような感じになる気がするわ。
「これ、本当に鳥かしら。ペンギンっていうみたいだけど」
「……翼が無いように見えるけど」
「この、平ぺったい、手みたいな部分が翼じゃないかしら」
「もう、どのあたりが鳥なのがよくわからないよ……」
ペンギンっていう、泳ぐのが得意な鳥?のあたりで、とうとう王子が匙を投げたかのようなことを言う。
……でもそうね。どのあたりが鳥なのかしら。
見た感じ、翼が無いどころか羽根も無いように見えるわね。
ちょっと興味が湧いてきたわ。
「空を飛ぶことは出来ず、地上ではよちよちという感じで、左右に体を揺らしながら歩くみたいね。……ふふ、ちょっと可愛いかも」
「……でも、鳥じゃないよね。いや、鳥なんだろうけど……」
……王子には不評ね。かわいいと思うけど。
「半面、泳ぐのは得意で、水中を飛ぶように泳ぐことができるって」
「……やっぱり、なにか違うと思う」
王子の文句を横目に、歩く姿を想像してみる。こう、短い足で、体を左右に揺らしながら歩くのよね。
……やっぱりかわいいと思うわ、絶対。一度本物を見てみたいわね。
その後も、時を忘れて、調べ事に没頭する。途中、王子が翼の構造を説明したかと思えば、こうすれば飛行機にも応用できるかも、なんて話も交えながら。
……途中からは、研究室での話とあまり変わらない気がするわね。
けど、いい刺激にはなったわ。
◇
その後、叔父様と話をした際に、ペンギンのことを少し話をしたら、父様と母様からペンギンのぬいぐるみを贈られる。……そんな力説した覚えはないけど、なんでかしら。
最近ギクシャクしてたからまあ、機嫌取りよね。……けどかわいくできてるわね、このぬいぐるみ。そうね、有難く貰っておくわ。
とりあえず、どこに飾ろうかしら。本当は研究室に飾りたい気もするけど。けど、あの王子の様子だと、ちょっと避けた方がいいわよね。
……どこに飾ろうか、結構悩んだ末に。自分の部屋に飾ろうと決めて。私の部屋の机の片隅には、ちょこんと立つペンギンのぬいぐるみが、今も飾られている。
いくつか補足を。
歩いて移動するカルガモ、テレビ等で馴染みの光景ですが、基本的に歩いて移動するのは、「ひな鳥を引き連れて移動する時」限定です。ひな鳥はまだ飛べないので、親鳥が先導する形で歩く訳ですね。カルガモ自体は普通に飛べます。
なお、相変わらずのGoogle先生頼りな知識ですので、その辺はご了承願います。
イーロゥ先生とメディーナさんは、試製飛行機が完了した直後あたりだと、こっそり何かをしている時期です。イーロゥ先生は純粋に時間がいくらあっても足りない状態、メディーナさんは午後勤務の職を持っている状態ですね。なので、「ちょっと図書館に調べ事」程度では一緒に行動しない訳です。
……もっとも、メディーナさんは、定職がなくても一緒に行動しなかったかもしれませんが(笑)
今回のこぼれ話はまあ、出発点はペンギンです。フレイちゃんとペンギンさんとの運命の出会いを綴った話です(大げさ)。
本編最終話で(いろんな名前の元として)大活躍してしまったペンギンさん、そのルーツを本邦初の大公開な訳です(だから大げさ)。
これからもペンギン商会をご贔屓頂けたらないいな、と思いつつ(違)