流転の王都民
王都脱出直後の王都、城外街の様子を描いた話です。バード君とフレイちゃんが飛行機開発をしている頃の話です。王都と城外街とが対立した結果、何が起きたか、という話ですね。王都在住だった一般市民の視点で語られています。
あと、本編では語られませんでしたが、拙作の野生動物はパワフルです。作者的にはほぼ魔物扱いですね。城壁は元は動物対策なんて設定かあったりします。まあ、旅人と剣の相棒が軽く言及していますが。
(野生動物は身体強化魔法みたいなものを常時発動しているという設定です。そもそも本編では身体強化魔法自体が出てきてませんが。飛行機と並走する騎馬というファンタジーを支える設定です。あと、イーロゥさんやラミリーさんはこっそりと使ってたりします)
……しかし、メディーナさん、なかなか出番が無いですね。まあ、今後のこぼれ話では嫌でも沢山出てくると思いますが。
――登場人物――
クルプト:本話の視点キャラ。貧しいながらも極貧とまではいかない、一般民です。早くに妻を亡くし、愛娘フェリンちゃんを育てながら頑張って生きてきた人です。……視点キャラを不幸にするのは筆者の悪い癖でしょうか?
ラミリー姉御:本編では主役級の輝きを見せた、拙作随一の名脇役です。もう、作者的には、なぜか狙った以上にカッコよくなった人です。本編の面白さの大部分は彼女によってもたらされています。なお、道場生からは姉御と親しまれ、恐れられています。
少し設定語りっぽいかもしれません。……設定のこぼれ話?(爆)
あまり語られることの無かった、王都や城外街の世界観になります。楽しんでいただけたらな、と思います(ちょっと自信なさげ)。
なぜこんなことになってしまったのか。クルプトは愛娘フェリンの手をつなぎ、孤児院までの道を重い足取りで歩く。
一昨年の国王の崩御から税の臨時徴収が三度。一度目は前国王崩御と国葬、二度目は新王の戴冠。そして今回、新王による新体制の発足に伴う改革という口実で臨時徴収がされる。
なにが改革か、と思う。実際のところは新国王戴冠の際に起きた混乱で立ちいかなくなっての苦し紛れの徴税だと、誰もが影で言う。決して大声を張り上げたりはしないが。
前の国王の頃はまだまともだった。……違うか。正直、今までは上で何が起きようが、知ったこっちゃなかった。俺ら一般市民にしわ寄せが来るまでは。今では徴税官はこっちの都合なんてお構いなしに税を絞り上げる。
先の臨時徴収で家財道具まで失った。無一文、食料だってほとんど無い。当然、秋の税金が払えるあてなど無い。まだ家が残っている、だが、それだけだ。後半年もすれば、俺は無一文になるだろう。
傍らを歩くフェリンのことを、愛娘のことを思う。妻を流行り病で亡くし、いままで必死になって育ててきた一人娘。せめてこの子だけはと、そんなことを思う。その思いが、俺に一つの決断を促す。
半年後に無一文になって露頭に迷うくらいなら。今、全財産を金に換えて、評判の良い孤児院に託そうと。フェリンにはきっとその方が良いだろうと。
ご時世だろう。家も二束三文にしかならなかった。それでもなんとかできたほんの僅かな現金を手に歩き続け。目的の孤児院に到着する。
◇
似たような境遇であろう、子供連れの親子が孤児院の前に何組か、所在なげに佇んでいるのを見て、不安に思う。なぜ、あの親子たちは中に入らないのだろう。もしかして預かってくれないのだろうか、と。
無理もない。フェリンだけじゃない、きっと他にも孤児がたくさんいるのだろう、そんな思いに駆られる。……それでも、話を聞かずに立ち去ることなんて出来ない。もう俺たちには家も無いんだから。そんなことを考え、孤児院の門に近づこうとして……
俺たちに近づいてくる子に気付く。
「おじちゃん、このあとどうするの?」
