第七話
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「よかったんです? ハルトさん1人で」
カジュアルルームを出たディーネと紅は、2人で都市フィールドを歩いていた。
「『サバイバルフリーフォーオール』通称SFFA。アレは基本1人でやるものよ」
ディーネの腕を引っ張りながら歩く紅は説明をしながらも足を止めない。
SFFAとは、1対全員で行われるゲームの事だ。プレイヤーである1人が、時間制限内生存して居ればプレイヤーの勝利。逆に、キルされればその時点で敗北。至ってシンプルなルールながら、HoBにおいては個人大会で採用されているゲームモードとなっている。
「あのカジュアルルームの主は私の知り合いで、趣味でSFFAを開いて遊んでいるの。イージーは参加費1000クレジット、ノーマルは1万、ハードは10万、そして最高難易度であるインセインは100万クレジットが必要なの」
「うへぇ、ちょっと高すぎませんですか?」
「もちろん賞金はあるわ。クリアすれば参加費に上乗せして、キルしたゾンビの数×10クレジットがバック、他にも特別報酬があるわ。参加人数に応じてゾンビの数は増えていき、難易度が上がる毎にゾンビの強さも変化していく。今回の場合、通常1人プレイの3倍ゾンビが出てくるってわけね」
「なるほどです、練習しながらクレジット稼ぎもできるんですね」
「……アンタ、あいつがなんであそこまで必死か知っている?」
足を止めて、ディーネと顔を突き合わせる紅。その顔は真剣そのもので、どこか鬼気迫っていた。
「え? はい、なんでもHoBの大会で優勝してプロゲーマーになるんだとか」
「それで、アンタはどうすんの? 私は基本ソロの人間だから、別に関係ないわ。ただマネーインバトルから初心者がいなくなってくれればね」
「……私?」
「将来的に、あいつは必ずクランを作るわ。その時にアンタはその隣にいるの? 自分で言うのもアレだけれど、私もトッププレイヤーの端くれ。優勝しよう名声を得よう金を得よう、大歓迎よ。それ相応の覚悟と熱意を持っているならね」
プレイヤー名紅。別名、赤髪のソロ。
前回SFFA国内大会において圧倒的な差で優勝した全一プレイヤー。
SFFAは日本でのみ開催している個人大会、残念ながら大会賞金も規模も世界大会に劣るが、そのレベルは凄まじく高いと言われている。
世界大会が行われるクランファイトでは、名だたる有名クランが常に勝ち上がっている。その結果、ほぼ固定メンバーとなっているため他の介在を許さない。
もし日本代表になるというのなら、そのメンバーに負けず劣らずのメンバーを集め勝利するか、有名クランにハンティングされるぐらいしなければ無理だ。
それに比べSFFAは個人、1人で参加できる大会だ。
その分参加人数も多いが、代わりに有名クランのプレイヤーもこぞって参加する。
また、有名クランにハンティングされようと参加するソロのプレイヤーも参加するためレベルが上がるのもしょうがないだろう。
「あいつにはそれができるポテンシャルを秘めているわ」
「ポテンシャル……ですか?」
キョトンとして首をかしげるディーネに紅は仏頂面のまま近づいていく。
ディーネにとってはただの初心者であるはずのハルトを、なぜ紅がここまでいれこむのか不思議で仕方がなかった。プロと呼んで差し支えないほどの力量を持つプレイヤーが一個人、それも初心者に対しここまで言わせるのは早々ない。
紅はディーネの目の前に立つと、おもむろにプレイヤーカードを取り出す。
それをそのまま、力任せにディーネへと投げつけた。
「あたぁっ! ちょ、何するんですか紅さん!?」
「――取れないでしょ?」
ディーネにあたったプレイヤーカードは誰の手にも触れず、地面へと落ちる。紅はそれを拾いながら狂気にも似た笑みを浮かべていた。
「取れたいって、あたりまえじゃないですか。こんな距離で投げつけられても、反応すらできないですよ」
「……あいつはそれをとったのよ。反射的に、反応的に。文字通り体が勝手にね」
人間の反射機能というのは、人によって速度が異なる。
