表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/12

第二話

 鬱蒼と草木が生い茂り、銃声の鳴り響く戦場で横たわる俺の頭上には『Dead』の4文字。

 死亡してから自陣でリスポーンするまでの数秒間、地面に倒れている事しかできない俺の視界に軍用ブーツが映る。

 残念ながら顔を上げることはできない。が、その靴の持ち主が俺をキルしたプレイヤーのモノだと俺は知っている。この数分間、何度も何度もやってきているこの敵にいい加減嫌気がさしてきた。


「う、うぷ、うぷぷ」


 見えなくてもわかる。今こいつは手を口に当てて必死に笑いを堪えているんだろう。


「国へ帰るんだな、お前にも家族がいるだろう」


 ぐっ……、好き勝手言いやがってこいつ。


 この敵プレイヤー、質の悪い事に俺を倒すたびに煽りとも言える言葉を残して去っていくのだ。最初こそ何とも思わなかった。だが2回、3回ともなると少々変わってくる。

 敵からすれば俺は鴨が葱を背負って来た程度にしか思っていないんだろう。

 他にも「初心者ヌーブ乙」「ふっ……止まって見えるぜ」「ごちそう様です! あっーす!」だの言っては何処かへと走り去っていくのだ。


『貴方のチームの敗北です』


 リスポーンした俺の耳にアナウンスが届く。どうやら負けたらしい。ただでさえイライラしている状況では、その言葉すら煽り文句に聞こえた。 

 試合終了と同時に都市フィールドへ戻ってきていた俺の腕は苛立ちで震えていた。 


「あああっ! なんっだよこのクソゲー‼」


 なんだあの敵! ああくそ、できることならあいつの顔面に全弾ぶち込んでやりたいぐらいだ! それができないからこれだけイライラしてんだけどな! アーハッハッハ‼


 なにゲームにマジギレしてんのとか思ってる奴は考えてもみてほしい。

 確かにゲーム、しかもたった1試合だ。それでもこれには金が掛かっている。今にも俺の食い扶持は徐々に徐々に侵食されてしまっているんだ。これにキレないほうがおかしい。


 急に道端で叫びだした俺を横目にみるプレイヤー達。何も言葉をかけず、ただ身内でヒソヒソとしゃべるだけで声もかけてこない。


『チャットが届きました』


 今度は何だと乱暴にコンソールを操作する。すると見知らぬプレイヤーからメッセージが来ていた。


『死ね、市ねじゃなくて死ね』


 …………。


『メッセージが届きました』

『メッセージが届きました』

『メッセージが――』


 あああっ! うるせぇ!


 コンソールを操作してメッセージをすべて開封し、ついでに通知をオフにしておいた。

 内容? 罵詈雑言の限りを尽くしたメッセージだ。やれやれ、ゲームを始めて一時間の俺にも早速ファンが出来たか。


 俺はそっとそのプレイヤーをブロックして一息ついた。


 ……少し冷静になろう。

 俺がさっきの殲滅戦でキルされた回数は15、対してキルした回数は1。しかもマグレで当たっただけだ。


 先ほどまでプロゲーマになると息巻いていた俺はどこへ消えたのか。

 都市フィールドで立ち尽くす俺は、ただの無職だった。

 くそ、やっぱりゲームで稼ぐなんてのは無理なのか?


「ちょっと、そこのアンタ」

「ああ?」


 数時間前の自分を呪っていると突然の声に俺は顔を上げる。

 テレポートでもしたのか、いつの間にか俺の隣には女が立っていた。


「アンタよ。初心者のクセしてマネーインバトルに参加なんかして、アンタのせいで私まで負けたじゃない!」

「はぁ? って、お前さっき同じチームだった奴か?」


 初めての試合という事で緊張していた俺でも、その容姿は嫌でも目についていた。

 白い軍服を身に纏う女。敵を見つけるやいなやその揺れ動く腰まである赤髪が目に焼き付いていた。

 