この孤児院の子だろう、ちいさな子が話しかけてくる。……どう話したものだろうな。そんなことを考えていたのだけど、意外にも、その子の方から、この先に待ち構える現実を暗示するような言葉が発せられる。
「……救貧院はだめだよ。あそこは行っちゃいけないところだって、みんな言ってるよ」
救貧院。名前とは裏腹の、一度行ったら二度と出ることが叶わない、そんな施設。別に閉じ込められるわけじゃない。そこに行って、あてがわれる仕事に従事して、血を差し出せば、食事が与えられる、そんな施設。
だが、金も手に入らず、汚物にまみれ、定期的に血を抜かれるなんて異常な環境に身を置けばどうなるか。そんな所に行けば、そんな生活に慣れてしまえば、二度と外では生活が出来なくなるのは当たり前だ。
……そうか。普通に考えれば、もう俺はそこに行くしか無いんだろう。金も家も無く、路上生活を続ければいつか働き口すら失うのだろうから。……そして、孤児院の子供こそ、その救貧院に近いことに気付く。孤児院から出ていく年齢になって職が無ければ、そのまま救貧院に行くしかないということに。
そんな所にフェリンを預けなければいけない自分の不甲斐なさに、何より、この子を預けた後、自分がそこに行かなくてはいけない現実に、暗澹とした気分になる。
……それでも。フェリンはまだ救貧院に行くわけじゃないと自分に言い聞かせようとした所で、孤児の子の、次の言葉が耳に入る。
「だからね、おじさんが来るのはここじゃないよ」
そう言って、その子は話し始める。ほんの僅かな希望の話を。
「今ね、城外街の貧民街でね、おじさんみたいな人を受け入れてるんだって。院長先生が言うには、救貧院よりは良いところだって。子供も一緒に受け入れてるんだって。
だからね、おじさんたちはここじゃなくて、そっちに行った方が良いって、すすめなさいって言われてるんだ。不安だったら一時的に子供を預けても良いから、おじさんだけでもそっちに行くべきなんだって」
城外街。城壁の外にあるという街。もちろん存在は知っている。だが、城壁に守られないような場所に住むなんてと、今まで考えもしなかった選択肢。そこに行けと薦めている。
「救貧院みたいな、魔法?、魔弾?、その材料になるための血液をとるためだけに生かされる、そんな所は絶対に行かない方が良いって。……わたしもね、あそこだけは絶対に行きたくないんだ」
その言葉を受け止め、考える。多分、自分より孤児院の関係者の方が、救貧院がどんな場所か知っているだろう。その上で、院長先生、つまり孤児院の責任者は、城壁の外にある貧民街の方が良いと言っている。
子供を預かっていいと言って。だけどそれは一時的になると言って。何より、この子もその方が良いと信じて薦めている。その言葉に、少しだけ希望をもらって。
「……まあ、城壁の外の貧民街でも、救貧院よりはマシ、か」
なんのつながりも無い場所で。どんな場所かも知らない、そんな所で生きていくのは大変に決まっている。しかも行くのは最下層、貧民街。それでも、完全に希望の無い救貧院よりは良いのだろうと信じ、そちらに行くことに決める。
「そうそう。ちゃんとご飯も出るって。……仕事をすれば、だけどね」
「そっか、そうだな。一度、その貧民街に言ってみるか。……ありがとな、教えてくれて」
……仕事をすれば飯が食える? それじゃあ救貧院と変わらないんじゃないか、と思ったものの。まあ、どうせ似たようなものなら、少しでも希望のある方にするかと思い、目の前の子供に行くことを伝えると……
「そう、行くんだ! じゃあ、これ!」
何か文字のようなものが書かれた木札を渡される。
「貧民街にある道場に行ってこの木札を渡して! そうすれば、いつでも預けた子を引き取れるようになるから。……あとね、私たちにもお金が入るんだ。だからね、絶対に渡してね」
