第八話
「くっ……! 流石に、そろそろ厳しくなってきたな」
建物の壁に身を隠しながらマガジンを交換する。ノーマルまでクリアした俺は、現在ハードモードでプレイしていた。
クリアすれば参加費とゾンビを殺した数×10クレジットが報酬として手に入るこのゲーム。報酬は微々たるものだが、練習内容としては悪くはなかった。
まず第一に、敵のHPだ。
ゾンビのHP設定は難易度毎に違っており、イージーは胴体に1発、ノーマルは胴体2発と言った具合で敵の硬さが違う。
2発当てれば死ぬ相手。それにキルすればするだけクリア報酬が増える。ノーマルがあくびが出ても余裕になるほどクリアし続けた俺は、資金をほぼ取り戻せていた。
次に、ゾンビの種類。
ハードモードをプレイしているまでに見つけたゾンビは、移動の襲いモブゾンビ、移動が速く長い爪を振るってくるアタッカーゾンビ、ボムを投げつけてくるゾンビが確認できていた。
ゾンビ毎にプライオリティを設定し、厄介な奴から排除していく。アタッカーゾンビは接近される前に最初に叩き、ボムゾンビは予備動作が丸わかりなので避けてから対処、最期にモブゾンビを悠々とキルする。……といった具合でノーマルモードまでは、トントン拍子でこれていた。
しかしこのハードモードになって、難易度が跳ね上がった。
ゾンビの硬さが強化され、もはや胴体3発では死なない。極力ヘッドショットで対処し無くてはならない。
基本的に直線的な行動しかとらない愚直なゾンビAI(人工知能)のお陰で、なんとかなっているが、それもそろそろ苦しくなってきた。
だが、逆に言えばこれは俺に打って付けの練習だと言えた。
。
現代の日本人が銃を撃つなんてことは殆ど無いわけで、いくらゲームといえどそのまんまじゃ当たらなくてゲームどころじゃなくなる。
銃を構える動作や、照準の合わせ方。こういったものはスキルやステータスでプラス補正がかかっていて、例えば銃を射つにしても照準がどこに合わさっているかなんて普通分からないが、視界内に『クロスヘア』と呼ばれる十字のマークが浮かんでいる。これが着弾する位置だ。ここで問題なのはクロスヘアの『ブレ』。
銃火器の種類によって様々だが、スナイパーライフルのようにサイトを除きこむ銃火器以外、サブマシンガンやアサルトライフルは一発のダメージは大体20~30。連射する度にクロスヘアがブレる仕様になっている。勿論相手からダメージを喰らったり、腕に着弾したりすればマイナス補正がかかるがな。
ここでシステムアシスト『ホールド』の出番だ。
息を止めている間、クロスヘアのブレを極力抑えるというアシスト。これを上手く利用してプレイするのがキモになってくる。
射ち方も様々だが、基本であるこのシステムは覚えておくに越したことはない。
直線的に動くゾンビをしっかりと狙いをつけ射つ。これだけでも、やる前よりかはうまくなっているだろう。
殆どビームライフルとスナイパーライフルしか持たず練習していた俺にとって、ハンドガンで狙いをつけるというその動作1つをとっても学ぶことは多い。
動かしているのは俺の身体。ゲームのセオリーより、現実のセオリーに従ったほうが余程効率的だ。
『制限時間まで、残り1分です。これよりボーナスゾンビを投下します』
ノーマルまでは無かったアナウンスが流れた。
視界の左端には俺がキルしたゾンビの数が映っている。……90か、かなり減ったな。
「ボーナスゾンビ……、あれか?」
倒したら特別報酬、とかだろうか。それならキルするにこしたことはない。
目をこらして、遠くから歩いてくる影を見つめる。
「なんか通常のゾンビよりでかく――!?」
気づいたら、真正面にまでその大柄なゾンビはやってきていた。
咄嗟に横に飛び去る。こういう時、反射神経が良くて助かったと実感する。
『グウゥ……ッ!』
そのゾンビは、両手に盾を持っていた。元々強靭な身体なのに、さらに盾ときた。