よくボクサーの反応速度が高いと言われるが、基本的にスポーツをする人間は常にその機能を使っているため、スポーツをしない人間に比べると過敏になっているというわけだ。
だが、生まれ持った才能というものがある。
「あいつの反射神経は正直、おかしいわ。多分、このゲーム最速といってもいいくらいのはず。そこに狙撃銃が加われば、これからあいつがどうなっていくのか。楽しみで仕方ないのよ」
「……ハルトさんにそんな才能が」
「もしあいつがプロを目指すというなら、私は協力を惜しまない。その先が見てみたい。……それで、アンタはなんの覚悟も持たずにあいつと一緒にいるのかしら?」
「私は、……私は」
ディーネは俯き裾をギュッと握る。
プレイヤーが10人いればプレイスタイルもそれぞれ。ハルトがプロを目指すなら、このゲームで遊びたい、楽しみたいという考えのプレイヤーとは相容れることがないだろう。そうやって線引されたうえで、クランというのができるのだ。
ゲームをただ楽しみたいクラン、盗賊プレイをしたいクラン、ゲームに生活の全てを賭けるクラン。
どれも皆最終的な目標が違う。
遊び半分でゲームをやっているプレイヤーと、熱意を持ってゲームをするプレイヤーが一緒にプレイすれば、必ず摩擦が起きる。
そしてそれは、ハルトとディーネの間でも遠くない未来訪れることになるだろう。
「あいつはまだこのゲームを理解しきれていないわ。だからこそ、ナイファーであるアンタは将来必ずあいつと衝突する。言い切ってもいいわ。……別に、色恋に興味はないわ。アンタがあいつをどう思おうと勝手だし、干渉はしない。でも、邪魔をするなら早々に身を引きなさい」
「なぜ、そんな事を言うんです? そんなの、私の勝手じゃないですか」
声をうわずらせながら問うディーネに、紅はため息をつく。
「……いい? 私は別に離れろだとか、このゲームを辞めろなんて言わないわ。このまま楽しくゲームをやりたいと思ったままアイツといれば傷つくのはアンタってだけ。もう一度聞くわ。アンタは、どうすんの?」
「……ナイフは捨てられないです」
ディーネは消え入りそうな声で呟く。地面には染みができている。
「そう、じゃあさっさと他の――」
「それでも! ハルトさんの隣にはいたいデス!」
食い気味に、ディーネは意を決して声を荒げる。決意した目を見開き、その眼差しは紅をしっかりと捉えていた。
「……ふぅん? それはつまり、ナイファーの身で私達の世界に首を突っ込むって捉えて、いいのかしら?」
「ハルトさんとは短い付き合いながら、色々お世話になったです。……それを返すまでは、彼の隣で立っていたいのです」
「そう。ならその覚悟が本物か、試させてもらうわ」
◆◇◆◇
「ここは私の練習場、普段はシャドーを相手に使っているけれど特別にアンタを招待してあげるわ」
50メートル四方の白い部屋に紅とディーネは対峙するようにして立つ。
紅はその右手に拳銃、X-Fiveを、ディーネは両手にバリスティックナイフを右手は逆手で、左手は順手で持っている。
「1on1、ルールは所持している武器の使用のみを許可。試合中のインベントリ操作の禁止、時間無制限、HP全損した方の負け。何か質問は?」
「ありませんです」
1on1、ファンタジーゲームでよくある決闘と同義だ。
シューティングゲームにおいて、複数体複数が基本の試合で、相手と戦う上で複数対1人という場面を作るのが試合での基本になってくる。
本来1シーンの状況で1人対1人や、1人対複数というのは望ましくない形で、複数対1人を作って敵の数を減らす、というのがセオリーだ。
その為1on1というのは実質的試合能力を測ることは出来ない。だが、個人としての力量を測ることは可能だ。
1人対全員のプロフェッショナルである紅に対し、ナイファーであるディーネは圧倒的に分が悪い。そこで紅のルールが出てくる。
紅が所持しているエックスファイブは装弾数19発、9ミリパラベラム弾を使用するモデルだ。連射性能が高く、軽いトリガーのお陰もあって筋力値が低いプレイヤーでも使用できる。
この圧倒的なまでの差をハンデとして、彼女は拳銃のみで戦うようだ。
「私はメインウェポンは無し、拳銃で戦うわ。アンタは……なるほど、バリスティックナイフ2本ね」