その言葉を聞いて苦笑する。要するに、この孤児院は城外街から金を貰って、住民を救貧院に行かせないようにしてるとわかったからな。
それでも、またフェリンと一緒にすごせるようになると、疑いもなく言う子供に、きっとまだマシなんだろうと思い、少し気分が明るくなる。
「現金なんだな」
「え~。そのお金でその子も生活していくんだよ! おじさんにとってもその方が良いよね?」
俺の軽口をあっさりと返すと、その子はフェリンに話しかける。
「えっと、名前は?」
「んと、フェリンはフェリンだよ」
「うん。フェリンね。短い間だと思うけど、仲良くね? 少しの間、パパと離れることになるけど、大丈夫、怖い場所じゃないよ」
そうして、孤児の子は、少しおどおどとしたフェリンに、優しく話しかける。その手慣れた様子に、きっと何度も同じことをしてきたんだろうな、と思いながら、フェリンに別れを告げる。
フェリンもある程度悟っていたのだろう。嫌とも言わず、俺との別れを受け入れる。
◇
王都の正門をくぐり、貧民街に向かって一人歩く。王都から出る時に、兵士に話しかけられ、貧民街の場所を教わる。……国王の即位以来、兵士の服装や装備が変わったと聞いていたが、どうも城外街の兵士のようだった。
正門を出て、教わった角を右に曲がる。石造りの道だったのが、土がむき出しの道にかわる。立ち並ぶ家が石造りから木造の家にかわる。……土の道路、木造の家、どちらも城壁の中では見ない風景だ。改めて、城壁の外と中の違いを思い知らされる。
そうして慣れない風景の中を歩き、目的の道場とやらまでたどり着く。
それは貧民街という名前に不釣り合いな、道場という名前が示すような独特な門構えと、王都の中でもあまり見ないような大きさを誇る建物だった。
その威容に息をのみ、意を決して、道場の門をくぐる。
「おう! うん? 見ない顔だな」
「……城外街の道場でコレを渡すようにって言われたんだが」
「ああ、王都からの移民か! 久しぶりだな」
「……久しぶり?」
入口の男の口から出た言葉に思わずたずねる。
「ああ。国王陛下の即位の直後は、一日で数百人なんて日もあったからな」
その言葉に納得する。新国王の即位、つまり二度目の臨時徴収の直後。普通は短期間で何度も税が徴収されるなんて考えもしない。その時点で立ち行かなくなった奴も多かったのだろう。
「おっと。話が過ぎたな。取り次いでくるから、そこでちょっと待ってろ」
そう言って、男は木札を持って奥へ駆けていく。
この日から、俺は城外街の民として生きていくことになった。
◇
「……あとは、魔法杖さね。悪いが一度だけ、お前さんの魔法杖を作るために採血をさせてもらうよ」
目の前の、ラミリーという名の女に、これからのこと、暮らしや仕事のことを説明してもらう。
当分の間は、訓練に従事すれば食事が出ること。訓練は棒術と魔法、ただし魔法は魔法杖が必要なこと、その魔法杖を作るために採血すること、三か月程度したら、道場の維持の仕事を割り振ること、そういったことだ。
確かにここは救貧院とは違うらしい。……正直、どうして訓練に従事するだけで飯が出るのかさっぱりわからん。
「そりゃ、先行投資って奴さ。……って、そうだったね。そう言えば字も読めないんだったね。商売のことなんてわかる訳ないか」
疑問に思って聞いてみたら、ちょっと馬鹿にしたような返事が返ってくる。……が、まあ、字が読めないのは事実だからなぁ。そんな特殊技能があったら、ここにいないだろうしなぁ。……ちくしょう、何も言えねえ。
「まあ、読み書きはおいおい、さね。最低限は覚えてもらうよ」
……なんだ、ここ。さっきから「仕事」の話なんか一言もしやしねえ。どうなってんだ?
