第五話
――クラン。
ファンタジー系のゲームでいうところのギルドと同義だ。
HoBには主にクランファイトと呼ばれるクラン対クランのゲームモードが存在し、それをメインで活動しているプレイヤーたちだ。
ちなみにHoBの世界大会はこのクランファイトしかないため、俺自身でクランを設立するか、どこかに入隊する形になる。
いま目の前にいるザ・盗賊な風体の男たちはクランの中でも異色で、アクションスキルである『強奪』を全員所持している。
通常、郊外フィールドで死亡した場合はデスペナルティとして自身のインベントリ(装備品やアイテム)をその場にロストする。ロストした場合、都市フィールドでリスポーンしてから取りに行くことも可能だが、まず残っている事はないだろう。
それに加えスキル『強奪』を所持するプレイヤーが他プレイヤーをキルした場合、対象プレイヤーの総クレジットを全額奪えるというのが、このゲームにおいて盗賊クランが出来た要因だ。
魔天廊及び郊外フィールドに出てきたプレイヤーを狙い射ちし、有り金と装備品を奪っていく。
一見、悪事を働いている様に見えるがなんてことはない。これはこのゲーム本来の仕様だ。
その証拠に『強奪』なんてスキルがあるわけだし、あくまでも奪っているのはゲーム内のアイテムと通貨だ。それを咎める術などあるわけがない。
「ディーネ、説明してくれたのはありがたいんだが……。囲まれたぞ」
11層へ上がる階段を背にするように俺とディーネは半円に囲まれる。見たところ敵はそれぞれ実銃を携行し、ニタニタと汚い笑みを浮かべていた。
「……ハルトさん、今実銃はお持ちですか?」
「ハンドガンが1丁、それも初期武器だ」
「30秒時間を稼いで、と言ったら怒りますです?」
ディーネは上目遣いでコチラを伺う。
時間を稼いでって事は、……つまり死ねと? 今の俺にとってデスペナルティはさして問題ではない。ロクなアイテムは持っていないし、クレジットも少額だ。……まぁ、痛手ではあるが、少なくとも俺個人の力量と現状を加味すれば到底敵わないのは目に見えている。出来るのは囮くらいだ。
「……ああ。時間を稼ぐのはいいが、お前があいつら倒せよ。俺には無理だ」
「了解です、任せて下さい」
ナイフを構え直したディーネ。ソレに合わせて、俺もハンドガンに切り替える。
「おいィ、なぁにコソコソしてんだ? いいから、さっさとそのナイフを寄越せって言ってんだ――」
「コチラの準備を待ってもらっていて悪いが、そっちの前口上を聞く義理が俺にはない!」
先制射撃を決めて、咄嗟に走りだす。
初心者の俺では当てるので精一杯だが、その一発で動揺した連中の隙を縫って包囲網を抜ける。
敵は5人、大してコッチは2人だ。30秒稼ぐのにあそこに居たままでは蜂の巣にされるのがオチ、出来る限り撹乱させるしかない。
遮蔽物の少ないこの部屋での銃撃戦は圧倒的に分が悪い。俺はそのまま石柱へ走りこみ身を隠した。
「おらおらどうしたぁ! 一丁前に隠れやがって、そこにいるのは分かってんだよ初心者!!」
石柱へ何発も着弾する中、俺は一歩も動けなくなる。射ちながらも徐々にコチラへと歩み寄ってくる5人は、弾幕を切らすこと無く俺へ集中砲火を続けた。そのうちまた囲まれて俺は死ぬだろう。だが、これでいい
「お、おい! 俺ばっかり攻撃していていいのか!? スク水を放っておいていいのかよ!」
「あぁん? ナイファーなんかゴミカスだろ、あんな奴近づけずにおっちぬ――まて、あいつは何処へ行った?」
先のボスモンスター戦で、俺は一つ推測していた。
どう考えてもモンスターの体力はプレイヤーのソレとは桁が違うはずだった。にも関わらず、対魔獣用ビームライフルよりもダメージを叩き出せるナイフはどういう事だ? ナイフは別に対人、対魔獣と区別がない。つまり、ナイフは人間に対してもモンスターに対しても同等のダメージを叩き出せるという事だ。
「確かに近づけれなかったら、ナイフではどうもできませんです。ですが――」
盗賊クランのプレイヤー1人の後ろに忽然と姿を現したディーネは、その右手に持ったナイフで首に一閃を入れる。同時に、相手は死亡エフェクトを出して消えた。
「当たれば死ぬ、これがナイフの強さです」
「なっ! いつの間にいやがったこいつ!」
咄嗟の事で射撃が止む。今しかない。一人減って浮足立った奴らを叩くチャンスだ!