そしてあの速さ。製作者は絶対にコイツを倒させる気がないだろう。
再びコチラを一瞥したゾンビは、またもや超速突進をしてくる。今度はしっかりと避けられた。
「さしずめ、タンカーゾンビって所か」
制限時間は残り50秒程度。このボーナスゾンビとやらは、多分逃げ切るのがセオリーだろう。まず1人では太刀打ちができない。
「だがしかぁし! ボーナスが気になる以上、ここで逃げるのは男として恥だ!!」
やってやろう。死んで全てを失うか、ボーナスをいただけるか。
猪突猛進、まさにピッタリの言葉だった。
俺をターゲットしたらコッチまで真っ直ぐ進んでくる。バカの一つ覚えの様に来るため、大分避けるのにも慣れてきた。
ただひとつ、予想にしていなかった事が起きた。
タンカーゾンビは俺目掛けて突っ込んでくる。その結果、何かに当たるまで止まることはない。無論、俺は避けている。それなら奴は何にあたって止まるというと……。
「マズイ……。遮蔽物がなくなったな」
建物にぶつかる、止まる、俺を見つける、また突っ込む。
それを繰り返した結果、西部劇風の舞台は台無し。ものの見事に建物は解体、一面風の吹き荒れる荒野と化していた。
その間もモブゾンビたちは襲ってくる。タンカーゾンビを避けている最中もゾンビがこちらへワラワラやってくるため、オチオチマガジンも交換できやしない。
一か八か、賭けてみるか。
残りの装弾数は1発、予備マガジンを付け替える暇はない。
この一発でタンカーゾンビをキルして、後はトンヅラこく……!
『グルゥゥァァアアアッ!』
再びタンカーゾンビにターゲットされる。
チャンスは一瞬、正面からはダメージを与えられない以上、奴の横をギリギリすり抜けてヘッドショットをかます。
あまり離れすぎると俺の腕では当てれるか心配だ。
見誤るなっ……! 奴が突っ込んだ横だ、振り向きざまに射抜けばいい!
タンカーゾンビがコチラへ突っ込んでくる。その横をすり抜けながらも、体制を整える。
「今だァ!!」
確かに奴の後頭部を捉えた。抜かりはない、これで奴は消える。後は逃げれば――
『グルゥ……!』
「嘘……だろ?」
ヘッドショットは問答無用で死ぬ、そう思っていた時期が俺にもあった。
俺のヘッドショットをくらったタンカーゾンビはその場で180度方向転換。この距離だ、さすがによけれない。
…………あれ?
『タイムアップです、お疲れ様でした。クリア報酬をお受取りください』
「は、ハハッ。……助かったぁ」
ギリギリ、生き永らえたらしい。俺はその場にヘタれ込んで空を仰いだ。次第に部屋は暗がりに戻っていき、また元のように入口近くに箱が置いてある。
「やっ、少年。ハードクリアおめでとう、コングラッチュレーション!!」
ふと横を見ると、ローブを羽織るこぢんまりとした奴が立っていた。
ローブで素顔は見えないが声は高く、背丈も俺の胸ぐらい――大体一五〇センチくらいのプレイヤーだ。
いくらキャラクターデザインを変更できるといっても、身長や体格までは変えられない。
現実の自分と極端に変わると、どうしても動作ができなくなってしまう。俺だって変えたのは髪型ぐらいだ。
そしてこんなちんちくりんが俺より歳上なわけもなく、はしゃぐように手を叩く姿はやはりどこか子供っぽかった。
「……どうみても俺より歳下なのに、少年はないだろ」
「ん~? それはほめてくれているのかい? 素直に受け取っておくことにするよ。それよりも、よくタンカーゾンビに1発当てれたねぇ。お姉さんびっくりだよ」
どこか掴みどころのない笑顔を浮かべる自称お姉さん。
「もしかして、このルームの主か?」
「うん、そうだよ。いやぁ、久しぶりにボーナスゾンビと戦っている人を見たよ。ま、流石に倒せなかったみたいだけどね」
「ヘッドショット1発で死なないとか、聞いてないからな。次やったら倒してやるさ」