「ああ、戸惑ってるね、やっぱり。そうさね、ウチらも慈善事業でやってる訳じゃない。きっちりと元は取らせてもらうさ。だけどまあ、お前さんにも悪い話じゃないだろう? 働くのに必要なことを全部教えてやるってんだから」
話を聞いて、まあ、思ったさ。確かに救貧院よりはマシだろうって。……っていうかな、城壁の内側にだって、貴族でもなけちゃ、こんなんで生きてけるなんてことはないだろうな。それだけは間違い無いと断言できる。
仕事以外のことを強制されて飯が食えるって、どういうことだよ!
◇
「……ッ!、ゼイ、ハア、……ング、ゴク」
朝のランニングを終えて、道場の中庭で水を飲む。この後は棒術の型稽古に組み手。午前中はとにかく身体を酷使する。午後は文字の勉強。っても大したことをする訳じゃねえ。まずは自分の名前。次に良く使う店の名前。芋屋とかだな。そういった言葉を覚えていく。
……まあ、この「芋屋」って奴には正直、驚いた。だってなあ、芋しか置いてないんだぜ、マジで。ただまあ、安い。小麦と比べて半分以下だ。コイツで嵩をまして腹を膨らますって寸法だな。
「ここは商売の街だからね。読み書きが出来て当たり前、できなきゃ生活だって出来ないのさ。……まあ、最低限さえ覚えれば後は自然に覚わってくだろうさ」なんてラミリー師範代が言ってたが、なんだ? 字が読めるのが当たり前なのか? 城壁の中じゃ読めないのが当たり前だったんだが。
「一週間でもう訓練についてこれるのか。こりゃ、ここから出てくのも早いかもな」
「……、ゴク、プハァ、って、出てく? ここから?」
「まあ、街で生活できるようになって、職が見つかればの話さね。いつまでもこんな所にいるもんじゃないさ」
……俺を指導する指導役の先輩にそんなことを言われ、思わず問い返す。と、横合いから、ラミリー師範代が声をかけてくる。それを見た指導役の先輩がラミリー師範代に声をかける。
「姉御! おひさ……
「師範代だって何度言わせちゃ気が済むんだい! いい加減に覚えな!」
……まったくだと思うぜ、マジで。この一週間で何度このやり取りを見たことか‥‥
「ったく、同じ言葉を飽きもせずピーチクと、この雲雀頭が。……まあ、こんなんは置いといて。そら、お前さんの魔法杖さ」
そう言って、道場に来てから何度か目にするようになった魔法杖を渡される。
「そいつがなけりゃここじゃ生活できないからね。大事に扱いな」
……言われるまでもない。採血なんて二度と御免だ。あの、台に腕を括り付けられて、少ないとは言え、自分の血液が容器に流れていく様を見るのはえも知れぬ不快感がある。救貧院ではあれを定期的にやるってんだから恐れ入る。それだけでも救貧院に行かずに良かったと本気で思った位だ。
……指導役の先輩に話したら笑われたけどな。
ラミリー師範代の言葉に少し引っかかりを覚えて、質問する。
「魔法杖と生活に何の関係が?」
「ここじゃ火の代わりに魔法が使われてるのさ。だから、最低限使えないと料理すら作れないことになる。……毎日外食して、日が沈んだら何もできなくて良いってんなら話は別だけどね」
……どうも、話を聞くに、薪はそれなりの値段がするらしい。「魔法が普及したら、薪の値段が上がったってのが本当の所だけどね」とラミリー師範代が苦笑しながら話す。……なぜ、魔法が普及すると薪の値段が上がるのが、正直わからなかったが、そんなもんらしい。
どっちにしろ、魔法を使えれば、高価な薪や油を使わずに済む。であれば、収入が低くても自活できるわけだ。なら、確かに使えた方が良いだろうとは思う。
