第九話
HoBの防具性能は全て統一されている。
というのも、ダメージ減算量が一緒というだけで外見だけ異なるのだ。
例えばディーネみたいな物好きでも、ガンマンに憧れてウエスタンコートを着ている奴でも、同じ火器で同じ箇所にダメージを喰らった場合、同じダメージ量になる訳だ。
なりきりたい人は外見を変えていいよ、という言ってしまえば自己満足だ。
ちなみにこのゲーム内で出てくるモノ、例えば髪型や料理、さらにはこのスキンもその道のプロが考案したモノだ。
これをプレイヤーが購入した場合、HoB運営に4割、デザイナーに6割の分前で懐に入る。1着売れる毎に運営に4千円、デザイナーに6千円って寸法だ。
これがHoBのゲーム内通貨還元システムが採用されている理由だ。
レストランやデザイングループといったスポンサーをつけ、ゲーム内で宣伝。それに伴った相乗効果で運営だけでなくスポンサーにも金が入る。それに加えプレイヤーにも金が入る、まさにウィンウィンだな。
それに、プロ以外にユーザーも登録審査を通せばスキンや料理を売れる。
その場合の分前は一緒で、ユーザーに6割の額が入る。しかも目に止まれば、会社に採用される事もあるらしい。ある意味で、埋もれた才能の採掘も可能なんだから、その道を目指している人間がこの機能のためだけにHoBをプレイしている人もいるんだとか。
そんな中俺はちょっとばかり練習を抜け出し、そのスキンが変えられる都市フィールドの南区にあるスキン市場へと足を運んでいた。
決して、練習が面倒……あいや辛い……あいや難しいなんてことはない。決して、断じてない。
「ナイトハルト、君は本当に外見にこだわるね」
「何だジルバナス、お前も来てたのか」
声をかけられ振り向くと、いやにイケメンな男が呆れ顔で俺を眺めていた。
こいつはジルバナス。実は何度か紅達に内緒でマネーインバトルに行った祭、知り合ったのだ。
なんでもディーネのファンだそうで、常にナイフを装備しているらしい。
『近接戦闘』を持ってないのにわざわざ装備しても意味らしい意味は無いのだが、気分だけはディーネと一緒でいたいのだとか。ここまでくると薄ら寒さまで感じる。
その本人であるディーネからは嫌われており、絶対に会ってくれないとのこと。
「君のところへ来たら、ディーネちゃんがいるかと思ってね。好き好んで野郎の所へ来たりなんかしないさ」
「そこまでいうなら、俺が作るクランにこればいいじゃないか。ディーネの入隊は決まってるんだから、なんとかなるだろう」
「……遠慮しておくよ。僕はクランに入るつもりはなくてね、ソロでいたいんだ」
何故か遠い目をするジルバナス。何か過去にあったんだろうが、生憎と俺には関係なさそうなので放っておく。
「――なんだ、ジルバナス君もいたのかい?」
「っと、今度はシシオドシか」
フラッとやってきたのは緑色の紙を引っさげ、黒色の軍服をきっかりと着込んだ男。
「やぁナイトハルト君、今日はスキンでも買いに来たのかい?」
「うーんまぁ、安くていいのがアレばと思ってな」
「ははは。その前に、ちゃんと練習しないとマネーインバトルじゃ勝てないよ?」
「全くもってシシオドシさんの言うとおりだと思うよ、ナイトハルト」
「……耳にタコができそうだ」
あの男嫌いなジルバナスが、シシオドシにさん付けをするのには理由がある。
シシオドシ。
Bランカークラン『断末魔』のマスターその人だ。
ランカークランとは、年に2回行われるHoBのクランファイト大会で決めるランキングのことだ。大会優勝から4位までがAランク。5位から12位がBランク。13位から20位までがCランクとなっている。
優勝クランは世界大会への切符を手にすることになっており、Aランククランは次回のクランファイト大会の予選を免除となっている為、次のクランファイト大会では最低でもCランクが保証される仕組みだ。
そしてCランク以上のクランにはクラン費として毎月100万クレジットが支給されており、ランカークランはプレイヤーの目標とまで言われている。