石柱から飛び出た俺はハンドガンを構えながら突貫する。
「ウオオオ! とりあえず当たりやがれぇ!」
「んな適当打ちで当たるか! 蜂の巣にしてやれぇ!!」
「やらせませんですよ、『エビセレイト』!」
挟み撃ちにして敵へと間合いを詰めていく。ディーネの近接格闘についていけない敵は徐々に消えていく。
狙いもクソもヘッタクレもない、無我夢中に走りながら発砲する。移動中は命中にマイナス補正がかかる、ソレ抜きでも初心者である俺じゃあマトモに当たらんだろう。それでも――。
「……グッ!!」
ディーネの支援のお陰で被弾せずリーダー格の前までたどり着いた俺は、そのまま眉間へと照準をあわせる。
「……目と鼻の先なら、外れねぇよなあ?」
乾いた音と共に、リーダー格の男は死亡エフェクトを撒き散らして消えていった。
「っだぁ。マジで、死ぬかと思った」
戦闘が終わり、俺はその場にへたり込む。
いやホント、死ぬかと思った。マネーインバトルとは違う緊張感があって心臓が今でもバクバクいっている。
「『目と鼻の先なら、外れねぇよなあ?』……、プークスクス! ハルトさんカッコ良すぎですぅ」
「おいィ!? お前だって『当たれば死ぬ、これがナイフの強さです』キリッ! とか言ってたじゃねぇか!」
「それは私のキャラ的に普通です。でもでも、ハルトさんがそんな格好つけるだなんて、しかもやってることは当たらないから至近距離で射つって! ああいや、確かにカッコいいとは思いましたですよ? それでも……ねぇ?」
ぐっ……! こいつ、いい気になりやがって。
まぁいい。確かに俺がやったことといえば囮とイイトコどりだしな。
「ま、まぁ。お前のお陰でなんとか死なずにすんだし、よしとするか」
「ふっふっふ。ようやくナイフの良さがわかってきたようですね」
手を顎に当てて目を輝かすディーネ、なんでもナイフに絡めるな、こいつは。
「いやそれは分からんけど。さ、とっとと帰還するぞ。さすがに眠い」
「あ、その前に戦利品を回収しましょうです」
ディーネは言いながら、地面に光る物体を手に取る。戦利品?
「なんだ、それ?」
「盗賊クランに襲われれば装備にアイテム、果てはクレジットまで奪われますが、撃退すればそれは逆になります。つまり、彼らがドロップした装備やアイテムは私達のものなのですよ」
「おお! そりゃいいな。ありがたくもらっていくか」
盗賊クランという事もあって、結構色々奪ってきたのだろう。実銃から手榴弾と言った消耗品も手に入った。
そしてリーダー格のアイテムを回収して、一つの火器が目に留まる。
「BlazerT2……」
黒一色に塗られたボディ。長い銃身のそれは鈍く光り、一度目に焼き付くと離れていかない。
狙撃銃。実物……というのもおかしいが、生で見るのは初めてだ。
コンソールを操作して装備すると、手元にブレイザーが出現し両手で持ってみる。
筋力値がないために、肩が上がらなくなり思わず膝をつきたくなった。
「そそ、それ、レアドロ武器ですよハルトさん! 市場には滅多に流れませんし、マネーインバトルでもそうそうお目にかかれない武器です。売れば、……少なくとも500万クレジットはくだらないでしょう」
「えっ、そんな凄いのかこれ?」
「はいです。これでハルトさんもメインウェポンが決まりましたですね!」
500万クレジットかぁ。へぇ、この銃で。
「ごじゅうまんえん!?」
「また目が¥になってるです……。普通に使ってしまう方がいいと思うですよ?」
「いやおまっ、え? 50万って、……ってか、いいのかこんなん、俺がもらっちまって」
「私はナイフにしか興味がないですしおすし。それに、その銃をドロップしたプレイヤーをキルしたのはハルトさんです。私がとやかく言うつもりはないですよ」
と言いながら自身のナイフに頬ずりをするディーネ。なんというか、締まらんな。