あと、どうやら、文字や魔法を覚えて、職が見つかればここを出ていくことになるらしい。「つうかね、ここに居る限り、例え働いても給料を本人に渡さないようになってるんだ。生活費以上に稼げるんだったら、居るだけばかばかしいだろ?」とは師範代の言。確かにそうだ。
ついでに言うと、本職以外に自警団って組織が副職を回してくるらしい。街中にある街灯?ってのに魔法で明かりを灯しながら見回りをしたりと、そういった軽い内容の仕事で、一応給料も出ると。大抵の奴はなにがしか副職を持ってるらしい。
……なんかな、話を聞くたび、城壁の中との違いに驚く。あっちじゃ、見回りは兵士の仕事。明かりを灯すのは動物除けのためらしいが、城壁があればそんな必要もない。当然、文字なんか知らなくても物は買えるし生活にも困らない。そんな常識がここじゃ通用しない。
「ここで生きてくのは大変なんだな」
なんとなく思ったことを言う。すると、ラミリー師範代は今日何度目かの苦笑をする。
「今はそう思うかも知れないがね。こっちからいわせりゃ、城壁の内側で生きてく方がよっぽど大変さね。民の安全を守るとかいう口実で戦う力も与えず、知識も無いまま、訳もわからず税を絞りあげられる。まあ、ウチらみたいな統治する側は楽かもしれないがね。……まあ、これはそのうちわかるようになるさ。そんなことより」
そこまで話して、ラミリー師範代は一度言葉を切って。
「お前さん、子供を孤児院に預けてるんだろ? どうする? こっちに呼ぶかい?」
フェリンを呼ぶかどうかを聞かれる。その言葉に迷う事もなく。フェリンをここに呼ぶことを決意する。
◇
道場からほど近くの、貧民街の建物の中。共同生活用の大部屋の一角にあてがわれた家族用のスペースに、フェリンと住むようになる。布で仕切られた、だいたい三メートル四方の空間で。久しぶりにフェリンと話をする。まだ一週間程度しか経っていないのに、お互い話すことは沢山あって。夜遅くまで延々と話し続ける。
……フェリンが灯す魔法の明かりに照らされて。孤児院で教わったそうだが、これには実に驚かされる。
改めて、ほんの二週間ほど前の生活から激変したことを実感する。
◇
フェリンのためにもう一つ魔法杖を作ることを決意する。フェリンのためだ。腕を固定されようが、針で刺されようが、血を抜かれようが、耐えて見せる。ああ、フェリンのためだ。自分の血がコップよりも小さな器に溜まっていく光景も我慢しよう。
そうだ、見なければ良い。痛みだろうが死ぬ訳じゃない。数でも数えてれば終わる。とにかく、時間がたつのを我慢すれば良い。
……子供用の魔法杖は血の量も少なくて済むのが救いだと、改めて思う。
◇
続けての採血は良くないと止められる。せっかく覚悟を決めたというのに。残念だ! 実に残念だ! ……残念すぎてホッとするくらいに残念だ。
◇
とうとうこの日が来る。あれから二月が経ち。文字を覚え、魔法も最低限使えるようになり。夜の見回りにも参加するようになる。
今はまだろくな金もない。それでも、少しずつ良くなっていると思うことが出来る。後は職さえ見つければ、きっとまた、フェリンと二人で生きていくことが出きると。……そのためにも、今日のこの試練は乗り越えなくてはいけないと言い聞かせる。
……二度目の採血という、途方もない試練に。
◇
……終わってみれば何てことはなかった。なぜあんなに苦手に思っていたのだろう。
まあ、二度とやりたいとは思わないけどな!
