プロローグ それはそれで
「ようやくお出ましか・・・・・・」
「ようやくって・・・・・・どういう意味ですか? なんなんですかこれ!?」
真ん中の池をふちどる春の花は枯れ、あちこちに生えていた雑草すらない荒れ果てた場所になっている。俺たちが話す声以外の音はすべて止んでいた。風の音も、鳥の声も、もう聞こえなかった。
そんな高校の中庭で俺と翔子先輩は「そいつ」と対峙している。
薄暗い世界の中で、俺はなにが起きているのか、俺以外の人たちがなにを話しているのかまったくわからなかった。
翔子先輩が両手で竹刀を構え直す。その小さな肩越しに前を見ると「そいつ」が殴られた方の腰に片手を当てながら立ち上がるところだった。
その光景を俺はただ見ていることしかできない。
『翔子先輩、ひどいじゃないですか』
そいつが初めて口を開いた。背筋に冷たいものが走る。
「悪いな井上。話はあとだ」
動揺を隠しきれない俺とは対照的に翔子先輩は毅然としていた。
「おまえに先輩呼ばわりされる覚えはない。悪いがうちの部員は返してもらうよ」
立ち上がった「そいつ」はさっきまでのぼんやりとした無表情とは違い、奇妙にゆがんだ笑いを浮かべていた。
やっぱり俺にはなにがなんだかわからなかった。