なんでそんな男と知り合えたか、幸運だったというべきなんだろう。
たまたまマネーインバトルで同じチームになり、面倒見のいいシシオドシは不甲斐ない俺に色々と教えてくれている。
「なんだったら僕のクランに入ってもいいけれど、ナイトハルト君は自分で設立するつもりなんだろう?」
「ああ。まだ一人しか集まってないが、次回の大会には出たいと思ってる」
「なら、クランマスターがクランの鑑にならないとね」
シシオドシは笑みを崩さず、スキン市場の奥へと入っていく。
ついて来いとジェスチャーを送られ、俺とジルバナスはシシオドシの後を追った。
「まぁ、ナイトハルト君の気持ちも分かるんだ。いつまでも初期防具のデザインじゃ……ちょっとね」
「見た目初心者だから、余計下手くそに見えるんだよね。実際下手なんだけど」
「流石だなシシオドシ。だがジルバナス、てめぇは黙れ」
「ひぅぃ! な、なんでそんなに凄むんだよ! 僕のほうが上手いんだから――あごめんなさい、殴らないでください」
ジルバナスの言うとおり、こいつは俺よりは上手い。
だがそのムカつく顔で言われるとどうしても腹が立ってしまう。
シシオドシぐらい実力が離れてれば、いっそのこと清々しいんだがな。
「まぁまぁ二人共。そこでナイトハルト君にオススメなスキンがあるんだよ」
「オススメ? ――――かっこいい」
シシオドシが指で指したスキンを見て、ひと目で惚れた。
ライダースーツを彷彿とさせるピッチリとした格好の上にロングコート。どれも黒を基調としていて、右肩から右足の先まで映える緑色が一閃を描いている。
これは俺の厨二……あいや、うん。カッコいい、それを抜きにしてもカッコいい筈だ。俺の心をくすぐる様なデザインに少しばかり動揺してしまっていた。
「つや消しブラックに映えるグリーン……。このスキンを作った人間はわかっているな!」
「だろう? なんとなく、ナイトハルト君の好みだと思ったんだよね」
「シシオドシ、お前とはいい酒が飲めそうだ」
どれどれ、値段と作者を見てみよう。
ほぼほぼ買う気になっていた俺をどん底に落とすような数字がそこに並んでいた。
「ご、50万クレジットか」
この『ノアズアーク』とかいうプレイヤー、プロでないのにも関わらずこのセンスは認めよう。それでも、ちょっと高すぎないか?
仕方ない、ここは一旦引こう。クエストを回して金を貯めねばならん。
俺はスキン市場を後にして、再度購入を決意した。アレだけカッコいいのであれば購入せざるを得ない。これは不要なものなどではない、れっきとした先行投資。俺のモチベーションを高める最高の一品だ。
「二人共、これから暇か? 良かったらクエストでも回そうと思ったんだけが」
「――ふぅん、誰とクエストに行くって?」
「あ? だから、ジルバナスとシシ、オド……ん?」
視界の端に長い赤毛が見えた気がした。
ジルバナスは茶髪だし、シシオドシに至っては緑色だ。間違ったって赤色と認識することはない。
それにこんな長い髪、まるで紅のような――――。
冷や汗がドバっと出てきた。
「……アンタ、こんなとこで何やってんのよ?」
振り向くと、般若の面を被った紅が立っていた。
アカン、バレてもうた。
「げっ、デカ女。……すまないねナイトハルト。僕は用事ができた」
ジルバナスは紅を認めると、直ぐ様どこかへとジャンプしていった。
一部囁かれているが、ジルバナスはロリコンだというまぁ瑣末なことだ。
今は、……それどころではない! この状況をどう切り抜けるか、それが問題だ。
「紅……。あのSFFA大会優勝者の?」
「アンタ、断末魔のシシオドシね。悪いけれど、こいつは借りてくわよ」
「え、ちょ、おい! 紅! 引っ張んなよ!」
シシオドシが紅に反応するも、紅は見向きもせず俺の腕を掴みスキン市場を出ていこうとする。
「ナイトハルト君! 今度暇な時連絡をしてほしい! いつでもいいから、コールして!!」
シシオドシの叫びをバックグラウンドに、俺はこの後起こるであろう悲劇を想像しながらため息を一つ、ついた。