夏の日
太陽が輝いている。真っ青なキャンパスに白い絵の具をぶちまけたような入道雲。夏だ。夏休みだ。
だというのに、なぜ私はこんな蒸し暑い教室にいるのだろうか。理由は簡単。部活動だから。
私、三辻優華は美術部員である。夏休みにわざわざ学校に来てコンクールの絵を仕上げているのだ。まあ、夏休み前に書き終われば来なくても良かったのだが。今言っても仕方がない。それにしても……。
「暑い。暑すぎる」
「だねぇ。なんでクーラーないのかねぇ?」
部費の問題か、活動が地味なのが問題か、我が美術部の部室にはクーラーがない。扇風機もない。窓全開で風を求める日々である。ただ、窓を開けるにしても問題があるのだ。
「うーん。今日も運動部さんは元気だねぇ」
隣に座る中島茉由が言う。そう、窓を開けると運動部の声が教室に響くのである。これがまた集中力を欠くのだ。
「あー、もうやだ。ちょっと休憩」
「えぇ? また?」
「だって集中できないんだもん」
「もう、先生に言われるよー?」
「いいの、いいの」
茉由の制止を受け流し、少しでも多くの風を求めて窓のそばへ向かう。まあ、少しは涼しい……気がする。なんとなく声の方向を見るとグラウンドが見えた。
陸上部が基礎練らしきものをしている。野球部のバッティング、バレー部のランニング……。そして、サッカー部の試合。この部員だけの練習試合のようだ。なんとなく眺めていると、一人知っている姿を見つけた。
「青池くんだ……」
同じクラスのサッカー少年。といってもサッカーが得意なわけではなく、メンバーに選ばれたことはない。
なんとなく目で追いかける。走る。走る。あ、こけそう。持ち直した。
四月よりもずっと上手くなっている。それでも他のメンバーと比べると見劣りしてしまうのが残念だ。いっそ辞めてしまえばいいのに。
青池くんのところにボールが飛んでくる。誰かが間違えて蹴ったようだ。相手チームが勝った、というようにボールを狙う。気づいた青池くんもボールに走る。
走る。走る。ああ……。
ピーッ。
試合終了。無情な笛の音がコートと教室に響いた。青池くんの側をさっきまで仲間だった部員達が足早に通り過ぎていく。なんだよ、またかよ、という声が聞こえてきそうだ。次々と通り過ぎていく。
「青池くん、またダメだったの?」
「うん」
「そっか」
どの部活も休憩に入ったのか、騒いでいた生徒達は水飲み場に消えていた。つかの間の静寂。それを遠慮がちに壊し始める小さな音。
トン、トン、トン。
たいして驚きもせず、私はまたグラウンドを見る。
トン、トン、トン。
グラウンドの端で青池くんが練習をしている。一人で。壁に向かってボールを蹴り、跳ね返ったボールをまた蹴り。淡々と繰り返す練習。いつものことだ。
トン、トン、トン。
誰一人、付き合う奴はいない。いつも一人。休憩時間も、練習終わりも、朝練前も。小さな音を立てて密かに練習している。私は、知っている。
グラウンドを見ながら手元にあったスケッチブックを引き寄せ、新しいページを開く。慣れた手つきでサラサラと線を描いて。ふと気がつくと茉由の姿はなく、私だけがぽつんと座っている。
一本の鉛筆の音とボールの跳ね返る音。濃い絵の具に混じった砂埃の香り。
「……できた」
鉛筆を置くのを合図に笛の音が喧騒を引き連れてやってくる。一人の少年もまた、ボールを抱えて走っていく。
「次は、勝ってよね」
後ろ姿にそっと呟いた。
スケッチブックには、一人でボールを蹴る少年の姿が流れるように、しかし丁寧に描かれていた。
七月中にあげようと思っていたのですが、気づいたら八月でした。びっくりですね。……すみません。
実は裏設定があったりなかったりする作品です。別の短編と、舞台とかテーマをなんとなーく揃えてたり。タイトルをわざと似せてみたり。単独で読んでいただいても全く問題ないけど、まとめて読んでも後々つながるかもよ、というのがこの作品。要は、別の短編も読んでみてね、という宣伝です。
短編になっていますが、八月中に続編ぽいものが投稿されます。その予定です。今度こそ間に合わせます、はい。そちらも目を通していただければ幸いです。
長くなりましたが、ここら辺であとがきも終わろうかと思います。最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。この作品を読んで何か感じるものがあったのであれば、嬉しく思います。渡辺夏月でした。