 正直、このゲーム性を考えればそんな髪色にするメリットがまるでない。女は俺を射抜く黒眼を釣り上げ、口はへの字に曲げていた。


「アンタがゴミみたいなスコアのせいで私の所持クレジットが減ったのよ!? 少しは反省しなさいよ!」


 あー、こういうタイプか。負けると味方のせいにする奴。あいや、今回に関しては俺が悪いけども。あんま絡みたくない連中だ。

 

「悪かった悪かった。まだ始めたばっかなんだから多めに見ろよ、赤髪」


 赤髪と言った瞬間、女はその長い髪を逆立てまるで俺を威嚇するかのようにこちらへ向けた。


「赤髪ですって……っ! 私にはちゃんと名前があるわよっ!」

「うぉっ! おい、いきなり投げつけてくるなよ!」

「な、なんで取るのよバカッ!」

「そっちが投げるからだろうが!」


 反射的に手でとってしまう。女が投げてきたものを見ると、それはプレイヤーカードだった。

 カードには主に名前、メインウェポン、所持スキル、ステータス、カード内のクレジット残高が記載されている。カードは余り見せない方がいいらしいが、……こいつ馬鹿か?

 プレイヤーカードはこの世界の云わば身分証明書と財布だ。これ一つで買い物や現金に換金等が出来る。


「私の名前はコウよ、覚えておきなさい! フン!」

「ああそう、ほい。あんま人に渡すなよ、盗まれるぞ」


 そういいながら紅にカードを投げる。俺が言っていることに気がついたのか、顔を髪色の様に染めて憤慨する。


「う、うっさいわね! 指紋認証があるから平気よ!」

「そうかよ、じゃあ俺はこの辺で。じゃあな」


 もう用はない以上こんな奴と一緒に居てもいいことがない。さっきから耳にキンキン響く程大声出しやがって。

 その場を去ろうと歩を進めた時、不意に腕を引っ張られてたたらを踏んだ。


「待ちなさい、アンタみたいな初心者が増えるとコッチが困るのよ」

「だからってなんで引っ張る必要がある!」

「うっさいわね。……アンタ、プレイして何ヶ月?」


 なんだこいつは、怒ったと思ったら今度は質問コーナーか?


「あー、チュートリアル終わってそのまんまエクスタに行ったから大体1,2時間じゃないか?」

「はぁ!? バカなのアンタ、ちゃんとウィキ読んだの? 完全初期装備でエクスタに来るとか頭おかしいんじゃない!?」

「分かったから、そんな声を荒げんなよ。ウィキも読んでねーし、そもそも銃持つのなんてこれが初めてだ」


 ここに来てからシステムボイス以外で誹謗中傷しか聞いてないんだが、対人ゲームってのはこんなんばっかなのか。嫌気が差してきたぞ。

 紅は俺の言葉に顔を般若の様にして再び声を荒げた。


「ああもう! ちょっと面貸しなさいっ!」


 紅に腕を引っ張られ、俺は不本意だがそのままついていくことになった。


◆◇◆◇


 都市フィールド北区、ここは武器屋アームズショップが所狭しと並んでいた。

 NPCが経営している店もあればプレイヤーが自分の使わない銃を露店で販売しているのも見かけた。

 武器屋の中は種類毎に別けてウィンドウに飾られており、中にはNPCの店員が実際に構えてどういう感じか演出していた。


「ここが武器屋よ。店売りの武器は大抵ここで買えるわ。広く浅くが売りよ」


 連れてきた本人である紅はブスッとした顔で両手を組みながら説明を始める。


「主に銃は三種類あるわ。メインウェポンである実銃、これは対人戦用ね。次にサブウェポン、拳銃がメインで置いてあるの。そっからビームライフル、これが魔獣戦用の銃ね」


 歩きながら説明をする紅を横目に、並んでいる銃を観察する。

 ミリタリーに詳しくない俺でも知っている銃から、マニア向けの様な銃までたくさんあった。


「……60万クレジット!?」


 近くにあった拳銃の値段をチラリと見てみると、その高さに俺は思わず声を荒げた。この拳銃だけかと思って他の銃も見てみるが、どれもこれもそれくらいで、メインウェポンに至っては100万はくだらなかった。


「何驚いてんのよ。これは現実の実銃と殆ど相場が変わらないわ、まぁもっとも、店売りのメインウェポンはロクな性能じゃないけど。ところでアンタ、今何クレジットあるのよ」


「あ、ああ。……あれ? なんか減ってないか?」


 先程まであったはずの1万クレジットがいつの間にか8千クレジットまで減っていた。確かマネーインバトルは金をかけるということだが、あれ? そういやどういう仕組みで減るんだ?