貰えるならありがたく貰っておこう、無くて困ることあれどあって困ることはないはずだ。
「うし、んじゃ奴らが戻ってくる前にとっとと撤収するか」
「ですです。っと、その前にフレンドになりませんか?」
「なんでだ?」
「そ、その、今日はもう落ちちゃうようですし、お礼するって言いましたからね! 今度ログインした時ちゃんと分かるようにしたいです」
「ん、それもそうか。んじゃホイ、送っといたぞ」
フレンドになって帰還ポイントへと入る。数秒後、俺とディーネは都市フィールドのリスポーン地点へと戻っていた。
「ではでは、また今度ですハルトさん」
「おー、また今度な」
◆◇◆◇
次の日、俺は都市フィールドにあるレストランへとやって来ていた。
「お、美味いなこれ」
昨日のお礼ということでディーネの奢りでフォークを片手に食事にありついている。あくまでゲーム内の食事なので満腹感はないが、味覚はしっかりと機能しているようでどの料理も美味い。
「このレストランで出る料理は実際に現実であるお店の料理ですからね。そりゃ美味いですよ」
「ふーん、つまり現実でもこれと同じ美味しさの料理が堪能できると。ゲームも進んでるんだな」
祝勝会というか、お互い欲しかったモノも手に入ったというわけで大盤振る舞い。出てきては食べ、出てきては食べ。さながら俺は人間火力発電所の様に食べた。
一先ず落ち着いて食後のコーヒーを飲む俺とディーネ。
「この後、ハルトさんはどうするんです?」
ディーネはカップを置いて話を切り出す。ナイフに頬ずりをしている時のようなニヘラっとした顔ではなく、その顔は真剣そのものだ。
「まぁ、練習でもすっかな。それかウィキでも読んで勉強するか」
「そうではなく、今後どうしていくかですよ」
「今後? うーん、まぁ俺は元々金を稼ぐためにこのゲームやってるわけだしなぁ」
「ということは、HoBの大会に出るんです?」
「そうなるな。その為に練習するつもりだ」
実際、遠い話だ。……今は、ちゃんと弾を当てるところからだな。
「じゃあクランも作るってことですか」
「俺を除いて4人、最低でもいるな」
HoBにおけるクランファイトは基本的に5対5のクラン対クランの戦闘になるため、補欠として他に何人かメンバーを入れておくものだ。
ディーネは俺の言葉を聞くと、生唾を飲み込み意を決したように姿勢を正した。
「オホン! ……私なんてどうです?」
「却下。なんでナイファーを入れなきゃいかんのだ」
いや、ナイファーじゃなくてもだ。よく考えてみよう。
俺がクランを作り大会で優勝、その際メディアにでも取り上げられるとするだろう。皆一様に軍服に身を包みサマになっている中で、1人だけスク水だ。
ない、はっきり言ってない。
そんなデザインの本が売られても誰も買わない。
「なんでそういう事を言うんですかぁ! いいじゃないですか、私を入れてくれても、ホラ! 初パーティで初フレンドのハルトさんです。ここまで来たら、一緒にプレイしましょうよぉ、お願いですー!」
コーヒーカップをなじりながら訴えるディーネ。
なんだ、なにかデジャヴを感じる。
「……おい、ここではやめろ。食事中だ、周りにプレイヤーがいる!!」
席を立ち後ずさる俺に、一歩一歩歩み寄るディーネ。
「嫌です、入れてくれるまで諦めません。またソロに戻るのは無理です、責任を取って欲しいです!」
壁際、……もう、逃れられないのか。
何度目だ、羽交い絞め。
「よぉおし、わかった。わかったから落ち着け、どうどうどう。入れるから、クラン作ったらちゃんと入れるから! 頼むから引っ付くな!!」
既に対処法が身についていた俺は、あっさりと白旗を上げる。仕方ない、これも何かの縁だ。……縁なのか?
「えへへへ。それじゃあ、これからもよろしくです。ハルトさん!」