対するディーネは、ハルトと手に入れたバリスティックナイフ。
あの時手に入れたのは1本だが、今は2本手に持っている。
別名弾道ナイフと呼ばれ、ナイフ内部にスプリングを搭載し、カードリッジ型の刃を射出できる仕組みになっている。持ち手に着いているスイッチを押すと刃がライナー状に射出されるのだが、再装填が現実では難しくあまり実用的とは言えなかった。射程が5メートルという事もあって、ほぼ近接格闘にのみでしか使えないのも玉に瑕だ。
だがそこはゲーム、射程はそのままではあるが再装填は筋力値補正でかなりの時間短縮が可能となっていた。ナイフにはあるまじき飛び道具ではあるが、牽制にも使えるためナイフ愛好者であるディーネはこれをこぞって使用している。
消音性能も相まって暗器としても使えるため、ことこのゲーム、そしてディーネのスタイルとは相性がよかった。
「それじゃ、始めるわよ」
紅の掛け声と共に、カウントが表示される。
紅は棒立ちのまま、対してディーネは重心を落とし低姿勢で紅を睨みつける。
ブザーが鳴り響いた瞬間、紅の視界からディーネが消える。
「『ハイド』ね、……まぁ模範解答ってところかしら」
それでも紅は余裕しゃくしゃく、まだまだ笑みを崩さずにいる。
「でも不正解よ、初手は射出が正解。確かに『ハイド』は対人において有効だわ。でも――」
紅は両手を前方に伸ばす射撃姿勢と異なり、合掌する手の間に銃を保持するような独特の構えをとる。素早いモーションをそのまま引き金を引いた紅、何もいない所へ1発だけ射った。
「戦場と違ってこの空間は静かなのよ? 足音でバレバレね」
「ぐっ……!? カーシステムですか、油断したです」
空間が揺らめくと、胴体に着弾したディーネが姿を現す。
顔を苦痛で歪めたディーネはそのまま距離を取り、拳銃の射程外まで逃げる。
スキル『ハイド』は使用した時姿が消えるが、攻撃を受けた場合、する時にハイド状態が途切れる。
また再度使用するためのクールタイムが30秒あるので、その間丸腰になる。
初手で決めきれなかったディーネは残り30秒間、逃げることしかできない。
だが紅はそれを追従せず、その場で先ほどの構えをとったまま動こうとしなかった。
カーシステムとは現実にある射撃スタイルの1つだ。
オーソドックスな従来のスタイルに比べ場所を取らないので、狭い場所や近接時も無理のない姿勢で射てたり、リコイル(反動)を抑えやすいのが特徴だ。
また、射撃スタイルへの移行も速いため待機中からでも素早くモーションをとれ、リカバーやマガジンチェンジがしやすいのも利点だろう。
「そう、初手で『ハイド』をして勝負がつかなかったら、アンタの負けは濃厚。何も考えず突っ込むからそうなるのよ」
「……余裕ですね」
「ええ。だって射程圏内なら外さないもの」
「――余裕ぶってられるのも、今のうちです!」
クールタイムが終わり、再び『ハイド』状態になったディーネ。
今度は足音を殺し、その気配を悟られまいと慎重に距離を測る。
静寂に包まれる中、紅は何度目かのため息をつくと呆れたように口を開いた。
「また『ハイド』……ワンパターンね。それで本当に勝てると思ってるのかしら?」
「勝つつもりですっ! 『バックスタブ』!」
「だからっ! 甘いっつってんでしょ!!」
声とともに紅の背後から現れたディーネ、にも関わらず紅は振り向かずにハンドガンでナイフを受け止めた。
「なっ……!?」
「『バックスタブ』は敵の首筋に対しての攻撃、裏取りは確かに上手いけど、カッコつけて声に出さない方がいいわよ」
止められたディーネはヒットアンドアウェイの基本を守り、即時撤退。距離を取り次の機会を待つ。
「……こんなもんで、アンタはこっちの世界にくると言っていたの? アンタみたいなのがクランメンバーじゃ、アイツもこの先思いやられるわね」
部屋に紅の声が木霊する。返答は返ってこない。
「その程度で! 私達の土俵に上がってこれると思っているのなら、大間違いよ。ナイファーとしてやっていくってんなら、その覚悟を! 見せてみなさい!! ……アンタの、アイツに対する熱意は、こんなもんなの?」
紅は遠く離れたディーネを挑発する。