見かねた紅はため息をついて腰に手をやると、目を細めくどくどと語り始める。


「アンタ、マネーインバトルのルールも知らないの!? ……いい? マネーインバトルは、キルする毎に相手のプレイヤーカード内にあるクレジットの3%が報酬になるの。試合に勝利した場合、相手の総クレジットから1%を報酬として得られるわ。負けたらその逆ね」

「だから負けて俺にあたって来たのな、お前」

「ホントよ! だから5on5のチーム戦は嫌いなのよ、味方のせいで負けることがあるから」


 じゃあやんなければいいじゃん。口から溢れかけた言葉をなんとか思いとどまる。

 今そんなことを口走ればまた吠えられるだろう。


「因みに、8千クレジットで買える武器とかあるのか?」

「ホンットにチュートリアルやってそのまま来たのね、アンタ。……一応、可能なのはナイフと、後はビームライフルぐらいね」


 そういって紅とビームライフルのウィンドウまでやって来て、値段を確かめる。


「なんとかギリギリ買えるが、……なんでビームライフルはこんなに安いんだ?」

「対人戦闘時にはダメージがゼロ、魔天廊攻略かクエストの時にしか使えないのよ。それに、使って消耗してくると一定確率で破損。新しく買わなきゃいけないって寸法よ」

「なるほどな。それで、ナイフってのは?」

「やめときなさい、使いものにならないから。全員飛び道具持ってる中ナイフ持っててもロクなことにならないわ。……まぁたまにバカが持ってるけど、そういう奴には近づかないほうがいいわね」


 いやお前も相当……、と思ったが最初こそ悪い印象ばかりではあるものの、なんだかんだ説明してくれる辺り初心者に優しいみたいだしな。そう悪いやつじゃないんだろう。


「店売りの実銃は高いし性能もアレだから、大抵は魔天廊の宝箱かモンスターのレアドロップで手に入る武器以外使わないほうが身のためね。だから、まずはビームライフルを買って、クエスト受けて魔天廊に行って来なさい。あとウィキ読め」

「ああ、なんだかんだでありがとうな」

「と、当然の事よ。アンタみたいな初心者が増えても困るもの」


 手を組み顔を赤くする紅。VRゲームの感情表現能力は豊かだな。

 手を組んだせいで強調された豊満な胸が目につき、俺は咄嗟に視線を逸らした。するといつの間にか周りがコチラを見てなにか囁いているのに気づく。


「おい、……アレ、赤髪のソロじゃねぇか? なんで初心者(ヌーブ)と一緒にこんなところに来てんだ?」


 ソロ? 赤髪? 紅のことだろうか。

 視線を紅に投げかけると、ギロッとうわさ話をしていた奴らを睨んでいた。睨まれた奴らはそそくさと逃げていくと、紅もウンザリだと言わんばかりにため息をつく。

 これはさっさと買って店を出たほうが良さそうだな。

 俺は『初心者にオススメ!』というポップ広告の付いたビームライフル《EGunイーガン》を購入し、武器屋を後にした。




「……今度マネーインバトルする時、私に連絡しなさい。フレンドリストからコールが出来るわ」


 外に出ると律儀に待っていた紅から、フレンド申請が送られてきた。


「お前、フレンド居ないのか?」


 ソロだとか何だとか言われてあの反応。どう見てもボッチですと認めているようなモノだ。


「うっさいわね! それにお前じゃなくて紅よ!」

「ああはいはい。今度マネーインバトル行くときは紅も誘うよ」


 フンっと鼻息を荒げて、足音を立てながら何処かへ行く紅。

 まぁフレンドは承諾しておいて、なんか分からないことがあったら紅に聞くようにしよう。

16/7/13 22:35 誤字脱字、加筆修正

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