◇
「わたしがピカってする~! …………っ、えい!」
フェリンの声と共に、消えていた街灯に明かりがともる。暗い街に、ほのかな光があたりを僅かに照らす。
見下ろすと、フェリンの得意気な、満面の笑み。「偉い偉い」「えへへ~」なんて他愛もないやりとりをしながら、次の街灯に向かう。
所々に設置された街灯が、すっかり馴染んだ貧民街をほのかに照らす。城壁の中とは違う風景。ちらつくことが無い魔法の光。そんな風景に馴染み、もはや当たり前の風景となって。改めて自分はもう街の住民になったのだと実感する。
三か月弱という期間ははたして短かったのか、長かったのか。この貧民街で、街で生きていくための術を身につけて。自治団に職を斡旋されて。俺はこの貧民街を出ていくことが決まる。
「……またお引越しだね」
考えてたことが伝わったのだろうか。それとも、気分が伝わったのか。フェリンが少し寂しそうに聞いてくる。……ああ、正直に言って俺はこの場所に愛着を感じ始めていた。だが、いつまでも居られる場所でもない。ここは生きるための力を付けて出ていく、そんな場所だと、今なら良くわかる。
「ああ。……もう二度と引越ししなくても良いように頑張らなきゃな」
だからこそ、もう二度と。この子の行く先が見えないような、そんなことにならないように生きていこうと誓う。そのために必要なことを教わったのだから。
「……えっとね。フェリン、いっぱい、いろんなことできるよ。お手伝いするよ。光らせたり、熱くしたり、こおりを作ったり、あとね、えっと……
「……ああ。頼りにしてるさ」
「えへへ~。……っ、次もフェリンがピカッとする!」
そして、きっと俺だけの想いじゃない。きっとフェリンも同じような想いで、俺もこの子に励まされながらこの先生きていくのだろう。それを裏切らないようにな、と思う。
こうして、貧民街での最後の夜が更けていく。
◇
「短い間でしたがお世話になりました」「なりました!」
「ああ。この先頑張んな。戻ってくんじゃないよ」
「もちろん。……たまに顔を見せるくらいは良いですよね」
最後の日、ラミリー師範代に挨拶する。……なかなか居ないことも多い人だからな。別れの挨拶ができたのは幸運だと思う。
もっとも最後の一言には苦笑しながら「こんな貧乏人の集まりにわざわざ顔を見せようだなんて物好きさね。まあ、その位は自由にすればいいさ」なんて、いかにもこの人らしい返され方をしたが。
そうして最後の挨拶を終え、道場を出る。行く先は城北区、開拓農地。人口の増加に対応するための食糧生産で人手が足りない地区だそうで、体力のある奴が足りないらしい。俺がこの先生きていくことになる土地。
まずは城北区の役場に行って手続きだ。自治団が貸し出している借家のことや、斡旋された仕事の詳しい説明もそこで受けるらしい。それが、俺の新しい人生の第一歩になる。
たった三か月。どん底に落ちそうになって、薦められるがままにやってきて、いろんなことを教わった場所。
フェリンと手をつないで、その道場を、貧民街を後にする。
三か月前には無かった、未来への希望を胸に抱いて。
城外街の雰囲気を出したくてできたこぼれ話です。雰囲気、出てると良いな、なんて思いつつ。
名前の由来をちょっと暴露します。
クルプト:破産(bankruptcy:英)からもじって命名しました。
フェリン:孤児(orphelin:仏)からもじって命名しました。
……相変わらず安直ですね(汗)
あと、もう一つ。
雲雀頭:鳥頭とピーチク鳴く鳥をかけた造語です。懲りもせず同じ失言を繰り返す様を表現してみました。……かぶって無いよねと確認しようとGoogle先生に聞いたら某漫画キャラの頭髪の絵が出てきてちと迷いましたが、そのまま使いました。
Google先生は本当に物知りです。いい時代になったものです。
―― 城外街で魔法に取って代わられたもの ――
(主に料理をするときの)薪:鍋からフライパンまで、魔法杖用のものが出回っています。ちなみにフライパンは魔法杖が取っ手替わりになります。あれです、「取っ手が取れる」調理器具です。……なんて現代的な!
ランプ類:まあ、ありきたりですが、発光魔法です。但し、継続時間は(適当に)最大でも三十分程度とかって設定があります。結構不便です。
冷蔵庫:なんと現代的なものがあるのでしょう(笑)。冷却魔法で氷を作って蓄冷する、どちらかというと据え置き型アイスボックスみたいな代物です。
発想が無駄に家電なのはもはや問うまい……