どのゲームでも挑発は立派な戦術だ。引っかかれば相手の思うつぼ、無視しても言われ続ける。対人ゲームにおいて挑発には慣れておかないとロクなことがない。決して、挑発には乗らない。……普通ならば。
「その挑発は、結構響いたですよ。紅さん」
その小さい体を怒りで小刻みに震わせるディーネが、盛大に乗っかっていく。
「あら? こんな安い挑発に乗るの?」
「ええ、買ってやりますですよ。その代わり、……倍付けでお返しデス!!」
ディーネはハイドをせずにそのまま突貫する。まるで地を這う様に低く腰を落とし、真正面にいる紅を捉えた。
「できるものなら、ね!!」
エックスファイブの連射力にモノを言わせ、何発もの弾丸が飛ぶ。
初撃、『危機感知』によるブザーで回避。2発目3発目を持ち前の敏捷で避ける。
「当たらなければぁぁぁぁあああ!!」
銃弾をかすめながらも、駆け続けるディーネ。徐々にそのHPは減っていく。
幾らゲームといえど、銃口が火を吹いてから避けることなど不可能だ。人間の身体と脳はそこまで動けはしない。
――だがもしも、銃弾をナイフで切れたのなら。
逆手に持ったナイフを振る。近接格闘による補正を受けた振り方でも、ましてや軍人の様な正しい振り方ではない。素人同然の振り方で、ディーネは何かを見たかのように確信めいて思い切り振り切った。
それは『危機感知』を超えた危機感知の域へと入る――。
「……ハハッ、なによそれ。ありえないわ」
「それがありえるんですよ」
遂にナイフの間合いまで入ったディーネ、右手に持ったナイフを紅の顔面目掛けて振り下ろす。
「くぅ、少しはやるじゃない……っ!」
刃と銃身で競り合いになる。火花を散らせながらも両者一歩も引かない。
「愛の力はこんなもんじゃないデス!!」
「あ、あいぃ!? アンタ何言って――」
紅が動揺した瞬間を、ディーネは見逃さない。
ディーネは持ち手にあるスイッチを押して刃をわざと足元へと射出させる。
それと同時に、競り合う相手を失った紅は体制を崩した。
「やっと捕まえた、デス……ッ!!」
右手のナイフを投げて紅の腕を掴む。筋力最大値の力は伊達じゃない、握ったならば、死ぬまで離さない!
左手のナイフをしっかりと握り、紅の土手っ腹目掛け突き刺そうとした。
「――上々、合格点って所かしら?」
突き刺さる瞬間、紅は人間技と思えぬ動きでナイフを避けた。
紅はスキル『アクロバット』を使って、掴まれた左手を基点として身体をひねる。
「それも、織り込み済みです。貴女は有名人、所持スキルも全て把握済み。そして、これで終わりです」
「なっ……!?」
ナイフには1動作に対し3回、攻撃が可能だ。
ナイフを突くまでの切り、限界まで伸ばした状態の刺突、そして返しだ。
ディーネは突き出したナイフを瞬時に逆手へ持ち直す。
『アクロバット』直後で無防備な背中へと、ナイフを沈み込ませた。
「ナイフは二度刺す、デス。覚えておきやがれですよ」
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「……まさか、ナイファーに負けるなんてね。対策を怠ったのが失敗だったわ」
ゲーム終了の文字と、勝者を告げるアナウンス。
「フフン、思い知ったですか。ナイフの凄さを」
「ま、まぁ? 私は? メインウェポン無しだけど? それ抜きでも私に1on1で勝てるなら、良しとしようかしら!」
額に青筋を浮かべてながらも、なんとか怒りを抑える紅。
ゲーマーとは、どいつもこいつも負けず嫌いなものだ。
「これで、認めてくれたですか? 私は、ハルトさんと一緒にプレイします。元々、そのつもりです。その為なら、ゲームくらい本気でやるです」
「そうね。……まぁ、色々言いたいことはあるけれど。とりあえず、牽制用の拳銃を買いに行くわよディーネ」
「え? あ、待ってくださいよぉ!」
紅に名前で呼ばれた、それは紅に認められた証。その事に、ディーネは喜びを抑えきれず、ニヘラと笑って後を追いかけていった。
そう、ハルトはまだ認められていない。
彼はようやく、スタートラインへと立ったのだから。
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