「ノンノン、それじゃ不正解だ。これから先、生き残れないよ? いいかい、人生の先輩であるお姉さんがいい事を教えてあげよう。知っていると知らないの差は圧倒的なまでにある。やる前から情報は集めてないとね。HoBの大会動画、みてみるといいさね。きっと今よりも上手くなれるから」
「ご指導ご鞭撻、ありがとさん。それじゃ、今日はこの辺にして動画でもみてみることにするわ」
「あっ、それと……紅ちゃんのこと、よろしくね?」
俺が出ていこうとドアノブに手をかけた時、自称お姉さんに呼び止められる。
「ん、まぁなるようになるだろ」
「あはは、そうだね。じゃあ、またいつでも来てよ」
「ああ、しばらく世話になると思う」
*
「あ、ハルトさん!! 見てくださいこれ、ハンドガン買ったんですよぉ」
ディーネ達と合流すると、いつもはナイフを見せびらかすディーネが何故かハンドガンを見せびらかしてきた。
「とうとうお前も銃を持つ時が来たのか。……なんか、感慨深いな」
「なんでそんなに染み染みとしているんです!? べ、別に私だって拳銃くらい撃てるですよ」
ディーネはポカポカ殴っているつもりだろう。だが筋力最大値のポカポカパンチは結構くる。ここが都市フィールドじゃなければダメージをくらっていそうだ。
「それで、お前ら何処行ってたんだ?」
「私とディーネの事は別にいいでしょ。それより、アンタはどうだったの?」
「うーん、まぁぼちぼちだな。ハードモードまではクリアしたぞ」
「そ。じゃあある程度はマシになったかしらね」
やれやれ、やっとか……。みたいな仕草をとる紅。一応言っておくと、俺はこのゲームを初めて2週間も経っていない。この期間で結構やれている方だと、自分では思っていた。
「で、どうする? マネーインバトルに1回行ってみる?」
「いや、今日はいいや。あのルームの主からも、大会の動画見てみろって言われたし」
そう急ぐ事でもないだろう。地道に、力をつけていこう。手始めに動画と、……後は実際の射撃技術なんかもみておくか。ブンブン通信も見ておこう。
「アンタ、『アリス』と会ったの?」
「あ? ああ、あそこの主だって言うちっこい奴が居てな。ちょっと話しただけだ」
言いながらディーネの背丈位を現すと、紅は少し驚いたようで目を白黒させていた。
「へぇ、珍しいこともあるものね。まぁそういう事ならいいわ、今日はお疲れさま」
「お、おう。じゃあな」
なんか態度が軟化している紅とディーネを尻目に、俺はログアウトした。
◆◇◆◇
大会動画を見ていると見知った顔が2人出てきた。
赤髪のソロ。そりゃSFFAで優勝すりゃそう呼ばれるわな。案外、俺の身近にプロゲーマーはいたみたいだ。実際、こいつのSFFAの動きは眼を見張るものがある。
なんというか、洗礼された動きだった。SFFAの為に考えつくされた立ち回り、武器のチョイス、そして技術。どれをとっても他のプレイヤーの追随を許していない。
まさに圧倒的だった。
俺もSFFAの大会があったら出てみようか。ちょっとばかり、腕試ししてみたいものだ。
『キマッタァ! やはりラストを飾るはこのプレイヤー、寡黙の戦姫アリスだ!』
そして、……あの自称お姉さん。今現在このゲームにおいてのクラントップにいた。寡黙とか言いながら、普通に喋っていた気がするが……、衆人観衆の中ではどもる系の奴か? まぁ、喋ったら残念系だし、結局実年齢わからないし、別にいいか。
でもやはりHoB日本トップなだけある。正直やっている行動の7割は分からんが、とりあえず凄いということだけは分かった。まだ、俺はそのレベルに達してないしな。
「にしても、部屋汚いなぁ……」
ゲーム漬けの生活を送り続けて早2週間、そろそろライフスタイルが危うくなってきた。……ちょっと、明日は色々リアルの事をやろう。
布団に潜ってさっさと寝る。今日は体感的にはかなり疲れた、そのおかげもあってぐっすり眠れるだろう。
その夜、俺は夢のなかでもゾンビに追いかけられていた。